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10 ゴブリンの巣穴1


 耳の剥ぎ取りを終えると、ランズはゴブリンの腹に短剣を走らせた。

 臓物が自重ででろんとこぼれ出る。

 グロテスクな光景だ。

 でも、ランズはおままごとをする女の子みたいに笑っていた。


『胃の内容物でも調べるの?』


 私は遠巻きに尋ねた。

 食性を調査するためには胃の中身を調べるのが一番だな、とか思いながら。


「それも興味がありますが、もっと切実な欲求からくる行動ですよ、これは」


 ランズは慣れた手つきでゴブリンの毛皮を引き剥がした。

 少し離れたところではユミエとグラーシュも同じ作業に精を出している。


「実は、スノウゴブリンの毛皮は王都のご婦人方に大人気なんですよ。抜群の暖かさに加えて、肌触りも最高ですからね。さすが都会人ですね。いい趣味してます」


 きっと王都のマダムたちはスノウゴブリンがいかに醜いかこれっぽっちも知らないのだろう。

 知らなくてもいいことは世の中にたくさんあるのだ。


『じゃあ、高級毛皮なんだね』


「はい。討伐報酬よりよっぽどおいしいですよ」


 なら、私はあえて手伝うまい。

 素人がやるとダメにしてしまいそうだ。


 しかし、そうすると、手持ち無沙汰になる。

 退屈だ。

 私は退屈が一等嫌いだ。

 何かできることはないだろうか。


 そう思って周囲を見渡したそのときだった。

 キラッ、と。

 雪の中で何かが光った。


『ユミエ――ッ!!』


 私は細い腕を強引に引っ張った。

 抱くようにしてユミエをかばい、光ったものに背を向ける。

 ほとんど反射的な行動だった。

 ただの木漏れ日のいたずらかもしれない。

 でも、直感がこうしろと叫んでいた。

 そして、それは正解だった。


 カン――。


 背中で硬質な音がして、足元に何か落ちた。

 針だ。

 鋭く尖った金属の針。

 動物の毛のようなものがくくりつけられている。


「吹き矢よ!」


 私の腕の中でユミエが叫び、


「ウラアアア!!」


 間髪入れずにグラーシュが抜剣した。

 雪を切ったように見えたが、鮮血が吹き出したのでそこにゴブリンがいたのだとわかった。

 危なかった。

 まだ1匹残っていたらしい。


「うああああああああ……ッ!?」


 ランズが絶叫した。

 私たちは再び強い緊張状態を強いられた。

 今度はどこからの攻撃だ?

 辺りを見渡しても何も見当たらない。


 ランズは片脚がもげたような声を轟かせたまま、半ば四つん這いになりながらグラーシュの足元に飛びついた。

 そこには、雪のトンネルがぽっかりと白い口を開けていた。

 さっきゴブリンが吹き矢を放った場所だった。


「こ、ここ、これ! ゴブリンの巣の入口です! すごいですよ! 彼らは巣を巧妙に隠しますから、見つけ出すのは至難の技なんです! ふおおおおお!」


 なんだ、そんなことか……。

 驚かせやがって。

 私たち3人は拍子抜けした気分で、肩の力を抜いた。


「そ、そろそろ離しなさいよ」


 ユミエが腕を突っ張って私から離れた。


『ああ、悪い。大丈夫だった?』


「お陰様でね。あんたがかばってくれたから命拾いしたわ。礼を言っておくわね」


『そう。ユミエに怪我がなくてよかったよ』


 私は鎧の高みからユミエを見下ろし、なんとなく、その頭をなでた。

 私を見上げる顔が途端に赤くなった。


『……』


「……」


 刹那の間、視線が重なる。

 なんだろう、この感じ。

 恋愛漫画でボーイとガールがミーツしたときのような、ぽわんぽわんした桃色の空気を感じる。


『あー、ええっと……なに?』


「な、なな、なんでもないわよ! ただちょっと、ほんの少しだけ、あんたが格好良く見えたってだけ! ……って、わわわ!? あたしったら何言ってんだろ!?」


 ユミエは赤みを強めた顔の前で両手をわたわたさせている。

 そして、キッと私を睨んだ。


「い、今言ったことは嘘よ! 忘れなさいバカ!」


『わかった。喜んで忘れよう』


 同性に惚れられたい願望など私にはない。

 いくら退屈でも遠隔鎧でエルフのおばさんと恋愛ごっこするのは願い下げだ。

 もう忘れた。

 私ゃ、なんも覚えとらん。


「ちょっと、あんた! 簡単に忘れてんじゃないわよ! こら、タクナったら! もー!」


 これはこれでユミエは気に食わないらしい。

 面倒なおばさんだ。


「おい、タクナ! 手ェ貸してくれ!」


「止めないでください、グラーシュさん! うわあああ!」


 巣穴に潜り込もうとするランズの両脚をグラーシュが綱引きみたいに引っ張っている。


『楽しそうだね。私、見てていい?』


「見てねえで手ェ貸せ! このインテリ坊主、巣穴に潜るっつって聞かねえんだ」


「ゴブリンたちの生活空間! 俄然興味があります! 行かせてください、グラーシュさん!」


「あんたたち、遊んでないで剥ぎ取りしなさいよ」


「失敬な! 断じて遊んでなどいません! これも立派な冒険者の仕事ですよ!」


 ズレた丸眼鏡をチャキっと直してランズは言った。


「皆さんはご存知ないようですが、ゴブリンの巣穴には宝物部屋もあるんですよ! 大きな群れでしたし、きっとお宝ザックザクですよ!」


「ほーもつ、べや……」


「お宝ザックザクだとォ……」


 ユミエが目の色を変え、グラーシュもランズを解放した。

 実にわかりやすい反応だった。


「そいつァ聞き捨てならねえな」


「そうね。でも、あたし、巣の中に潜るなんて嫌よ? まだ残党がいるかもしれないし」


「なら、掘り返すっきゃねえなァ!」


 グラーシュが巨大なモグラみたいに雪を掻き始めた。

 ランズが渋い顔をする。


「事はそう簡単ではありません。積雪の多い地域では、ゴブリンの巣は二層構造になっているんですよ。まずは、雪の層です。巣を中心にして四方八方にトンネルを掘っています。そして、その下に地面の層があります。こちらも迷宮のように入り組んでいて、当然、宝物部屋があるのは地下の巣です」


 つまり、雪の巣を掘り返したところで、お宝が出てくることはないということか。

 かといって、巣穴に潜ればロクに身動きすら取れずゴブリンの餌食となりかねない。


「お手上げじゃないの」


 ユミエの言葉で一気にシラけた空気が広がった。


『じゃあ、私が見てこようか?』


 私は軽く手を挙げて名乗り出る。


「あんたじゃそのデカイ鎧が引っかかってコルク栓みたいになっちゃうんじゃない?」


 鎧のままならそうなるだろう。

 でも、私の憑依コントロール対象はなにも鎧だけではないのだ。


『まあ、任せておきなよ』


 私はドンと胸を叩いて請け合った。

 がごーんと頼りない音が響いてしまったのは慙愧の念に堪えない。


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