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赤い大地にて (Day4)

1.

大地が、深海に沈んでしまったようだった。

機体はいま、ユーラメリカ大陸の熱帯域を飛行している。

この時代、パンゲアの熱帯域は、ベルトのように広がる巨大な湿地に支配されていた。

――まさしく、アマゾン川を何本も束ねたような。

狭い機窓から覗けば、水と鮮やかな緑が、どこまでも続くマーブル模様を描いている。

その水は烏龍茶よりも黒く、しかし驚くほど透き通っている。

時折雲の切れ間から光が差し込めば、その茶褐色の輝きがふと青みを帯びて感じられる。


そんな時、まるであのどこまでも深く、寂しく、残酷な黒潮を見下ろしているようではっとした。


しかしすぐにその光が向きを変えると、おなじ真っ黒でも使い込まれた器具の飴色の輝きにも似た、独特の温かみがある黒へと変わるのだった。


水面はそんな温もりを感じさせるような黒ではあるが、しんと、静かだった。

森に動くものはなく、川面には魚の群れが立てたものかもしれない僅かな波のほか、生き物の気配はない。鳥など、期待する方が間違いだ。


翼の幅が50㎝もあるトンボなどが群飛しているのだろうと期待して目を凝らしたが、そんな命の輝きを見出すことはできなかった。


この世界は、やはりどこまでいっても異質である。


スケール感が、なんとも筆舌に尽くしがたい。


地平線の果てまで続く水と緑のせめぎあいは、やはり森や川といったものにたとえるよりも、海洋にたとえる方がより正確なところが伝わるものと信じてならない。


目下に広がるのは一面の巨大な湖なのか、それとも沢山の川なのか、もし川だとしたら川がどこからどこまでなのか・・・それらすらも見て取れなかった。

目下にはたくさんの蛇行した水面が見えるが、それらは巨大な蛇行か、それとも三日月湖なのか、水没した森の切れ目に過ぎないのか、一見しただけでは区別がつかない。


森はまるで水に浮かぶ緑の小島のようで、互いに溶けあったり、離れたりしながら無数のパッチワークをなしている。その隙間から見えるものは、すべて水面のつくる煌めきと、どこまでも深い漆黒の闇だった。


その闇の中から棒のようなリンボク類やコルダイテス類といった冠水に抵抗性のある木々が、森を取り囲むように立ち並んでいる。


それはまるで天空から森をつなぎ留めるために大海に穿たれた杭のようであって、いつ来るかわからない荒波から森という小島を守るための防波堤のようだった。

波に打たれる外縁の木々はわずかに揺れて、折れたものも目立つ。


小島のような森に近づくほど木々の本数や密度が高まっていくが、それらの樹冠は疎らで、空からでも水面が良く見えた。



森の”中心部”に目を向けてみれば、密な枝葉がうっそうと生い茂り、様子がまるで違っている。


石炭紀の木々は樹冠が疎らであり、地面が殆ど隠れずスカスカになってしまう。

それにもかかわらず森の中心部がアマゾンの熱帯雨林に匹敵するほどの密度で枝葉が茂っているように見えるのは、その上に生育した無数のつる性植物や、巨大な葉で林床を覆いつくす低木のためであった。


上空から見る限り、まるで見渡す限り一帯が水没し、浮島が点在しているかのようだった。

しかし、実態は違っているようだ。


このどこまでも続く水の楽園「のように」見える土地において、水の占める面積はわずか4割と言ったところだ。6割は陸地である。


しかしながら、森の木々の外縁がのきなみ水中にせり出している上に、大量に堆積された泥炭は黒々とブラックウォーターと同化し、ほんの少し水があるだけでも上空から見るとどこまでも深く水が続いてしまうように見えてしまうのだった。


