未来から私の旦那様である侯爵令息がやって来て、現代の侯爵令息に告白するよう圧をかけてきた!?
「ねえ、ヘレナは猫と犬だったらどっちが好き?」
「んー、そうですねえ。どっちも好きですけど、強いて言うなら猫でしょうか。フランツ様は?」
「あっ、一緒だ! 僕もどちらかと言ったら猫派だよ」
「まあ、気が合いますね」
「ハハ、そうだね」
貴族学園のとある放課後の帰り道。
隣を歩く侯爵令息であるフランツ様との何気ない会話に、今日も胸が弾む。
嗚呼、今日もフランツ様は素敵だわ……。
荘厳な清流を彷彿とさせる金糸の髪に、神殿で祀られている宝玉を再現したかのような碧い瞳。
高く整った鼻筋は神が引いたかの如く綺麗な直線を描いており、その天使のような笑顔は男女問わず誰しもを魅了する。
左の首筋に付いている、3つの縦に並んだほくろも蠱惑的だ。
更に容姿だけでなく学業や剣術も常に学年トップで、そのうえカリスマ性もあって生徒からの信頼も厚い。
学園内の貴族令嬢の大半が、フランツ様に淡い恋心を抱いていると言っても過言ではない。
……ご多分に漏れず、私もその一人だ。
でも、私のようなたまたま伯爵家に生まれたというだけで、これといった長所もない地味な令嬢には、フランツ様の婚約者になれたらと思うこと自体がおこがましい。
身の程を弁えて、この気持ちは墓場まで持っていかなくては……。
「じゃあ、また明日ね、ヘレナ」
「は、はい! また明日、フランツ様!」
いつもの十字路でフランツ様と別れる。
これでまた明日までフランツ様と会えないかと思うと、胸がギュッと苦しくなる。
でも、ダメダメ。
学園を卒業したら二度とお会いすることもできないかもしれないんだから、今のうちから慣れておかなくちゃ。
「ハァ……」
小さく溜め息を一つ零してから、一人で歩き出す。
――その時だった。
「おっ、やっと見付けたよ。やあやあ、やっぱ俺のヘレナは可愛いね」
「――!」
一人の男性から急に声を掛けられた。
しかも「俺のヘレナ」って???
「……あ」
私は思わず絶句した。
その男性の顔が、フランツ様にそっくりだったからだ。
でも、歳は明らかにフランツ様より上だし、そして何というか雰囲気が若干チャラい。
一人称も『僕』じゃなく『俺』だし……。
フランツ様のお兄様かしら?
いや、フランツ様は長男だったはずだわ。
だとしたら、この方は……。
「フフ、誰だコイツはって顔してるね? うんうん、まあ、それも無理もないよね」
「――!」
私の心を読んだかの如く、顎に手を当ててニヒルに微笑む男性。
この人は、いったい……。
「そう警戒しないでよ。俺は君の、未来の旦那様なんだからさ」
「…………は?」
今、何と??
「何を隠そう俺は、時間跳躍魔法で7年後の未来から来たフランツさ」
「っ!!?」
えーーー!?!?!?
「そ、そんなバカな……」
確かに最近魔法学会で時間跳躍魔法の研究が進められているという噂は聞いたことがあったけど、実用化には早くても数十年は掛かると言われている。
それがたった7年で実現しているなんて……。
にわかには信じられない。
「フフ、まあすぐには受け入れられないよね。――でも、これなら証拠になるだろ?」
「え? ――!」
男性が左の襟をグイとどかすと、首筋に付いている3つの縦に並んだほくろが見えた――。
あ、あれは、確かにフランツ様と同じ……!
じゃあ――。
「ほ、本当にフランツ様なんですか……」
でもその割には、随分キャラが変わりましたね……。
いったい7年の間に、フランツ様に何が……?
「そう、本当にフランツ様なんだよ。――そして未来の君の夫」
「っ!!」
鼻と鼻が付きそうなくらい急に距離を詰められて、慌てて後退る。
はわわわわ!?!?
「ちょ、ちょっと待ってください!?!? それだけはどうしても信じられませんッ!! わ、私とフランツ様が、けけけけけ、結婚してるなんてッ!? そんなこと、天地がひっくり返っても有り得ませんッ!!」
「んー、そう言われてもねー。事実だしなぁ。未来の俺とヘレナは、それはそれはラブラブなんだよ。毎朝起きた時と夜寝る時は、必ずキスしてるしね」
「キキキキス!?!?」
未来のフランツ様がパチリとウィンクを投げてくる。
んまぁッ!!!
あまりにも供給が多すぎて、頭がパンクしそうッ!!!
