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2 足跡


 猛吹雪の中をひたすら歩く。

 早いもので、家を出てすでに3日がたっていた。

 しかし、代わり映えのしない雪景色が永遠と続くばかりで人家のひとつも見えてこない。


 爺さんの話では、南にまっすぐ行けばコウルベールという町があるらしい。

 とはいえ、町から人が訪ねてきたことは一度もないから、相応の距離があるものと覚悟しておいたほうがいいだろう。


『所要10日ってところか。最高……』


 疲れ知らずの鎧ボディーだから苦にならないが、同じことを生身でやれと言われたら私はその場で割腹したかもしれない。

 爺さんはなんでまたこんな辺鄙なところに居を構えようと思ったのだろう。

 最後までよくわからない人だったなぁ、とあらためて思う。


『……ん?』


 樹氷の下で足跡を見つけた。


『2種類あるな』


 ひとつは人間のもの。

 大きさから見て、小柄な人物だと思われる。

 子供かもしれない。

 そして、その上に残されているのは獣の足跡だ。

 こっちは狼だろう。

 つま先はどちらも私の家のほうを向いている。


『ふむ……』


 私は腕組みして空っぽの頭で考える。

 もしかして、我が家史上初めての客が町から訪ねてきたのではなかろうか、と。

 だとしたら、めでたい。

 遠路はるばる雪をかき分けやってきてくれたのだから、家主の私としては国賓級の待遇で出迎えてやりたいところだ。


 しかし、狼のほうはいただけない。

 たまたま足跡が重なっているだけということも考えられるが、もし、お客を獲物と定めて付け狙っているのなら大変だ。

 なんとかしないと。


『雪の具合からして今日の足跡じゃないな』


 本体のある家に戻って出迎えたほうが賢明かもしれない。


 私は鎧に強い思念を送った。

 歩く程度の単純作業なら私が憑依コントロールしなくても自動オートで行うことができる。

 鎧君にはこのまま町を目指してもらい、私は本体に戻ることにする。


「……」


 目を開くと、見慣れた天井が見えた。

 そして、風の唸りにまじって獣の咆哮が聞こえてきた。

 悲鳴も聞こえる。


 私はムチ打たれたようにこたつを飛び出した。

 ナタを引っ掴んで戸口から出ると、猛烈な風で押し戻されそうになった。

 外は小麦粉にドライヤーを突っ込んだような有様だ。

 何も見えやしない。

 でも、何かが激しく動く気配は感じられた。


「こっちだ!」


 私は大きな声を張り上げた。

 ザッ、ザッ、ザッ――!!

 雪を踏む音が近づいてくる。

 そして、白い闇の中から人影が飛び出してきた。


 子供だ。

 男の子。

 10歳くらい。

 熊じゃなくてよかったと安堵したのも束の間、その後ろで何かが伸び上がった。

 狼だった。

 宙に高く弧を描くと、巨大な顎で少年の頭部に食らいついた。

 フードが破れ、中から真っ白な髪があふれ出す。


 私は目を見開いた。

 少年の頭に大きな角があったからだ。


「魔族……」


 私の知る限り、角がある種族は魔族だけだ。

 そして、魔族は『魔王の眷属』と言われている。

 忌むべき敵であり、討伐対象にしている地域もあると聞く。

 爺さんも事あるごとに奴らには気をつけろと言っていた。


「だから、なんだってんだ!」


 異世界人の私にそんな事情は関係ない。

 子供がピンチなら助けるのが大人ってもんだ。


「ウチに入ってな!」


 私は少年の背を押して、狼と向き合った。

 並び立つ牙の隙間から白い息と唾液が噴き出している。

 思ったより怖ぇ……。


 納屋には爺さんの鎧コレクションがズラッと並んでいる。

 スキルを使えば、狼なんてひと蹴りにできる。

 でも、取りに行っている暇はなさそうだ。

 憑依すると本体が無防備になってしまうのも大変マズイ。


 家の扉はすぐ後ろだ。

 逃げ込んでしまえばひとまず安心だ。

 でも、背を向けた瞬間ガブリとやられそうな気がした。


「やるっきゃないか」


 私はごくりと生唾を呑んで腹をくくった。

 来るなら来い。

 でも、来ないならそっちのほうがいい。

 おいポチ、囲炉裏にイワナの串焼きがあるんだ。

 あんたにあげるから、帰っとくれ。


「オガア――――ッ!!」


 ひと吠えすると、狼は低い姿勢からハヤブサのように突っ込んできた。

 想像の3倍速かった。

 私は慌ててナタを横振りにした。


 ドツッ、とたしかな手応え。

 同時に左腕に激痛が走った。

 私が振ったナタは狼の首元に深く食い込んでいた。

 でも、狼の牙も私の腕を捉えていた。


 ぎゃん、とすごい鳴き声がする。

 狼はしばらく転げまわっていたが、ついには赤く染まった雪の上で事切れた。


 私も尻餅をつく。

 腕が熱い。

 幸運なことに、出血はたいしたことはなかった。

 でも、脚に力が入らない。

 こういうのを、腰を抜かすというのだろうか。

 たかだか狼1匹にこのざまでは、私が生身で冒険者をするなんて自殺行為だろう。


「やっぱ、こたつの中が一番だな」


 あらためて、そう思った。


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