真っ黒テレサ
ピコン…ピコン…ピコン…
ああ、治療室かな…。真っ暗な視界が少しずつ開けてくる。あぁ…治療されている…。
昨日の治癒師じゃないといいな…あの女王崇拝者…あの懲罰はトラウマだ。
ぼやけた焦点が定まってくる。
別の人、別の人、別の人お願い……!
……………。
…ああ、この冷た〜い眼。はい、間違いなく昨日の人です。ご愁傷さまでした。
「…昨日ハ申シ訳ゴザイマセンデシタ」
私のぎこちない謝罪は、鼻であしらわれた。
「反省が見られない。鍛錬し成長するという誓いはどこへ行った」
「え…めちゃめちゃ頑張りましたけど…」
治癒師は呆れて私を冷たく見下ろした。
「どう頑張ったら頭から噛みつかれるんだ」
返す言葉もございません…。
「出血多量で、お前が最速で運ばれてきたぞ」
返す言葉もございません…。
「魔力残量が60%もあるぞ」
返す言葉もございません…。
「こんなことでは永遠に出所できないぞ!」
涙が出てきた…。
「本気で精進します…」
お利口さんにしていたので、今日はちゃんと治療してもらえた。
◇◇◇◇◇
「ねえ皆?突然、後ろから攻撃されるのは、どうやって避けたらいいの?」
そんな私の疑問に、テレサが答えた。テレサは黒髪のおかっぱ頭で、物静かな印象の子だ。
「私は後ろに目がある」
!?
テレサが後ろを向いて後頭部を指差してみせるので、私は本気でびっくりして、テレサの髪をかき分けた。
「…ど、どこ!?」
シーラが吹き出す。
「ははは!マイア!なーに本気にしてんの!」
テレサが振り返ってニヤリと片頬を上げる。
んな!は、恥ずかしい…。
「だ、だ、だって、テレサがそんな冗談言うと思わなくて…」
テレサが真顔で言った。
「私もまさか本気にされるなんて思わなかった…」
はい…私は正真正銘のバカです…。恥ずかしくて顔が熱い…。
シーラがニヤニヤしている。何さ?
「あんた、テレサは物静かで大人しいとか思ってたんだろ?騙されちゃいけないよ。コイツは詐欺師だよ」
「えええ!?詐欺師!?テレサが!?」
テレサがジロリとシーラを睨む。
「人聞きの悪い…私は占い師」
「占い師!?えっ、すごい!!」
目をきらきらさせる私にシーラが呆れて半眼になる。
「騙されるなってば…ムショに入ってんのが論より証拠だろ」
「ククク…マイアは騙されやすくて好き」
テレサが腹黒そうに微笑む。
ええ…私、本当に騙されてるのか…。
「ほ、本当に詐欺師なの?」
「詐欺をしたつもりはない。ただ霊感商法をしただけ」
「れ、霊感商法?って何?テレサ、霊感があるの?」
シーラが盛大に吹き出す。テレサが私に向かって妖しく微笑む。
「あなたのことを占ってさしあげましょう」
急に占い師っぽく喋り出した!
そして、テレサの前に突然、どこからともなく水晶玉が現れた!
「さあ、水晶よ…映し出せ…」
手をかざすと、水晶が光りだす。すごーい!
テレサの真っ黒な目が妖しく輝く。
「見えますわ…あなたは…とてもやさしい人ですね。あなたは友だち思いで、友だちが多い。特に仲のいい友だちがいた。今もその子は、あなたを心配してくれていますよ」
へえ…やさしいかどうかわかんないけど、たしかに友だちは多い方だったと思うな。仲良しの子もいたんだ。今どうしてるかな。
テレサが、悲しそうに首を振ってため息をつく。
「ああでも…あなたは、たくさん苦労してきましたね。とても辛かったでしょう。あなたの魂に黒いオーラがまとわりついています。それが原因ですね」
黒いオーラ!?怖っ!!
テレサは顔を上げると手を差し出して言った。
「さあ…これを身につけて。黒いオーラを引き離し、寄せ付けないようにしてくれます。あなたの運勢をアップしてくれますよ」
差し出された手には、小さな水晶玉。これが私の運勢をアップしてくれる?