ちょっと2000秒くらい休憩させてもらえませんかッ!?
「でもねー、俺とヘレナが結婚するためには、今日この時、ヘレナに勇気を出してもらう必要があるんだ」
「……へ」
私が、勇気を??
「うん、7年前のこの日、ヘレナが俺に告白してくれたことがキッカケで、俺たちは婚約したんだ。――だからどうしても今日中に、ヘレナにこの時代の俺に告白してもらう必要があるんだよ」
「――!!?」
えーーー!?!?!?
「むむむむむ無理ですよそんなのッ!!」
私からフランツ様に、ここここ告白なんて……!
「おや? じゃあヘレナは、俺と結婚できなくてもいいのかい?」
「っ!」
そ、それは……。
「ヘレナが俺に告白しなかったら未来が変わっちゃうけど、本当にそれで後悔しない?」
「……」
後悔……しそう。
せっかく私が勇気を出せば、夢が叶う未来が確約されたんだもの。
こんな千載一遇のチャンス、もう二度と巡ってこないことくらい、私でもわかる……。
「フフ、どうやら覚悟は決まったみたいだね。じゃあ早速いってみよー」
「え!? ちょ、ちょっと待ってください!? 私まだ、やるとは――」
「まあまあ、いいからいいからー」
未来のフランツ様に物理的に背中を押され、私はとある場所へと連れて行かれた――。
「ほら、あそこにこの時代の俺がいるだろ?」
「――!」
未来のフランツ様が指差したほうを見ると、確かにこの時代のフランツ様がとあるお店の前でウロウロしていた。
そこは最近貴族令嬢たちの間で人気の、『ニャッポリート』というパンケーキ屋さんだった。
「実は俺って男のクセに甘いものに目がなくてさ。でも一人でパンケーキ屋さんに入る勇気はないから、どうしたもんかと迷ってるのさ」
「そうなんですか!?」
何それ萌えるッ!!
何て可愛いのかしらフランツ様ッ!!
ああもう、そんな一面を知ったら、益々好きになっちゃう~~~。
「だからヘレナが一緒に入ってあげてよ。――ホラ」
「ぬあっ!?」
未来のフランツ様にグイと背中を押され、現代のフランツ様の前によろけながら躍り出てしまった。
ちょっとおおおおお!?!?
「あ、あれ!? ヘレナ!? どうしてヘレナがここに!?」
えーい、こうなったらもう、どうにでもなーれ!
「あ、これはこれは奇遇ですねフランツ様。じ、実は私、前からこのお店のパンケーキが食べたいなと思ってまして……」
「ほ、本当かい!?」
「っ!?」
フランツ様に鼻と鼻が付きそうなくらい距離を詰められた。
ふおおおおおおおお!?!?
フランツ様のご尊顔がこんな近くにいいいいい!?!?
心臓が……!
心臓が痛いいいいい!!!
で、でも、確かにこういうところは未来のフランツ様に似てるかも……。
「何て運命的なんだろう! 実は僕もこのお店のパンケーキは前から気になっててさ! ヘレナさえよかったら、一緒に入らない?」
「っ! は、はい! 是非!」
「フフ、やったぁ」
「――!」
子どもみたいにクシャッと笑ったフランツ様のご尊顔に、私は内心「あーーーっす」と昇天した。
「うーん、美味しー」
「~~!」
ほっぺにクリームを付けたままモグモグパンケーキを頬張るフランツ様の普段とのギャップに、またしても私の萌え神経が破壊された。
何てあざといのかしらッ!!!
でもそんなところも好きッ!!!
「これとっても美味しいよ。ヘレナも一口食べてごらんよ。はい、あーん」
「えっ!?」
フランツ様がご自分のパンケーキを一口サイズに切って、それを私の口元に運んできた。
ふおおおおおおおお!?!?
「あっ、ゴメン、僕の切ったのなんて、食べたくないよね……」
「っ! い、いえ!! 滅茶苦茶食べたいですッ!!」
「っ! そ、そう……」
頬をほんのりと赤く染めるフランツ様。
――私の萌え神経が焼き切れる前に、早くこのイベントを終えなくては!
「あ、あーん」
私は覚悟を決めて、フランツ様のパンケーキを一思いに食べた。
「フフ、どう、美味しいでしょ?」
「ふぁ、ふぁい、おいふぃいふぇす」
ゴメンなさい。
本当はテンパりすぎて味なんか全然わかんないっす!
