水に浮かぶ村 (Day5)
1.
水しぶきが晴れていくと、やがて集落の全貌が姿を現した。
建物の外装は、長年の風雨にさらされて灰色に風化した木材でできている。
たしかに古びてはいるが、どこか趣がある。
建材ひとつをとっても、浮き出た節や継ぎ目が、そのまま残されている。
一つ一つの形が、少しずつ違っていた。
灰色に風化した表面は、うっすらながらも、迷彩のように薄緑や白に色づいていた。
経年劣化によるものであることは疑いようもなかったが、美しかった。
無機質な人工物に囲まれ、建造物の中で育ってきた私たちにとって、むしろ新鮮だった。
これまでの旅で目にしてきた町は、どれも急ごしらえの植民地だった。
機能性を優先して作られた、工業的で無表情な構造物ばかり。
そこには人の手の温もりなど感じられなかった。
おそらく本当に、機械によって設計され、設置されたのだろう。
まるで――人間用の鳥かごだった。
だが、この集落は違った。
それがいかに丁寧に造られたものであるかはともかく、
誰かが、自分たちの暮らしのために木を組み、壁を立てたのだ。
釘の打ち直し跡。増設された庇。雨避けの板が、節くれだった手で何度も重ねられている。
美しくはない。
でも、誰かが暮らしているという気配があった。
見れば見るほど、不器用な建物だった。けれど、私はそれを、すこし羨ましいと思った。
そこには、たしかに人の気配――ぬくもりがあった。
そのときだった。
集落全体が、ぐらり、と揺れた。
まるで地震のように。
不意を突かれ、思わず息をのむ。
――そうだ。この集落は、地に足がついていないのだ。
飛行艇が水面に静止すると、しばらくして2艘の小舟が近づいてきた。
褐色の水を切り裂くように、慎重に進んでくる。
舟はこぎ手が1人ずつ。
日焼けした肌に素朴な服装。
彼らは無言のまま、手慣れた様子で櫂を操っていた。
小舟は、近くで見るといかにも原始的で、灰色に変色した木肌がささくれてけば立っていた。
手をかけると温もりとともに、がさついた天然の感触。
足を乗せた途端、大げさなほどに舟が傾いた。
ミルクコーヒーのように濁った水の底は、まったく見えない。
水はほとんど流れておらず、動いているのかどうかさえ疑わしい。
舟が乗客を乗せ終えると、こぎ手は再び櫂を動かし、褐色の大河を静かに進み始めた。
そのとき、背後から軽いエンジン音が聞こえた。
振り向くと、丸みを帯びたエンジンボートが飛行艇に向かっていた。
貨物が後部ハッチから積み出され、余裕のある船体に順に載せられていく。
側面の人員ハッチには接近できない構造なのだろう。無理もない。
けれど人間より貨物が重視というところに、元は軍用機だったことを感じざるをえなかった。
足元がぐらつく。足元がぐらつく。もし、足を滑らせて落ちたら――。
私は泳ぎが得意ではない。
底に何が潜んでいるのかも、知る由もなかった。
背筋に、じわりと汗が滲んだ。
揺れる舟の上で、私は水底から目を逸らすのではなく、むしろ、覗き込んだ。
そもそも、石炭紀の淡水生態系は、ほとんど何もわかっていない。
かつて淡水域とされていた化石産地の多くも、実は汽水性ではなかったかという疑いがかけられてきた。純粋な淡水に、どんな生き物が、どんな生態系を築いていたのか。
その点に関しては、古生物学者たちのあいだでも意見が分かれていた。
つまり、この時代を旅するにあたって、私たちは確かな答えを持っていないのだ。
少なくとも、人を襲うようなサイズの捕食者は、あまりいなかったようだ。
だが、「知らない」ということ自体が、私にとっては何よりも恐ろしい。
