石炭林ボートレース (Day6)
支流に入ると、周囲には巨大な塔のようなリンボク類、レピドフロイオスが立ち並ぶようになる。カラミテス類も見られるが、水上集落の周囲で見たものとは比べ物にならないほど太く大きい。
私はハッチから身を乗り出し、古生代の異形の植物に目を奪われていた。夢にまで見た石炭紀の湿地を埋め尽くすリンボクの圧倒的な規模の森。それがもう、すぐそこまで近づいてきている。
タグボートは私たちにそれをじっくり見せるためかのように、支流に入ると減速した。本流では時速30㎞も出ていたのに、ここでは歩くより少し早いほど。
エンジンの唸りが静まり、川面をかすめる風と、木々のざわめきがはっきりと耳に届いてくる。
リリィはコンソールを叩き、ちらと横目で水面を確認した。
「ねえ、このくらい落とせばいい? 」
漁師は水面を睨みながら腕を組んでいたが、低い声で返す。
「これでいい。急ぐとやばいぞ。」
私たちが出会った2種類目のリンボク類、レピドフロイオスはリンボク類としてはわりあい小型な方で、流路に立ち並ぶ個体もまだ未成熟な個体ばかりだった。
とはいえ直径は胸高で60㎝から1m、高さは低いものでも3m、高いものでは10mほどはある。
河畔には分岐を始めたより大きな株も多く、疎らな森を作っていた。
どこまで広がっているのかはわからないし、詳しく見ることもできない。
ボートは川岸を避け、川の中央を目指してゆっくり、ゆっくりと進んでいく。
川の流心に比較的近い場所で見られるのは、まだ塔のようにまっすぐ直立した若い株だけ。直径1mもあるまっすぐな”塔”から1mほどもある糸状の葉を垂れ下がらせる姿は何とも異様で、現在みられるどんな植物にもまるで似ていない。葉が風になびくと、まっすぐな髪の毛のように煌めき、なんとも美しかった。
「撮っとくね」
アリアは口元だけ笑っていた。
舟上に準備されていた大型の撮影ドローンが轟轟と音を立てながら離陸し、樹上をかすめて飛び去って行く。どういう絵が取れているのかはアリアしかわからないが、多分彼女の納得のいく絵がとれていることだろう。そしてドローンの向かった方角と高度からするに、アリアのドローンは私より先に、石炭紀の雄大な湿地林をその眼に焼き付けている筈だ。悔しいながらも、完成した動画を早く見たくてたまらなかった。
漁師が船尾から水面を睨んだまま、かすれた声で言った。
「ここじゃ育たねえ。折れるだけだ。」
リンボク類は一度折れると、腋芽を出したりして再び成長することができない。
数年に一度大水が出れば、それだけで致命的となる。
流心付近で見られる株は、おそらく河畔から流された“こぼれ種”がたまたま根づいたものなのだろう。
だが、ここで成熟するまで育ちきれるとは考えにくい。
私はそんなことを考えながらも、水面に巨大な”塔”が立ち並ぶ不思議な光景に目を奪われていた。
目の前に事実としてあっても、それでも異様すぎて、目が信じられなかった。
アリアはといえば、モニター越しに水面や上空に目を光らせている。
彼女は何枚もの映像を並列表示しながら、ドローンに取り付けた複数のカメラを操作している。
空を飛ぶ昆虫を撮影しているのだ。
上空には、スズメほどの大きさがある巨大なオオトンボ類が悠然と滑空していた。
時折、川を渡ろうとする昆虫がばたつくと、オオトンボ類はすかさず降下し、獲物を掴んで飛び去っていく。
「よしよしよし、来るぞ……」
アリアは、いつの間にかドローンを二機同時に操縦していた。
片手でも扱えるよう設計されたコントローラーとはいえ、左右で異なる操作を行い、両方の映像をリアルタイムにすり合わせていく作業は、私にはまったく想像もつかないものだった。
到底、真似できる芸当ではない。
しかも、空を飛ぶ昆虫にピントを合わせ続けるのは極めて難しい。
オートフォーカスの補助があったとしても、相手は鳥より小さく、しかも高速で動き回る。
オオトンボ類が小鳥サイズ、獲物はセミほどの大きさ。
