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レピドデンドロン(Day7)

ジャングルが、ぱっと開けた。


頭上を覆っていた葉の天蓋がふっと途切れ、むせ返るような湿気の中に、じりじりとした直射日光が刺す。

雲ひとつない石炭紀の空が、突如として視界に広がり、あまりに強い光に思わず目を細める。


――そして、目の前に広がる光景は、まさに圧巻だった。


ぬかるみを挟んですぐ先に、見渡すかぎり一面の“草むら”が広がっている。

だがそれは、現代のそれとはどこか違う。

見慣れたイネ科の草原とはかけ離れていて、まるで“草に似た何か”が延々と連なっているようだった。なんというか、ただの棒のような。湿地帯でみかけるイグサ類を思わせる、鋭くとがった”葉”の群れ。

風にそよいで、鈍く銀色に光る。

試しに一本をつまんでみると、ぷすっと音を立てて潰れた。

中は中空で、手に着いた汁は、ちょっと青臭かった。


その“草むら”の只中から、何十、何百、いや、何万という数だろうか――

見渡す限り、緑灰色の塔が立ち並び、風景そのものを塗りつぶしていた。

まさに、自然の柱廊コロネードである。


幹は、まるで地面から生えた一本の杭のように、ひたすらまっすぐに天へと伸びていた。

滑らかで、緑灰色の鱗片に覆われ、どこまで行っても枝が出る気配はない。


多くは、一つの枝も持たない、ひたすらまっすぐな塔。

緑灰色の”鱗”に覆われ、そこから鮮やかな緑色の葉が出ている。

とくに先端の数メートルには艶やかな葉が密生し、糸のように細く、風に揺れ、陽に輝く。


ごく一部の、成熟しきったとりわけ巨大な個体だけが、霞むほど高いそのてっぺんで初めて分岐を始めていた。まるで、ようやく“木”になることを思い出したように。

分岐は、はるかはるか上空。

じりじりと照り付ける日の光に向かって、手を広げている。

その樹冠はほとんど”枝だけ”で、逆光のせいで、空中に張りついた蜘蛛の影のように見えた。


樹冠の霞みが、スケール感を大きくしている。

しかし、奇妙なことに樹冠が霞んで見える木々と、くっきり見える木々がある。

――胞子だ。

莫大な量の小胞子が、樹冠の周囲だけぼわっと空気を霞ませているんだ。


――時刻は15時。レピドデンドロンが、午後の胞子を飛ばしている。


大きすぎて、スケールがまったくつかめない。

見上げすぎて、首が痛くなる。


私たちはさっきまで、森にいたはず。

なのに、その塔たちは、その森ごと眼下に見下ろしている。


そのあまりの神聖さに、言葉を失うしかなかった。

時折、柱の間に木性シダやシダ種子植物が顔を出している。

すると、いよいよその異常な大きさが際立つ。

さっきまで見上げていた木々が、いまではまるで下草だ。


足元を見下ろすと、さっきまで辿ってきた“木道”が、ふっと途切れている。


目の前にあるのに――ここから先は、泥炭の支配する“偽りの大地”だ。


否。

私はためらわなかった。

一歩、踏み出した。

重荷になっていた“かんじき”を脱ぎ、ただの靴で。


“草の上は、踏んでも沈まないものだ”――湿地を歩くうえでの原則である。

実を言えば例外だらけなのだが、今回はとくに安全だとわかり切っていた。

なぜなら――目の前のこの“草”は、そもそも草ではない。


レピドデンドロンの、根だ。


昨日、水中にたなびいていたレピドフロイオスの根と、構造的には同じ。

地上に突き出して緑色を呈している部分の下には、根を支える担根体が縦横に走っている。


つまり、これはちゃんとした“足場”に裏打ちされた、緑の道だ。

そうとわかっていれば、沈むことなど恐れる必要はない。

足の裏で感じる担根体の感触を確かめながら、おそるおそる、その”塔”に足を進める。

担根体――化石ではスティグマリア・フィコイデスという――というのは、リンボク類が地下に張り巡らせる支持器官であり、栄養吸収機関であり、光合成器官だ。

10mを超える担根体が木の根のように地面を這いまわり、周囲に根を放射状に投射しながら地表を覆う。それは地面を覆いつくし、地面の上に地面を作り、大地を吸い上げる。

踏みしめた感触は、しっかりとした硬さを持っていながらも、しなやかだった。

――とはいえ、踏み外したらどこまで沈むか知れたものではない。

そう、私がいま乗っているのは泥炭地の上に浮かぶ、浮島のようなものだから。


――これ、どうしよう?