私は臆病だ。
知識は人の心を安定させ、不安を振り払ってくれる。
知識は、武装だ。
腰にピストルやナイフをぶら下げるのと同じだ。使うことはなくても、あるだけで安心する。
そう、名前がついて、姿がわかって。
そうしてはじめて、怖くなくなる。
知識は目の前の事象を、統制する。
そう、だからこそ私は名前を求め、知識を求めるのだ。
困ったことに、この惑星で暮らす人々は、古生物とともに生きていながら、その生態に、ほとんど関心を示さない。
知ろうともしていない。調べようともしていない。
つまり、この濁った水の底に何が潜んでいるのか――それは、誰にもわからない。
それは私にとって、ものすごく怖いことだ。
旅のあいだずっと邪魔で仕方なかったライフジャケットの裾を、気がつけばギュッと握りしめていた。
集落は川辺から水面に張り出し、まるで巨大なイカダか、揺れる桟橋のようだった。
裸足の子供たちが板張りの上を駆け回り、老人は無言で網を編んでいる。
ひょろりと痩せた青年が、片手で軽々とロープを引いて船を固定した。
小舟が横付けされると、灰色に古び、ささくれ立った桟橋が擦れ、ギイギイと不気味な音をたてる。
水面は静かなままだが、船はゆらゆらと揺れ続けていた。
立ち上がった瞬間、小舟がぐらりと傾き、背筋に冷たいものが走る。
おそるおそる体を移した刹那、ボチャッと何かが水に落ちる音がした。
思わず目を見開き、足元を覗き込む。
すっと波紋が広がり、その中心を、なにやら黒い影が走り抜けていった。
その瞬間、船がふらりと下がり、バランスを崩した。
思わず顔が青ざめる。
「お、都会の子はこれくらいでびびるのか? そんなんじゃこの村じゃ暮らせないぞ!」
声の主は、さっき舟を引いていた痩せた青年だ。陽気な笑い声が、岸辺に響き渡る。
足元が揺れること、水に何かがいること――
それらは、村人たちにとっては日常の、ほんの些細な出来事にすぎないのだ。
「……わ……!」
笑うな!と叫びたかった。
でも、声は喉でつかえて出てこなかった。
顔がじわじわと熱くなる。口元をきゅっと結ぶしかなかった。
足元はまだふわふわと揺れていて、その頼りなさに体が震える。
リリィがくすくす笑いながら手を差し伸べてくれた。
が、次の瞬間、リリィの足がわずかに滑った。
バランスを取ろうとしたものの、膝がガクンと折れて――
まるで子鹿のようなへっぴり腰になる。
彼女もこの星の植民都市の出身だが、水上集落に来ることはそう多くはないのだろう。
そんなリリィの姿に、村人たちはおかしくてたまらない様子で、
膝を叩いたり、肩を揺らして笑い出した。
だが、アリアだけは全く動じない。
平然と荷物を整理している。
さすが、火星生まれはちがう。
いや、恐竜がひしめく中生代を日常的に旅しているのだから当然かもしれない。
「怖くないのか?」と誰かが尋ねた。
アリアはちらりと振り返り、にこりともせず、
「危ないと思うと、よけい危なくなるわ」とだけ答えた。
その言葉に、私は思わずぎくりとする。
まるで、臆病な自分を見透かされたようで。
足元の木材がギィと音を立てた。
それだけで、またぞくりと鳥肌が立つ。
その様子に、村人たちはさらに大きく笑い、
ついにはアリアまでもが、思わず吹き出していた。
また真っ赤になっていた私に、リリィはそっとそう言ってくれた。
あくまで茶化さず、私の味方でいるように。
「慣れよ慣れ。この村を作った人たちも、きっと最初は怖くて、立っているだけで精一杯だったんじゃないかな…」
それは昨晩、彼女が話していたことと重なった。
2.