水路は絶えず分岐し、その流れを変え、無数の三日月湖が森を寸断し、あたかも一つ一つの水域がつながっているように見せかけているのだった。

それに気づかされるのは、”本当の河川”にふと差し掛かったときであった。


それらはミルクコーヒーのように濁っていて、今まで通ってきた水辺とは一目見て色が全く違っている。そして、今まで通過してきた水の総量などほんの僅かであったことに気づかされるほど巨大だった。川幅数キロもある水路から黒く透き通った水が入ると、美しくも不気味な模様を描きながら、あっという間に本流の濁りへと同化されてしまうのだ。


本流には無数の丸太や、しばしば巨大な森が根こそぎ流れ下っていくのが見えた。その流れはあまりにも巨大で、ただ渡るだけでもじっくりと川を観察できるほどだった。


石炭紀後期は、氷期と間氷期が目まぐるしく変化した時代である。


氷期には氷河の発達により海水面が低下し、かつて浅海だった場所が干上がり、巨大な平原となった。さらに超大陸パンゲアの形成により大地が”ゆがめられ”、地盤自体も沈下し続けた。


こうして海岸沿いには巨大な浅い沼地と、それに続く極めて遠浅な海が形成された、ようである。


2.

三億年後に石炭へと姿を変える水の楽園は、人の行動を阻むものでもあったらしい。

海岸線にまで広がった厚さ数キロにも達する泥炭層は地盤が極めて軟弱であり、しかも頻繁に洪水が起きる。都市の建設どころか、飛行場や港の建設にも困難が伴った。

現在において通常の泥炭層はふつう数メートル、厚くて数十メートルと言ったところだが、それでも泥炭層を伴う地盤は「泥炭性軟弱地盤」とよばれ恐れられている。

泥炭はクッションにたとえられるかもしれない。軟弱なスポンジの上で積み木をすると思えば、その開拓の難しさも納得いただけるだろう。

まず、泥炭は軟弱で大量の水分を含み、上に荷重を乗せると何年もかけてゆっくり地盤が沈下し、上に盛り土をしても強度不足や沈下量の大きさから崩れてしまいやすい。


さらに盛り土をした後も地盤沈下が継続し、その沈下予測は困難である。

地球の泥炭地ですらそうであるから、この石炭紀の惑星における、厚さも性質も全く異なる泥炭の沈下予測が全く困難であったことは想像しやすい。


そして、泥炭の上に建てた建物が沈下する際には、土地全体が地盤ごとゆっくりと沈下する。これもまた、つまり、せっかくうまく泥炭を”乗りこなして”建物を建てたとしても、隣、いや近傍に建てた建物の重みで地盤が沈下してしまう。そしてようやく盛り土や建築の基礎ができたとしても、地盤自体がトランポリンのように振動を増幅する。


そもそも石炭紀の巨大湿地の場合、どこから盛り土をするのかという問題も生じるし、泥炭層は強酸性で、金属やコンクリートを徐々に腐食するため、その面でも対策が必要となる。まるで湿地や森そのものが人類の開拓に抵抗しているようですらあって、開拓事業が全く進まないのも納得だろう。

――しかし、より大きな困難が付きまとった。

何が起こったのかは噂話レベルではあるが

――ともあれ、人はこの森に上陸することを、許されなかったようなのだ。


3.

地平線の果てに、うっすらと巨大な山脈が浮かび上がった。


カレドニア山脈とアパラチア山脈。この時代、大西洋など存在せず、それらは一本に繋がっている。


かつてヒマラヤに匹敵し、あるいは凌駕する高さを誇ったそれらも、今ではアルプス程度、あるいはそれ以下の山並みに成り下がっていた。しかし裾野の広がりは、なおも往時の威容を残していた。広大な低地を見下ろすかのように、どこまでも続く巨大な台地を形作っている。


機体が台地へ近づくと、熱帯雨林の海の中に、岩肌をむき出しにした奇妙な高地が点在しているのが見えた。断崖に囲まれたそれらは、まるで陸の孤島。未だ未知の生態系を内包しているかもしれないと、胸が騒ぐ光景だった。


