犬田の学校
ここは自分の学校であると――
そう呟いた犬田。
すると南原が犬田を横目に問いかける。
「…成功だ、そうだろ?」
「うそ、え、マジ瞬間移動したんですか、な、な、犬っ」
なぜだか南原は誇らしげで
対する西崎は信じられないといった様子で犬田の肩を揺さぶった。
「…西崎、俺の犬田くんに気安く触らないでくれないかい…」
今度は北見が低い声で制止する。
「今サラッと凄いこと言ったよな北見」
「あー、もう茶番はいいから。 …犬田くん」
コントの流れを食い止めた東尾は、
真面目な顔をすると犬田に向き直る。
「ほんとうに、ここは君の学校なの?」
犬田は、力無く一度だけ頷いた。
「ケンちゃん、元気ねぇな?」
「さっきからおかしい」
西崎と南原が気遣う。やはりどこか変だった。
「犬田くん…、ここが君の学校なら、家にも近いんじゃないかい?」
北見が、犬田の当初の目的である“帰宅”を示唆する。
それに続けて東尾が犬田を励ますように――
「信じらんないけど、君の目的は果たせそうなんじゃない?」
「よかったな、犬。元気出せよ」
バシッと強く西崎が犬田の背中を叩く。
「っわ…!」
前のめりになった犬田を、すかさず南原が腕を掴んで支える。
その様子に西崎が軽く舌打ちをした。
「成功したんだ、喜べ」
「あ、そうだったな。…ありがとう、みんな」
いつもの犬田、とまではいかないが
少し元気を取り戻したように見えた。
――その矢先だった。
「あれ~?犬田、学校来てたのか~?」
突然掛けられた知らない声に
その場に居た5人が振り向く。
犬田を知ってるらしいその男は
口角を吊り上げると、笑いながらこちらに近づいてくる。
「しかもわざわざトイレに来ちゃってるあたり、俺にイジメて~って
言ってるようなもんだろ~?カハハっ」
高笑いして言う男を目の前に、犬田の顔はみるみると青ざめていった。
「犬、おい大丈夫か」
西崎は男を無視し、顔色の優れない犬田に声を掛ける。
「…犬田くんを、イジメて…?どういうことだい…キミ」
かわりに、一同が聞きたいことを代表するかのように
怖さを一層増した北見が問うた。
「うっわあ!びっくりすんじゃねぇかキメェな!
っていうかお前らなんなの?他校の奴が何の用だあ?ッカカ」
「…訂正しろ。」
「あ?何か言ったかワンちゃん?」
「北見くんへの悪口を訂正しろと言ったんだっ!!」
今まで凍りついたように動かなかった犬田が、声を荒げて男に言った。
「・・お前、誰に口きぃてんの?」
スッと表情から笑みを消した男が、犬田に近寄る。
ニヤリと笑い
拳を犬田に振りかざそうと力を込めた時だった。
「なぁ、こんな犬っころ相手にしてないでさ」
「 俺と手合わせ、願えませんか~?」
いつの間にか犬田の前に立っていたふたり――
「っておい、ふたり掛かりとかどっちが悪党だってんでしょうがっ」
「俺一人でいい」
「ンだとっ!?あ゛、やんのかテメェ! …まぁ、いいか」
「――で、やるの?」
言い合いながら、
南原と西崎はそれは楽しそうに男を見据えた。