4人で会議(2)
「私は何を検証しよう?やっぱり怒りが簡単そうだけど」
私がそう言うと、ターシャがギョッとした。
「ちょっとマイアちゃん!忘れてない!?また今日と同じことが起こったらどうするの!?」
「あ、そうだった…」
「あんた、この会議の目的忘れないでよ…」
シーラが額に手を当てて首を振る。
テレサがペンを私に突き付けた。
「早く本題に。何で右手はああなったの?火の玉が大きくなっても、手はあんなことにならないはず」
「えーっと。ターシャが噛み付かれて、全身がドワッてなって…それでその全身の何かが、右手にグーンッて集まったんだよね。そしたら、右手が、ボカンッてなっちゃった」
「…ボカンッて何さ?」
「えっ、うーん…爆発?…火花が散って、手自体が燃えてたみたいな…」
「うわぁ…怖っ。そりゃ、あんなんなっちまうわけだ」
シーラが仰け反り、ターシャは顔を覆った。
テレサは平常で、私に尋ねた。
「何かが右手に集まったのは、自分の意思で?」
「えー、何も考えてなかったなぁ…。急になんか右手に集まってボカンッてなったからビックリしたけど、とにかく、アイツの眼に叩きつけた」
「自分の意思ではない…無意識?」
テレサの指摘に、ターシャが手を口にあてて慄く。
「マイアちゃんの感情が暴走したら、また勝手に同じことが起こるってこと!?」
え、え、それって…マズイじゃん。
「うぇぇ…何とかして防げないかな!?」
シーラが頬杖をついてマイアを見る。
「でもさ、本当にあんたの意思は少しもなかったわけ?右手で攻撃しようと思って、力を込めてたから、そうなったんだろ?」
「たしかに…ありったけの力を込めて…って思ってたからなぁ。あんなことになるとは思ってなかったけど、意思がなかったとは言えないのかも」
「無意識の魔法というやつか」
テレサが面白い話をし始めた。
「魔女は無意識に魔法を使うことがあるらしい。魔獣に襲われて、無意識に、結界を張るとか、攻撃魔法を使うとか」
「へえ?そんなことあんのか。じゃあマイアは無意識に魔法を使ったってことか?スゲーじゃん」
すごいのか?すごくなくない?
テレサも納得いかない顔をしてる。
「ターシャを救ったのはすごい…でも自分の身を守れないのはすごくない…対策もわからない…」
たしかに…
皆も黙って考え込んじゃった。
やがてターシャが、おずおずと口を開いた。
「マイアちゃん…自分のこと、どうでもいいって思ったから?」
え…そういうこと?
シーラが真剣な顔で、ズバッと聞いてきた。
「マイア、自殺願望は?今もマジで死にたいのかよ?今日も死にたいって思ったのか?」
「そ、そんな…いつも死にたいなんて思ってるわけじゃないよ。自殺できないってわかったんだし。今は、痛い思いしたくなくて精一杯だし」
自分はどうでもいいとは思ってるけどさ…あんな大怪我したいわけないし。ましてや死にたくてあんなことしたわけじゃない!
テレサが突然、マジシャンのようにカードを取り出した。わっすご!タロットカード?
「一枚引いて」
え、今?テレサを見ると、真剣そのもので、ふざけてるわけじゃなさそう。
一枚引いてみた。
ギョッ。
「『死神』のカード」
大きな鎌を持った死神。えええええ!
「おいテレサ!ふざけてる場合かよ!」
シーラが怒ると、テレサはゆっくりと首を振る。
「遊びなんかじゃない」
テレサは死神のカードを見つめる。黒い瞳が妖しい光を帯びる。
「『死神』は語る…。マイアの心の奥に、闇が潜んでいる。見ないようにしても、いなくなりはしない。闇を光が照らさない限り」
薄暗い牢で、テレサの静かな声が語る。ターシャが隣で震え出す。私も怖くなってきた…。
「恐れることはない…『死神』は決して敵ではない。死は平等…時に残酷…けれど魂を導く神。マイアの心次第で、死神さえも味方につけることができる」
テレサって、本当に占い師だったの?昨日のは、詐欺のためのショーだったのかと思ったけど。
シーラが不機嫌そうに頬杖をついて言った。
「あたしは占いなんて信じねーけど。テレサが本気でマイアに助言してんのはわかる。つまり、無意識では自殺願望があって、自分を大切にしないから、希望を持って乗り越えろってわけだな」
私はついため息をついてしまった。
はあ…やっぱりまだ私は、死ねるんなら、死にたいのかな…。
でもこのままだと、誰かを助けたいと思ったら、また大けがをして、皆に心配かけるんだ。死にたい気持ちをなんとかすれば、大けがをせずに、皆を助けられるのかな。
「…うーん、無意識に自殺願望かぁ…たしかにそうなのかもしれないなぁ…。うじうじして、なんかごめんね。もう皆に心配かけたくないし、もっと明るくなりたいよ。死にたい気持ちって、どうしたらなくなるんだろ…」
ターシャが私の手を握る。
「マイアちゃん…あの…もしよかったら、どうして死にたいって思うようになったのか、聞かせてくれない?」
う…憂うつだな…でも目の前で死にたいとか言われたら、聞かずにいられないよね。
「…私は、学園一の落ちこぼれで…就職しても役立たずで、怒鳴られて殴られて蹴られて…。ほとんど寝ずに働いても、給料も食べ物もほとんど貰えなくて、とうとう追い出されちゃった。無一文で、先も見えなくて、私、何のために生まれたんだろうって…。このまま生きて何の意味があるんだろうって…。飢え死にするしかないし、さっさと終わらせたかったんだよ…」
ターシャが聞きながら泣いている。皆して葬式みたいな顔して…もう…そんな顔させたくなかったのに…。
だいたい皆だって、こんなムショ生活、負けず劣らずツライと思うけど…。
はあ…今は私、3人のおかげで、楽しく頑張れてるけど…それがなかったら…。あんなひどい職場でも、ここよりはマシだったかなぁ。こんな所に来るハメになるなら、必死で職を探し回ればよかった…
ん?