さらに高度を下げる。

石炭紀のユーラメリカ大陸──すべてが水に沈んだ熱帯雨林だというイメージは、偏ったものだったことが明らかになる。


湿地林が途切れ、斜面は無骨な岩石と礫に覆われていた。わずかに生える植物は、灰色の岩帯の上にひっそりと群れているにすぎない。遠くから見ても、それは山裾を締めるベルトのようだった。


そこから先、乾燥は一気に進行する。

山脈が作る雨陰に加え、未発達な土壌と貧弱な保水力がそれに拍車をかけていた。雨は降れども地表に留まることなく岩を伝い、急ぎ下流へと流れ去る。植物が油分を多く含み、酸素濃度が高いために火災が頻発する。火災が起きれば、一気に土壌が不安定になる。

やがて土壌は流出し、植生は貧弱となる。負の連鎖だった。


先ほど見た大河が濁流と化していたのも、こうして何百キロにもわたって土砂が運ばれた結果にほかならない。

植生が乏しいため、蒸散も起こらず、大気中の水蒸気は増えない。山の斜面は荒れ、低地ばかりが湿地と化していく。


4.

そこに、その町はあった

──植民市ヴェルメーリャ。

この高地に拓かれた、赤い大地の町。


"Velmelha"。ポルトガル語で「赤い」を意味する言葉だ。地名の由来は疑うまでもない。

不毛な斜面を超えると、赤茶けた平原が現れた。

高台では泥炭層が発達しない。地盤は比較的安定しているが、植生にも乏しい。赤土に覆われた大地に広がるのは、まばらな疎林だけである。

土が赤いのは恐らく、フェラルソルと言ったところなのだろう。いや、それ以下か。乾燥地では植物が少ない。ただ長い間かけて風化した岩石が極めてやせた”土もどき”をなしているだけに違いない。