アリアは”木道”の上で呆然としていた。

いや、木道なんて立派なものじゃない。倒木を並べただけの、ただの即席通路だ。

靴を脱いでソリの上に座り、ディスプレイを並べて即席のドローン管制基地を作る。

ここまで持ち運んできた撮影装備が、ようやく活躍するはず――だった。


……それにしても、でかい。圧倒的にでかい。

中生代の巨木も大きかった。

あれはあれでとんでもなかった。セコイア級、いやそれ以上も見た。

でも、目の前にあるレピドデンドロンの群生は、そんなもんじゃなく巨大に見えた。



しかし、画面に映し出されるプレビューを見て、顔をしかめる。

目の前にあると圧倒的な圧迫感なのに、画面上に映ると、アスパラガスの林立に見えてくる。

ケイが塔に近づいていくというよりも、アスパラガスに向かってケイが縮んでいくか、もしくはアスパラガスがどんどん遠ざかっていくように見えてしまって、もうだめだ。


理由は明らかだ――目の前にあるのは、森の中にある巨木、ではない。

目の前にあるすべてが巨大で、空間そのものを圧迫してくる。

だからだ。


さらに、しごく当然なことがある――石炭紀の自然には、私たちの見慣れた”ものさし”になるような大きさの基準がまるでない。


太い木が大きい――それはふつう、当然のこと。

だから巨木は森の中で、他の木々と比べてもとりわけ太いことで特別になる。


それに比べて――。レピドデンドロンは一様に、規格品のように同程度の太さ。

森というより、葦の茂みとか、トクサとか、そういう――巨大な草の茂みのように見えてしまう。

なぜなら――レピドデンドロンは、根元で太くなってから上に伸びるようだから。

おかげで、大木も幼木も太い柱。


この景色は、実際に訪れればすさまじい。しかし、絶望的に絵にならない

――というより、人間は、この状況を画面越しに理解し感動するすべを持ち合わせていないのでは?

そう思った。

見えるもの――人はそれらを、知っているものに変換して認知する。


「50mの塔のような植物」は、人間の認知レパートリーにない。


だから――実際に行って自分の目で確かめないと、”わからない”んだ。

それっぽい細長くて見慣れた植物

――アスパラガスとか、ヤシの木とか、そういうものに置換してしまう。


ケイが一本のレピドデンドロンに、いよいよ接近しつつある。もう少しで幹に触るくらいまで。

カメラで追ってみるけれど、どうにもならなかった。

全体を映すとケイは点にしかならないし、ケイを追えば、根元だけしか入らない。



――これ、どう映す??


止め絵では伝わらない。

固定視点では、空間の歪みも、風の動きも、あの胞子の霞みも、何も伝わらない。


指先に集中する。飛行経路を指でなぞり、視線と連動させる。

ヘッドマウントディスプレイが起動し、ローターが唸りを上げる。

機械の目を、風景に溶かす。

いや、私の目が、機械に潜る。機体を感じて、森を駆ける――

どこまでだって集中して、五感のすべてをドローンに預けるくらいで、ちょうどいい。

だってここには——人を狩る生き物なんて、何一ついないんだから。



2.

