巨大なるもの (Day7)
色とりどりのシダ種子植物が織りなす、低層の森。
その合間に、奇妙な“塔”がぽつり、ぽつりと立っている。
その頂からは、緑の煙のように糸状の細い葉が、ふわりと煌めき、風にそよいでいる。
まるで、森の中に煙突が突き立っているかのようだった。
葉が糸状で著しく貧弱であることを除けば、そのシルエットはどこかココヤシを思わせる。
途中に枝分かれはなく、頂部に長さ1mもない葉が髪の毛のように密生しているだけだ。
ヤシの木というより――むしろズラをつけた塔、といったところか。
樹冠の直径は株の基部と同じくらいか、寧ろ小さい位である。
この植物――フウインボク(Sigillaria)は、集落周辺でも見かける種だ。建材にも、罠にも、丸太にも使われる。何度も観察してきた。
だが、ここに立つそれは別格だった。
下層を埋め尽くすシダ植物やカラミテス類の、5倍はあるだろうか。まるで、森の中に点在する煙突。天に突き刺さっている。
――30はあるかな。
そう呟くと、すぐ隣から返ってくる。
「50くらいない?」
一瞬、え? と思う。
50はさすがに……いやでも、アリアは現場経験が豊富だ。
でもやっぱり、いくらなんでもそこまで――いや、自信がない。
「30はありそうかな」
もう一度言うと、再び返ってくる。
「50くらいない?」
また同じことを言った。
明らかに噛み合っていない。それでも会話は、慣性のように、何の抵抗もなく流れてしまった。
おかしい。単位の次元が狂ってるんじゃないか?
まさか、私は“高さ”を語っていて、彼女は“距離”を語っていた――とか?
冗談だ。…冗談だよな?昨日とか妙に近かったし。いやないない。
「どの種類かな」と聞いてみた。
それでも、アリアは視線を梢に向けたまま、こう言うのだった。
「うーん、この距離じゃわからない。そもそも、まだ記載されてない属かも」
……。
さすがにそれはない。
あれは明らかにシギラリアだ。そう断言できるだけの特徴がそろっている。
他属にする理由が、何もない。
根拠がなければ、違うとは言わない。それが、私の基本姿勢だ。
でも、アリアは真剣にそう言っている。私は混乱していた。
一体どこに目をつけているんだ――もしくは、別属と判断できるくらい目がいいのか。
双眼鏡で拡大してみたが、分類に重要は葉痕や葉枕はいまいち同定できるほど鮮明には見えない。いや――ちょっとさすがに無理がある。
まさかこいつ、私が感動してるという雰囲気に合わせて適当言ってるんじゃないだろうな?
そういうの、こっちからしたら嘘と同じなんだよね。
共感信仰とか、同調文化とか――本当に苦手なんだ。
「ちょっと待って、あんたたち」
そのとき、リリィの声が、まるで翻訳エラーに赤線を引くように割って入った。
声には呆れと、ほんの少しだけ焦りが混じっていた。
「見てるもの、ズレてるでしょ」
——え?
……アリアの視線は、梢よりもさらに、その上を飛んでいた。
彼女にとっての「見どころ」は、塔ではなく、その間を舞うものだったらしい。
そのぽつり、ぽつりと立ち並ぶ塔の間を、何かが旋回している。
巨大なオオトンボ類だ。
集落で見た翼開長30㎝級どころではない。その倍ほどもある。
なるほど。あれなら「50」センチほどありそうだ。
ボートからの距離だと点のようにしか見えなかったけれど、あれを目で追いかけていたわけか。
双眼鏡で覗けば、シギラリアの”塔”で風を受け、旋回しながら下層の森を見回している。
色とりどりの葉に彩られた森には、様々な昆虫が動き回っている。
そして、葉と葉の間をぎこちなく飛び回っている。
高度を下げすぎると葉にぶつかって墜落し、高度を上げすぎたものがいると、オオトンボ類が攫って行くのだった。
――私たちの関係は、ああいうものなのかもしれない。
分かり合ったと思えば攫われ、わかっていないと気づいた時にはもう墜落している。
私たちは気が合う。だから、かえって危ない。
「わかってる」と思い込んだときに、いちばん深く、ズレる。
そう、何度も、こういうすれ違いを繰り返してきた。
けれど、私には感情の機微を読む力はない。そして、わかりきったことをいうのは野暮だとも思ってしまう。アリアは――最近距離感が以前にもましておかしい。今日にいたっては観察よりも私を見ているような気すらする。昨日泥炭にうっかりハマったから見ていられないのかもしれないけど――舟上はさすがに安全だよ。
もしリリィのツッコミがなかったら――
お互いに怒って、傷ついて、それでも理由がわからないまま、関係が終わっていたかもしれない。
「今の関係、結構気に入ってる。変わらないといいな」
アリアは笑った。でも、何も言わなかった。
……その笑顔が、少しだけ、いつもと違う気がした。