――古生代って感じだ。土というのは、生命と環境の相互作用でできる。

植物が陸上に進出してから、まだ1億年――乾燥地はまだ、植物の領土ではなかった。


町なみは、素朴そのものだった。

舗装路はほぼ皆無。赤茶色の大地がむき出しになり、車が走るたびに砂煙が空へと巻き上がる。

建物は、白いコンクリートと、乾燥した植物の遺骸らしきもので組まれた簡素なものばかり。

気候が安定しているため、頑丈な家を必要としないのだ。

みるからに、ひどく乾燥している。

乾燥するのも納得だ。雨というのは、空中に水蒸気が供給されなければ降らない。

そして――空中に水分を供給するのは、植物の蒸散である。

植物がなければ、水も雲も、素通りするだけ。

乾燥した、酸素濃度30%超の大気。考えるだけでめまいがする。

ここでは、火を使おうものなら大惨事になりかねない。

では、どうやって調理しているのか──ああ、あれか。

パラボラアンテナのようなソーラー・クッカーが、あちこちでキラキラと輝いている。


飛行場が迫ってくる。民間のものとは思えないほど粗末だった。

新しくはあるが、驚くほど簡素な造りだ。

タイル状のパネルを敷き詰めただけの滑走路は、草に侵食され、至る所で破損しているのが上空からも見て取れる。


白いはずの建物も、赤茶色の砂ぼこりにまみれて煤けていた。いくつかの小さな小屋が、かろうじてターミナルと呼ばれているらしい。

かたわらにはやたら立派な整備工場だけがそびえ、そこにも錆びたスクラップ寸前の航空機が並んでいる。まるで放棄された軍の前線基地だ。


「がちゃり」と、車輪の降りる音がした。

エンジンの唸りが低くなり、がしゃり、とフラップが作動する音が続く。

地面が迫るにつれて、滑走路の荒れ具合が機内からでも見えてきた。

機体が低空を這うだけで、赤土が吹き飛ばされ、大きな砂煙が巻き上がる。


タイヤが地面を掠めると、「ザシュッ」という音とともに衝撃が走った。

風切り音、プロペラの唸り、タイヤの擦過音、すべてが混じり合い、耳を打つ。

減速のため、座席のベルトがぐっと体に食い込んだ。


機体がようやく停止し、ドアが開く。

副操縦士が、人力で梯子を降ろし始めた。


ケイは眉をひそめた。リリィは、小さくため息をつく。


「ねえ、これ……自動のないの?」


ケイが素朴な疑問を口にすると、リリィは当然と言わんばかりに肩をすくめた。


「ないわよ。壊れたら修理が大変だから。人力のほうが確実」


ケイは無言で梯子の固定具を見つめた。

機構は単純だが、摩耗して塗装が剥げている。──だが、適切なメンテナンスさえ続ければ、50年は使えるだろう。


「今日の荷物はやけに多いな」

空港スタッフたちが、だるそうにぼやく声が聞こえた。

彼らは目が合うと、陽気に手を振ってきたが、その半袖の制服は油汚れでべったりと黒ずみ、ほつれも直されていない。

中には、作業そっちのけで端末に没頭している者すらいる。


「おっ、リリィじゃねえか! 今度のお客は誰だい?」

「そうね、映画監督?」

リリィは肩をすくめ、冗談めかして答えた。

「そりゃ機材も多いわな」とスタッフが笑う。


機体から降りたはいいものの、なかなか荷物が出てこない。

ようやく後部ハッチが開き、パレットに載った荷物がずるずると引き出される――が、そこにベルトコンベアも、自動搬送装置もない。


代わりに現れたのは、牽引車が引っ張るリヤカーの列だった。


「ここからは、私たちで荷物を運ぶわよ」

「人力で?」

ケイはあからさまに呆れた声を出した。


「やるのよ」

リリィは苦笑して、リヤカーの取っ手を握った。

「さ、行くわよ!」


アリアも続く。

「筋トレにはちょうどいいわね。ケイは一番軽い携行食をお願い。私は一番重いやついくから」

さりげなく、ケイへの気遣いを混ぜた明るい調子だった。


「来るたび思うけど……ずいぶん、ラフね」

リヤカーを引きながら、アリアは肩をすくめた。

乾いた砂埃が二人の足元で巻き上がる。


リリィは答えたが、その表情には、わずかな気まずさが滲んでいた。

「この惑星にいると、細かいことを気にしなくなるの」


空気はカラリと乾いており、気温は25度ほど。

空は青く澄み渡っている。

日は少しずつ傾いてきているが、まだ夕焼けというほどではない。

赤茶けた砂埃が舞う。

土の暖かなにおいというより、砂や岩石の、冷たいにおい。


5.

