第五話 石炭紀へ
1.凍てつく星
ロケットが惑星に近づくにつれ、地表の輪郭が、そしてその質感が、じわじわと浮かび上がってきた。
その姿は、見慣れた現代の地球とはまるで異なっていた。
石炭紀の地球――遠目にも、重く、冷たく、沈んで見えた。
想像以上だった。
南半球を覆うゴンドワナ氷床は、内陸深くまで食い込み、北の高緯度にも氷雪が牙を剥いている。
温帯域のほとんどは、乾いた風にさらされた褐色の砂漠で、緑が残されているのは、赤道直下のごく一部と、沿岸の湿潤地帯だけだった。
特に南方と高地では、分厚い氷が山脈を飲み込み、そこがいかに厳しい寒冷地帯であるかを、容赦なく示している。
マンモスが生きた更新世よりも――いや、それ以上かも――寒い世界が、眼下に広がっていた。
後期古生代氷河期。
この時代は、現代から数えて最後から2番目の氷河期にあたる。
そして、異常に長い。
最後の全球凍結からこちら、最長の氷河期である。
7000万年――恐竜が絶滅してから今までを超えるほどの長さ、氷河期が続いたのだ。
この大氷河期に比べれば、マンモスが経験した氷河期など、おもちゃのようなものである。
けれど、「石炭紀」と聞いたときに人々が思い浮かべるのは、たいてい赤道直下の湿地の森だ。
それは、ヨーロッパやアメリカ合衆国といった、化石が見つけられやすかった地域が、たまたま当時の赤道帯に位置していた――ただ、それだけの理由にすぎない。
赤道直下には、濃密な熱帯雨林。
南方には、果てしなく広がる氷河。
そしてその狭間に広がるのは、乾ききった砂漠の大地
――それは、一般に思われている「温暖で湿潤な石炭紀」のイメージとは大きく違う。
しかし、決して新奇なものではない。
——大陸移動説を唱えたウェゲナーは、ぎょっとするほど正確な石炭紀の地図を描き出している。
かの有名な古典「大陸と海洋の起源」(1915年!)の第35図をみてみよう。
ゴンドワナ――インド、南極、南米、アフリカ、オーストラリアがくっついた超大陸――に石炭紀から巨大な氷河が分布し、ヨーロッパやアメリカ、中国に広がる石炭地帯が赤道直下に並び、北米西部やアフリカ北部には広大な乾燥帯が広がっていることを描ききっている。
――目の前にある、ほとんどそのままではないか。
先人達には、驚かされるばかりである。
ところで、ここで有名な大陸移動説の論拠について、少し触れてみよう。
ウェゲナーが着目したのは、迷子石――氷河によって運ばれ、奇妙な場所に取り残された岩石群――である。南米、アフリカ、インド、オーストラリア、それぞれの大陸に似たような迷子石が散らばっていることは、それらがかつて一体であった証拠である。
グロッソプテリスやガンガモプテリスもまた、大陸移動説の重要な根拠として有名だ。
あまり強調されることが少ないけれど、これもまた、氷河の縁に沿って生育した、寒地性植物である。
これらの植物が、インドや南米、アフリカといった遠く離れた大陸に共通して分布することに注目したのは、スピノサウルスの発見者としても有名なエルンスト・シュトローマーである。
なお、当時はこの奇妙な分布が大陸の移動によるのか、それとも大陸間をつなぐ陸橋をつたって移動したのかに関して論争があった。インドの著名な古植物学者であるビルバル・サーニはこれについて研究しているが、はっきりとした結果は得られなかったようである。
これは完全に余談だけれど、大陸移動説の根拠として挙げられた生物分布は玉石混淆である。
たとえば植物分類学の大家アドルフ・エングラーは大西洋を挟んで分布する類似種に着目したが、あまりに近縁すぎて、大陸の分断よりはむしろ最近の分散と考える方が自然な例も多い。
先にも述べたシュトローマーも、海を渡れるはずがない生き物が大西洋をまたいで生息するとしてマナティーに注目したけれど、むろんアフリカと南米が分離した遥か後に生まれた生き物であって、昔のマナティーは海にもいて、今のマナティーが陸封化された、という意見のほうが有力である。
宇宙から見下ろすと、北方もたしかに白く見える。
これはウェゲナーが描いていることとは異なるようにも思って、意外に思った。
――が、現地は南半球でいう夏らしい。となればもちろん北半球は冬なわけで、おそらく季節がらの降雪なのだろう。
