1 深雪の辺境地
立て付けの悪い戸板がバタバタと暴れている。
すきま風が家の中をひとめぐりすると、私はぶるりと体を震わせて、こたつに潜り込んだ。
外は今日も吹雪いている。
異世界有数の豪雪地帯、ドシュネー。
王国の最北端に位置するこの地では、1年の半分は外出もままならないほどの猛吹雪に見舞われる。
「今日で10日かー」
どうも数年に一度の大寒波が来訪しているらしい。
この調子ではいつ外に出られるかわかったものではない。
幸いにして、備蓄は山のようにある。
ひと月は巣篭もりできる計算だが、蓄えより先に気力のほうが尽きてしまいそうだった。
「暇だ……」
とてつもなく暇だ。
せっかく異世界に転生したというのに、何が悲しゅうてこたつを甲羅に亀の真似事をしなければならないのだろう。
捨て子だった私を拾い、育ててくれたドワーフの爺さんが生きていた頃は、話し相手がいた分、まだ幾分かマシだった。
今では完全にひとりだ。
お隣さんでもいれば食材を持ち寄って鍋パでもするのだが、あいにく、隣家は山2つも向こうにある。
この吹雪ではたどり着く前に氷のミイラになってしまうだろう。
もっとも、あの顔が光るイケメンエルフとひとつ屋根の下で鍋をつつくというのもゾッとしないので、これに関しては悪いことばかりでもなかった。
「はあ……」
私は今日何十回目かの長嘆息を吐き出した。
今ほど誰かと話したいと思ったことはない。
盛りに盛った爺さんの冒険譚が懐かしい。
「冒険かぁ。いいな、冒険。行ってみようかな」
私はこたつの中で身をよじった。
囲炉裏の火が照らす暗い居間の片隅に、直立している影が見える。
全身鎧だ。
どこぞの暗黒騎士を彷彿とさせる漆黒の鎧。
爺さんが若かりし頃、冒険者だった頃に装備っていたものだとか。
十中八九、嘘だろう。
寸胴体型の爺さんにあの長身男性用の鎧を着こなせるとはとても思えないからだ。
「へ、へっへ……」
鎧にハマって藻掻くひげヅラの老爺を想像すると、私の口から変な笑いがこぼれた。
「しかし、暇だな」
退屈すぎて死にそうという言い回しがあるが、今の私がまさにそれだった。
事は命に関わる。
何か夢中になれるものでも見つけないと私の死因は「退屈」になってしまいかねない。
「いっそ本当に冒険に行ってやろうか」
私は寒いのを堪えながら、片腕をうんと伸ばした。
氷のように冷たい金属の足に触れると、私の意識はまぶたを閉じたように真っ暗になった。
そして、刹那のうちに視点が切り替わる。
『……』
足元にとてつもない美少女が転がっているのが見えた。
私だ。
こたつから片腕を出したまま寝息を立てている。
私は鎧を操って自分の本体をこたつの中に押し込んだ。
そして、バタつく戸板を開けて外に出る。
白い突風が吹き付けたかと思うと、あっという間にフルヘルムの目穴が雪で蓋がれてしまった。
しかし、これっぽっちも寒いとは感じない。
固有魔法『遠隔操作』――。
本当に便利なスキルだと思う。
念じるだけで「モノ」を動かすことができるのだから。
念じるとは言っても、念動力とはちょっと違う。
どちらかと言えば、憑依だ。
このスキルのおかげで、私は本体をぽかぽかのこたつの中に置いたまま、極寒の外仕事をこなすことができる。
そして、このスキルに距離や時間の制限はない。
『行こうと思えばどこにでも行けるんだよな』
私はがらんどうの鎧をぐわんぐわんと鳴らして独りごちった。
思い立ったが吉日という。
やることもないし、
『行くか、冒険』
指で着氷を拭い、私は決然と前を見た。
そして、あてどなく歩き始めたのだった。
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