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夢現  作者: 西山 遊
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カラス

 私は神社の夏祭りを満喫していた。

 年々増えていく人混みに流されながらいいものはないかと探していると、たくさんの露店が軒を連ねるなかに摩訶不思議な看板が目に飛び込んできた。象形文字で書かれた看板と黒いローブを(まと)った店主、色とりどりで大小様々な鉱石や、焼かれた魚や何かの肉が盛られた大きな皿など、およそこの世の物では無いであろう品が並んでいた。まるで御伽話(おとぎばなし)から飛び出てきたみたいだ。

 ―なぜこんなにも不自然なのに誰ひとり足を止めようとしないんだ?

 あまりの異質さに目が釘付けになって足が動かせずにいると、店主がぼそぼそと声をかけてきた。老人なのか子どもなのか、異様に背の低い店主の言葉を聞き取ろうと腰を曲げて顔を近づけた瞬間、大きな耳鳴りが頭に響き渡り反射的にぎゅっと目閉じた。

 気が付くと私は雑踏のど真ん中に立ち尽くしていた。

「いったいなんだったんだ」

 露店に目を向けると、あの奇妙な露店はただの金魚すくいに変わっており、浴衣を着た子ども達が袖をまくって小さなプールと睨めっこをしていた。

 不思議に思っていると袋を手にしてることに気付く。袋の中には大きな葉に包まれた肉の塊がひとつ、片手で掴めるサイズだったが異様に重く感じた。


 飛び出すように神社を後にした私は足早に帰路に就いた。

 ―正体がわからない肉とはいえ無駄には出来ない

 急ぎ足で歩いていると、影に入ったのか辺りが突然暗くなったので不思議に思って空を見上げると、少し前まで橙色に染まっていた夕空が赤黒く塗りつぶされていた。咄嗟にバッグから取り出したスマホの画面には18時15分と表示されている。

 ―8月も折り返しに入ってはいるがこんなにも日の入りが早かったか…

 俯きながら歩いていると、目の前に小さな公園が現れた。日中は子どもやお年寄りの憩いの場になっている公園が異様に静まり返っている。周りに何件か民家はあるが、どれも暗く人の気配が感じられない。夕方とはいえあまりに静か過ぎる。

 ふと公園で動く影が見えたので近づいてみると、カラスが4羽時折跳ねながら地面をつついていた。カラスもこちらに気付いたのか、ひょいと頭を上げると突然こちらに向かって激しく鳴き声を上げながら一斉に飛びかかってきた。

 突然の猛攻に咄嗟に抵抗したせいで、持っていた袋を公園の中に投げ入れてしまった。するとカラスの群れはくるりと向きを変えて袋に群がり始めた。地面に落ちた弾みで袋から転がり出た肉の塊をカラス達は奪い合い、あっという間に小間切れ肉に姿を変えた。あまりの迫力に呆然としていると、カラス達はもう一度鳴き声を上げながらバタバタと地面に伏せてしまった。


 辺りに響くほどの鳴き声に動揺し周りを見回したが、人が出てくる気配は一切無い。もう一度倒れたカラス達に目を向けると、1羽がゆっくりと起き上がった。

 羽を垂らし地面に引きずりながらよろよろと歩き回る。身体を揺らし、毛繕いをするたびに大量の羽が抜け落ちていく。身体の揺れが大きくなるにつれて痙攣(けいれん)も加わり、全ての羽が抜け落ちた瞬間、カラスの地肌に大量の亀裂が入った。

 身体を痙攣させるたびにカラスは唸り声を漏らす。小さな亀裂が大きくなり、亀裂部分が隆起し始めた。遠くからでも分かるくらいにカラスの身体は大きく、赤黒く変色していく。やがて大型犬と変わらない大きさになった時、そこにいたのはカラスとは全く別の生物だった。

 灰色の肌を覆いつくす亀裂は血が固まったのか赤黒い筋に変わり、羽が抜け落ちた翼は身体を包めるほど大きくなった。お尻から少し飛び出る程度だった尻尾は長くしなやかに揺れ、地面を嗅ぐように動かす頭は、ギョロリとした目が小さく感じるほど大きくなり筋張っていた。


「カラスが、進化した…」

 震える唇から声が漏れ出る。

 呆然と立ち尽くしている私を横目に、カラスは空に向かって咆哮(ほうこう)を上げた。野太く、濁った金切り声が混じった雄叫びに思わず耳を塞ぐ。そして大きな翼を何度か羽ばたかせた後、土煙を上げなら勢いよく飛び立った。羽ばたくたびに離れていくカラスの遥か向こうから、不気味に光る大きな赤い月がこちらを見下ろしていた。

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