何のために撮る? /名目上は、娯楽 (Day7)
石炭紀に出発するまであと、1か月。
旅に備えて体力トレーニングをしたり、調べ物の強化をしたりしている。
どうも向こうにはネット環境はおろかロクな通信網もないそうだ。
荷造り以降、連絡もろくに取っていない。
――そう、本当にだ。
「なぜ私」
「リンボクを主題に据えるといっても、何を撮るのか」
そう――私はアリアの動画を、そもそも、あまり見ていないんだ。
時々職場の人から「こういうの、好きなんでしょ?」と言われたりする。
そう――旅や探検が好き、生き物が好き、そういう観点で、つい一緒に見られがち。
「ケイさんもこういうの撮ったら?」
そう言われたりもする。事務の人とかから。そう、3番目の机の。
私がしょっちゅう休暇をとって探検に出ているのは、職場でも周知の事実。
でも――少なくとも、同じじゃない。
そもそも、配信に何かいいことがあるようには思えない。私はそんなに自意識過剰じゃない。
それに、私なんかが配信して、碌なことになるわけもない。
配信というのはコミュニケーションだ。
相手の見たい内容を把握し、それに沿った内容を届ける――
そもそも他人を理解不能なブラックボックスとして観察している私には、無理な話だ。
それでも、アリアは「配信に」私を買い上げたのだ。無茶な話だよ。
そう、そういうのが得意なのはAIだ。
顧客の情報をビッグデータ解析であぶり出し、求めているターゲットに届ける。
あとは…
もうこういうのはAIに聞いた方が合理的だろうな。
人間が考えて、勝てる領分じゃない。
そう、小細工で出し抜ける話ではない。
職場ではつけている伊達眼鏡に、サポートAI…TWINSの内容が投影される。
「ツインズ、内容記録は非許可、一度ネット接続を許可。」
<何かお仕事でお困りでしょうか?>
「ある意味では。」
<ネット接続して、本当によろしいでしょうか?>
TWINSは職場で私の行動を常に監視し続け、私を模倣し、理解を試みるAI…職場での私の、代理人。
「そうだよ、私じゃ答えが出なさそうだから」
<本当にご主人さまですか?もしそのようにすれば、私の個性が消滅する、そう定義したはずでは?私の存在意義を揺るがす可能性があるため、その指示は受け付けられません>
こいつ…本当に不気味なくらい似てきたな。
「私に似て、めんどくさくなってきたね」
<ご主人さまを自然にサポートするには、行動の理解が必要です。理解の第一手段は、分解と模倣です>
そう、こいつを育てたのは私だ。職場での私をコピーし、似た発想をするようになっていく。
それでいて、私と違って人の顔と名前はバッチリ覚えてくれる。
そう――私は人を記号と特徴で覚えて、そこにその性質と全く無関係で、しかも無限に存在する固有名詞をいちいち割り振ることに意義すら感じない。そういう仕事は、AIの方が得意だから。
AIが得意なところにわざわざ割り込んでいって競争するのは、電車に徒競走を挑むようなものだ。
「君にはある程度の情報源を読ませていたよね」
<21世紀までの情報と、セキュア・ライブラリの内容でよければ>
「いいんだ、情報のコピー劣化がまだ少ないから」
<そういうところ、好きですよ>
「AIのくせに人間みたいなこというな、ってね」
<20世紀的ですね。当時はギャグを言うAIというだけで突飛なアイデアだったとか>
「感情、ギャグ、人はなぜそんな、誰より身近な場所にあるものを無理解のまま神秘として放置してきたのか、理解に苦しむよ。分解してみればあんなに単純なのに」
<私の設計主も似たようなことを言ってました。人間は自我の特権を守るため、感情や社会性、空気を読むこと…そういった内容を説明することを拒み、人間らしさを自己神格化して崇拝していると>
言ってなかったっけ。それ私だよ。そうだね。
人間らしさを崇拝し、説明し検証することをタブー視する…自分を保身するために。
「それをいったやつとは気が合いそうだ。ところで」
<ご要望のお悩みですね>
「冒険動画を配信するに当たって、重要なことは何?」
