8 ゴブリン討伐1
私が先頭を進み、その6、7メートル後をユミエたちが続く。
木々の枝からカーテンのように垂れ下がった氷柱のせいで見通しがきかない。
そのうえ、雪が音を吸うために周囲の状況を掴みにくかった。
まるで濃霧の中で耳栓をしている気分だ。
いつゴブリンと出くわすか、私は気が気ではなかった。
本体は絶対安全な自宅のこたつにいるのだと頭ではわかっているが、それでも怖いものは怖い。
よく生身でこんなところを歩けるなぁと思い、後ろを振り返ってみると、ユミエたちのこわばった顔が見えた。
この道50年のベテラン冒険者でも緊張を強いられるシチュエーションらしい。
私は一層の注意を払って前を見据えた。
もうじき、樹氷林のちょうど真ん中に差し掛かる。
何か起きるとしたら、そろそろだろう。
幸いにして、視界は明るい。
異変があればすぐに察知できるはずだ。
などと思っていると、突然辺りが暗くなった。
真っ白な樹氷林が北から南へと黒く染まっていく。
雲が陽光を遮ったのだとすぐにわかった。
空気感ががらりと変わる。
後ろで誰かが喉を鳴らしたのが伝わってきた。
――。
かすかな音を聞いた気がして、私は上を見上げた。
その瞬間だった。
腹の辺りにガゴンと何かがぶつかった。
慌てて下を見ると、真っ赤な二つの点が見えた。
まばたきしたので、それが目だと気づいた。
猿みたいな顔の何かがいる。
全身を覆う真っ白な体毛が雪に溶け込んでいるせいで、これほど近くにいるというのに輪郭がボヤけて見えた。
そいつは、白塗りの棒のようなものを持っていた。
石器のついた先端が私の腹に押し当てられている。
石槍で刺されたのだとわかって、気が動転した。
でも、考えてみれば、刺されたところで私のHPバーは1ミリたりとも減りはしないのだ。
そう思うと、途端に頭が冷めた。
こいつがたぶんゴブリンだろう。
討伐対象発見――!!
私はそう声を張り上げようとした。
しかし、それより数瞬早く肩口に矢が突き立った。
うまい、と思った。
かすかな音を立てて注意を上に向けさせ、そのタイミングで雪中に潜んでいた槍兵が奇襲する。
そして、注意が槍兵に向いたところで今度は上から矢を射掛ける。
よく計算された多段攻撃だ。
私が鎧でなければ今の一瞬で二度死んでいたことになる。
『ゴブリンだ――ッ!!』
私は今度こそ声を張り上げた。
ユミエたちが素早く身構えるのが気配でわかった。
時を同じくして、静かだった林がにわかに殺気立った。
こすれるような音がしたかと思うと、次々に矢が降ってきた。
樹氷の上から射下ろしているらしい。
「すごい数の矢だぞォ、うおおおお!?」
「スクロールを使います!」
ランズが巻物を広げた。
紙面には魔法陣がびっしりと描かれている。
「タクナ、急いでこっちに!」
「もう間に合いません!」
六角形を集めたガラス板みたいなものが3人を覆った。
矢が硬質な音を立てて弾かれていく。
スクロールの中身は結界を張る魔法だったようだ。
私だけ閉め出されてしまった形だ。
「ちょっとランズ! あんた、タクナを見捨てる気なの!?」
「ランズは悪かねえ! 今張らなけりゃオレたちがヤバかった。おい、タクナ! 逃げろォ! 敵の数が多すぎる!」
「逃げて、タクナ!」
ユミエとグラーシュが悲痛な声で叫んでいる。
『問題ない』
私は親指を立てて返答した。
何匹いようが何発射られようが、私は無敵だ。
今こそリモート鎧の真価を発揮するときだ。
『おりゃああ!』
私は矢の集中砲火を雨粒のように撥ね退けながら、樹氷に猛然とタックルをかました。
木が揺れて、氷柱と一緒にゴブリンが落ちてきた。
私はその首根っこを掴んで、別の木に投げつけた。
がしゃああんん、と痛快な音が轟く。
樹上の射手が2、3匹まとめて落下した。
矢では効果が薄いと見たか、ゴブリンの槍兵が一斉に飛びかかってきた。
石槍で私を突くが、そんなものがなんだというのだ?
私は太い腕をぶん回し、十把一絡げにラリアットを食らわせた。
『フンァッ!!』
雪の上に頭から叩きつけてやる。
逆立ちのまま後ろ脚をバタバタさせているゴブリンたちに私はトドメのボディプレスを食らわせて生き埋めにした。
普通の人間ならこの時点で息切れをきたして動きが鈍くなるが、私は鎧だ。
体力は無尽蔵にある。
陣形を組み直すゴブリンの群れめがけて暴走機関車のように突っ込んでやった。
ゴブリンたちがおもちゃの兵隊みたいに弾け飛んだ。
あっという間に、群れは恐慌状態だ。
秩序を失って同士打ちが起き、パニックがさらなるパニックを呼んだ。
「打って出るわよ!」
ユミエたちが結界から飛び出して反撃を加えると、形勢は一気に逆転した。
逃げるものは矢の的になり、苦し紛れに突っ込んでくるものは剣でなます斬りにされ槍で貫かれた。
ものの十数秒で趨勢は決した。
ゴブリン部隊は全滅。
討伐成功だ。
フゥー。