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石炭林の生き物たち(1)カイエビ類 (Day6)

ボートの上から覗き込むと、ブラックウォーターの水中は実に美しい。

ブラックウォーターは黒くない。赤く、透き通った、常湿の紅茶のような。

水だけとっても、美しい。

その水中は、きらきらとした黄緑色の植物に覆われている。

その植物は輝き、水中からカーテンのように立ち並ぶ。

そして、シャワーのように細かい酸素のミストを水面に立ち上げている。


レピドフロイオスの根がつくる藻場は、命にあふれている。


メダカほどの大きさのハプロレピス類が、まるで小さなパペットショーのようにつー、つー、とストップアンドゴーで進んでいく。


正直なところ——

私は、そんな魚よりも、むしろその間を泳いでいく無数の無脊椎動物たちに、より強く目を奪われていた。


水の中でふわり、ふわりと舞うものたち。

ほんのりピンク色を帯びた、透明な二枚貝のような小さな生き物。

水中を上下しながら、ひょこひょこと移動していく。

その姿は滑稽で、同時にとても美しい。

魚が現代のジェット戦闘機ならば、これはまさにライト・フライヤーだ。原始的で、危なっかしくて、それでも一生懸命に「飛んで」いる。

第二触角を翼のように広げて、羽ばたくように前進していくその泳ぎは、見ていて飽きない。

いや、飽きるはずがない。どこか不格好で、遅くて、でも懸命で。

そしてその透明な殻の間では、まるで細かい波がおこるかのように、鰓脚が揺らめいている。

その単純で繊細な動きは、見ているだけでうっとりする。


カイエビ類。


それは私にとって、見ているだけで癒しをもたらす存在だ。


「水溜まりでもないのにカイエビがたくさんいるの、ボクには不思議に感じるな」

水面を眺めながら、自然と独り言が漏れる。


すると、アリアがレンズを覗いたまま口を開いた。

「そう? 中生代ではどこにでもいるわよ」

「うん、それはわかってるんだけど……」

思わず苦笑する。たしかに、白亜紀前期に行ったときも、川にも湖にも、当然のようにカイエビ類が泳いでいた。それに驚かされた記憶がまだ鮮明に残っている。


でも、今の時代のカイエビといえば――


「……そういえば、ゴビ砂漠で見たな」

草原の道沿いに作られた、家畜の水飲み場として掘られた溝の中で、カイエビ類ははホウネンエビ類やカブトエビ類といった”生きた化石”とともに生きていた。まるで、魚から逃れた難民キャンプみたいに。

「そう、現在のカイエビ類はまるで魚から落ち延びるように、水溜まりなどの魚が進出できない場所にしかいないんだよ」

そう言うと、アリアは意外そうに

「へえ~、珍しいんだ、あれ」

という。

「探し方はあるから、珍しいってほどでもないけどね。」

頷きながら、私はほんの少しだけ、胸の奥に渦巻いていた違和感を口にしてしまう。

「どんな川にも湖にも、魚がいて当然。それがどうにも、もったいなく感じてしまう。」

そこには、あのライト・フライヤーたちのような、ぎこちなくて可愛らしい存在が入る余地がほとんどない。

「つまり・・・?」

そう……現在の魚って、水中を文字通り“支配”してしまってるように見えて、どうも……いけ好かないんだ」

その言葉は、自分でも思っていた以上に感情がこもっていたらしい。


アリアは少し考えるように視線を泳がせ、カメラを止めた。

そして、ふっと口元を緩めて、小さく笑った。


「……言わんとすること、わからないでもないわ」

水面から顔を上げ、カメラの録画を一時停止しながら、静かに続けた。

「ジュラ紀の単弓類を専門にしてた研究者が、恐竜が支配的すぎていけ好かないって、ぼやいてたのを思い出す」


「それにしても、中生代まで駆逐されなかったのはどういうことなのかしら」

「うーん、どうもこの均衡が崩れるのは白亜紀から新生代の初期にかけてで、魚が吸い込み型の口を完成させたことが原因の一つとして考えられるかもしれない。」

「吸い込み型?」

「そうだね、たとえばコイ科みたいな、水ごと吸引するタイプ。噛む力もかなり上がっていったみたい。ほかにもたとえば、咽頭歯とかね。まあこれはあくまでも推測に過ぎないし、矛盾する証拠ならいくらでもあるんだけど。」


「うーん、たしかにそう・・・かもしれないわね。少なくとも中生代の淡水魚には、口が飛び出したりする者は少ないわ。釣りをするときも口が堅くて問題になる方が、針をのまれて問題になることよりも多いかも」

その時、優雅に泳いでいたカイエビに、ハプロレピス類が目をつけた。

一匹が泳いでいき、パクっと噛みつく。しかしカイエビはその薄い殻に身を隠し、魚は何度か振って食いちぎろうとするも守りを破れず、ついに離した。

そして、深く、暗く堆積した泥炭に沈んでいく。

アリアは沈んでいくカイエビを追いかける。暗くなっていく水中を水中ドローンのライトが照らす。

そして言った。

「凄いわ、ものすごい数いる」

水底を埋め尽くすように、カイエビ類がひょこひょこと泥を巻き上げていた。


ここで見たカイエビ類たちは、ゴビをはじめとして見かけてきた現在のカイエビ類と、ぱっと見では見分けがつかないほどそっくりだった。

ここから3億年、彼らはほとんど何も変わらず命をつないでいく。

現代のカイエビは、200種以上がいる。いまだに新種が見つかることもあるらしい。



今回はカイエビ回です。カイエビカイエビ回。カイエビはいいぞ。

意外と未記載種が多いようで、2025年の日本においても同定不能な種に出会うこともありますし、新種記載もされています。

本作は時空旅行できるくらいの時代ですからもっと記載されていておかしくないはずですが…種数がおおむね200種という現在の基準で止まっているということは、生物学もまた長いフリーズ期間を経たか、多くの種が絶滅したかを意味しているのでしょう。

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