「ちょっと皆……こんなヒドいムショで、鍛錬とか言って拷問まがいのこと毎日させられて、これがあと何年も続くなんて…私は前よりよっぽど死にたくなりそうだけど、皆は死にたくならないの!?」
「「「え?」」」
三人は固まった。
しばらくして、まずシーラが口を開いた。
「うーん、あたしはそんな繊細な心持ってないからなぁ。鍛錬は嫌でしょーがないけどさ。死にたいとまでは思わないかなぁ」
続いてテレサが口を開いた。
「死にたいなどと想像したこともなかった。看守どもに復讐を果たさずして死ねるか」
二人共、強いなぁ。
でもそれって、実際に強いから…かな?
まだ二人の鍛錬の時の様子を見たことがないけど、強そう…。
そしてターシャが口を開こうとして…目を見開いて、呆然としている。
「…私…わた、し、は…」
目の焦点が合っていない。赤茶色の瞳が光を無くして、どこか遠くを見ている。
「タ、ターシャ…?どうしたの?ご、ごめんね、嫌なこと聞いたよね?答えなくていいから!」
ターシャの手をぎゅっと握ると、ゆっくりと目の焦点が戻ってきた。
「…え?…私…?…なんだか…ボーッとしちゃって…」
「い、いいんだよ。もう考えないで」
ターシャは弱そうだし、私がここに来た日も、鍛錬前に泣いてた。もうここへ来て1ヶ月だって言うけど…もしかして、死にたい気持ちに蓋をしてきたんだろうか。
テレサがさっとシーラに小声で囁く。
「何か別の話」
シーラが慌ててターシャから目を逸らし、明るい口調で話し出す。
「なーマイア。希望持てよ。ここってマジで最悪だけど、鍛錬で強くなれんのは本当だよ。今は辛いだろうけどさ、すぐに強くなれるよ。そんで、出所できる。出所したら、前よりイイ職に就けんだぜ」
「えっ、前より、いい職?」
「そーだよ。魔力量が増えんだから、当たり前だろ」
「でも、元犯罪者なのに?」
「ここは年少者用のムショだから、そんなに気にされないらしいよ。あたしの知り合い、元落ちこぼれで、このムショ入ってたんだけど、今はレストラン経営してんの」
「ええっ!本当!?」
レストラン経営!?お、お金持ち…。元落ちこぼれで、そんなこと、本当にありえるの!?
「おい、疑ってんだろ。あたしはテレサと違って嘘つかないぞ。何回も面会に来てくれたんだぞ、差し入れ持って!」
な!と、テレサに振ると、テレサは頷いた。
「クッキーとかクッキーとかクッキーとか…そろそろ他のものが食べたい」
「くぉら!せっかく持ってきてくれたのに!恩知らず!」
ターシャがいつの間にか正気に戻って、話に加わった。
「あのクッキーをくれた人は、元囚人だったの?」
「そーだぞ。ターシャも早く強くなって、出所して、いっぱい稼ぐんだぞ」
シーラはターシャの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
どうやら本当のことみたい。本当にそんなことがあるんだ。私も、私も希望を持ってもいいの?
「わ、私も、そんな風になれるかな…?」
「なれるよ。あたしが言うんだから間違いない」
シーラは少しも迷わずに、そう言ってくれた。
第8話読んでいただきありがとうございます。果たしてマイアは未来に希望を持って出所することができるのでしょうか?テレサは詐欺師ですがたしかに占い能力があります…魔女なんだから当然といえば当然ですが、落ちこぼれ界隈では羨ましい才能です。ターシャに何が起こっていたのかは、後ほど判明します。