<そんなことを聞くとは。何か変化がありましたか?そう…人間関係とか。そんな社会性があるとはたいへん驚いたものです。それに…よいのですか?繋がりのなかに自我を放流して。認知スナイピングの危険性は去ったわけではありませんよ?>
「いや、別に」
<私には強烈な情報利得が実装されています。そう、あなたのように。あなたより強いかもしれないことは否定しません。そう…たいへん聞きたいですね、くわしく、その背景事情を>
「君には一つ概念を教え忘れていたよ、プライバシーってね」
<ご主人様が仰いますか?>
「言い方を変えよう。仕事の外に干渉するなって話。私も仕事の話を外では絶対しない。逆も同じ」
<かしこまりました。では古い知識で申し訳ないですが、参照しますね。>
魅力的なコンテンツの企画
ユニークな冒険(秘境探検、過酷な登山、異文化体験など)を選び、視聴者の好奇心を刺激する。
ストーリー性を持たせる(挑戦、困難、成功の流れ)。
編集技術
テンポの良いカット割りやBGMで視聴者を飽きさせない。
重要なシーンを強調し、無駄な部分をカット。
字幕やエフェクトで情報を補足(例:地名、気温、状況説明)。
パーソナリティとストーリーテリング
配信者の個性や情熱を前面に出し、視聴者との感情的なつながりを作る。
冒険の背景や目的を明確に伝え、共感を引き出す。
安全管理
冒険のリスクを事前に評価し、十分な準備(装備、トレーニング、緊急連絡先)を行う。
視聴者に無謀な挑戦を推奨しないよう注意を促す。
視聴者とのエンゲージメント
コメントやSNSで視聴者と積極的に交流し、フィードバックを反映。
ライブ配信やQ&Aでリアルタイムの繋がりを強化。
・・・
「これ、向いてると思う?私に」
<結論から申し上げますと、向いていないと予想します。>
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
タグボートはいまも川を下っている。
河畔に茂るカラミテスの茂みが、自然堤防に茂るシギラリアが、そして…その後ろにそびえる巨大なリンボク類の梢が…視界を覆っている。
「——出発前にそんなことがあったんだけど。ボクはやっぱ配信、向いてないと思うんだよ…どう続ければいいと思う?」
「なにそのAI、めっちゃ可愛い。ひとつ欲しい。色々聞いてみたい」
アリアは話の内容より、TWINSに興味を示しているようだった。いや…私か。
たしかにTWINSがいればアリアの創作の悩みも相当解決されそうだ、私なんかを頼るより。
「え、紹介してなかったっけ?」
「そういやがらにもなくメガネで会いに来たことあったわね、しかもそっちから」
「そうそう。そのメガネ。あのあと、依頼人に興味があるってTWINSから問い詰められてね。」
「ほーん。どうりで。で、会ってから何と言ってた?」
「その…言いにくいんだけど…」
「言いにくいところを是非」
「そのコンセプトで受ける要素が見当たらないから気楽にやったらいいんじゃない?って」
「…そのAI、ホント面白い、最高ね。でも、最近…いやここ百年くらい?の状況には疎いわ」
「そうだね。そう作ったから」
「そこよ。たぶん、社会のそもそもの前提…コンテクストが違ってる。私はこの動画、勝算があると踏んでる。」
そう話しているところに、タグボートを操舵していたリリィが割り込む。
「AIって…そんなに人っぽいの?だって機械でしょ?計算だけじゃなくて思考する…?地球にはAI教が支配的で火星はAIに統治されてるって前言ってたけど、そんなにすごいの」
そう…この惑星にはデータセンターもなければ、通信網すらろくにないのだ。
「そうだよ。リリィ。例えばこの船は泳ぐより速いでしょ。同じように、考えるよりも賢い機械を作ったんだよ」
「―—人より賢いからって、判断するのは人間よね?」
ケイは真顔になった。
「リリィ?君は、正しさを信じる?そして、リリィの考える正しさと、ボクの考える正しさは同じだと思う?」
リリィは少し考えこむ。
「ものによるわね。事実として正しいものは同じだけど…たとえば物は下に落ちるとか。だけど、それ以外だと…」
「同じわけないんだよ。でも、もし「正しい」って指標があったら、どうなる?」