空港の周囲には、屋台が何軒も出ていた。

どれもが、巨大なソーラークッカーをひまわりのように咲かせている。

──いや、そんなに可愛らしいものではない。

むしろ、ゴジラでも撃ちそうな兵器に見える。──まあ、こんなこと言っても誰にも通じないけど。

漂ってくるのは、香ばしい肉の焼ける匂いと、柑橘のようなさわやかな香り。

屋台の並ぶテーブルには、肉の串焼きや、トルティーヤに似た薄い皮でシダ植物らしき葉と肉を包んだ料理が並んでいる。


「お腹すいたわね。ちょっと買ってみない?」

アリアが目を輝かせ、そのまま屋台に近づいた。


「ハーイ、こんにちは!」

明るく笑顔を振りまきながら、カウンター越しに声をかける。

「えっと……これとこれ、ください。たぶん肉と……葉っぱ、ですよね? 何でもいいです、現地スタイルで!」


店主がにやりと笑い、「観光客かい?」と返すと、アリアはすかさず親指を立てた。

「ええ、ぜんぶ新鮮で面白そうに見えるわ!」


焼き上がるまでのあいだ、振り返って小声でつぶやく。

「……で、これ、いったい何の肉だと思う?」


ケイは訝しげに串焼きを見つめる。

「こっちの台詞だよ」


「これは所謂「陸ワニ」じゃないかしら、「川ワニ」はもっとこう・・・プリっとしてるわ」

とリリィはいう。


その「陸」や「川」に、それ以上の情報は見出せなかった。

ケイはその話を聞き流しながら、無言でDNAチェッカーのプローベを串に突き刺す。


「妙に弾力がある・・・」ケイは串に刺さったその肉をかじりながら呟いた。


「うまみは強くないけど、あっさりしてるわね」

「鳥のささみみたい。でも、硬いわ」

アリアも噛みしめながら言った。


肉のあっさりした味わいを、シダのような葉のレモンのような香りと、酸味と辛みのあるソースが引き立てている。


「シダを食べる文化って、なかなかないわよね……」

アリアが感心したように言う。


「ここの特産よ。観光客にはちょっと意外性があって好評なの」

リリィは得意げに笑った。

ケイは「n数どのくらいだろう」と思ったが、突っ込むのはやめておいた。

「これ、シダじゃないよ」とケイ。

「シダに似た裸子植物。葉はアレトプテリス型だから、多分メデュロサに近い種類。大量の油脂を含むことは知ってたけど、こんな香りがあるとは……予想外だ」

淡々と語りながらも、ケイの目は少しだけ輝いていた。


もっとも、"香り"を持つ植物はほぼすべて、食害を避けるために進化してきた。

この香りも、捕食者――昆虫など――を遠ざけるためのものだろう。

メデュロサ類はムカシアミバネムシらしき吸汁痕がある化石も知られている。

ちなみにリンボク類には、不思議なほど食痕のついた化石がない。


「シダ種子植物っていうやつね」

アリアが補足した。


するとリリィは、笑いながら言った。

「ほら、やっぱりシダじゃない」


ケイは少し口をつぐんでから、あきらめたように言った。

「……いや、それ“シダ”じゃないってば。“シダみたいな裸子植物”なんだよ。でもまあ、たいてい伝わらない」


「見た目がシダなら、シダでしょ?」

リリィはまるで当然のことのように言って、もう一口かじった。


ケイはため息をつきかけてやめた。

そういうものなのだ。

だからこれからは、シダっぽい裸子植物、と言っていくべきかもしれない。


ふと端末を見ると、簡易DNAチェッカーの判定が出ている。

「陸ワニ」は哺乳類、という結果が出ていたのでケイは一瞬ぎょっとした。

しかし、それはあまりにもデータが足りないためだ。

簡易DNAチェッカーは現在のトカゲやワニ、鳥よりは哺乳類に近い、という極めてザックリした情報しか与えてくれない。

だから例えば恐竜のデータを読ませれば、「これは鳥です」と答えることになる。つまり、哺乳類という意見はあくまでも、哺乳類以上に近縁な種のデータがないという意味でしかない。


ふと端末を見ると、DNAチェッカーの簡易判定が出ていた。


「陸ワニ」は哺乳類――そう表示されている。

ケイは一瞬ぎょっとしたが、すぐに冷静に読み解いた。

これはあくまで、データが不足しているための判定だ。


簡易DNAチェッカーは、現代のトカゲやワニ、鳥などより哺乳類に近い遺伝子構造を示すと、無理やり「哺乳類」と出してしまう。

つまり、恐竜を読ませれば「これは鳥です」と返すようなものだ。


情報不足――それがすべてだ。

もどかしさを覚えたケイに、アリアが気づく。


「ディメトロドンとかエダフォサウルスとか、他いろいろの遺伝子データも持ってるわよ」

アリアは端末からすぐに追加データを送った。


だがそれでも、「陸ワニ」の正体ははっきりしなかった。

どうやら、ディメトロドンやエダフォサウルスよりも、さらに原始的な単弓類らしい――そう推測するのが精一杯だ。


「私には、いつものお肉って感じだけどね……。ま、高級品かも」

リリィが、あっけらかんと笑った。


この惑星で、彼女たちにとって最も身近な肉は、こうした「ワニ」なのだ。


6.

