ケンちゃん
「犬、犬、いぬ…」
「犬犬言わないでもらえますか。」
「ケンちゃん?」
「音読みましたか。捻りがないですね」
西崎は俺の呟きを無視して
ケンちゃんだ犬男だとなじり続けた。むかつく。
ダメだ…このままじゃ何も進展しないじゃないか。
状況を一旦整理しよう。
今居る場所は、学校のトイレ。
だが、この西崎とかいう男の制服からも察しがつく通り
俺の通っていた学校ではない。
…あーだめだ。ますますわけがわからん。
「まぁた考えこんでんですかー。
別にかまわねぇですけどー…?
もーそろそろチャイム鳴って授業終わる頃だぜ?俺戻るね~」
「……なるほど、サボタージュですか。」
見たまんまの不良っぷりだな。
通りで他に生徒がいないわけで。
「うるせぇー。…まあ否定しないですけど~」
「はあ。…あー、では、俺も早いとこ出てったほうがよさそうですね。
…俺の場合、見つかれば不審者扱い。」
「そんじゃ気ぃー付けて。」
そう言うと西崎は
片手を軽く挙げ去っていった。
変な男だった。
敬語利くかタメ口利くかはっきりしやがれって感じの口調。
突っ込んだら今度こそ殴られただろうか?
取り敢えず一難去った。
西崎がこの後どうするかなんて考えたくもないが。
…願わくば、俺のことは他言しないでほしいところ。
ま、トイレから~のくだりを説明したところで
到底信じられるような話じゃーないしな、きっと大丈夫だ。
「はー。…何にしても。」
ぐるっと辺りを見回したあとに、俺自身を見る。
やっぱ私服は目立つか。
人目につく前にここから出ていかなければ。
授業が終わればわらわらと生徒が廊下やトイレをうろつく。
俺は急いでトイレを後にした。
「え。転校生?」
一方では
犬田の願いも虚しく
転校生(?)の噂は着実に広まりつつあった。
「あぁ。それでさ、そいつ …こう言うんだぜ。
『目が覚めたら、トイレにいました』
な、笑えませんか~?ハハッ」
「…先生、転校生とか何も言ってなかったけれどねー」
「軽く流したな」
「…西崎こそまた授業すっぽかして。君の場合、そろそろ笑えないかな」
「わあってるよ~。…あ、でな?そいつの名前、犬なんだよ。ケンちゃんね」
「…………」
自分の所業は棚に上げ、構わず話し続ける西崎に
男は呆れてものも言えない。
波乱の幕開けであった。




