マッドドクター
三度目の治療の担当も、やはり同じ治癒師だった。ツイてないなぁ…。
目覚めた私を見下ろして、彼女はこめかみに青筋を立てていた。ヒイッ!何でそんなに怒ってるの!?
「オマエェ…」
「ハ、ハイッ」
「この手は何だ!」
彼女は私の右手を持ち上げた。とても言葉にできないような凄惨な状態だった。
「ギャアアアアアッ!!」
「うるさい。静かにしろ」
見せないでほしかった…。号泣した。
「自分でやっておいて泣くのか」
「ううう…やりたくてやったわけじゃない」
彼女は恐ろしい顔で舌打ちした。
「誰が治すと思っているんだ。魔獣にやられたのでなく、自らの下手な魔法でやらかしたものを、なぜ私が治癒してやらねばならないのだ」
このクソガキ、このどアホ、と罵られる。
「申シ訳アリマセンデシタ…」
彼女が治療しながらため息をつく。
「だが、今回お前は、45人の中で最速で魔力を消費し切ったぞ」
えっ?…それじゃ、あの時、全部の魔力を使ったってこと?それじゃ、魔力切れで気絶したの?
「一体何をして右手がこんな状態になった?全魔力を一度に火の魔法に使うことができたのか?」
何をしたんだっけ?何だか興奮しすぎてた。よく思い出せない。
「…えーっと、友達が噛みつかれて…それでどうしても止めたくて…右手…どうやったんだろう?」
「思い出せないのか?呆れた奴だ」
それから彼女は、誰かと通信しているようだった。治療はかなり時間がかかったが、ちゃんと右手は元に戻って、ほっとした。
治療が終わると牢には戻されず、私はどこかへ連れていかれた。
◇◇◇◇◇
白い扉の前で立ち止まり、看守が扉をノックする。
「囚人番号Mi11948を連れて参りました」
えっ…敬語…。中に偉い人いるの?私、いよいよヤバイの?
扉が自動で開いた。中に押し込まれる。冷や汗がダラダラ流れた。
そこは治療室に似た部屋だった。ベッドや機械がある。でも珍しく、大きな窓がある。刑務所へ来てから初めて窓を見た。窓の外は暗い。もう夜なのかな?
椅子に座って機械を見ていた魔女が、こっちを向いて出迎えた。
「ハーイ、ヨーコソ、Mi11948!私はクルール。お待ちしてまシタヨー」
な、なんかカタコト…?
クルールは、白い服を着ている。治癒師に似てるかな。刑務所長とかではなさそう。あ、名札を付けてる。『医療研究監督 クルール』だって。安心した。
で、でもなんか、この人…ヘンな感じするぞ…?一見、理知的でスタイリッシュだ…紺色のショートカットにメガネかけてる…けど、私の勘が警鐘を鳴らしてる気がする…。
クルールがメガネをクイッと上げて、私を見た。この人の瞳、なんだかゾッとする…。
「ササ、これを見てくだサーイ」
機械の画面を見せられた。さっきの鍛錬場が映っていた。私たちだ。撮られてるんだ!?画面の中で私が必死に魔獣の攻撃を避けている。どんくさい。はたから見るとこんな感じなんだ…な、情けない。
「お、お恥ずかしいです…」
クルールは窓を指して言った。
「あの窓からも鍛錬場が見えるデスヨ。いつも楽しませてもらってマスヨー」
窓の外に灯りがついた。えっ!?私は窓に貼り付いた。鍛錬場だ…。上の方から見渡している。鍛錬場の上の方に窓なんてあったっけ?
「さ、今日は君の検査をしマース」
検査?何か怒られるんじゃないなら、よかった。ベッドに寝かされる。
「治療者に聞きマシタ。自分に何が起こったか、覚えてない、デスネ?」
「はい…」
フムフム、と言いながら、クルールは私の頭に何か機械を取り付けた。
そして、とんでもないことを言い放った。
「頭の中、覗かせてもらいマース」
「は、はい!?」
ギョッとする私を意に介さず、クルールは呪文を詠唱し始めた。
「いっ…!」
キーンと嫌な頭痛がする。めまいがして視界がぐるぐる回りだす。目の奥がズーンと痛む。側頭部がガンガンする。色んな種類の痛みが頭全体に広がって、どんどんひどくなっていく。
「痛ぁぁぁぁぁっっっ!!」
暴れる私を、そばにいた看守が魔術で拘束する。
ギュッと瞑っていた瞼を、クルールが無理矢理開けた。呪文の詠唱を続けながら、私の目を覗き込む。
な、な、何だこの眼…!?
クルールの瞳は不気味だった。何色なのかよくわからない。色んなものがグルグルと混ざり合っている?吸い込まれる?覗き込まれる?気持ちが悪い…吐き気がする。
頭痛と一緒におかしな感覚が襲ってきた。頭の中に何かが入ってくる。何かがかき回す。這いずり回る。
クルールが嬉しそうに呟く。
「ミィーツケタ」
ずるずるずるっ。頭から何かが引きずり出される。
「うあああああっっっ!!」
意識が飛んだ。
あれっ?
ここは…
鍛錬場だ…
今日の。
私の身体は勝手に動いている。ターシャと一緒に戦っている。それを今の私は、再体験している。
あの場面がやってきた。魔獣の背にしがみつく。ターシャがひどい目に遭う想像が、脳裏をよぎる。血液が沸騰する。右手が…。
全ての感覚を、もう一度味わっている。
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!
ブツッ。
第6話お読みいただきありがとうございます。
マッドドクター、クルール先生のご登場です。紺色のショートカット、メガネ、スラッとした美人ですがマッドです。クルールの名前はcruelと狂ってるからきてたと思います。これからちょくちょく出てきますのでよろしくデース。