出られません。
話は遡ること約2時間前。
犬田と坂上は正門前で揉めていた。
「いやいや、ほんとに出られないんですってば。」
「バカ言え。何言おうが学校にはいれないからな!」
「一応まだ居るんですけど」
「…このままでは埒が明かん。」
痺れを切らした坂上は、犬田の腕を取ると
正門の外へと歩き出した。
「俺も忙しいんだ。お遊びは家でやってろ」
そう言いながら坂上は正門の外へと足を踏み入れる。
犬田を無理やりにでも追い出すつもりだった。
するとどうだろう。
坂上はすんなりと正門の外へ出られたではないか。
「な…! …解せぬ」
「解せんのはお前のほうだ!」
坂上が素早く突っ込みを入れると同時に
掴んでいた犬田の腕をグイと強く引いた。
しかし――
「おまえ、どういうつもりだ…? 意地でも出ないつもりか?」
「痛い痛い痛いッ!アンタは腕を千切る気か!!!!」
相変わらず犬田は正門から前へ進めなかった。
「てこでも、動かない、つもり、…かッ!」
「だから動かないんじゃなくて動けな
イタタタタッ!って言ってるだろうが!」
端から見れば、良くできたパントマイム。
そこに犬田がスッポリハマっているかのように動かない。
しかし実際に坂上は全力で引っ張っているのだが
犬田の腕はおろか、指先すら正門から出てくれない。
「おかしい…。
俺はガキひとり引っ張れないほど非力だっただろうか」
「そうじゃない!無理やりこじつけるな!現実逃避すんな!」
痛いところを突かれた坂上の顔は、徐々に青ざめていった。
掴んでいた腕を離すと、坂上は犬田に向き直る。
「…ゴホン。えー、只今、とんでもない事態が起きている…」
「あぁそうですねやっと理解していただけましたか」
「 ピクリともそこから動かないんじゃあな…
いやまてよ、磁力…電磁石でもどっかについてるんじゃ」
「ありませんよ!!脱ぎましょうか!」
遂には犬田までもが自棄になる。
「あぁスマン…只でさえ頭がかち割れそうなんだ。
その上見たくもない男の裸体なんぞ見せられた暁には
ほんうに頭が割れる。」
「そこだけまともな返答しないでいただけますか。俺がバカみたく見えるんで」
あぁ違う…いつまでこいつと漫才やってるつもりだ俺は。
犬田は当初の目的を忘れかけていた。
――家に帰ること。
それがいちばん重要なことであるはずだった。
しかし最初の頃より、家に帰りたいと急く気持ちは
随分落ち着いてきた気がした。
それはきっと…
不気味だけど親切な北見。
少なからずこの教職員や最初に声を掛けてきた不良西崎のお陰であり
犬田の心細さを和らげてくれたに違いなかった。
「…あの、他に出口は」
「事務室前にひとつ、あとは中庭から校庭に出るって方法もあるか。」
「御手間掛けますが連れて行っては」
「こーとーわーる。 ここから距離がある、次は授業入ってる」
「んじゃ勝手に彷徨かせてもらいますね」
「バカ野郎!余計見過ごせるか。迷うのがオチだろ」
「ではどうしろと…」
「まあ考えてもみろ。
この状況だ、他の出口からお前を出してくれると思うか?」
「確かに、まず脱出ゲーではそう簡単にいかない。
閉じ込められるのは鉄則鉄板お決まりです」
「ゲーム好きか?奇遇だな、俺もだ。
…となると」
「はい、んじゃあ俺…
一旦現場に…
トイレに戻ろうかと思います。」
「俺がお前だったら、そうするよ」
「あの、もうひとつ。
ここから五階のトイレまで相当距離あった気がするんですが
ひとりで歩いても良いんですか。私服じゃ困るんでしょ?」
「…どの道いちばん面倒な問題があったな。
どうする?冗談抜きに一応緊急事態ではある。
もういっそこのこと他の先生達にも知らせるか?もしくは警察沙汰」
「いえいえいえいえ!!!大事にだけはしたくありませんので!!お気遣いなく」
「道中だれかに見つかると厄介だろ?」
「それなんですがー。
ここの制服…は無理でしょうけど
指定ジャージか体操着貸してもらうってわけには」
「…あぁーその手があったか。
保健室と体育館…こっから近いのは保健室か。
…仕方ない、取ってきてやるからさっきの空き教室で待ってろ。いいな?」
坂上はその提案に賛同してくれたようで
お願いしますと犬田は頭を下げて頼みこんだ。
かくして、再び空き教室に戻ることになった犬田。
坂上が戻るまでそこで大人しくしていると約束した。