ところでウェゲナーは北方に氷河の痕跡が乏しいことにも気づいていた。彼の描く大陸配置では北極がすべての大陸から離れており、そのためだとも述べている。
なお、目の前の白い部分が、本当に一部は氷河や流氷であることも捨てきれない。
なぜなら、ある程度の氷山や氷河が北方には一部に存在していたことが、シベリアの迷子石やダイアミクタイトから示唆されているからだ。
2.降下
再利用型ロケットが再突入を開始する。
石炭紀の大気に対応した旅客ロケットの開発は、間に合わなかった。
仕方なく、汎用型のライフカプセルを搭載した調査・開拓用の貨物ロケットを流用する
――乗り心地は、最低だ。
機外カメラすら視界が狭く、ろくに見えない。
プラズマが船体を包み、外の景色が消えた。
電子機器にはノイズが走り、通信は絶たれた。
もしここで何かが起きたら、何が起きたのかまったくわからないまま消し炭になることだろう。
機体が振動し始める。
最初は軽い揺れだったが、次第に金属がきしむ音とともに激しくなっていく。
耐熱シールドが超高温の空気に叩かれ、断続的な衝撃が船内を震わせる。
低くうなるような音が腹の底に響き、時折、甲高い異音が混じる。
船体がバラバラになりはしないかと、不安がよぎる。
体に猛烈なGがかかる。座席に深く沈み込み、全身が圧縮されるような感覚が襲う。
肺が押しつぶされ、呼吸が浅くなる。
――視界の端がわずかに暗くなるが、ブラックアウトするほどではない。
降下速度が制御され、やがてGがやや緩和される。
しかし、また違和感が走る。
重力が回復するにつれ、血液が下へと引かれ、顔の毛細血管がじわじわと圧迫されているのだ。
視界が赤みを帯び、頭部が重くなる感覚がある。
だが、それでも――レッドアウトするよりはマシ。
降下の最終段階。
ロケットは逆噴射を継続しながら慎重に姿勢を整え、巨大なアーム――通称「チョップスティック」が広がる。
機体がゆっくりと下降し、慎重にアームへと誘導。
船体の振動が次第に弱まり、金属同士が擦れる鈍い音が耳に響く。
一瞬の静寂の後——ガンッ、と低く鈍い音が響き、船体が大きく揺れた。
機体が、アームに掴まれ、振動が金属の骨を伝い、ギシギシと船内に広がっていく。
わずかに機体が揺れるが、すぐに安定する。
ロケットはステーションに屹立した。
タワーを介してカプセルがおろされる。
着陸して驚いたことに、ライフカプセルは地面からさかさまになり、背中から宙づりにされ、頭を下にしてぶら下がっている。
――一週間近く、風呂にもトイレにも行けていない。
そんな宇宙旅で体から分泌された、汗とも何とも言えない体液が顔に垂れてきた。
「あ、くさい、くさいですね。これ何とかならないですかね」と、顔をしかめざるをえなかった。
逆さ吊りの理由に、ようやく気付く。
そうか。逆噴射のとき、ライフカプセルが上を向いているとマイナスGで脳に血流が溢れ、レッドアウトする恐れがあるというわけか。
「体液まみれになるほうがマシか…」と呟くと、アリアが「慣れれば平気よ」と淡々と返した。
うーむ、それにしても何とかならないのか、これ。
3. 洗礼
耳の奥が、まだ低く震えているようだった。
もう石炭紀の地上に出たとわかっていても、まだ冷や汗がにじんでいた。
もちろんながら、泥炭湿地や氷河や砂漠の上に不時着してしまったわけではない。
私たちの乗るロケットが降下したのは、海上に設けられた発射台。
滑走路まで備えているので、航行能力のない空母みたいなものだと思ってもらえればよい。
ご丁寧にも、ヘリコプターとプロペラ機まで駐機している。
10日ぶりに踏みしめる、本当の重力。
遠かった――そして、きつかった――
全身の筋肉が、うれし泣きしているかのように、プルプルと震える。
膝がガクついて、生まれたての小鹿みたいになった。
完全に計画された通り、きっかり、時間通り、何もトラブルなく。
いや、だからこそ――時空旅行、怖い。
そう、これはまさに、大航海時代の命がけの航海の、現代版だ——。
そんなことを思いながら、全身に取り付けられた電極をバリバリと引きはがす。
メディックすらいないので、自分で。
——もし体調不良を催したら、どうするつもりなんだ?