“草むら”を風が撫で、銀色の帯が走った。


一面に広がる“草むら”——正確には、レピドデンドロンの緑色の根――は、じりじりと照り付ける太陽に煌めいている。

地面から頭を出した根は厚いクチクラに覆われ、その姿は──石炭紀の草原そのものだった。



ドローンが空気を切り裂く。速度を落とさず、“草原”すれすれを低空で突き進む。

光沢を放つ緑色の根が、ローター音とともに、流れ星のように視界の端に消えていく。


一本の踏み跡ができている。

根の束がわずかに凹み、道のようになっていた。


その先に――ケイがいた。


ドローンの視界の中央に、その小さな背が見えてくる。

縦に筋の入った、直径2メートルを超える幹に手を添え、ケイはゆっくりとドローンを仰ぎ見る。


ドローンは速度を緩め、視点を固定する。

ケイはそっと、レピドデンドロンの幹に触れる。

その声が、インカム越しに届いた。


「Knorria。幹の下部。鱗状の托葉はすでに埋没するか剥離していて、繊維状の巨大な厚壁組織が露出してる。これだと種類がわからない」


カメラがゆっくりと幹をなぞる。

露出した厚壁組織が、薄灰色の繊維として、樹皮の表面に浮かび上がっていた。

托葉は痕跡もなく、ただ巨大な厚壁線維だけが幹を覆っている。


それは、“鱗木”という名前には、あまりに似つかわしくなかった。


――ただの、普通の木に見える。


幹にへばりつくように、ドローンは上昇を始めた。

午後とはいえ、照りつける日差しはなお鋭い。

灰色の幹がじりじりと熱せられ、筋のように浮かぶ厚壁組織が、金属のように鈍く煌めく。


枝も葉もない、ただひたすらに垂直な壁。


――高度、5メートル。


ドローンは速度を上げる。

まるで打ち上がるミサイルのように、灰色の塔を駆け上がっていく。


地上では、ケイが小型端末を覗き込んでいた。

ドローンのライブ映像が、リアルタイムで画面に流れている。

その表情は、芳しくなかった。


幹の表面が、少しずつ変わり始めた。

最下部ではただ縦に繊維が並ぶだけだった表皮に、微かな起伏が現れる。


――高度、10メートル。


うっすらと、縦長の鱗模様が浮かび始める。

風化で削れ、まだらな窪みとなって散らばっている。


「まだ……わからない。リンボク類だって、ようやく判断できるくらい」


インカム越しに、ケイの呟きが響いた。


ドローンのカメラが、ふと真下を捉える。

ケイの姿は、すでに小さな影になっていた。


そして、塔を囲む“草むら”の全景が広がる。

放射状の網目模様――

二分岐を繰り返しながら幹から四方八方へと広がる”草むら”が帯となって、地中に潜む担根体の走行を浮かび上がらせていた。


ドローンはさらに高度を上げる。

高度20m。

“鱗”は徐々に明瞭になり、縦長の緩やかなS字型が、くっきりと浮かび上がってきた。


そこに、声が飛ぶ。

「止めて。……クローズアップ」


映像が、ぐっと寄る。幹の表面が画面いっぱいに広がり、S字状の葉枕が詳細に映し出される。


「上下に溝があり、葉痕の下にパリクノス孔が1対。概形はS字状、葉枕の全長は5センチ。葉痕の位置は、全体の上から1/3から1/2の間……ありがとう。Lepidodendronで間違いない。おそらく、L. aculeatum。最大の鱗木だ。」


