渾身の一撃
今日は三日目。三回目の鍛錬が迫っている。
結局まだ、後ろからの不意打ちを避ける方法は、思いついていない。
でも今日は、ターシャのそばで戦ってみることにした。土壁を体験させてもらうんだ。
助け合い禁止の決まりに触れるかどうかはビミョーなとこだけど、皆はへーきへーきって。
テレサの結界も体験してみたかったけど、それは難しいみたい。
テレサの張れる結界は小さくて、私は同時には守れないって。私がテレサにベッタリくっついていれば、結界が破られた時、敵の攻撃を避けるジャマになるし。
鍛錬場のブザーが鳴る。
「全員、戦闘準備!」
はあ…ドキドキする。今回は出血多量は避けたい!
ターシャがこっちを見て小声で「がんばろ」と励ましてくれた。ターシャが無理して笑顔を作ってくれているのがわかる。せめてターシャに迷惑をかけないようにがんばろう。
扉が開き、魔獣が飛び込んでくる。私も早速火の玉を放つ。ここからじゃ届かないけど、なるべく遠くまで行くように、炎が消えないように、スピードが上がるように、イメージする。いつか成長したら届くのかな。
ターシャは土玉を2つ作って魔力を込めて固めている。無闇に投げても遠くまで行かないので、前にいる囚人にぶつけてしまうらしい。
魔獣が距離を詰めてくると、囚人たちはバラけ始める。ターシャと一緒に人の多い方へ。
いよいよ戦闘が始まると、ターシャは後ろに土壁を作った。私達の背より少し高い。私のために、幅広めに作ってくれた。
私達の他に二人、合わせて四人で一匹の魔獣を囲んでいる。四方からの攻撃に魔獣が対応できず、反撃が定まっていない。私にはあまり攻撃してこないし、避けられる!
ただ、後ろに土壁があるから、大きく避けられないのが難点だ。あちこち移動できないし。私はまだ回避に慣れていなくて、最小限の動きでは避けられない。その点ターシャは上手に避ける。うらやましい!
そのうちに魔獣がイライラし出して、突進してきた。私とターシャが避けると、魔獣は土壁に激突した。土壁が壊れて、粒子になって消えた。
魔獣はブルブルッと首を振ると、すぐにまた向かってきた。あ、まずい。私はターシャと離れてしまって、その間に魔獣が入り込んできたのだ。ターシャは土壁を一つしか作れない。
「ターシャ、そっちに壁作って!私がそっちに行くから!」
ターシャは、わかった、と頷いて後ろに土壁を作った。私は、いったん攻撃を控えて、回避に専念しながら、移動する。ようやくターシャの隣に来られた。
ホッと安堵して、攻撃を再開する。
しばらく攻撃できなかった分を取り返さなきゃ。急がなきゃ。速く速く…右、左、回避、右、左…
けっこう上手くいってる。この感じなら、頑張れるんじゃない!?
と思った矢先、突然後ろの土壁がドンッと音を立てた。
おおっ、とうとう後ろから魔獣が来たんだ!土壁が壊れて魔獣がブルッと首を振り、威嚇の奇声を上げる。
「マイアちゃん、こいつと戦うよ!」
ターシャは、さっきまで戦っていた魔獣との間に土壁を作る。私たちは新たに現れた魔獣と対峙する。今度は二対一だ。緊張がどっと高まる。
私は火の玉を、ターシャは土の玉を投げて攻撃する。どちらも魔獣にほとんどダメージを与えられない。きっと、ちょっと鬱陶しくて苛つく、程度に思われてるんだろうなぁ。
かまうもんか。私達はただ魔力を消費し切れたらそれでいい。それまでどれだけ怪我を抑えられるかが重要だ。
速く魔力を消費しなくちゃ。右、左、右、左…速く速く速く。この焦りは、昨日シーラが「速くしないと地獄を見るぞ」と耳打ちしてくれたおかげで、頭にこびりついて離れない、
しかし、二対一はやっぱりキツイ。しかも、魔獣は土より火の方が嫌いなのか、私ばかり狙ってくる。ギリギリ避けて、浅い傷で済んでるけど、もうヘトヘトだぁ!
