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魚泳ぐ森 (Day6)

レピドフロイオスのDNA解析が終わるまで、しばらくの待ち時間だ。

私としてはこういう時間も嫌いじゃない。周囲にこれだけ未知の生物がいるんだから、静かに観察するだけで飽きない。

いや、採集マシーンになってもいいんだけれど、この旅は興奮が多すぎて、寝不足も祟ってちょっと疲れてきた。ちょっとはまったり水面を眺めるのもいいじゃないか。

……が、アリアはタフだった。

彼女はどこからか取り出したタモ網を手に、水面まで繁る、水草みたいな根に突っ込んでいる。

ざぶ、ざぶ、っと大胆に網を揺らしながら根の間をかき回す。

まさにガサガサ採集、というやつだ。

「……それ、現代の地球なら割とアウトなやつだよね」

思わず私は呟く。

「ふふん。ここは太古の楽園だからセーフ!」

アリアは満面のドヤ顔だ。

いや、まぁ、確かに。この無限に広がる太古の水域なら——環境破壊なんて本当に微々たるものだ。


網を引き上げるたびに、面白そうな甲殻類やら、水生昆虫やらがぽろぽろ落ちてくる。

なのに、アリアはそれらには目もくれず、網の底をチェックしている。

……やっぱり脊椎動物狙いか。

ちょっと私にも見せてほしいんだけどな。あの甲殻類、明らかに既知の種とは違うし、あのミニ伊勢海老っぽいの――ピゴケファロモルファも……

「アリア、それちょっと……」

「おっ、いた!」

人の話を聞け。


中身をじっと凝視している。狙いは脊椎動物だ。やれやれ。


ちょっと、こっちにも見せてほしいんだけどな…。

私は思わず顔をしかめる。こういうところ、脊椎動物の人間って本当にわかりやすい。目の前に無脊椎動物が山ほど入ってるっていうのに、脊椎動物が出るまでノーカウント扱いなの、正直どうかと思う。


だいたい「無」脊椎動物って名称からしておかしい。

脊椎動物じゃないってのに、「無」扱いは文法からしておかしいだろう。

シーラカンスや肺魚、チョウザメみたいな、脊椎動物なのに椎体がろくにない連中こそ「無脊椎動物」でいいんじゃないのか。

そもそも脊椎動物など、多彩な動物の中で一つの小さなグループに過ぎず、大して多様なグループですらない。図体のでかいやつがいるだけで。残りは全部「無脊椎動物」。ひどい。

非脊椎動物に名称変更、絶対したほうがいい。脊椎動物至上主義にもほどがある。

しかし、そんな私的な感情をぶちまけてもどうにもならないので、次々と魅力的な無脊椎動物が川に戻されていくのを指をくわえながら見るしかない。

魚とり網持ってくればよかった。

網はないことはないのだが、フレームが補強されていなくてガサガサで雑に使うと壊れてしまうのである。


「おっ、なんか見たことない魚入った!」

アリアが嬉しそうに網を引き上げる。覗き込むと——


小さい。ほんとに小さい。

3㎝ほどしかない、小さな小さな、宝石のような魚。

小さいながらも、古代の魚らしいひし形でタイル状に並んだ、硬い鱗に覆われている。鰭をピンと立てているせいで、網の上で”立って”いた。鱗の大きさは数ミリと言ったところだが、魚体があまりにも小さいために異様に大きく見える。まるでプレートアーマーを身にまとっているようだった。

そんなガノイン鱗にはぽつぽつと金属光沢があり、きらきらと光っている。

大きな眼と下に着いた口は、すこしハダカイワシを思わせるものがあった。

下を向くように丸まった頭に大きな胸鰭、妙に小さな腹びれ、そして妙に後ろに配置された背鰭。


「ハプロレピスの仲間かな」

「まあ、ハプロレピス類は前来たときも沢山いたから珍しくもないの。でもこの模様のは初めて見たわ。標本行き確定ね」

そう言いながら、写真を撮って観察用の水槽に入れ、また網を入れる。

次々とハプロレピス類があがってくる。

模様はかなり色々あって、小型でほとんど同じような見た目ながらも、繁栄していることが伺われた。おそらくよく似た種間であっても、その発達した目で同種と異種を見分け、種分化してきたのだろう。