それにしても、沢山電極が張られたものだ。心電図をモニターしたり、不快な電気刺激を起こして筋肉を細かく収縮させ、エコノミークラス症候群や筋肉の萎縮を防いだり。
点滴が刺さっていた左前腕は機密され感染は免れていた。
でも、周囲に内出血して、ひどい青あざになっている。
尿道カテーテルを抜く。
あの独特の、背筋が凍るような、ぬめっとした感覚とともに、解放感がどっと押し寄せた。
――これで、一週間以上も詰め込まれて異臭を放つ棺桶ともおさらばだ。
体はじっとりと汗にまみれ、下半身の汚物がこびりついている。
それを拭ってもなお、体じたいが、酸味を帯びた異臭を放っている。
――正常な衛生感覚を持つ人なら卒倒を免れない状況だった。
もちろん、私はどこかの森にでも落としてきてしまったものである。
それでもまだ、何とかして体を清めたい、という感覚はポケットの隅に引っかかっていたようだ。
へろへろと、まだ慣れない空気と地面の重みにふらつきながら更衣室のドアを開ける。
シャワーはもちろん、用意されていた。
しかし浴びると、すぐに舌の奥にしょっぱい味が広がる。
口に入った水が塩水だったと気づくのに、そう時間はかからなかった。
そしてその瞬間、鋭い痛みが走る。
前腕の傷や青あざ、気付かず出来ていた沢山の傷に、塩が沁みていた。
――せめて生理食塩水にしてくれよ。
そういえばアリアはよく半袖で配信しているが、あの青痣は見たことがない。
どうしているんだろう・・・?
そうだった――火星生まれは“成人”の儀式として、CVポート──中央静脈路アクセスの埋め込み──を受ける。宇宙航行に耐えられる身体こそ、“大人”とされる文化なのだ。
地球生まれとスペースノイドじゃ、そりゃあ旅への耐性が違うのも納得だ。
海水シャワーにまみれたあと、体が乾くにつれて髪の毛がべたつき、体にこびりついた塩水が濃縮されていく。
点滴の抜去痕や電極をはがすときできた気付かないほどの小さな傷に、塩の結晶が刷り込まれていくようだ。たいへん我慢ならない。
確かに、糞尿にまみれたままでいるよりはマシだが――それでも最悪だと、言わざるを得ない。
げんなりしていると、「淡水のシャワーはあっちにあるわ。」と、壁越しにアリアの澄ました声が聞こえた。
ああ、こういうのも慣れているんだろうなあ。
どうやら最初のシャワーは海水、次に淡水を使うというきまりらしい。
なるほど、海上基地ならではの水資源の節約だろう。
ぬるい淡水が皮膚を流れるだけで、ひととき、体も心も、ふっと力が抜けた。
――とはいえ、観光に来るつもりだったのに、まるで最初の開拓者になったかのような気分だ。
全てが終わった後でも、カテーテルが挿入されていたところがなんとも、むずむずする。
しばらくは、頻回にトイレに駆け込む生活になるかもしれない。
用意されていた着替え――旅費に含まれていた――は、なんともやすっちい麻製のような貫頭衣だった。それでも、あのぐしょぐしょのがびがびの、異臭を放つ服をまた着ることにならないだけ、だいぶましと言えるだろう。とっとと荷物から持ってきた服を取り出して、着替えたいものだ。
こんな最悪のサービスにおいてもさすがに観光客を全く想定していないわけではないらしい。
窓際ではリンボク”らしきもの”が育てられていた。
しかしその姿はあまりにもみじめで、死を待っているだけかのようだった。
本来10m以上まで育つはずのものが、わずか30㎝ほどで成長の最終段階にあたる胞子嚢をつけようとしている。葉色も非常に悪く、黄ばんで黒い斑点が出ていた。
これを見て、「石炭紀の自然ってすごいね」と感動する観光客がいるなら、その感性はもう救えない。
ターミナルを一歩出ると、ロケットの離発着に有利な赤道に比較的近い地域にあるにもかかわらず、涼しい風が通り抜ける。夜になれば、肌寒いだろう。
荷物の準備にはまだ時間がかかっていて、あのスカスカのゴワゴワな貫頭衣を着ている。
風が通り抜けて、じつに寒い。
――アリアがいた。
あの微妙な支給服を着ても、一介の探検家みたいに見える。
「ケイ?石炭紀やペルム紀前期では、息をするのを忘れないようにするのよ」
「あっ、二酸化炭素が少なすぎて呼吸中枢がバグるってわけか」
アリアが肩をすくめた。
「ま、与太話だけどね」
ケイは一瞬黙ってから、ふっと笑った。
背筋に風が触れる。
旅は、ようやく始まったばかりだ。
宇宙港は、虚無。
発射台、滑走路、僅かな――おそらく管制員用の――プレハブ、あとは駐機しているヘリコプターとプロペラ機を除けば、ほとんど何もない。
海の果てに、かすかに霞む山影。
緑があるのか、それともただの影か──見分けるには、まだ遠すぎた。
海を見渡せば、同じような発射台は2キロほど距離をあけて、ぽつりぽつりと点在している。
――にもかかわらず、街らしきものはまるで見当たらない。
舟くらい航行していてほしいものなのだが。
最も田舎な植民惑星、誰も訪れない場所、かつて”首都が一晩にして消滅した”星
――その噂は、伊達ではない。
そもそも、首都のような町はほんとうにこの惑星にあるのだろうか?
