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石炭、植物、そして天気の話。 (Day6)

ミルクコーヒー色に染まった大河。

その川面は静かで、タグボートだけが轟音と波しぶきをあげていく。

操舵しているのはリリィだ。この星のすべての乗り物を乗りこなすのが夢だという。


日が昇るとともに、急に霧が晴れていき、空気から水が抜けていく。

間から鋭い太陽光がさすと、大河をまたぐように巨大な虹がかかって、息をのむ。

虹という現象はどこでも、いつの時代にも起きるものだが、それでいて何度見ても感動してしまう。


タグボートの操縦席を覆っていたハッチを開くと、まるでオープンカーのようだ。

吹き込む風に頬をなでられながら、私はいつも気になる、虹は何色かという質問を提起した。

「ねえ、アリア、リリィさん、あの虹見てて思ったんだけどさ、何色に見える?」

アリアは髪をかき上げながらいう。

「私は5色よ。赤、黄、緑、青、紫。シンプルで分かりやすいじゃない。」

そう言って、虹の弧を指でなぞるように見つめた。

はきはきとした口調には、いつもの余裕が漂っている。

リリィは”あら汁”をすすりながら言う。

「私は4色かな。赤、黄、青、紫。これで十分、覚えやすいし。」

彼女の目は虹よりも、タグボートの舵と、”あら汁”に浮かんだ団子に小骨が混じっていないかの方にちらちら向いている。

「俺の村じゃ3色だ。赤、黄、紫。間にある色、それは中間に過ぎない。魚とワニに区別がないのと同じく、色にも明確な区別はない」

漁師のたとえはとても興味深い。

魚と、この世界でいう「ワニ」・・・つまり鱗を持った原始的な両生類に区別がないのは、石炭紀ならではのことだ。そして、青や緑がないのに紫があるというのは、そもそも緑という概念が欠落している可能性がある。つまり、彼が男性であることを踏まえると、この村ではX染色体潜性遺伝である赤緑色覚異常の頻度が高い可能性がある。だとしたらとても興味深い。ふむふむ。

すると、

「で、ケイはどう思う?」

とアリアの声が飛んできた。

「紅、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。小学校では7色と習ったけれど、よく見ると紅はあると思う。」

「さすが細かい」

「スプリッターと揶揄されてる気がしてきた・・・でも区切りはあくまで、恣意的なものだよね。」


さしこむ光はだんだんと、熱帯の強烈な直射日光へと姿を変えていく。

虹はその変化の始まりを告げ、薄れていく。


石炭を作りだした、この熱帯雨林。

涼しい気候。朝は濃密な霧にはじまり、午前から昼にかけて晴れ、積乱雲が発生して爆撃のようなスコールを起こす。このサイクルは現代の熱帯雨林に似ているが、はるかにダイナミックだ。

そして、その理由もまた、鱗木をはじめとする石炭紀の植物にある。

泥炭の形成による二酸化炭素濃度の低下、特殊な植物の出現、そしてスコールは相互関係を築いており、その循環が石炭紀に「石炭」紀たらしめたといえるかもしれない。


石炭紀の特徴は、二酸化炭素濃度の低下と高い酸素濃度にある。

その原因はもちろん、石炭による炭素の地下固定だ。二酸化炭素濃度の低下による海面低下とパンゲアの完成に伴う熱帯域での地盤沈下により、巨大な低湿地ができ、そこに石炭が堆積した。

そしてそれによりできた大気は、植物にとって挑発的なものだった。

二酸化炭素濃度の取り込み効率が悪い。

そのうえに高い酸素濃度はルビスコの阻害を起こす。

光合成で生じた酸素は速やかに外界に排出した方がよく、二酸化炭素は出来るだけ取り込みたい。

つまりこのような環境では気孔をなるべく開口させるほうが効果的である。

さもなければ、光合成速度の致命的な低下を引き起こし、他の種との種間競争に勝てない。


興味深いこととして、植物の絶滅原因は動物と違っているようだ。

動物の多様性変動について海洋動物を中心に論じたのはかの有名な「大量絶滅」を提唱したセプコスキーだが、植物の絶滅現象について興味深い説を提唱したのはアンドリュー・ノールだ。

彼によれば、植物は動物と比べて、3つの点で異なる絶滅パターンを示すという。

1.種間競争により絶滅しやすい。

2.気候変動により絶滅しやすい。

3.大量絶滅の影響を受けにくい。

つまり、一般的なイメージよりもむしろ、同じ環境において、植物は動物以上に種間競争をうまくやってのける必要がある。

語弊のあることを前提でいう。

植物は動物以上に、種間競争に対して「武闘派」であり「弱肉強食」なのである。


では、粗悪な環境でもゆっくりだが着実に成長し、最終的に大きくなるという戦略は石炭紀においてどうなのだろうか?

