5 誤解を解く方法
武器を持った3人組がジリジリと距離を詰めてくる。
「最後に、もう一度だけ問うわ! あんたは人間なの!?」
ピリついた空気の中、弓の女が切迫した声で尋ねてきた。
Are you 人間? ――か。
そんなの見ればわかるだろう。
このとおり、私は人間だ。
なんでまた、そんなことを訊かれなければならないのだろう。
「射てみればわかるわねッ!」
いや、射なくてもわか――
兜のあたりでカンッ、と金属音が響いた。
女の手から矢が消えていたから射られたのだとわかった。
私は慌てて左目に食い込んだ矢を引き抜いた。
危ない危ない。
これが生身なら、矢の先にはりんごアメみたいに眼球が刺さっていたに違いないのだ。
「倒れねえな! 奴ァ、アンデッドで決まりだ!」
「丸腰です! 一気にいきましょう!」
男二人の会話を聞いて、ようやく状況が理解できた。
どうやら私は魔物だと思われていたらしい。
爺さんが昔、話してくれた。
アンデッドの中には、肉体が朽ちても鎧だけで彷徨い続けるものがいると。
まさしく今の私がそれじゃないか。
「うおおおおォ!!」
「やああッ!」
男たちが武器を手に迫ってくる。
私は両手をパーにして突き出した。
『待った! 私は人間だ!』
「うおォ……!?」
「ぃ!?」
今にも剣を振り下ろそうとしていた男が面食らって派手に転んだ。
槍の男もブレーキをかけ損ない、尻餅をつく。
弓の女はというと、矢を取り落として目を白黒させていた。
「おい、嘘だろォ!? 動く鎧がしゃべったぞ!」
「まさか人間……!? 私、思いっきり射ちゃったけど!?」
「知能を持った特殊個体かもしれません! 警戒を怠らないで!」
依然として、私には敵意が向けられている。
極寒の山野を昼夜問わず歩き続けた先でようやく出会えた人間にこの仕打ちだ。
普通に悲しい。
「ちょっと、あんた! 今すぐ兜を取って顔を見せなさいよ! さもなくば、二の矢を撃ち込むわよ!」
弓の女が吠えた。
そんな無茶な。
兜を脱ごうものなら、途端に私はぶった斬られるだろう。
なんせ中身は空っぽだもの。
私はない頭を捻って、知恵を巡らせた。
そして、ぴこーんと名案を思いつき、悲愴感のある声を捻り出した。
『わ、私もこの兜を取りたいとずっと思っているんだ。呪われた鎧を着てしまったばかりに、もう3年も鎧から出られないんだ、うう……』
とっさについた嘘だった。
だが、鬼気迫るものがあった気がする。
3年には遠く及ばないが、私もここ最近ずっとこたつの中から出られずにいる。
多少なりとも気持ちが乗ったはずだ。
三人は懐疑的な顔で視線を交わし合った。
「では、なぜ、すぐに返答しなかったのです? 僕らは何度も誰何しましたが」
槍の男が眉をひそめる。
『あー、それは申し訳ない。吹雪に巻かれて道に迷ってしまってな、疲労もあって意識が朦朧としていたんだ』
「どうも嘘臭えなァ! 証拠を見せろ、証拠を!」
剣の男が、もう面倒臭ェ、叩き斬っちまえ、という空気をにじませている。
証拠か。
人間ではない証拠なら簡単に出せるのだが、人間である証拠は出せそうもない。
代わりに、人間らしさを前面に押し出す方針はどうだろう?
『あー、ならば、ここでジョークをひとつ。えー、コホン』
私はひとつ咳払いしてから、自分の足につまずいた。
で、おっとっと、とふらついてから言う。
『鎧がよろめいた――!!』
「……」
「………………」
「…………」
恐ろしく重く、恐ろしく長い沈黙が訪れた。
我ながら思う。
何も面白くなかったな、と。
いくらなんでも酷すぎるギャグだ。
寒さに拍車を掛けただけで人間らしさなんてまるで感じられない。
男たちも舐めてんのかと言わんばかりの形相をしている。
しかし、弓の女だけは様子が違った。
「ぶフッ! ――アーッハッハッハッハ!」
腹を抱えて笑っている。
拳で何度も雪を叩いて苦しげに身をよじっている。
抱腹絶倒だった。
「あっ、あはは! あんた、間違いなく人間だわ! こんな面白いアンデッド、いるわけないわよ!」
笑いの沸点が氷点下より低い奴で助かった。
男たちも馬鹿馬鹿しくなったらしく、矛を収めてくれた。
とりあえず、誤解は解けたらしい。
私は胸をなでおろした。
そして、ガッツポーズしたい気分に駆られた。
人がいるということは、つまり、近くに町があるということじゃないか。
ゴールはもう目の前だ。