「はぁー、やっぱ評判なだけあるね。あっという間に食べ終わっちゃったよ」
「ええ、本当ですね」
よし、何とか萌え死ぬ前にイベントを終えることができたわ。
命があることに、この上ない感謝を――。
……あれ? そういえば私、何のためにここにいるんだっけ?
「――!」
その時だった。
窓の外にいる未来のフランツ様が、『公園に誘え』というカンペを私に見せてきた。
ああそうだッ!
私これから、フランツ様にこここここ告白しなきゃいけないんだった!?
で、でも、私のほうから公園に誘うなんて……。
「ん? どうしたのヘレナ? 外に何か見える?」
「――!」
現代のフランツ様が振り返りそうになっている。
マズい!!
現代と未来のフランツ様が出会ったら、タイムパラドックス的なアレがアレしてしまうかもしれないわッ!
「フ、フランツ様! こ、この後二人で、公園に行きませんかッ! 大事な話があるんです!」
「――! あ、う、うん、いいよ」
うおおおお、これでもう後には引けねええええ!!!
――窓の外の未来のフランツ様は、よくやったとでも言いたげに、サムズアップを向けてきた。
「ハァ、今日はいい天気だね。風が心地良いよ」
「そ、そうですね」
私とフランツ様は近所の公園のベンチに二人で腰を下ろしていた。
おあつらえ向きに公園には他に誰もいない。
ある意味告白するには絶好のシチュエーションと言えよう。
……でも、問題はどう切り出すか。
「懐かしいねこの公園。ちょうど去年の今頃、この場所でだったよね。僕とヘレナが仲良くなったキッカケは」
「あ、はい!」
わぁ、覚えててくれたんだフランツ様!
既に感動して泣きそうッ!
「あの頃の僕は、学年トップの成績を維持しなきゃいけないプレッシャーで押し潰されそうになっていた。この公園で一人で落ち込んでた僕に、君が『仮に学年トップじゃなくなっても、フランツ様の価値は1ミリも下がることはありません!』って励ましてくれたんだ。あの一言で、僕がどれだけ救われたか……。心から感謝しているよ、ヘレナ」
「フランツ様……」
そんな、私は本心を言っただけですから……。
――あれ、ちょっと待って?
今私たち、いい雰囲気じゃない?
「と、ところで、さっき言ってた、大事な話っていうのは、何なのかな?」
「――!」
よし!
時は満ちたわッ!
後はもう、私が告白さえすれば、ハッピーエンドはすぐそこよ!
「は、はい、実は私――フランツ様のことが――」
「――!」
フランツ様が、ゴクリと喉を鳴らせた。
「…………あ」
「?」
その時だった。
私の頭の中に、最悪の仮説が浮かんでしまった。
――今私がいるこの世界が、7年後のフランツ様がいる世界と繋がっているとは限らないのでは?
……所謂パラレルワールドというやつだ。
この世界では、日々様々な選択肢が私たちに与えられている。
曲がり角を右に曲がるか左に曲がるか。
テストの回答でAを選ぶかBを選ぶか。
それらの選択肢が出るたび世界はそれぞれに分岐し、無数のパラレルワールドが増えていく――。
私とフランツ様が結婚できる世界がその中のたった一つに過ぎないのだとしたら、圧倒的に結婚できない未来のほうが多いはず……。
何てことかしら……。
私としたことが、そんな簡単なことにさえ気付かなかったなんて。
「ど、どうかした、ヘレナ?」
「――!」
フランツ様が心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
――くっ!
「すいません! 私ちょっと、トイレに!」
「あ、うん」
とてもその場にいられなくなり、私は逃げ出した――。
「……ハァ」
公衆トイレの裏に逃げて来た私は、天を仰いで大きく溜め息を吐く。
やっぱり私みたいなモブ女が、フランツ様のようなパーフェクトヒーローの妻になろうだなんておこがましいことだったんだ……。
モブ女はモブ女らしく、日陰でこっそり一人、その生涯を終えるのがお似合いなんだわ。
「フフ、どうしたんだいヘレナ? 怖くなっちゃった?」
「――!」
未来のフランツ様が、にこやかな笑顔を浮かべながら声を掛けてくれた。
「……はい。もしもパラレルワールドがたくさんあって、この世界が私とフランツ様が結婚できる未来と繋がってないんじゃないかと思ったら、途端に目の前が真っ暗になって……」
「なるほどね、そういうことか。――でも、大丈夫だよ、ヘレナ」
「え? ――っ!?」
未来のフランツ様は、私の頭を優しく撫でてくれた。
はわわわわわわわわ……!?!?