思い返せば、昨晩の宿は本当にひどかった。
周囲の住民の喧騒がボロ宿の壁を貫通し、なにか小さな節足動物が耳元を這いまわり、マットレスから飛び出した繊維がチクチクと肌を刺した。
リリィもまた寝付けず、青白くなんとも頼りない常夜灯が荷物を冷たく照らす中、横になりながら水上都市の成り立ちについて、ケイに教えてくれたのだった。
リリィもまたこの惑星の出身だが、生まれ育ったのは氷河を目前にした凍てつく大地に建設された植民都市である。しかしこの水上都市を築いた開拓者たちの話は、誰もが幼少期に聞いたことがある、いわゆる昔話や伝説のたぐいなのだという。
「最初に植民都市が建てられた時、誰もが「これならイケる!」と思ったらしいわ。」「でもね……」と、リリィは遠くを見つめる。「それでも諦めきれなくて、新たに都市を築き直したんだよ。」「でも今度は、一年に何度も洪水が襲ってきて、やっぱりがれきの山に。割れた舗装やがれきの間からはリンボクがわさーって生えてきて、最初に建設された都市はあっという間に森に呑み込まれちゃって、もうその姿を探すのも難しいみたい」
ケイはその話を聞きながら、キロメートル単位で堆積した泥炭層のことを考えていた。
水没した大地にはリンボク類が鬱蒼と繁茂し、寿命を終えると倒れ、殆ど腐らずに堆積した。そうして根元にできたのが、それらが堆積した厚さ数キロにも及ぶ泥炭層だ。泥炭層は時の流れとともに圧縮され、黒く輝く石炭となる。やがて産業革命を支え、人類の躍進の嚆矢となったそれは、しかしながら今ここに住むうえでは災厄でしかなかった。その脆弱な地盤は、上に立つすべての建造物をやがて破壊するだろう。開拓者たちはその時、地面そのものが存在しないかのように感じたに違いない。
しかし、そんな湿地帯に住み始めた人々は、そこに住むことを諦めなかった。
「でも住民たちは諦めなかったのよ!」と、リリィは目を輝かせて続けた。
それこそが、伝説として語り継がれるゆえんだった。
「人々はがれきの山から水に浮きそうなものをかき集めて何とか洪水を乗り切ってね。水によく浮く木があるってわかったら、それを筏みたいに合わせて街自体を水に浮かべたの。」
「それからは筏がどんどん増えて、いまではこの流域に何十もの水上集落があるのよ」
その間に水上集落は改良が重ねられ、いまでは、艀(はしけと読む、バージともいう)をまとめて杭でつなぎ留める、いまの形となったようだ。
「水上の艀は街や住まいから、やがて移動拠点に変わったわ。場に艀を引っ張っていって、一家総出で文字通り家ごと漁場に向かうの。夜は明かりが流域のあちこちに灯って・・・上空から見ると本当にきれいよ。」
街はいつしか緩く流動的な集合体となって、移動と分散を繰り返すようになったのだ。
「でも、それらのつながりを忘れたわけじゃないの。いまでもそれらが年に一度集まって、最初の街を偲ぶの。一週間だけ、この星でも有数の規模の街が川面に出現するわ」
私は、その祭りの様子が過去の悲しみを悼むものなのか、それとも再会を喜ぶものなのか気になった。するとリリィは、
「そんな成り立ちがあるんだけど、祭りはすごい賑わいなんだよ。この星の観光の目玉って言ってもいいくらいかな。でも案内できないのがちょっと寂しいな…。前にアリアを案内したときは、すごい喜んでくれてたわ」と語るのだった。
ケイはそこまで祭りに興味があるわけではなかったが、そういう所以があると聞くと興味がわいてきたのだった。あとでアリアに聞いてみよう。結局アリアは話に参加することはなく、日が暮れてからずっと爆睡していた。寝ると決めたらどこでもぐっすり寝られるのがうらやましい、とケイは思った。いざという時の前には興奮して眠れず、翌日十分に楽しめないことが多いから。
ようやく揺れる村に慣れてきたのはその後、村の面々にあいさつめぐりが終わったころだった。やや、くらくらするのは昨晩寝付けなかっただろうか、それとも船酔いの類だろうか。
それとも興奮ゆえだろうか。
3.