――そう。

目の前にそびえるこの植物が、本当にレピドデンドロンなのか。

それを確かめるには、地上からではどうにもならない。

地上20メートルまでドローンを駆け上がらせて、ようやく、判別できる。



高度、30m。

葉枕は徐々に丈が低くなっていく。

「L. obovatumと言われていたものだね。でも、上に行くほど葉枕の丈が低くなるのは、Lepidodendronではよくあること。判別には使えない」


高度、40メートル。

ようやく、二分岐が現れた。


てっぺんで枝分かれした樹冠は、鹿の角のように分岐を繰り返し、

その途中から、にょろにょろとした印象を与える、杉の葉のような脱落小枝が無数に伸びていた。


地上、45m。

ようやく、傘のような樹冠のてっぺんにたどり着く。

脱落枝の先端についた松ぼっくりのような胞子嚢。

――胞子の雲が、樹冠を黄色くかすませている。

他の樹冠にも目を向ける。上昇気流にあおられ、胞子が、もくもくと舞い上がっていく。


そう――柱に支えられたレピドデンドロンの樹冠が、宙に浮いているようだった。


その時だった。

樹冠の一角が、かすかに光を返した。


――オオトンボ類の一種。

高度40メートルの梢に、ひっそりと佇んでいた。


そして、ドローンを見た。


長い脚をゆっくりと折りたたむ。

ばねのようにしなったその肢が、静かに空気を押し返す。


跳んだ。


羽が光を反射する。

まるで金属の薄片が舞い上がったかのようだった。


アリアの指が、反射的に視線を追尾モードに切り替える。

カメラを搭載したセンサー・ターレットは、羽の輝きをセンシングしオートフォーカスする。

マイクは風切り音を拾い、翼の撓みを演算する。

どんな機動の中でも、ぴったりとレンズは追い続けてくれるはずだ。


上空40mでの空中戦が始まった。

ドローンの機体は、わずかに旋回し、後退しながら高度を保つ。

センサーが風切り音を拾い、ローターの撓みを演算し、寸分のズレもなく機体を制御する。

振り切ることは――できる。


しかし、またとない撮影チャンスだった。


高度をわずかに下げる。するとオオトンボは滑空しながら羽ばたき、加速する。ドローンをめがけて、長く棘の並んだ足が虫取り網のように広がる。

その瞬間、急降下してオオトンボの攻撃をかわす。

――もし本当に接触したら、ローターで切り刻むことになってしまう。

オオトンボは大きくバンク角をかけて旋回し、上昇気流を受けて高く舞い上がった。

そして、また急降下を始める。

一撃離脱——それだ。


ケイは、端末に映し出される空中戦に目を奪われていた。

こんな画が見れるなんて―—思ってもみなかった。

私だけでは、絶対に無理だった。

そう――目の前にある巨塔が何であるかすら、私だけでは確かめられなかった。



3.

甲高いうなり声とともに、ドローンが帰還する。


アリアはHMDを脱ぎ、辺りを見回す。目の前に、現実の景色が戻ってくる。

――すっかり、没頭していた。

まるで、幽体離脱していたみたい。じんわりと、身体の感覚が戻ってくる。

こんなに没入したのは、初めて。

中生代でやったら、まず死んでいた。この平和な時代だからこそ――。


体を見下ろすと、いくつもの”タネ”がソリに散らばった。


ひとつを拾い上げれば、長い胞子葉の根元に、5ミリほどはあろうかというタネがついている。


「Achramidocarponだね、Lepidodendronの大胞子。」


ケイが戻ってきていた。

「これ・・・胞子?」

「そう。史上2番目に大きい胞子。一番は昨日見かけた、レピドフロイオスのLepidocarpon。」

水面に沢山浮かんでいた。笹船のような胞子葉についた、大きな「タネ」。


「あれも胞子だったっけ…もう松の実くらいあったわよね」

「中身だけで1センチくらいあるからね、あれ。Achramidocarponですら5㎜くらいある。重すぎて風で舞えないから、水に浮いて漂流したり、少しでも長い葉をつけて空気抵抗を大きくして分散しているみたい」

ふと見上げると、樹冠から、風にあおられてパラパラと、紙吹雪のように飛び散るのが見えた。


「胞子と種子ってどう違うんだっけ」


「リンボク類の場合、とても難しい質問だね。事実上、LepidocarponやAchramidocarponはほとんど種子の条件を満たしてる。これらの大胞子はどうも、樹上で胞子嚢の中で発芽して前葉体となり…小胞子も発芽して受精した状態で落ちてきている可能性がある――と考えてる。あの球果状の胞子嚢穂は風媒植物に広く共通するし、胞子葉がほとんど胞子を包み込んでいることもひどく種子的。」


「一般的には受精した状態で落ちてくるのが種子、受精する前にばらまかれるのが雌性胞子よね」


「他にも色々条件があるけど、ものすごくザックリ言うとそう。でもその観点において、リンボク類の胞子はしばしば種子としてみなされうるのでは――と思ってしまう。」


「じゃあ、種子とほぼ同じ構造が別々に“発明”されたってこと?」


「少なくとも、凄く近いところまで行ったと思う。――現在に至る種子とは別に、リンボク類において種子的なものが独自に発明されていた、といえるのかも。」


「凄くない?それ」


「凄いよ。でも、植物において、再発明は当たり前なんだよ。葉も根も、多分何回も再発明されてる。葉にいたっては5回くらいは発明されて、そっくりな形に収束しているようだからね。」


