東西南北、そして犬
目の前で蹲る西崎に
少し同情しつつ、犬田は東尾に問う。
「それで、ふたりは何でここに?」
「そうなんだよ!」
「…、は?」
「ねぇ西崎、いい加減説明してくれないかな。
こんなところまで連れてきておいてさあ」
どういうことだ…?
東尾は、痛みに悶える西崎に
容赦なく問い詰める。
「…っつつ…、」
西崎が頭を押さえながら立ち上がると
制服のポケットに手を突っ込み、中から一枚の紙切れを取り出した。
「坂上からだ」
西崎はその紙切れを突きつけるように見せると
ポツポツ話し出した。
「今は授業中なわけだが、 俺達ふたりは訳あって
廊下に立たされることになった」
「僕はわるくない」
「わーってるって!
…で。廊下に出る間際に、俺はこの紙切れを坂上に渡された」
そこまで言うと、西崎は紙切れを開いて見せる。
『五階、男子トイレ。様子見てこい』
書かれているのはそれだけだ。
「これが…?」
犬田は紙切れを受け取りまじまじとみつめる。
これだけの内容で、この男は走ってきたというのか?
「お前、もう帰ってるもんだと思ってたから…」
「は、はあ。 …まあ、この通り帰れないではいますが」
「なーるほどね~。
それで西崎は、ケンちゃんの身に
何かあったんじゃないかーとか思ったわけね」
「そうでしたか…。 なんか、わざわざすみません」
ふたりがここまでやってきたいきさつを聞き終えると
急に申し訳なさがこみ上げてきた。
犬田は取り敢えず、ふたりに頭を下げておいた。
「べつに?なんで帰ってないのか気になっただけだ」
「はぁ、そうですか…」
この人、この期に及んで
こんな苦し紛れな言い訳を…。
お前はツンデレか!
犬田は心のなかでそっと突っ込んでおいた。
「俺達が来た理由はどうでもいいだろ?
…で、ケンちゃん。そいつ、誰なんですかー?」
誤魔化すように話題を変えた西崎は
蚊帳の外状態の南原に目を向けた。
「俺か。南原雀だけど」
「あ、そうそう。いろいろあってついてきてもらっ…、あれ?
っていうか南原、知り合いなんじゃなかったのか!?」
「知り合いなんて一言も言ってないぜ。俺が一方的に西崎を知ってるってだけで」
「ややこしいなッ!」
「南原?知らねぇーな。てかどーして俺んこと知ってんですかー?」
「知らない奴のほうが少ない。素行の悪さじゃ有名だぜ、アンタ」
「んだとッ!?デマ言ってんじゃねぇぞ。あ゛?」
トゲを含んだ南原のことばに西崎がつっかかる。
すぐに手が出る西崎に、東尾が落ち着けと言わんばかりに肩を叩く。
「いや、彼の言ってることは残念ながら本当だよ。
君は、授業サボりすぎて色んな生徒の目についちゃってる」
「えーマジですか、知らなかった」
「西崎、君は知らなすぎ」
こいつらもこいつらで
いろいろ大変そうだな…(特に東尾くん)
なんて他人事のように犬田は
その場の成り行きを眺めていると――
「犬田くんっ!!こ、ここに居るのかいっ!?」
次に現れたのは
汗で前髪が顔に貼り付いて
より一層不気味さに磨きを掛けた
北見玄武郎、その人だった。
「「ギャあああああああああああああッ!!!」」
西崎と東尾は耳をつんざくような悲鳴を上げると
互いにヒシと抱き合った。
「おい、失礼だろっ!!!お前ら仮にもクラスメイトだろうが!!」
などと北見君を庇ってみるものの、内心
犬田もその登場にかなり驚いた。
「・・・・・・・」
「見ろ!南原は平然と構えているだろうが!」
「いや、別に構えてもらう必要はないよ…?」
南原は、器用に立ったまま気絶していた。
*
「んじゃ、北見くんも坂上に?」
ようやくみんなが落ち着いたところで
犬田は北見に問う。
「そうなんだよ…。
数学の授業が終わって廊下を見たら、ふたりが居なかったから…
坂上先生に知らせたんだ。
そしたら、白状しやがってね…ふふ」
「…ん?なんかいま、北見君らしくない言葉遣いが聞こえたような…」
「気のせいだよ…。とにかく、犬田くんの身が無事でよかったよ…」
そう言うと北見は
犬田の手をギュッと握った。
「…アハハ、ありがとう」
ヒヤリと冷たい感触。
握っている北見の手は微かに震えていた。
そんなに心配させてしまったのだろうか。
西崎にしろ北見にしろ
ちょっと大袈裟だと思う犬田だった。
「そんで、お前ら。ずっとここに居たのか?」
西崎が頭の後ろで手を組むと
犬田と南原を交互に見ながらそう言った。
「えっと、かれこれ二時間ぐらい居るかな」
「あー、さっきみたいにイチャコラにゃんにゃんしてたのか」
「ちげぇよ!!!!」
咄嗟に否定してみるものの、犬田はまだ疑っているようだった。
「あ、ごめん、“にゃんにゃん”じゃなくて
“ワンワン”ってか?アッハハハハハ」
「本気で殴るぞ…
ってか南原お前もなんとか言え!!!バカにされてんだぞ!!?」
犬田が振り向くと
南原は犬田が出てきたらしいトイレをまじまじと見ていた。
「あ、南原おまえまだ調べる気じゃ…」
「当たり前だろ。意地でも暴いてやる」
そう言ってまた
トイレと対峙する南原。
それを見た西崎が、ズンズンとトイレに近づくと
南原に並んでトイレを見つめる。
「ケンちゃんさー、ホントこっから出てきたのかよ?」
「西崎さんは唯一、俺がこっから出てきたとこ見た人じゃないですか!!」
犬田がトイレに近づいて
中を指差しながら必死に抗議する。
「いやいや、出てくる瞬間には立ち会ってねぇし。
俺が来たときにはここ閉まってたぜ?
ずっと出てこねぇからノックしてやったんだよ」
「…………………」
「なんで玄関から」
「だーから!!!!
出してもらないからこうして戻ってるんだ!!」
「ちょ、押すなよ!」
思わず手が出た犬田は
そのまま西崎に掴みかかる。
歯痒くて仕方ない。
自分でもどうしようもない
この苛立ちをぶつけるように西崎に詰め寄る。
「っな、離せよ!!」
「起きたらここに居たんだ!嘘じゃないぞ!」
「ふたりとも!ちょっと落ち着きなよ!」
つかみ合いになったふたりに近寄ると
慌てて東尾が止めに入る。
「いたい。押すな、調べてるんだから」
すぐ横の南原は
マイペースなことにまだトイレを見つめている。
「西崎!!!犬田くんを…離せっ…!!!」
犬田から掴みかかったにも関わらず、
西崎に怒りの矛先を向ける北見。
「くそーー!俺だって、とっとと帰りたいさ!!」
もう訳がわからないといった感じで
犬田が喚いた。
5人がそのトイレに
近づいたその時――
カッ――!
トイレの個室全体に、閃光が走った。
「なっ!―― …ッ!?」
5人の意識は
そこで途切れた――。