無人の惑星に降りてしまったかのような、印象すら受けた。
――誰も石炭紀に行ってきた話をしないのがよくわかった。
そう、こんな星に好き好んで来る物好きなど、いないのだ。
海の中を覗き込むと、なにやら色鮮やかなウミユリがたくさん、とりついているのがみえた。
それは、パンサラッサに口を開けた巨大な内湾の海上にある。
この内湾は、非常に大きく目立つにもかかわらず、地質学的なはっきりした名前がない。
Itaituba-Piauí sea と呼ばれたりするが、なかば非公式だ。
現在ではちょうど南米北部、アマゾン盆地あたりに相当する、海進によってできた巨大な湾である。
パンゲアは、じつに平たい大陸である。
だから少し海水面が上がると、内部まで海が広がる。
砂漠だったところが、あっという間にサンゴ礁になる。
――ここに発射基地――もうこんなものを宇宙港とはいいたくない――があるのは、必然なのだろう。
深く入り込んだ湾は四方をちょうどよく、ある程度の山が囲んでおり、波が少ない。
そして、周囲の湿地林はあまり発達しておらず、乾燥地帯に囲まれている。
泥炭が発達していない――これは、上陸場所選びに最も重要なことだ。
30㎝ほど泥炭が積もっているだけで、その場所に居住することは困難になる。
湿らせたままでは上に建てたあらゆるものが、予期せず沈んでいってしまう。
そして、酸素濃度30%を超えるこの大気では、もし泥炭を干拓して上に住もうとすれば――
ライターを持ったまま、着火剤の上でタバコを吸うようなものである。
かといって、砂漠の真ん中に住めというのも無茶な話だ。
石炭紀の植物は、乾燥に耐えるほど進化が進んでいない――のではなく、二酸化炭素濃度が低すぎて気孔コンダクタンスを下げられないので、水ストレスに脆弱である。気孔を閉じれば水は守れるが、そうすると二酸化炭素を取り込めず、光合成ができないのだ。
砂漠においてすら、雨のもととなる水蒸気は植物の蒸散に依存する。
だから――砂漠に設営すれば、本当に雨が一滴も降らないという地獄を味わうはずだ。
氷河の上?悪くはないかもしれない、しかし、そもそも、ロケットの打ち上げに不利だ。
そう思うと、こんな虚無でも、まだこの惑星の中では、一等地であるように思われた。
まだこれは旅のはじまりにすぎない。
「石炭紀の惑星に来たのでリンボクの森が見られるはずだ」というのは、「地球に上陸したので野生のライオンが見られるはずだ」と言うようなものだ。
つまり、ここからさらに、世界旅行に匹敵する移動が必要になる。
この“人類世界でも有数の田舎”には、それでもたしかに多くの植民市が建設されている――はずだ。
しかしその多くは、氷の下に眠るメタンなどの天然資源を採掘するため、巨大な大陸氷河の縁や、乾燥の激しい半砂漠地帯に点在する、ごく小規模な採掘都市だ。
その多くは現在でいえば南米に相当する地域に集中していて、リンボク類が繁栄するヨーロッパや北米までは相当な距離がある。
もちろん、そこへ向かう便はごくわずかしかない。
この海上基地からの直行便は、一週間後。
一方、南方の氷河地帯にあるコンゲラード市からは、2日後に便が出るという。
結局のところ、石炭紀と聞いて誰もが思い浮かべるような“熱帯雨林”に行くには、
まずは氷河に面した、凍てつく都市を経由しなければならないのだ。