それらを正確に追尾しながら、“映える”構図を保ち、なおかつドローン本体が映り込まないようにする必要がある。
「一回で同時に撮った動画じゃないと、ホンモノじゃなくなっちゃうからね」
アリアは、ドローンの片方から一瞬だけ視線を外し、笑った。
「別の角度から撮って、あとで話の流れに組み込むってあるじゃん? あれ、嫌い。
生き物のストーリーを、私たち人間が歪めて撮ってることになっちゃうからさ」
彼女はいつだって、自分の足で過去の世界へ足を運び、自らの手で“本物”を撮ることに誇りを持っていた。
そして突然、アリアが椅子を蹴るように立ち上がった。
「よしきたぁぁぁあ!!! バッチリ!!!」
その声は風に弾け、ドローンのプロペラ音すらかき消した。
「脚を開いてムカシアミバネムシ類をがっちり捕まえる瞬間、こんなの、現代のトンボでもほとんど撮影されてないはず!!」
アリアは片手でコントローラーを高く掲げ、もう片方の手でモニターを指差していた。
「今回の旅はもう勝ったも同然よ! 完全勝利ッッ!」
私は反射的に視線をそらした。
彼女のテンションにどう応答すべきか、わからなかった。
いっぽう、リリィはいつになく真剣な目つきで黙りこくっていた。
舵を握る手元に迷いはなく、視線はコンソールと水面を交互に行き来している。
水中ソナーの画面には、ぼやけた影が断続的に映りこんでいた。
そのたびに彼女の眉間がわずかに動き、何も言わずに減速し、舵を切る。
船尾から漁師が叫んだ。
「右だ!」
すでに舵は切られていた。だが船体の反応には時差がある。
漁師が慌てて手を振ると、それに合わせて進路がやや強めに修正される。
リリィの判断が早いのか、それとも漁師が出遅れているのか。
この時点では判断できなかった。
私が首をかしげると、リリィはモニターを叩きながらぼそりと呟いた。
「こっちが早いわよ。見てればわかるでしょ」
彼女が指した影は、不規則な楕円形をしていた。
「ほら、これ。丸太。避けるよ」
その間にも船体は大きく揺れ、アリアの「Ooops!」という声が響く。
それでも彼女は姿勢を崩さず、片手でドローンのコントローラーを操っていた。
私は、急な舵切りにふらつきながら、手すりにしがみついた。
アリアが笑いながら、私の肩を叩く。
「ケイ、もっと足に力入れなよ」
リリィはそのやりとりには反応を示さず、淡々と操縦を続けていた。
顔は動かず、視線だけが水面をなぞっている。
軽口を交わす余裕は、今の彼女にはなかったのだろう。
やがて、彼女は短く言った。
「このタグボートの操縦には慣れてるの。この星じゃ、ごく普通の多目的船舶だから」
私はてっきり、この船は森林での水上生活のために特別に設計されたものだと思い込んでいた。
どうりで手作り感あふれる水上集落の中で、工業的な異彩を放っていたわけである。
少しだけ、興ざめした。
だが、補修や部品交換の都合を考えれば、当然の選択だとも思った。
アリアが声を弾ませる。
いつものように、会話に体ごと飛び込んでくるような勢いだった。
「まあ、特別じゃない方が便利でしょ。リリィなんて10歳から動かしてきたわ」
「10歳から?」
私が目を丸くして尋ねると、リリィは舵から手を離さず、小さく首を横に振った。
その動きにはわずかに肩をすくめるようなニュアンスがあり、どこか照れ隠しにも見えた。
「そうよ。びっくりする?」
「コンゲラードからは、川を下る交易路があるのよ」
説明に入った彼女の声は、先ほどとは違い、落ち着きの中に少し懐かしさが混じっていた。
彼女が育ったコンゲラード植民市は、「凍った」という名の通り寒冷な、氷河に面した都市である。
名産品は天然ガス。かつては鉄道で、今では主に水運で輸送され、アマゾン湾からこの惑星を離れるロケットの燃料となる。
「天然ガスのボンベとかも一旦鉄道で運んで、あとは基本、水運よ。
物心ついたころから両親の手伝いで、よく船に乗ってたわ。
物資を曳航したり、人を乗せたりしてね」