「じゃあ、もし全然違う星に、光合成する生き物がいたとしたら――地球の植物に、やっぱり似てると思う?」


「——難しい質問だけど、かなり似ている可能性が高いんじゃないかな。シダにしか見えないとか、そういうレベルのものがいるかもしれない。シダのような姿も何回でも獲得されてるから」


レピドデンドロン(Lepido=鱗、dendron=木)、もといリンボクはかなり有名な植物ですが、同時に誤解も極めて大きなものでもあります。




まず、レピドデンドロンについて書くともう誰でも「巨大なシダ」「ヒカゲノカズラのお化け」と反射のように返してくるのですが、どちらもおかしな話です。




私たちがシダとして想像する、あの三角形の羽状の葉をもつ植物は、大葉シダ植物とよばれます。この大葉シダ植物は分岐した葉脈を持つ平たい葉をもち、胞子で増えますが、根茎葉の区別がはっきりしていて、その分岐様式は様々です。




いっぽうで、小葉植物と呼ばれるものがあります。


これはヒカゲノカズラ、ミズニラ、クラマゴケ、イワヒバなどを含むグループで、葉脈が一本の小さいか細い葉を持ち、胞子で増えます。分岐はつねに二分岐で脇芽という概念がありません。その姿は全くシダ植物に似ておらず、むしろ杉の葉のようです。リンボク類はこちらに属します。




そして、大葉シダ植物、小葉植物、種子植物の関係性は以下のようになります。


ー小葉植物


ー(大葉シダ植物+種子植物)


小葉植物はシルル紀後期にはその姿をほぼ獲得し、現在の系統にいたる分岐もすでに始まっていました。大葉シダ植物および種子植物とは、4億年ほど独立して進化してきたということです。




大葉シダ植物や種子植物につながる系統は、デボン紀後期から石炭紀にかけて現れ始めます。


その過程で葉や根を小葉植物とは独自に獲得した可能性が大きいです。


シダ植物という概念を、「非種子維管束植物」としてとらえるのであれば「リンボク類は巨大なシダ植物だ」と書いたっていいのかもしれません、しかしながら身近なシダ植物に小葉植物がほとんどいないことや、小葉植物のどれもが全く大葉シダ植物に似ていない、むしろ種子植物に類似した概形であることから考えると、そう呼ぶことは大変憚られるのです。




では、ヒカゲノカズラのお化けという言説は?


これもたいへん微妙で、ヒカゲノカズラなどの葉の基部に小舌を持たないグループと、ミズニラ、イワヒバ、クラマゴケ、そしてリンボクを含む葉の基部に小舌をもつグループとは、シルル紀後期の時点ですでに分離していたようです。


後者のグループの中でも、リンボク類とミズニラ類の関係はきわめて密接で、様々な中間型がみられますし、現生のごく原始的なイワヒバ属(3億年の歴史を持つ最も古い植物属で、イワヒバやクラマゴケを含む)、たとえばヤチスギランとごく原始的かつ退化的なリンボク類、パウロデンドロンは極めて酷似していて地上部では識別困難なほどです。


というわけで、イワヒバやミズニラを差し置いて「ヒカゲノカズラのお化け」と呼ぶのは語弊も甚だしいです。それは哺乳類を差し置いてクジラを「魚のお化け」と言っているようなものです。






さて、レピドデンドロンの復元に話を移しましょう。


正直言うと、描きたくない!


ええ~。鱗木SFとか言っておいていきなりそれですか。




というわけなのですが、問題はそもそもレピドデンドロンがあまりにも昔から知られていたことにあります。


ジェームズ・パーキンソンが古代の植物は現在の植物とどうも違うらしい、と気づいたきっかけもレピドデンドロンでした。


その後、19世紀の古植物研究のはしりもレピドデンドロンとともにはじまり…ヨーロッパ各地から数十種以上、一説には300種(⁉)ものレピドデンドロンが乱立して記載されることになります。


文献を見ているとめまいがしてきますし、現代でも追い切れていないのか後々に「実は誤同定でした」というリマークがつくこともしばしば。




リンボク類は幹から枝先まで、また成長の過程での経年変化…通称「脱皮」によって大きく姿が変わり、非常につかみどころがないのです。さらに保存方法によっても異なる種名が付き、比較が困難です。


