27 ギルドマスター1
カッ、カッ、カッ、とヒールの音が廊下に響く。
雪道をヒールで出勤するというのは、ちょっと考えにくい。
だとしたら、私の前でポニテを揺らしているこの御仁は出勤してからわざわざ履き替えていることになる。
身だしなみにはこだわりがあるのだろう。
ひと目見てカッコイイ人だな、と思った。
仕事もできるのだろうし、ちょっと憧れる。
もう少し目つきが柔らかければ言うことなしだ。
「申し遅れました。わたくしはギルドマスターの秘書をしているセリー・クレタと申します」
3階へと続く階段の踊り場で足を止め、セリー氏は硬い口調でそう言った。
『ご丁寧にどうも。タクナです。よろしく』
私がぺこりと頭を下げると、セリーの目つきが一段と厳しくなった。
「ギルドマスターはこの町では町長をも凌ぐ権力者です。地位ではご領主様のほうが上ですが、この町にいらっしゃることは稀ですので、実質町のトップと考えていただいて構いません」
冒険者の町ともなると、そういうこともあるのだろう。
「ギルドマスターはコウルベールの柱石を担う貴きお方なのですから、失礼がないようにお願いします」
ギンとした目が私を睨んでいる。
要するに、「あんたさぁ、マナーがなってないんじゃないの? 舐めてんじゃないわよ!」ということか。
以後、気をつけるとしよう。
3階最奥にある扉の前でセリーは足を止め、緊張した面持ちで扉を叩いた。
「タクナ様をお連れしました」
「入れ」
扉の向こうから愛想のない男の声が聞こえてきて、セリーが静かに扉を開けた。
「どうぞ中へ。わたくしは外に控えておりますので、何かあればお声がけください」
言葉だけ見れば私を気遣ってくれているようだが、実際のところは「失礼があればわかりますからね?」といったところだろう。
私は苦笑をこらえつつ中に入った。
ダンッと威圧的な音を立てて扉が閉められる。
セリーに目をつけられると面倒なことになりそうだ。
背筋くらいは伸ばしておくか。
私は背筋ってどこだっけとか思いながら、部屋を見渡した。
権力者の執務室にしては味気ない部屋だった。
無駄な光り物は見当たらないが、最低限置かれている家具や調度品はどれもセンスのよいものばかりだ。
執務机に若い男が腰掛けている。
銀のチェーンがついたおしゃれな眼鏡をかけ、分厚い書類に目を通していた。
その顔にピントが合った瞬間、私はスパナで殴られたような衝撃を受けた。
『あれ? レイエル……!?』
「む?」
ギルドマスターが顔を上げた。
眼鏡越しに目が合う。
それは、どう見てもレイエルだった。
ほんの2、3時間前まで私の家にいた彼がなぜか目の前にいる。
空を飛んでここまで来たということだろうか。
それにしては、早すぎる。
音速飛行でもしない限り、ありえないことだ。
そもそも、なぜレイエルがコウルベールでギルマスなんて大層な仕事をしているのだろう。
レイエルも私と同じ二重生活をしていたということ!?
私はあふれ返った疑問をいっぺんにぶつけようとして咳き込みそうになった。
その間隙を突いて、ギルドマスターが先に口を開いた。
「貴様、まさか兄を知っているのか?」
『兄?』
ハッとなった。
言われてみれば、だ。
顔はそっくりなのに、印象がまるで違う。
妙にインテリチックな目をしているし、やや性格もキツそうに見える。
いいとこの御曹司でエリート志向、他人を見下していそうな雰囲気が垣間見えるのだ。
レイエルはもっと温和な表情をしている。
頭がいいのに馬鹿そうな空気を漂わせているのである。
あらためて見ると、まったくの別人だ。
でも、顔の造形は瓜二つだし、顔が光って見えるところも共通している。
『げ、まさかの双子……!?』
そう口走ったところで、私は慌てて口を塞いだ。
失言だった。
これでは、兄を知っていると認めたようなものだ。
巡り巡って私の正体がバレる可能性もある。
『私、ちょっとお手洗いに……』
私は今、だいぶ動揺している。
ボロを出す自信しかないので、いったん仕切り直すことにした。
……のだが、あれ?
私の意思に反して足が動かない。
足を床板に溶接されているみたいにビクともしない。
視線を落とすと、黒いクモの糸のようなものが足に絡みついているのが見えた。
なんの魔法だろう。
でも、すごーい。
これじゃ一歩も動けないや。
「逃がさんぞ。何十年ぶりかの兄の手がかりだ」
レンズの向こう側で目が異様な輝きを放っていた。
「ほう。ギルドマスターである私の前に鎧だけ寄越すとはな。貴様、いい根性しているな。本体はどこにいる?」
私はまたしてもぶん殴られたような強烈なめまいに襲われた。
見抜かれた。
ひと目で。
それも、動く鎧ではなく、遠隔操作した鎧であることまでお見通しらしい。
「展開」
ギルドマスターの手のひらに魔法陣が浮かび上がった。
陣の上に立体映像が生成される。
空から見たコウルベールの町並みそっくりだった。
町の縮尺が変わり、周囲の山野が描出される。
レイエルが同じ魔法を使うところを見たことがあるからわかった。
これは、逆探知の魔法だ。
血が凍るような想いだった。
「……そこか。驚いた。ドシュネーとは遠いな。よもやこれほどの距離で憑依物を操れる者がいるとは」
私の頭を三度目の衝撃が襲った。
正体を看破されたばかりか、ものの数秒で本体の位置まで特定されてしまった。
直線距離で500kmは離れているはずなんだけど、こんなのアリ!?
「私を舐めるな。ここからでも貴様の本体を爆撃できるぞ?」
ギルドマスターの左手から紅蓮に輝く巨大な火球が生み出された。
強烈な光で部屋が暖炉の中みたいに真っ赤になる。
ヤバイ。
これ、脅しじゃない。
マジのやつだ。
し、死ぬ……。
シロが隣で眠っていることを思い出して私は頭が真っ白になった。
「というのは、まあ冗談だ」
『……へ?』
ギルドマスターは火球を握り潰した。
「さすがにこの距離で爆撃などできん。する動機もない」
私の足を床に縫い付けていた黒い糸が薄まるようにして消えた。
どうも実体を持った影のようなものだったらしい。
「お前、タクナとかいったか。兄を知っているようだな」
ギルドマスターは小棚からティーセットを取り出すと、暖炉にかけていたケトルを手に持った。
カップに湯が注がれる。
湯気に乗って茶葉の香りが室内に広がる頃には、私は落ち着きを取り戻していた。
「そこにかけろ」
ソファーを勧められた。
おっかなびっくり腰を下ろす私を待って、ギルドマスターはカップをコトリと置いた。
「その鎧では飲めんだろうが、何も出さんのは礼儀にもとる。嗅覚があるのならば香りだけでも楽しむがいい。特別香り高いものを用意したつもりだ」
『あ、りがとう……』
こうして向かい合ってみても、やはり冷たい目をしている。
でも、冷淡という感じではなく、理性的というか合理的というか、そんな思慮深さが感じられた。
要するに、弟のほうがまともそうだ。
少なくともレイエルよりは。
「私はギルエルフィーロ。冒険者ギルド・コウルベール支部の支部長をしている。レイエルフィーロは私の双子の兄だ」
ギルエルフィーロは静かに言った。
「兄のことについて教えてくれないだろうか?」




