北見玄武郎
「帰りたい…。」
犬田は早くも音を上げていた。
「ていうか、…広すぎだろ!」
そう。この校舎、とにかく敷地が広い。
トイレから出てひたすら長い廊下を歩き続けた。
幸いこの階はどこも空き教室であったり
特別教室、資料室、準備室と人気がない。
そればかりか階下へ繋がる階段が見つからない。
「クッ…こんな序盤で詰むなんて、ゲーマーにあるまじき失態…」
頭を抱え込んで唸っていたときだった。
「……君、迷っているのかな……?」
「見てわかるだろ、わかりきったこと聞くなよな… って、……へ? 」
ハッとして声のするほうを振り向くと、
そこには世にも美しい美貌の青年…
ではなく、
背筋が凍るほど不気味で陰気そうな(俺が言うのも何だけど)男が立っていた。
俺は衝撃的過ぎる登場に絶句した。
声も上げられずに目の前の男を凝視する。
といっても、前髪で顔が覆われていて表情が全く窺えないのだが。
「…照れるなあ…。そんなに見つめられると……ふふ」
「う゛…」
男がニタァっと不気味に笑う…。
血の気がサーっと引いた。
しかし、こうして怯えてばかりもいられない。
こちとらさっさと家に帰りたいんだ!
「きっ。聞いてくれ…。俺はただ家に帰りたいだけだ!
お前の縄張りを荒そうとか、微塵にも思っていない!」
俺は必死に訴えた。
ジロジロ見て悪かったとか
取り憑くのはやめてほしいとか
恨めしいならお門違いだとか…。
「…えっと。
後半いろいろとおかしいけど。
…その、俺は君に危害を加えるつもりはないよ。
残念ながら幽霊じゃないけど。
ここの生徒だし、寧ろ助けになれると思うんだ…」
そう言って男はゆっくりと俺に歩み寄る。
……歩み寄る足も、ちゃんと付いていた。人だ…。
「ぁ…すいません。俺、極度の人見知りで…。
気が動転してたみたいです…。 失礼なことを散々…」
「気にしないで…。
あと、気を遣わないでさっきみたいに話してよ…。
……嬉しかったんだ。……俺に、タメ口利いてくれて。」
「……、わかった。
今までは、違ったのか。」
「……大半の人は、特に初対面だと
俺を見て逃げ出すか…、叫ぶか、謝ってくるかなぁ…。
君は、その誰とも違うね。
逃げずに立ち向かってくるんだ、…俺が驚いたよ。…ふふ」
「…笑うなよ。もう忘れてくれ。
遅れたけど
俺、犬田陸。
…ここの校舎は、広くてかなわない。 」
「俺は、北見玄武郎。
…よろしく、…犬田くん。
案内は、俺に任せて……」
このとき北見は
人に頼られる喜びを、初めて知った――。