結局この混乱はいまだに解決しきっておらず、しかも当時「レピドデンドロン」と呼ばれた種のうちいくつかはかなり異なる生態を持っていたことが後にわかると混乱はさらに増悪します。




リンボク類を生き生きと生物学、生態学的に復元したWilliam A. DiMicheleは、アメリカにおいてレピドデンドロンと呼ばれていたものの中に生態や周皮の構造的に明らかに異なる属があるとして鉱化化石(つまり組織が石に置換された化石)をもとにDiaphorodendronとSynchysidendronを分離しました。しかし、そもそも基準になる鉱化したLepidodendronがほんとうに原記載のLepidodendron(これは印象化石および圧縮化石)と合致するのかよくわからないぞという問題が発生し、Clealは鉱化化石のLepidodendronにDimicheleodendronという属名を提唱するも、DiMicheleは猛反発…という事態が生じています。


(この議論はBateman & DiMichele, 2021を参照。オープンアクセスです。)


この両チームの争いはここ数年でもずっと生じているのですが、その過程で学ぶことも多いので勉強させていただいております。ここでの引用はDiMicheleらのチームのものばかりになっていて申し訳ないのですが、古環境の復元やエピソードとしての内容はClealらのチームのものも多く取り入れていきます。




さておき。


本作でのレピドデンドロンの描写は、「レピドデンドロンっぽい植物のどれか」として描くのでもそれはまあザックリとして切れ味が悪いので困ったところでした。古典的な等二分岐を繰り返す復元はHirmer, 1927から100年近くにわたってコピーが繰り返されており、実態に即したものなのかいまいち不明瞭です。








恐竜なら100年前の復元図をそのまま引用したら笑われるでしょ?








現時点で地上部の復元に関してもっともリファレンスとして優れているように思うのはOpluštil, 2010のL. mannebachenseの復元で、これは現時点ではDiMicheleのいう狭義レピドデンドロン(≒ClealらのいうDimicheleodendron)の最新の復元です。


本作ではレピドデンドロンと書いたときには主にこの復元をもとに、狭義レピドデンドロン=ClealのいうDimicheleodendronを書いています。




ざっくりいうと、成長初期の長い糸状の葉を枝垂れさせてポール状に成長し、ほぼ均等な分岐を繰り返しながら葉は短くなり、細い不等分岐を多数うねうねと伸ばして先端に球果状の胞子嚢穂をつける…といったものです。ドーム状の幼植物はたびたび指摘されてきていますがいまだにはっきりした化石証拠がないです。

幹の高さと高さによる変化はThomas &Watson, 1976を参考にしています。

これを読んでわかることは――地上からではレピドデンドロンの同定は不可能だということです。



地下部、スティグマリアおよびそこからでる”根”については、おもにDiMichele et al., 2022、D` Antonio et al., 2024を参考に復元して描いています。




一種古生物を出すうえでものすごい考証が必要になるので、疲れる…。




というか、こういう考証の出力先が「鱗木SF」です。

Bateman, R. M., & DiMichele, W. A. (2021). Escaping the voluntary constraints of “tyre‐track” taxonomy. Taxon, 70(5), 1062-1077.


OPLU, S. (2010). Contribution to knowledge on ontogenetic developmental stages of Lepidodendron mannebachense Presl, 1838. Bulletin of Geosciences, 85, 2.


DiMichele, W. A., Bateman, R. M., Rothwell, G. W., Duijnstee, I. A., Elrick, S. D., & Looy, C. V. (2022). Stigmaria: a review of the anatomy, development, and functional morphology of the rootstock of the arboreous Lycopsids. International Journal of Plant Sciences, 183(6), 493-534.


D'Antonio, M. P., Breasley, C. M., Pfefferkorn, H. W., Wang, J., & Boyce, C. K. (2024). Stigmaria: on the substrate before in the substrate. Palaeoworld, 33(4), 925-936.


Thomas, B. A., & Watson, J. (1976). A rediscovered 114‐foot Lepidodendron from Bolton, Lancashire. Geological Journal, 11(1), 15-20.

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