ぶろろろろ・・・と独特のエンジン音をならしながら、煙突のようなマフラーからもくもくと黒煙を上げながらやってきた送迎車もまた、恐ろしく前近代的なものだった。

発動機をリヤカーに取り付けただけ、と言ったような代物である。

地球からするとあまりに粗末であろう旧時代の遺物に来客を乗せることにリリィは気まずく思ったが、2人はと言えば周囲を回っては写真をとって、そのあまりに原始的な構造に大はしゃぎしている。

この惑星は、ひどく文明が遅れている。

というより、退行していっているようにすらリリィには感じられた。

初めてこの町を訪れたときには、もっと車もこう・・・風防もついていたし、少なくとも形だけはまともだった。しかし人々は、だんだんと野生に還っていってしまっているように思えてならなかった。

ケイとアリアがそんな街の様子を嬉々として写真を撮っているのを見ると、リリィは胃のあたりが少し重くなった。

「こんなものを世界に発信されたらどうしよう」

と心の片隅で思うのに、口に出すことはできなかった。

送迎者には雨除けすらろくになく、雨がひとたび降れば、撮影機材を入れたバッグの防水性を祈るほかないだろう。荷台には座席すらないので、操縦席の後ろに突き出した棒を掴んでぶら下がるようにつかまって乗るしかない。

そんな吊り革ならぬ吊り棒は、中央に大きな髄腔の穴が開いた、コルダイテス類の丸太だった。

ケイが珍し気に写真を撮るので、運転手も何事ぞと覗き込むが、この惑星では何の変哲もない木の棒にすぎない。

ケイが解説をはじめ、アリアも動画を撮りだすので、リリィや操縦主のマルコスもまた、呆れながら見るほかなかった。


「これはコルダイテス類の丸太だよ。拡大すると四角い小部屋が連なってるでしょ?紡錘形の細胞の輪切りで、両端に細かい穴が開いた細胞が連結して、中に水が通る。ちなみに人類が最初期に認識した細胞はこうした水を通す細胞壁であって、生きた細胞を観察したわけじゃない。

もっとマクロに見てみよう。材質自体は針葉樹材の基本構造だけど、コルダイテス類は現在の針葉樹材とは決定的に異なる点がある。それがこの真ん中にぽっかりと開いた髄。

髄の内部は柔組織で、簡単に分解される。だから切られてしばらく経つと、断面はこんな、中に網がかかったドーナツみたいになる」


(棒一本に……)