私が船縁から身を乗り出して聞くと、リリィが少し笑った。
唇の端が緩み、目元もふわりとほどけた。
「子供の頃は、ボンベ落とさないかヒヤヒヤしたわよ」
「水上集落の揺れには難儀してたみたいだけど」
何気なく口にした私の言葉に、リリィの眉がぴくりと動いた。
舵を握る手は微動だにしないままだったが、返ってきた声はいつもより早口だった。
「あれは…地面を期待してしまっただけよ。
あんなの、ぱっと見たら地上だと思うじゃない。
でも、動くのよ。揺れるのよ。……あの艀、地上に似すぎてるの」
私は思わず笑ってしまった。
その理由は、自分でもうまく言語化できなかったが、たぶん、その理屈の真面目さと、妙な切実さの取り合わせが面白かったのだと思う。
すると、リリィが小さく顔をしかめて、むっとしたように言い返す。
その声には、恥ずかしさを打ち消すような、反射的な強さがあった。
「笑わないでよ、ケイ!」
その反応の理由は、正直なところ、私にはわからなかった。
ただ、彼女が照れているか、少しだけ不本意に感じているらしいことだけは、なんとなく伝わった。
アリアが便乗して、肩越しに軽く口を挟む。
明るい声だが、内心ではリリィの気分をなだめるような配慮も込められていた。
「前の旅でもそうだったけど、すぐに順応してたよね」
「もちろんよ!10歳から船動かしてるのよ。
どうしても舟に見えない“浮かぶ建物”が悪いのよ。
そう、これの同型船しか使っちゃいけない縛りのタグボートレースなんかにも出たわ」
アリアがモニターから顔を上げ、目を細めてにやりと笑った。
声には、意地悪ではなく、リリィの得意話を引き出そうという調子があった。
「優勝したのは?」
リリィは胸を張り、ちょっとだけ得意げに鼻を鳴らしてみせた。
「私に決まってるじゃない。その賞金で航空学校に進学したのよ」
私が拍手すると、リリィは振り返って、片目だけをつぶってウインクを寄越した。
ふと見せたその笑顔に、彼女がようやく少しだけ緊張を解いたような気がした。
「だからガス駆動船を頼んで用意してもらったのよ」
リリィはわずかに笑みを浮かべながら、スロットルを微調整した。
「ちょうど、慣れたとおりに動いてくれるから」
「操舵も漁師さんに頼むんじゃなくて、リリィさんが操舵することになった理由、よくわかったよ」
私がそう言うと、リリィが一度ちらりとこちらを見てから、わざとらしく眉をひそめた。
「“さん”はやめてってば」
語気はやわらかいが、集中中だけに、普段よりもストレートだった。
そのまま視線を前方に戻し、舵に添えた指をわずかに動かしながら続ける。
「でも彼、泥炭エンジンしか動かしたことがないから、この船を動かすのは怖いって」
視線だけをそっと船尾に送る。
その先で、漁師が背を丸めたまま、振り返らずに低くぼそりと返した。
「慣れねえだけだ。パワーがありすぎると、突っ込むからな」
「泥炭エンジンだと出力が低いんだっけ。ガス化発電と同じ仕組みだよね」
私が訊ねると、リリィはうなずきながら答える。
「出力は半分以下、三割がいいところね。今の速度くらいが、たぶん最高出力のはず」
「速度が出ない分、小回りもきくってことじゃ……?」
「そうね。でも遅いと、失速した時のリカバリーも遅いし」
少し眉をひそめて、コンソールに映る水中ソナーの影を追う。
「ここまで来るまで丸一日かかるって言ってたわ」
船が避けて通る障害物の多くは、折れたレピドフロイオスだった。
水面に浮かぶものもあれば、腐って沈み、鋭く突き立った丸太のように水底に潜むものもある。
リンボク類は内部に大量の空気を含んでおり、折れた直後はよく浮く。
だが、やがて柔らかい内部組織が腐り、空気は抜けてしまう。
残った密な樹皮の外殻は重く沈み、川底に突き刺さる。
ブラックウォーターの濁った流れの中では、それらはほとんど目視できない――まさに水中の罠だった。
リリィは舵に集中したまま、表情を崩さずソナー画面に目を凝らす。
水面の流れは穏やかに見えるが、それは表面だけのことだ。