標本回収がはかどる。

今回だけで何種の新種が見つかるだろうか。

しかし、名前がついていない圧倒的な多様性を目にするとめまいがする。

正直言うと、「整理が困難ないろいろ」になってしまい、どう整理していいものか悩ましい。

新種というのは素人が思い浮かべるような「大発見!」ではなく、「悩みの種」でしかないのだ。


「それにしても、全部色違いのハプロレピス類だね。」

模様は色々あるが、網を除くたびほとんど同じ姿。細部を見れば少しは違うのかもしれないが、さっきから網に入る無脊椎動物とは大違いだ。カイエビ、水生昆虫の幼虫、小さなウミサソリの幼体、カブトガニ、パレオカリスPalaeocaris、ダシレプタスDasyleptus・・・などなど、「みんな同じ」ように見える魚と違って、ものすごく多様だ。でもそれを言い出したら、ここに生えている植物は全部レピドフロイオスに見える

・・・ってDNAチェッカーもそろそろ結果が出てるか。一致度99.99%。やはりレピドフロイオスだった。私はそれを一瞥すると、話題を戻した。

「デボン紀後期とは大違いよ。魚とりには向いてない時代だわ。でもこんなに小さくてキラキラな魚はデボン紀では見なかったわね。」

そう、そうだよ。石炭紀は魚見ていてもみんな同じなんだよ。デボン紀の残党とペルム紀の予告編しかいない。デボン紀かペルム紀にいけば見れる魚しかいない。

「デボン紀末にほとんどの魚が絶滅してしまって、残った魚も石炭紀を通じてまるで進化が止まってしまったみたいだよね。」私がぼやくと、

「ま。そう言う意見もあるわね。」

アリアは微妙に距離をとる言い方。これだから脊椎動物の人は。

「でもハプロレピス類は石炭紀らしくていいね。小さくて化石記録的には地味だけど、こんなに宝石みたいに美しいなんて思ってなかった。」

「うーん、こういう色や模様の綺麗な魚も、三畳紀やジュラ紀のブラックウォーターにいくと10㎝くらいあるけどこんな感じのキラキラした魚がいっぱいいるわ。中生代型の魚のはしりみたいな感じよね。」

やっぱり石炭紀からジュラ紀まであまり変わらないから魚以外見た方がいいって。

「まあ、でもハプロレピス類に限るとそんなに時代長くないじゃん?最初に繁栄して最初に絶滅してしまったグループって感じかな。」

「まあそうね。ただこう言うネタって私たちにとってはうれしいけど、動画にすると視聴者受けしないのよね・・・」

古魚いにしえうおガチ勢以外にはね……」

私は小声で同意する。

この時代の魚、地味好きには最高なんだけど、古生物好きに向けた大衆ウケは……ない。残念ながら。



しかし、私は普段、現代の地球を探索している。

だから知っている。こういう小さくてキラキラしたものには目がない生き物好きがいることを。

「でもさ、古生物ファンじゃなくて熱帯魚ファンを対象にしたら?」

その姿にはとても既視感があった。

石炭紀のテトラ。

それが最もふさわしいだろう。

それにしても成熟しても多くの種が5㎝にも満たない魚というのは、魚の進化においてかなり異端な部類である。現在の魚でもそこまで小さなグループというと限られ、そうしたものの多くは天敵の少ないジャングルのブラックウォーターの細流に生息している。

生息地はかつて撮影されたアマゾンの小型カラシン類、たとえばカージナルテトラや、東南アジアのラスボラ類に似ている。色彩パターンはベタやパロスフロメヌスに似たものも多いが。


「その発想はなかったわ。これ飼えるのかしら」

案の定、アリアが食いついてきた。現金なやつだ。


「飼えるかどうかは別として、熱帯魚ファンは野生の熱帯魚の写真を欲しがってるし、運んだり飼ったりするのは彼らがやる話かな。彼ら、攻略が大好きだから」


「そうね。じゃあ泳いでる姿も撮らないと」

その言い方は、いつもの動画向けのテンションより、ほんの少しだけ柔らかかった。

そして、普段の快活な表情が、ほんの一瞬だけビジネスモードに切り替わる。

その瞬間に少し笑ってしまいそうになる。こういうところが、私は嫌いじゃない。

ん?

そういう大衆受けやビジネスモードから脱却したくてこの旅に来たかったんじゃなかったっけ。

そう思ってた。そう“聞いてた”。

……私の解釈、違ってる?