時刻は正午を過ぎていた。
氷河期とはいえ、ここは熱帯だ。気温は三十度近くあり、空気の中を手でかき回せば、水の粒がまとわりついてくるようだった。村人たちは皆、当然のように半袖姿だ。そうでもしないと、あっという間に身体が茹だってしまうのだろう。
だが、持ってきた服はというと、基本的に長袖ばかりだった。薄手のものもあるが、着慣れた装備の癖は抜けない。この時代に蚊はいないし、毒をもった虫も少ない。何かから身を守る必要はとくにないのに、つい袖のある服を選んでしまう。
おかげで、汗がじっとりと布にしみ込み、服が肌にぴったり貼りついてきた。絞ればぽたぽたと垂れそうなほどだ。
肝心の水はと言えば、この村に水道などあるはずもなく、村人たちはミルクコーヒーのように濁った川の水を、そのまま飲んでいる。
頼みの綱は、持ち込んだポータブル浄水器だった。
手のひらサイズだが、なかなかの高性能で、水を自動で濾過・殺菌し、ボトルに詰め、密封するところまで全部やってくれる。使ったボトルの再消毒も可能で、補給さえすれば何度でも使いまわせるのがありがたい。
おかげで大量の飲料水を運ぶ必要はなくなった――が、一度に処理できる量はというと、チョロチョロと糸を引くような流速で、正直じれったい。
浄水器がじゅうぶんな量の水を生成するのを待つあいだ、ケイは外へ目を向けた。
川岸の水はひどく濁っていて、土といっしょに魚粉のような異臭を運んでくる。そのまま飲む気には、到底なれない。
川面には時おり、丸太が流れていく。
遠目にもコルダイテス類とわかるそれらは、かなりの距離を流されてきたのだろう。
葉も樹皮もすっかり剥がれ、芯だけになった幹が、川面をゆらりと転がっていく。
あれがもし集落に衝突したら、ただでは済まない。何かしら対策があるはずだが、目に見える防壁などは見当たらない。
岸辺の一角では、流れが緩んだ場所に葉片が溜まり、自然とゴミだまりのような様相を呈していた。
そのそばには、誰かが釣りをしているらしい。先端に鈴のついた釣竿が、無造作に置かれていた。
漁の邪魔をしてはいけないと、ケイは足音を立てずにその場を離れた。
この町では、食材というものを見ない。
”デンプン”は各家庭の倉庫に置いてあった。
しかし、粉ものしかなく、その量も人口からすると、ごく少ない。
「これってどういうこと?」ケイはつぶやいた。
「今日食べるおかずは今日採ってくるってことよ」とリリィ。
つまり、おかずは毎日、野生から採ってくるのだ。
「ここから移住してコンゲラード市に来た知り合いが言ってたわ。スーパーマーケットなんかより、よほど川のほうが品ぞろえがいいし休業がないってね」
この僻地には食料の配給は月に一度ほどしか届かず、それも”デンプン”——ここでは純粋な澱粉に限らず、小麦粉のような性質をもつものを含め粉質の主食を総称するらしい――くらいしかないという。
さらに、古生代の植民地では環境保護のために作物や家畜の持ち込みも禁じられている。
にもかかわらず、飢えている様子はまるでない。
水上集落の人々は、狩猟採集民だ。
日中の集落は、のんびりとした空気に包まれていた。
老人は椅子の上でぐったりしており、子どもたちは水面すれすれに手を伸ばして魚を追いかけている。
意外にも、釣りをする人は多くはない。ゴミだまりにあった置き竿くらいのものだ。
民家の壁にかけられた立派な釣り竿を眺めていると、
「ああ、それかい?」
声をかけてきたのは、顔中に細かい皺を刻んだ老人だった。陽に焼けた肌に、くたびれた布の上着をひっかけている。
「昔はよくやったもんさ。あの頃は、釣り竿一本で一日遊んで、食いきれないくらい釣ったもんだ。だが今は、みんな釣ると余っちまうからね。腐らせるくらいなら、川に戻してやるほうがいいってわけさ。自然は奪いすぎると、ちゃんと怒るからな」
老人は微笑みながら、壁の下に並べた網の修繕を続けていた。
川に面した家の軒先では、女たちが黙々と縄をなっていた。
村のあちこちに、洗濯物が吊り下げられている。
桟橋の上では、幼い子どもたちが金属の皿に水を張って、なにかの根茎を砕いていた。
それが食用か、薬か、判断はつかない。
だが、火はない。焼いたり煮たりする気配もない。
「ここでは火は使わないの?」と聞くと、近くの青年が首を振る。
「火⁉、とんでもない。ここじゃ木が濡れてようが関係ない。ひとたび風が吹けば、まるで油に火をつけたみたいに、家ごといっちゃう。」
「じゃ、調理は?」
「発電炉の排熱だよ。あの白煙があがってる艀」
指さす先には、村のはずれに隔離されて配置された、もくもくと白煙を吹き出す艀があった。