「この世界は常に一つだ。パラレルワールドなんて存在しない。君が勇気さえ出してくれたら、君とフランツが結婚する未来は必ず訪れる。――だからどうか、あと少しだけ、勇気を絞り出してくれないかな?」
「――!」
フランツ様が慈愛に満ちたお顔で、私に微笑む――。
――この瞬間、私の中からかつて感じたことがないくらい、力が湧いてきた。
「――はい! 私、いってきます!!」
「うん、いってらっしゃい」
未来のフランツ様から、今度は精神的に背中を押してもらった。
私は現代のフランツ様の下に、全速力で駆け出した――。
「フ、フランツ様ッ!」
「っ! は、はい」
私のただならぬ雰囲気に、現代のフランツ様は慌てて立ち上がる。
私は大きく息を吸い込んだ。
そして――。
「――私は、フランツ様のことが好きですッ!!」
「――!!」
「だからどうか、将来はフランツ様のお嫁さんにしてくだしゃいッ!! ――あっ!?」
最後の最後で嚙んじゃったッ!!?
もおおおおおおお!!!!
何で私はいつもこうなのよおおおおおおお!!!!
「……ゴメンね」
「――!!」
が、フランツ様からの返事は、無情なものだった――。
嗚呼、やっぱりね……。
調子に乗った私が、バカだったわ――。
「本当はこういうことは、男である僕から告白するべきだったのに」
「…………え?」
フ、フランツ様??
今、何と??
「――僕も、君のことが心から好きだよヘレナ。――どうか将来は、僕の妻になってほしい」
「――!!!」
夕陽を背にしたフランツ様は、何とも神々しかった――。
嗚呼……!
そんな……夢みたい……!
私とフランツ様が、本当に両想いだったなんて――。
「フランツ様!」
「ヘレナ!」
私とフランツ様は、どちらからともなく抱き合った。
嗚呼、フランツ様の胸板、何て逞しいのかしら……。
全身が多幸感で包まれて、今にも昇天しそう……。
「ブラボー!」
「「――!!」」
その時だった。
未来のフランツ様が、仰々しく拍手をしながら私たちの前に現れた。
えーーー!?!?!?
いやいやいや!?
現代のフランツ様と未来のフランツ様が出会ったら、タイムパラドックス的なアレがアレしてしまうのでは!?!?
「エイブラム兄さん!? 何でエイブラム兄さんがここに!?」
「っ!?」
フランツ様???
エイブラム兄さん、とは???
「あ、あのー」
「ああ、紹介するね。この人は僕の従兄弟のエイブラム兄さん。一応こう見えて名門公爵家の跡取りなんだけど、とにかく自由奔放な人で、一族の問題児なんだよ」
「どうもー、一族の問題児でーっす」
「っ!?」
未来のフランツ様ことエイブラムお兄さんは、満面の笑みでダブルピースを向けてきた。
えーーー!?!?!?
「そ、そんな……、でも、そのほくろは……」
顔が似ているのは従兄弟だからまだわかるにしても、縦に3つの並んだほくろまで同じなのは説明がつかない。
「ああ、これはね、ペンでちょちょいと書いたんだよ」
「ペンでちょちょいと???」
エイブラムお兄さんがハンカチでほくろを拭くと、ほくろは跡形もなく消え去った。
噓おおおおおおおおん!?!?!?
「あっ、もしかしてエイブラム兄さん、僕のフリをしてヘレナをけしかけたんだろ!? そういうのやめてって、いつも言ってるじゃないか!」
「オイオイフランツー、そんな言い方はないじゃねーか。俺は可愛い従兄弟のためを思って、一肌脱いでやったんだぜ。お前がいつまでもウジウジしてるからよ。――それにヘタレなお前のことだ、俺がヘレナちゃんの背中を押さなかったら、あと数年はモダモダしてたぜお前たち。そんなの、ヘレナちゃんが可哀想だろ?」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
嗚呼、普段はクラスの中心になってリーダーシップを発揮してるフランツ様も、エイブラムお兄さんの前ではタジタジなのね。
ふふふ、そんなところも可愛いけど。
「そういうわけだから、これからは従兄弟としてよろしくね、ヘレナちゃん」
「――!」
エイブラムお兄さんがニヒルにウィンクを投げてきた。
そ、そっか、私とフランツ様が結婚したら、この人は私の従兄弟にもなるわけか……。
それはちょっとだけ、前途多難かも……。
――私とフランツ様は、揃って天を仰いだ。
拙作、『塩対応の結婚相手の本音らしきものを、従者さんがスケッチブックで暴露してきます』が、一迅社アイリス編集部様主催の「アイリスIF2大賞」で審査員特別賞を受賞し、アンソロでの書籍化が決定いたしました。
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