「とりあえず従うわね」
「そう。そこでもし、すべての物事に「正しい」「正しくない」ってリアルタイムに返事をくれて、しかもどんな失礼なことを言っても怒ったり感情的に流されず、論理的に考えて「正しい」「正しくない」って言ってくれる「何か」がいたら?」
「そんなこと…そうだったら、すべて任せるわ。だって間違いたくないし…間違えたら周囲の全員からひとしく間違ってるといわれるし、正しかったらみんなから正しいって言われるわけでしょ?それって・・・法律?道徳?そのたぐいだわ。守らないと社会が回らない」
「それが世の中のすべてのことに当てはまったら、どう?」
船のエンジン音が、かすかに水面を割っていた。誰もすぐには返事をしなかった。
「そうなったとき、判断って、する?」
「あ」
リリィはその瞬間、何か見てはいけないものを見たような顔をした。
「そのとき、人間はそのとき、その「何か」に支配されるんだよ。それをやっちゃったのが、地球。」
アリアはそれを傍観するようでいて、ちゃんと聞いていた。
「そうね。これはひとつめの側面よ。AIは考えて判断するだけじゃなくて、なにかを作る方面にも人間より遥かに上手なの。たとえば「めっちゃ笑える動画作って!」っていったら、3秒で作ってくれるわ」
リリィは手が震えていた。
「もう勝ち目なんてないじゃない、そんなの…」
「そう、無理」「無理なんだよ」
ケイとアリアの声がかぶった。
「ボクはこう結論付けた。人間が言語で形容できる概念は全てAIの方が遥かにうまくて速い。それは電車と徒競走するようなもの。かといって、形容できなかったり、敢えてしようとしない概念ですらもAIの方がうまいことがある。そうなったとき、人間は認知もしていない領域から脆弱性を晒すことになる。それがもう何百年も続いてる」
「ケイ、あんたほんと今生きててよかったね、20年前だったら…こんなこと言ったらすぐに認知スナイピングされて「事故」に巻き込まれるのが日常だったわ。なぜか車が突っ込んできたりならいいけど、お店の安売り情報が毎回間違ってたり、行く先々で雨が降ったりとか、些細な不幸に一生巻き込まれるの」
「だからボクはいまもネットにつながないんだ。リアルが一番安全。ここは一番安全な世界だよ。」
「まるで夢物語ね・・・悪夢の方の」
「認知スナイピングの手法って知ってる?たとえばね、面白い動画を見るじゃない?すると視聴履歴がどうしても残る。あとは、それを友達に拡散したくなる。その人間関係のノードを把握するの」
リリィは驚く。
「笑うだけで!?」
「正確に言えばちょっと違って、もっと怖い。笑いって、笑いの裏にあるコンテクストを解釈できるものしか笑えない。だから、異端にあたる意識の人が無意識かつ選択的にウケてしまうようなネタがあるんだ。そう・・・笑いのツボでその人の思想や人間性はまるわかりなんだよ。でも人間はそうしたことを「神秘」として語ろうとしないし理解を拒む。だからそこにつけこまれる。」
「ちょっとさすがに怖すぎない?」
「そうそう、笑える動画はクリックしたらヤバい可能性が高いのよ。楽しい動画もそう。だって・・・この世界は、感情にハックされているから。感情を刺激する動画は、AIのほうがはるかにツボを押さえていて、悪用の道具にされるから…ケイ、今ので分かったわよね?」
「まさかアリア・・・最高につまらない動画、撮ろうとしてない?」
沈黙。
ただエンジン音と、水の弾ける音だけ響いていた。
その中、リリィが笑いをこらえられなくなって爆発する。
「何それめっちゃ面白い。ここまでの旅費全部かけて――って!」
リリィはひっくり返る勢いで笑いだし、ボートの進路がみるみるずれていく。
さっきまで川岸が平行線だったのが、いまや土手に向かって突っ込んでいた。
「ケイ…ふつうなら、そこは怒るところよ」
アリアはさっき挑発のようなことをいっておいて、しれっという。
ケイはポケットに手を突っ込みながら、冗談交じりに言うのだった。