リリィは複雑な笑みを浮かべながら、吊り棒を見上げた。


ケイの語り声を遠くに聞き流しながら、リリィはふと、以前の旅先でアリアに言われた言葉を思い出す。


「リリィ、気にしなくていいわよ。旅人っていうのはね、その土地の“当たり前”を面白がるものなの」


かつて、ふるさとを恥ずかしいものだと思っていたリリィだったが、アリアを案内したとき、その視点に初めて触れたのだった。

──けれど、さすがに“吊り棒”や粗末な建物、それにこのポンコツトラクターといった町の“恥部”に大はしゃぎされると、気まずさを覚えずにはいられない。

そういうものは、できれば隠しておきたいものなのに……。


車両がガクリと振動し、ゆっくりと動き出す。

ケイは「すごい!映画でしか見たことないレバー式ギアチェンジだ!」とはしゃぎ、操縦席のアナログ計器に顔を近づけている。

アリアはドローンを飛ばし、サスペンションもろくに効かない車体がガタガタと揺れながら、赤茶けた砂埃を巻き上げて進む様子を熱心に撮影していた。


最高速度は、せいぜい20キロにも届かないだろう。


揺れる車上から見える町並みは、驚くほどに簡素だった。

真っ白なセメントで3Dプリントされた建物には、積層痕に赤土がこびりつき、まるで木目のような細かな縞模様を浮かべている。


年中25度という気候では、そもそも断熱性は求められていない。

だからこそ、この造りで“必要十分”なのだろう。


壁が薄いため、通りを過ぎるたび、住民たちの話し声が筒抜けで聞こえてくる。

この町では、音楽を爆音でかける住人も多く、どこにいても何かしらのメロディが風に紛れて流れてくる。

家畜の姿はなく、動いているのは人間だけだ。

道端には時おり、人の背丈ほどの小さな針葉樹がぽつぽつと生えている。簡素だが、庭木として手入れされた様子がある。


「ねえ、あの木、なに?」とアリアが問う。


「ワルキア類かな……」

そう言ってから、ケイは空を見上げ、ぽつりと続けた。

「土地があって、空が見える平屋って……実はすごく贅沢かもしれない。少なくとも、地球じゃ」


その言葉に、アリアは過去の記憶を呼び起こしていた。

かつてリリィが、「入植時の急造した掘っ立て小屋しかない」とこの町を自嘲気味に語ったときのことを。


──その時、心の中では「すごい、掘っ立て小屋だ!」と歓声を上げたかった。

でも、無邪気なその言葉がリリィを傷つけてしまいそうで、飲み込んだのだった。


リリィは改めて周囲を見渡す。

車両の揺れは、来るたびにひどくなっている気がする。

サスペンションはどんどん硬いものに取り換えられているし、エンジンは非力になってきている。建物は何も変わらないが、瓦葺きや金属製だった屋根は樹皮葺きにかわり・・・

町全体が、ゆっくりと、確実に野生へと還りつつある――

そんな感覚を、リリィは否応なく抱いていた。


かつてなら、そうした退行を"恥ずかしい"としか思えなかった。

だが今は少し違う。

この"恥ずべき"日常もまた、旅人の目には未知の輝きとして映るのだと、知ったからだ。


それでも――

胸の奥でくすぶるものは、消えなかった。

(これでいいはずがない)

(もっと、できることがあるはずだ)

リリィはぎゅっと吊り棒を握りしめ、小さく息を吐いた。


宿もまた、他の建物と変わり映えしない白いコンクリート製だった。

ただし、屋根と天井は――樹皮葺きだ。


「前はレンガ屋根だったんだけどね。調達が難しいし、お金もかかるからって、最近は樹皮板を一枚載せてるだけなのよ」

リリィはため息混じりに説明した。

その声には、どこかやるせなさが滲んでいる。


だが、ケイにとっては見どころでしかなかった。

よく観察すれば、それはフウインボク(Sigillaria)の樹皮を格子状に圧着して編まれたものだった。


──まさか、生きた姿を見る前に、こんな形で出会うとは。

フウインボクは特に特殊化したリンボク類だ。

この植物を屋根葺きに使うのは、かなり理にかなっているだろう、とケイは分析した。

まずフウインボクに限らず、リンボク類の周皮はスベリンに似たロウ状物質で構成される。この物質はどうも現在の植物にみられるどの成分とも異なっているようだが、おそらく性質はスベリンと似ていると考えた方がいい。このスベリンは、かつて断熱材として多用されたコルクに含まれていた成分でもある。コルクはコルクガシの樹皮を砕いて圧力鍋で熱し、染み出したスベリンによって粒子を接着して製造されていた。コルクに含まれるスベリンは僅かな量だが、リンボク類の周皮に含まれるスベリン類似物質の量は莫大である。つまり、圧力と熱をかけるとロウ状で堅牢な外皮が溶けてくっつくはずだ。