ユーラメリカの熱帯湿地の水路は、少しでもコースを誤れば即座に座礁する。
そして今、その責任は彼女の両肩にかかっていた。
一瞬だけ、ソナーに影が映った。
リリィの目が細くなり、手元がわずかに動く。
慎重に、だが迷いなく舵を切った。
「いやはや……」
彼女はぽつりと呟いた。
その声には、かすかに高揚が混じっていた。
「ひどい航路だと燃えるわね。まるで計器飛行でレースするみたいで、最高に楽しいわ」
あのときのレースを思い出しているのかもしれない。
水上に張り巡らされたブイ、競うように滑走する船――
そして今、この川もまた、彼女にとっては勝負のコースになっていた。
「リリィ、前方に倒木があるわ」
アリアが身を乗り出すようにして船首から声を張る。
カメラは首にかけたままで、その目はちゃんと周囲の変化を見逃していなかった。
「分かってる。この進路なら当たらないわ」
リリィはスロットルに手を添えたまま、眉一つ動かさずに応じる。
その声には確信があり、迷いはなかった。
船尾から漁師の声が低く響いた。
「そのままでいい」
船はゆっくりと傾きながら、倒木を掠めるようにして進んでいく。
水面がわずかに盛り上がり、船体が軽く揺れたが、リリィは体を微塵も動かさず舵を握ったままだった。
その姿には、波の上にいてなお揺るがぬ安定感があった。
私はそっと手すりから手を離し、小さく拍手した。
するとリリィがちらりとこちらを見て、口元だけで笑った。
「褒められても、まだ終わりじゃないわよ」
その言葉には、冗談めいた軽さと、どこかピンと張った緊張が同居していた。
アリアはそんなリリィの姿をファインダー越しに見つめながら、ふっと頬を緩めた。
そして、シャッターを切るような手つきで映像を保存しつつ、ぽつりと呟く。
「前の旅でも思ったけど……やっぱり、乗り物を動かしてるときが一番輝いてるわね」
「当然でしょ?」
リリィは振り向きもせずにウインクをよこし、視線は前方の水面に張りついたままだった。
その横顔は、どこか嬉しそうで、けれども気を抜いてはいなかった。
彼女が操縦席で背筋を伸ばした瞬間、空気がすっと引き締まるのを感じた。
私はその横に立ちながら、アリアの方に顔を寄せ、小声で囁く。
「ほんと、輝いてるね」
アリアは言葉には返さず、ただゆっくりと頷いた。
その目はずっと、カメラ越しではなく、直接リリィを見つめていた。
川は次第に浅くなり、水面の色も変化を帯びはじめた。
真っ黒だった流れは、いつの間にか琥珀色の光を含み、まるで液体の鉱石のように揺れている。
川底に近づいた光が、色を透かして見せているのだ。
リリィは黙々と舵をさばいていた。
片手はコンソール、もう片手はスロットルへ。
操作は小刻みで繊細だったが、そのどれもが確信に満ちている。
彼女の目はソナーに映る水中の影と、水面の僅かな波の乱れを交互に見ていた。
私はハッチの縁にしがみつきながら、水面に張り詰めるような沈黙を感じていた。
身体の重心が少しでも揺れれば、バランスを崩してしまいそうだった。
「この水路、隣の水上集落への近道らしいけど、これはあんまりね」
リリィが息を吐くようにぼやく。声に、ほんのわずかな疲労が滲んでいた。
漁師が船尾から、腕を組んだまま低く呟いた。
「そうだ。沈木さえなければな。毎週通ってる奴もいる」
アリアがモニターから顔を上げる。
「毎週? よくこんなところ通るわね……」
そう言いながら、視線はカメラに残した映像データを流し見ている。
「私のドローンも、少しは頼りになるかしら」
「ありがたいけど、今は慣れた航法装置を信じるべきと思うわ」
リリィの返答は淡々としていたが、信頼と責任のあいだで静かに重みがあった。
アリアがモニターを指差した。
「そうね。一応、左前方に沈木があるわ。距離20メートル」
「左だ! 丸太が近いぞ!」
漁師が突然、手を振って叫んだ。
リリィは即座に舵を切った。
船が一瞬ぐらりと傾き、水面が波打つ。