大量の泥炭を積み込んだ採掘船がドッキングし、発電炉にむけて筋骨隆々とした男たちがスコップで泥炭をちぎり、投げ込んでいる。
「朝夕に村一同で煮炊きするんだ」
「昼ご飯は」
「都会では昼にご飯を食べるの?」
青年の声には、素朴な驚きがにじんでいた。
その一言に、私は自分たちの当たり前が、ここでは当たり前ではないことを思い知る。
料理も保存も、すべてが湿気と高酸素という自然に縛られている。
都市の文明を思えば不便なことだらけだが、この村では、それが日常だった。
川に暮らす人々は10平方キロメートルに1人といったところ。
かつて地球にもまだ狩猟採集民がいたころ、その人口密度が盛んに研究テーマとなっていたことをケイは思い出した。その結果によれば、狩猟採集民族の場合、1平方キロメートルあたり2~3人が養える人数の限界で、焼畑農耕民で10人くらいだという。ここは主食であるデンプンが配給で確保できることを加味すると、とても獲物に余裕があるといえる。
今回の古生物は
・カラミテス類
・フウインボク、メデュロサ類→今回は存在を示すだけだったのであとで
・オオトンボ類(メガネウラなどの仲間)
です。
カラミテス類に関して…
カラミテス類の分類はいまだに問題が大きいのですが、環境により様々な大きさや姿のものがいたようです。復元や種概念も徐々に変わっていくと思われるので、類、にとどめます。
ここに生育しているのはFalcon-Lang (2015)などに取り上げられたような、泥炭地ではなく有機物に乏しく撹乱の影響を受ける環境のカラミテス類です。それらはカシモビアン~ペルム紀に巨大化したグループや、バシキーリアン~モスコビアンの泥炭湿地で巨大化したグループ、またモスコビアンから知られている草本性のグループのどれとも異なるようではあります。
こうした環境のカラミテス類はそこまで大きなわけではなく、茎の直径は10㎝ほどのものが多かったようです。太さ10㎝というと相当巨大なように思われますが、その後も中生代に何度も到達したサイズ感ではあり、トクサの進化の中でとりわけ巨大かと言えばそうではないでしょう。
・・・これ以上はまた次回以降に。
Falcon-Lang, H. J. (2015). A calamitalean forest preserved in growth position in the Pennsylvanian coal measures of South Wales: implications for palaeoecology, ontogeny and taphonomy. Review of Palaeobotany and Palynology, 214, 51-67.
オオトンボ類に関して・・・
途中でも書いていますがメガネウラはカシモビアンの種で、古環境が結構違います。(プサロニウスや巨大なカラミテス類が比較的低い森を作り、リンボク類はフウインボク(シギラリア)のみです。)オオトンボ類がとりわけ繁栄したのはカシモビアンからペルム紀前期であって、モスコビアンにはその数はまだ少なかったようです。
オオトンボ類の頭部の復元は欺瞞に満ちたもので、長年信じられ、殆どの復元にもちいられてきた”目の小さく、顎が突き出た”復元は化石を”彫刻”した結果でした。困ったことにこの誤復元をもとに頭が”彫刻”された標本が博物館に展示されたりして混乱をさらに深めています。
結局のところ頭部をよく保存したオオトンボ類はMeganeuritesの1件のみのようで、現在のトンボ類、とくにヤンマ科やエゾトンボ科にみられるような、上部で左右がくっつくほどの巨大な複眼を持っていました。
飛び方に関して。複眼や単眼の位置がヤンマ科に類似することから、それに似て開放的な場所を飛翔していたと考えられます。
またオオトンボ類は翼の結節構造を欠き、トンボにおいて結節(翅の前縁中央あたりにある若干色の濃い部分で、ここで翼が変形する。先端付近の目立つ縁紋とは別)を軸に先端が変形して受動的なフェザリングをもたらし、フラッピングに必要な動力を節約することはできなかったと思われます。これはとくに大きな揚力を要する離陸時にはとくに大きなジレンマとなったことでしょう。そのため、高い場所からジャンプするように離陸し、滅多に着陸せず、低高度にも出てこないと描いてみました。
ちなみに、トンボに似ているものの(飛行能力がなんとも微妙な印象を受ける)ツノトンボにも結節がありません。
オオトンボ類に関してもまだ描くべき点は多いのでまた取り上げるでしょう。