私がゆっくり手を伸ばして、それを受け取ろうとした瞬間、テレサがニッコリ笑って言った。
「10000ゴールドになります」
ぅぉおおおい!!!!!
「だ、騙された…こ、これが…霊感商法!!!」
驚愕する私。
シーラはこらえ切れずに笑い転げた。
ターシャは、
「テレサちゃん、マイアちゃんにいじわるしちゃダメだよ」
と言いながらも、笑いをこらえきれていない。
もう、私も苦笑いするしかないね。
「はは…私って騙されやすいのかなぁ…?」
頭をかいてそう言うと、テレサはまたいつもの無表情に戻って言った。
「騙されやすくてもいい。マイアは優しい。それは本当。そこがマイアのいい所」
「え…えへへ。そんなこと言ってくれるなんて、うれしいなぁ。騙されてもいっか」
シーラに思いっきり突っ込まれた。
◇◇◇◇◇
「そんなことよりさ、さっきの話はいいのかよ?」
「そ、そうだった!後ろからの攻撃の避け方!今日は後ろから思いっきり頭に食いつかれちゃったよ。どうしたらいいかな?」
シーラが唸る。
「うんうん、後ろからの不意打ちには皆悩まされてるんだよ。私はとにかく動いて、なんとか後ろをとられる前に気づく」
これ以上動き回るのか…運動神経の悪い私には厳しいな…。
「ターシャは?」
「私はね…攻撃魔法は土しか使えないの。土玉投げるだけ。それで後ろは、土壁作っておくんだ。すぐ壊されるけど、気付けるから」
へぇ〜。面白いなぁ。
「テレサは?後ろに目があるって話はいいからね!」
テレサはニヤリと笑って、手を掲げ、また水晶玉を出現させた。
え?水晶玉で何するの?
「これ、何でできてると思う?」
「え?水晶玉じゃないの?」
「違う」
テレサは水晶玉を消し、今度は目の前にガラス板のようなものを出現させた。
「これは結界。さっきのは結界を丸めて水晶玉に見せた」
結界!!エリート魔女が使うやつ!!あこがれ!!
「すごーい!結界を張れるなんて!上級魔法じゃないの!?」
テレサは首を横に振る。
「私の結界はすぐ割られる。割られて張って、割られて張って。ずーっとそれやる」
私は結界に触れてみた。コツコツと叩く。本当にガラスみたいだ。
「思いっきり叩いてみてもいい?」
テレサが頷く。私は腕をまくって、思いっきり拳を打ち付けた。
「っっっいったーーーーーい!!」
全然割れないじゃん!拳が真っ赤になった!私は涙を浮かべながら、ふーふーと息を吹きかけた。
「石みたいに硬いよ!魔獣はこんなの割れるんだ!?」
シーラとターシャも叩いてみたことはなかったらしく、試して悶絶していた。
テレサがほうほうと頷いている。
「素手の魔女には有効というデータがとれた…ありがとう」
シーラが呆れて肩をすくめる。
「素手で殴りかかってくる魔女がいるかよ」
「看守」
「結界なんか張ったら殺されるよ!」
ふふふ、とテレサが笑う。
「バレないようにやる」
テレサは何やらブツブツ呟きながら、手元に作った小さな結界をいじり始めた。
後日、テレサはそれを実現することになる。看守に殴られる時に、結界を自分の皮膚に貼りつけるのだ。そして結界の硬さをあえて柔らかくし、クッションの役割をさせた。
それにより看守は結界に気づかず、テレサはダメージを大幅に減らすことに成功した。
看守に殴られた後に、ニヤリと腹黒く微笑むテレサを、私は何度も目撃することになるのだった。
でも私が殴られる時にも結界を張ってくれるから、テレサが大好きだ!
第四話読んでいただきありがとうございます。ムショ仲間、最後の一人は黒髪おかっぱのテレサでした。性格は物静かで冷静沈着、ひねくれもので人を騙すのが好き。お金も好き。四人の中では一番頭がいいけれど、頭を使う方向性が間違っています。根はいい子です。