私は手すりにしがみついたまま、膝が折れそうになるのをこらえた。
「見えた。このままの航路なら、5メートル脇を通過するわ」
リリィの声は、揺れに影響されないまま真っ直ぐだった。
「わかった。そのままでいい」
漁師が再び頷き、水面を指さした。
船体はまるで、草をかすめる矢のように、倒木を静かに回避していった。
水路の先に、かすかな人工物の輪郭が見えてきた。
私は目を細める。
それは――水上桟橋だった。
粗末な造りではあるが、確かに人の手が入ったものだ。
木材を組み合わせて造られた桟橋が、川面に浮かんでいる。
横には二隻の小舟が係留されており、風に揺れて、きしむ音を立てていた。
漁師がロープを手に立ち上がった。
「おし、着いたぞ。リリィ、いい腕前だった」
リリィは微かに笑みを浮かべながらスロットルを緩め、船体を桟橋に寄せていく。
漁師は慣れた手つきでロープを桟橋に結び、船を確かにつなぎ止めた。
私はハッチから顔を上げる。
あたり一面に広がるのは、沈みかけた石炭紀の森だった。
この先は、手漕ぎの小舟でしか進めない領域。
まるで、世界の奥に足を踏み入れるような静けさが漂っている。
リリィが操縦席から身を乗り出し、大きく背伸びをした。
その動作に、緊張から解放された安堵が見えた。
「それにしても、すごい障害物だったわね」
軽く肩を回しながら言う。
「……レースを思い出したわ」
水面は陽光を受けてきらめき、折れた枝や葉がゆるやかに流れていく。
頭上の枝が風にそよぎ、水面に落ちる影が揺れて、踊っていた。
「しかし、おかしいな……本来なら、もう回収が終わっているはずなんだが。」
漁師が桟橋に足をかけながら呟いた。
アリアはすばやく身を翻し、手すりを蹴って軽やかに桟橋に飛び移る。
トン、と木の板がかすかに軋む音がして、彼女は着地と同時に辺りを見回した。
「じゃあ、どこかで遅れてるのかしらね。今月はいつ?」
モニターを畳みながら、アリアがさっと問い返す。
「昨日のはず、なんだけどな。遅れが出ているのかもしれん。」
漁師は首をかしげ、杭に手をかけて小さく叩いた。
「沈木回収……?」
私は思わず首をかしげて口に出していた。
漁師は、打音で何かを確かめるようにしながら答えた。
「そうだ、鱗木は黒く澄んだ川の水に半月は漬けて熟成させるもんだからな。」
「熟成させる……って、水路の底で熟成させてるのね……公共の交通路で……」
リリィが操縦席から半身を乗り出し、目を見開いていた。
あきらかに理解を超えた情報だったらしく、額に手を当てるようにして息を吐いた。
「一番回収しやすいからな」
漁師はまるで「日が昇るのは東だ」とでも言うように、当然の調子で返した。
リリィの眉がピクリと動く。私は、空気にわずかな刺のようなものを感じた。
沈木――それはどれも、自然に倒れた痕跡を見せていた。人の手が加えたものではない。
「なるほど。水路には何もしなくても大量の沈木が堆積する。そして、その回収を兼ねて、毎月水路から沈木を拾って回る……ってことだね。」
私が考えをまとめるように言うと、アリアがすっと近づき、私の耳元でささやいた。
「ナイスフォロー。」
私は瞬きして振り返った。アリアはちらりとリリィの方を見て、唇の端だけをつり上げた。
「……どゆこと?」
小声で聞き返すと、アリアは肩をすくめて桟橋にしゃがみ込み、目線を下げながら答えた。
「後で教えてあげる。」
──旅が終わった後に、アリアから聞いた話によれば。
このとき彼女はすでに、リリィが“ムッとする瞬間”を察していたという。
この惑星の、あまりに雑で適当な「やりくり」が、リリィにとっては無神経に映るのだと。
そのときどう言葉を挟むか考えていたところで、私が自然と話を繋いだ。だから「ナイスフォロー」だったのだ、と。
まったく意図していなかったけれど。
リリィは操縦席に身を戻し、深く息をついて小さく首を振った。
「まあ、いいわ」
言葉にこそ棘はなかったが、舵輪を握る手が一瞬だけ強張っていた。