これもまた、難しい。

ガイア理論を提唱したラヴロックの門下に、アンディ・ワトソンという人がいる。彼が実験した結果、恐るべきことが示唆された。石炭紀の酸素濃度に相当する酸素濃度30%では植物は非常に燃えやすく、水をしみこませた植物体ですら燃えるのではないか、とされたのだ。その後、実際に様々な植物を燃やす実験が行われた。結果はいろいろだが、完全に水をしみこませた植物が燃えるかどうかという点以外に関してはよく似ていた。

つまり、単純に酸素が多い環境では山火事が起きやすくなるということだ。

さらに。

現在の熱帯雨林においてすら、火災は極めて大きな自然要因であり植生を規定している。

現代の低地熱帯雨林における火災は比較的、よく調べられている。そして、そうした環境では幹の直径が5㎝を超えるかどうかによって生死が左右される。それより小さい実生はほぼ全滅する。土壌内は深くまで致死的な高温になることは少ないため草本は耐えられるが、ざんねんながら、発達した地下茎などの栄養増殖手段は石炭紀の多くの植物がまだ持ち合わせていない。

石炭紀の酸素濃度は現在と比して燃焼温度の上昇をもたらすため、生き残るにはさらに太い必要があったと思われる。

あとは単純に、光を巡る競争にも不利である。

つまり、ちんたら育っていたら死ぬリスクが上がる、のである。


さて、こうした環境で素早く育つためには、高い気孔コンダクタンスが必要である。しかし気孔コンダクタンスは水の透過度つまり蒸散量に比例するため、高酸素低二酸化炭素濃度で育とうとすれば大量の水を必要とし、しかもそれを大気中に吐き出すことになる。


そして、その過程で大量の気化熱が奪われる。熱帯雨林にも拘わらず、気温が20から25度といったところで寧ろ冷涼といっていいのはこのためだ。

これは同時に、大量の水蒸気を供給する。蒸散の過程で気化熱が奪われる上に、樹木の葉の形状が現代とは異なり、より細かく樹冠がすかすかである。

このため、石炭紀の熱帯雨林において対流を引き起こすのは地面の加熱ではなく、むしろ蒸散により生じた水蒸気になる。水蒸気は上昇して凝結し、潜熱を放出して気温が上昇する。これにより対流圏中層における上昇気流が促進され、午後にかけて巨大な積乱雲が発達する。

この雲は地表への太陽光の到達を妨げる。

その結果、対流の原因を太陽光熱よりも蒸散がさらに大きく占めるようになる。


結果として現在の熱帯雨林をしのぐ規模の積乱雲が発達し、スコールが発生する。昼間に蒸散された水は夕方にはスコールとして降ってしまうため、植物の水ストレスは最低限に抑えられ、水を大量に蒸散させる石炭紀流のCO2ストレスへの対処が可能となる。

そして、毎日のスコールはさらに大きな影響を与える。降雨性泥炭湿地が出現するのだ。

泥炭は大量の水と遅い分解速度により嫌気条件かつ強酸性となり、有機物の分解が抑えられることによって形成される。したがって、理屈からいえば泥炭は水面下に形成されるはずである。

さらに泥炭はそこそこではあるが燃えるものであり、乾燥してしまえばそのうち燃焼して失われてしまう。泥炭の蓄積スピードが遅いことを考えれば、それは当然だ。

しかしながら、大量の降雨が日常的に降る環境では違う。

地下水位が地面よりはるかに低くとも、大量の降雨によって分解が抑制される。

現在の熱帯雨林では分厚い樹冠によって地面への水の到達が抑制されるが、石炭紀のリンボク類の樹冠は著しく疎であり、これを制限しない。したがって、降った雨はまず地面にしみこみ、日中にまた大量に蒸散されるはずだ。このことにより、日常的に豪雨が降る低地では常に水のたまる環境に限らずとも泥炭が堆積することになる。

そしてスコールは空中の水分を一掃し、夜になると晴れ間が広がる。すると放射冷却により地温がさがり、大規模な霧を発生させる。

霧の発生は植物体への水分供給に重要であり、特に30mを越えてくるような大型の木本においてはそれが顕著だ。有名なのはセコイアで、巨大化できたのは夜露により上からも水分の供給があるからという面があるというが、もちろん他にも工夫はある。ともあれ、夜露は植物の巨大化に有利に働くのだ。

泥炭の蓄積はさらに空中のCO2を低下させて、このサイクルが一周する。

これはあくまでも仮説にすぎない。

しかし、この旅でそうした、石炭を作った世界に迫っていけたら、と思う。


さてそんなことを話して収録を進めているうちに、景色に変化が生まれてきた。

目の前一面にひろがる川面に、少し色の濃い部分が現れていることに気づく。

それはまるでミルクコーヒーの表面に墨を一滴落としたように、ゆっくりと広がりながら川の流れに溶け込んでいた。

漁師は大きく腕を振り、タグボートの進路を示した。

リリィが大きく舵を切る。

彼女の手さばきは素早く、力強く、まっすぐだった。

そして、そこからはたくさんの・・・灰色で先端が緑色を帯び、髪の毛のような糸状の葉を垂れ下がらせた、電柱ほどの巨大な塔が立ち並んでいた。

レピドフロイオス Lepidophloiosの幼株。

それは、今まで見たどんな植物にもまるで似ていなかった。


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