あっ!
足がもつれてよろめいてしまった。マズイと思った時には、目の前に魔獣の大きく開いた口。ターシャが咄嗟に、その口めがけて土玉を投げつけた。
ゴクン。ゴホッ、グフッ、ガハッ!
どうやら土玉が喉にジャストインしてしまったようだ。魔獣が必死に吐き出そうとしている。
「ありがと、ターシャ!」
見ると、ターシャは、固まってる。頬が引きつって、冷や汗を流してる。
「え、えへ…マズイことになっちゃった…」
も、もしかしてそれって、アレ?
一昨日、私が火の玉を口に放り込んだ時に、ブチ切れられちゃったやつ。
予想が当たってしまった。魔獣の目が真っ赤に光り、ギョロッとターシャを睨みつけた。
グガァァァッ!耳をつんざく雄叫びを上げた。
ターシャが咄嗟に後ろの壁を消して、前に新たに壁を作った。魔獣が突進して来て、壁はドォォォンッと崩れ去った。
魔獣はターシャにロックオン!再度雄叫びを上げながら突進した!
突き飛ばされるターシャ。華奢な体が跳ね飛ばされる。
床に転がったターシャに、魔獣が飛びかかった。
うわああああっ!ターシャが!!
私は、無我夢中で、魔獣の背に飛びついた。しかし、魔獣の勢いは止まらない。起き上がろうともがくターシャの、華奢な肩に噛み付こうと口を開けた。
私の心に、強い恐怖と怒りが湧き上がった。
この野郎この野郎この野郎!殺してやるっ!!絶対にターシャをあんな目に遭わせるものか!!!
魔獣の背にしがみついて、右手にありったけの思いを込めて、炎を作り出した。今までで一番大きく、激しい炎。でも…
こんなんじゃダメだ!きっと足りない!
魔獣が、ターシャの肩に噛み付いた。
「きゃああああああ!!」
ターシャの甲高い悲鳴。
このままでは、ターシャが、ターシャが振り回される!この小さな体が、オモチャみたいに!!
その想像が脳裏をよぎった時、私の全身からどっと汗が噴き出した。
怒り、恐怖、焦り…何かわからない色んな感情がいっぺんに吹き出して嵐のように駆け巡る。
血液が沸騰したみたいに、身体中が猛り狂った。
その全身の何かが、全部右手に集中した。
右手が、発火した。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
魔獣の右目に向けて、思いっきりぶち込んだ。
「うらあああああああっ!!!」
魔獣の右目が激しい炎に焼かれ、潰される。魔獣の牙はターシャの肩から離れ、絶叫した。
鍛錬場に響き渡る、この世のものとは思えないほどの、魔獣の絶叫。
もんどり打って、もがき苦しむ魔獣。私は放り出されて床に叩きつけられた。
グラァッ。激しいめまい。
ターシャがよろめきながら駆け寄ってきた。
「マイアちゃんっ!!」
ターシャが私の右手を見て絶句する。
震えながら、私を抱きしめて、声を上げて泣き出した。
激しいめまいと、右手の痛みで、私は朦朧とする。
ターシャは、泣きながら、私の頭に手を添えて、痛み止めの術をかけてくれた。右手の痛みが、びっくりするほど、引いていった。
私の意識はフェードアウトしていく。
…ああ…ターシャの魔力…あったかい…。
その心地よさに微笑みを浮かべながら、私は気を失った。
第五話お読みいただきありがとうございます。マイアの右手は大変なことになってしまいました。詳細に説明するのはためらわれるので、しません。ご想像におまかせしますというか、想像しなくていいです(´;ω;`)次話でもまだ右手のことに言及するのですが心苦しいです…。いえ、すぐにちゃんと治療されて完璧に元通りになるのですけどね。