私は小舟から水面を覗き込む。紅茶色の水。

ブラックウォーターの底は闇のベールに包まれていて、下は見えない。

そこから立ち上るレピドフロイオスの緑色の根はなんとも幻想的である。

その間を、ハプロレピス類の群れが通り抜けていく。

よく見えるので、動きをよく見てみよう。

ハプロレピスは大きな尾をもっているが、それを振り回して推進しているわけではない。

尾の下葉だけを左右に揺らしつつ定位し、大きな胸鰭と背びれ、腹びれを動かして”漕ぐ”ように直進する。同時に僅かに尾を動かしているが、動力の多くは他の鰭が担っているように見えた。

その動きはストップ・アンド・ゴーであり、すいすいと泳ぎ回るわけではない。

群れ全体が一斉に、動いたりとまったりを繰り返しながら進んでいく。


そして、ぽつぽつと息を吸いに水面に上がってくる。

この魚も空気呼吸だ。

「そもそもだけど、硬骨魚というのは・・・本来、空気を吸って肺で酸素を取り込み、鰓から二酸化炭素を排出する生き物なんだよ。」

「鰓や肺の片方で足りているっていうのは凄いってこと?」

「そういうこと。二酸化炭素は水に溶けやすいけど、酸素は水に溶けにくくて空気中に多いからね」

「アカントステガとかもそうよね」

「ハイギョやポリプテルスもそうだよ」

空気を吸いに上がる瞬間は敵に狙われた場合逃げ場がないからだろうか、勢いよく息を吸いに上がってすぐ群れに戻る。

根の間を、1㎜ほどのカイミジンコ類が出入りしている。

ハプロレピス類はこれを食べるらしく、ついばむ様子がよく見られた。


なるほど。

上下の背びれと腹びれは殆ど上下に対になっており、体をくねらせるとこれが主にパドリングして進むのか。背びれと腹びれは尾びれに比べて可動性が高いので、曲率や角度を変えてバランサー、ブレーキ、パドルとその役割が可変する。大きな尾も勿論推力に絡んでいるが、それが生み出す揚力による推進は連続して泳ぎ続けるときには確かに有効だが、相対速度が遅く、しょっちゅうブレーキをかける中ではあまり有効な推進手段ではない。

緊急時に逃げる時に使うもので、普段の動きでは機能していないのかもしれない。

だいいちハプロレピスはビッチリと覆われたガノイン鱗によって体が驚くほど硬く、現在の魚ほどしなやかに身をくねらせるのは難しそうだ。

尾がサメのような歪尾なのは、尾を漕ぐために下向きに揚力を発生させるためか。となると胸鰭も揚力確保に役立っていて、体の水平は現在の魚よりもサメに近いやり方で保っている可能性も・・・

いや、ないか。胸鰭は可動性が非常に高く、クロールするようにこまめに動かしながら姿勢を保っている。


さて、撮影も満足に行っているようだし、今度は私が無脊椎動物をみていくぞ。

「網、ちょっと借りるね」

作者のひとりごとと復元メモ。


Haplolepid大特集だぜ←この連載で一番誰得かもしれない。


今回取り上げたハプロレピス類は石炭紀の魚としては非常に珍しいことに、おそらく淡水生だろうということである程度の解釈の一致を見ているものです。伝統的には貧酸素の浅い水域に生息していたと考えられています。

オハイオ州のLintonやチェコのNýřanyから産出する魚化石の殆どをハプロレピス類が占めており、この親指ほどもない魚が当時の淡水域において最も栄えていた脊椎動物であったことが伺われます。

このハプロレピス類のざっくりとした外見上の特徴としては吻の殆どない頭、そして頭の最前方に位置する巨大な目、背鰭が異常なまでに後ろに偏り、尻鰭がほぼ上下対象となっている、発達した胸鰭前縁が強固な鱗で強化されている、尾はサメのような歪尾といったところでしょうか。


石炭林に生息する淡水魚ということでなかなか何を出すか悩んでの選択でした。

復元メモです。

魚の泳ぎ方というのは結構色々なもので、現代の魚をよくよく観察したうえで描かないといけないのですが、こんな魚は現在に一種もいないと思うので悩みました。(3㎝の歪尾とか。)ただヒントとして可動性を保ちつつも強化された胸鰭は水中でブレーキとして働くであろうこと、尾びれと背鰭はともにダッシュ時の加速装置として使われるんではないか、という感じで動きを考えております。

あと歪尾と面積が広くパドリング的に使われるだろう背鰭、尾鰭は揚力推進に向かないであろうため、遊泳速度は低速もしくはストップアンドゴーでしょう。

ゆらゆら泳がせても芸がないというか生きてる感じが無いので、こういうブレーキがしっかりききそうな魚はストップアンドゴーで。実際、現在のテトラやアナバスといった熱帯雨林の魚類は多くがストップアンドゴーで動きます。ゆらゆら泳ぎ続けるものはほとんどいない。


あと原始的な条鰭類は空気呼吸です。

なので、空気を吸いにダッシュして群れに戻る。

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