フウインボクの周皮は厚さ5㎝ほどしかない。それでも高さ20m、太さ2mにもなる幹を数十年にわたり支えることができる。そのためには高密度な木材や高強度プラスチックに匹敵する強度を持ちながら長期にわたる高い耐腐食性や耐紫外線性をもつ必要がある。

つまり、格子状に組んで上からプレスするだけで水を通さない、軽量で堅牢な屋根ができる。

「――合理的だ。よくできてる」

ケイはひとりごちた。

レンガ屋根が駆逐されるのも、当然だ。


宿の室内は、「人を泊める」ための場所というより、荷物置きにベッドが添えられただけのような空間だった。


そのベッドすら、フウインボクの樹皮で組まれており、圧熱によってまるで金属のように堅牢に溶着されている。ベッドの脚部は、コルダイテス類の幹が使われていた。

緩衝材には、細かくほぐした葉や繊維状の木材が詰められており、寝転がるとややチクチクする。寝心地は決して良くはない。

さらに、町の家々から響く爆音の音楽が夜通し鳴り続け、耳を休める暇もなかった。

夜中に大きな音がしたので目が覚めてみてみれば、アリアが持ち込みの寝袋に入ったままベッドから落ちて、地面に転がっていた。

地面は、硬く乾いた土だった。


(…まあ、こんなものか)


ケイは無感動に瞬きし、また目を閉じた。


明日の早朝には、ここを発つ。

魚を積みに来る水陸両用機に便乗し、水上集落へ――

そこには、巨大な植物群と、巨大な昆虫たちがうごめく、やがて石炭となるであろう水没した熱帯雨林が広がっている。


──はずだ。

今回で旅程編は終了。次回から古生物編を開始します。


石炭紀後期、低地の湿地林の植生はよくわかっていますが、”高地”・・・つまり湿地林以外にどんな生き物がいたのかは不明な点が多いです。

コルダイテス類やワルキア類といった針葉樹に近いグループが栄えていたようではあり、また盤竜類らしき四足動物の足跡もよく残されています。フウインボク(シギラリア)はこうした石炭林以外の環境に進出できた唯一のリンボク類です。フウインボクだけがユーラメリカの湿地林壊滅イベント(石炭紀後期の中期-後期間に起きた絶滅イベント)を生き抜いたのは、このことが理由だったでしょう。

生きたフウインボクに関してはまた後で書くつもりです。このグループはリンボク類の中でも特に”ふつうの樹木的である”点で変わっているので、ふつうのリンボク類を見てからでないとその奇妙さに気づけない面があります。


盤竜類・・・ディメトロドンやエダフォサウルス、オフィアコドンなどで有名な初期の単弓類・・・は石炭紀後期のはじめ(ウェストファリアンA)の乾燥地にはすでに出現していて、それはゴキブリなどの昆虫が大型化するウェストファリアンC-Dに先行します。しかしその姿がどんなものだったのかは朧げで、今回は食肉としてしか登場させませんでした。

ユーラメリカ大陸の石炭紀付近の有名どころな古生物をまとめてみると、かなり意外性があります。

クラッシギリヌス、プルモノスコルピウス・・・石炭紀前期

アースロプレウラ・・・石炭紀前期~ペルム紀前期

盤竜類・・・石炭紀後期のはじめ~ペルム紀前期

ヒロノムス・・・石炭紀後期のはじめ

メガネウラなどの大型昆虫の多く・・・石炭紀後期中盤~ペルム紀前期

リンボク類・・・~石炭紀後期中盤(いわゆるCoal forestをユーラメリカ大陸で作った時代は、ということ)

フウインボク、ロボク・・・~ペルム紀前期

ワルキア類針葉樹・・・石炭紀後期はじめ~ペルム紀

といった感じです。


リンボク類の樹皮利用は今後、何例も書くつもりです。その生態から野生のプラスチックみたいな特性をそなえたものなので、伐りつくされないかちょっと不安。

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