30 再会の二人
我が家の玄関先で同じ顔の男が鉢合わせになっている。
両者とも単体でも絵になる容姿だから、並び立つと龍虎のような迫力があった。
どっちが龍でどっちが虎かは知らない。
でも、押されているのは兄レイエルのほうだ。
弟ギルエルフィーロに鬼の形相で凄まれて、完全に肝を潰している。
「ずいぶんとお久しぶりですね、お兄ちゃん。お元気そうでなによりですよ、ええ」
「ぎ、ギル。お前なんでここに……」
「町で有力な情報を手にしましてね。はるばる会いに来たのですよ、お兄ちゃん。かれこれ4、50年ぶりでしょうか」
「そうだな。ア、ハハ……」
爆発寸前の怒り顔とお兄ちゃんという呼び方のミスマッチが絶妙にジワる。
レイエルの青ざめた表情もなかなか見られないものなので面白かった。
というか、もう到着したのか。
ギルエルフィーロが執務室を出て行ってからまだ半日とたっていない。
たぶん飛行魔法を使ったのだろう。
空を飛べるって便利だ。
ま、私もできるけどね。
「さあ、お兄ちゃん!」
ギルエルフィーロがドンと雪を踏みしめて詰め寄った。
鼻先同士がくっつきそうな距離で睨まれても、足を縛られたレイエルは一歩も退くことができない。
「な、なんだ?」
「なんだじゃありません。貸した金を返してください。それに、長男でしょう、実家には顔を出してくださいよ。墓参りもサボりましたね、この薄情者」
何十年も音沙汰なしだったわけだ。
さぞや深い遺恨が双子の間に横たわっているのだろうと私は思った。
最悪、兄弟喧嘩を越えて殺し合いみたいなこともあるだろうと。
でも、蓋を開けてみると、実にしょうもない内容だった。
だらしない兄をしっかり者の弟が叱責する。
そう珍しくもない兄弟関係がそこにあった。
「タクナ、レイエルがレイエルに怒られてる……」
布団を抜け出してきたシロがまぶたをこすりながら言う。
「そうだね。ダメなほうがまともなほうに怒られているね」
面白いからホームビデオに撮って残しておきたい。
見るたびに笑顔になるハートフルな動画に仕上がること間違いなしだ。
「む? タクナだと?」
ギルエルフィーロがレイエルを押しのけて私を見た。
目が丸くなるのがわかった。
口がぽかんと開いている。
死人にでも会ったような顔だ。
「お前がタクナか。そうか、女だったのか」
しばらくしてから、ようやくそれだけ絞り出した。
そして、まぶしい顔をぐぐいと近づけてくる。
「なるほど。この容姿。兄が鼻の下を伸ばすのも理解できる」
私の容姿がなんだって?
そりゃ自分のことは美少女だと信じて疑わないようにしているが、コウルベールの目抜き通りをぶらついてみればすぐにわかる。
私レベルの町娘なんて世の中にごまんといるぞ。
おしゃれしていない分、私のほうが見劣りするはずだ。
ま、私は自分を原石だと思っているから、磨けば光るんだけどね。
いずれにしても、根暗な引きこもり体質が顔に浮き出た私なんて見ていても眼精疲労の原因にしかならないはずだ。
「とりあえず、上がりなよ。こたつで話そ」
私はギルエルフィーロを招き入れた。
レイエルは不満げだが、知ったことではない。
「なんだ、これは。なんと暖かいんだ……。まさかこのような辺鄙な場所で神器級の魔道具に出会おうとは。おお、おおお……」
「こたつごときで大袈裟だぞ、ギル。それと、脚を伸ばすな。譲り合いはこたつのマナーだ」
「大袈裟とか言ってるけど、レイエルもどんな魔法もこれには敵わないって言っていたじゃん」
「それは忘れろ」
「タクナ、僕お腹へった……」
このこたつに4人も人が並ぶのは初めてなので、少々狭い。
私は渋々厨房に立ち、スープでも作ってやることにした。
その間、顔面発光兄弟は50年の空白を埋めるように思い出話に花を咲かせていた。
「そうですか。ラブリュフは死んだのですね。魔王の『断罪』を斧のひと振りで受け止めた名戦士も寄る年波には勝てなかったというわけですか」
「死に目に会わせてやれなくて悪かったな」
「まあ、私たちは憎まれ口を叩き合うだけの仲でしたし、あえてお悔やみを言うほどでもありませんよ。短い旅路でしたしね。思い出として蘇るものといえば、交わし合った罵詈雑言の数々だけですから」
ギルエルフィーロは寂しげな面持ちで小さく笑った。
レイエルの表情も同期したみたいにシンクロしている。
「ここは雪ばかりで何もありませんね。ラブリュフがこの地を選んだのも頷けます」
「そうだろう。ここは本当に静かだ。何もないからこそ、すべてがある」
二人は爺さんがこんな辺境地に居を構えた理由を知っているようだ。
訊いてみたい。
でも、久しぶりに会った兄弟の話に割って入るのは気が引けた。
「ほらよ」
空を飛んできたのなら、さぞや体も冷えたことだろう。
奮発して雪生姜たっぷりの熱々スープを出してやると、二人の関心が私に移った。
「それにしても、似ていますね」
ギルエルフィーロが私をそう評した。
誰か私に似ている知人でもいるのだろうか。
爺さんの面影があるとかそういう意味で言っているなら、スープを頭からかけてやらねばならなくなる。
熱いうちにな。
「タクナ、兄とはどこまで進んでいる?」
「ぶフ……ッ」
弟の不躾な質問で兄がスープを噴いた。
私は不機嫌さを前面に押し出しつつ答える。
「は? 進むもなにも一歩目すら踏み出していないし、踏み出すつもりも絶無だけど」
「うぐ……」
レイエルが今度は血を噴き出しそうな顔で打ちひしがれた。
で、ギルエルフィーロがほくそ笑む。
「ならば、私にも機会があるということだな」
なんの機会だよ、と言いたい。
「ギル、お前まさかタクナを狙っているのか!」
「だとしたらどうします? お兄ちゃん」
ホントだよ。
どうすんだよ、お前。
「ギル……」
レイエルはバンと天板を叩いて立ち上がった。
親指で玄関のほうを指している。
「外に出ろ。決闘だ」
「望むところです」
よくわからない。
本当によくわからないが、私を巡って兄弟喧嘩が勃発しようとしているらしい。
取り合うほどの価値が一体私のどこにあるというのだろう。
口も悪いし性格だって明るいほうではないのだが。
「あのー、その決闘って地形が変わったりします?」
「するだろうな。俺は本気を出すつもりでいる」
「私もだ。森羅万象を塵芥に変えるつもりでいる」
「おーし、月の裏側あたりでやってくれ。空飛べんだろ? 行ってこいオラ」
はた迷惑な客人どもを追い出して、私はシロと雪生姜スープで乾杯を交わすのだった。
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