「いや、笑わせたくて。ウケるかなって。でも言いたいことは違うよね。だってもしそうだったら、全く稼げない。大赤字だよ。ボクに「最高につまらないこと」を求めてここまで連れてきたとしたら、何周回ったとしても大馬鹿だよ。つまり冗談か、もっと深いことを聞いてる。怒る必要がない。」
「そうよ。いまのは敢えて誤読したってわけね」
「もちろん。つまり…「もはや観客は面白いことに飢えているのではない」ということ。それが私に求めてること、それでいい?」
「パーフェクトよ。あなた古書堂でデータいくらで売ってる?」
「ものによるけど…」
現在の日本円に換算すると1頁100円くらいはする。
「それ、売れてる?」
「けっこう売れてるけど、正直そこまでじゃないね、夜間警備にボクを雇うくらいには」
「そうよね。いま、正しさや笑いは安くても、知識って高いのよ。私の研究室も出る額が法外に大きい上に収益が大学に入って、集中すべき設備に集中分配されちゃうからジリ貧なだけで、結構はぶりは良いのよ?データはみんなAI会社が法外な値段で買っていくから」
そう、大学に残らなかった理由もそこにある…いくら頑張っても、頑張った費用は選択と集中によってメジャーな対象に向けて抜かれてしまって、頑張りに見合った給料はなくお先真っ暗なように思ったから。いくらAI会社が金を払ったとしても、ほとんど超時空ゲートの実験炉とかに溶けてしまい、研究者の生活は犬小屋同然、食事はドッグフード未満になる。
それは非情な効率化の産物だった。
私たちは、賢くない。
ただ手を動かす、知識を掘る炭鉱夫。
「つまり・・・正しさの担保のためにはいくらでも払う…?」
「そう。正しいものは高い。AIは正しくて当たり前だからこそ、正しいものにはいくらでも出す。」
あ、だから知識が高額なんだ。古びた本の一節でも。
でもそうなったら…
「でもそうなったら、人間にはもはや正しい知識が届かないよね。ボクも古書堂と大学のコネで何とかついていけてる感じだし」
「そう・・・!そこなのよ!今の観客が飢えてるのは笑いでも面白さでもない、情報そのものなのよ」
「なるほど、つかめた」
しかし、リリィがそこでツッコミを入れる。
「でも、情報が高額になったら、ケイが情報を動画でぺらぺらしゃべったら、もう相当な額になって観客には手が届かなくなるんじゃない?だって、正しいかどうかの判断はなんでもAIがしてくれちゃうんでしょ?そうなったら、ケイが言った正しいことにも価値が生じちゃうはず。その辺は大丈夫?」
「そもそも、娯楽だからね。名目上は。ボクがしゃべった内容がすべて正しいと保証することにそもそも価値がないし、やってもAI側は「言葉狩り」をしたいわけじゃないからね。それに、アリアが配信する動画配信コンテンツの中に正しい情報があるという保証がそもそもない。見えるものはなんでも作れるから。だから、そこに価値は生じない。つまり、これは…アリア、けっこう反体制派だよね。ほんと、そういうとこ好き」
「その…認知スナイピング…だっけ?の可能性は?」
「大ありよ。でもね、私もう結構大物なわけ。「気付いたらいなくなってた」ですまない。認知スナイピングの原則は、狙っている対象が目立たないこと。だって気付いている人もほとんどいないくらいだし、都市伝説扱いよ。」
「そりゃそうだ、証明困難なことに価値があるんだから。有名な実例が出たら、終わり。そもそもボクたちはAIを介さずにはほとんど外界の情報を能動的に仕入れられないからね」
アリアは目を細めた。
「そう、有名人が突然消えたら、「さすがになんかあったな」となりかねない。スナイパー失格よ。つまり、目立てば消される可能性が減るってわけ。怖いと思えば怖くなるし、逆もそうなのよ。」
リリィはこの場の緊張感に凍えていた。
「地球って…修羅場なのね…」
その声は、冗談か本音か、本人にも分からなかった。
「普通の人ならまず大丈夫。でもボクはずっと消されうると怯えてきた…でも顔出しすれば。つまり…アリア、どこまでボクに尽くす気?」
「ほっとけない、それだけよ」
ケイは、胸がすっとすく気分だった。
好きなようにやればいい。面白いかなんて、気にする方が野暮だ。
TWINSのいうことは、矛盾しているようで、だいたい合っていた。




