38日目 シーラ覚醒!
今朝もシーラはめいそーばかりしてる…。
「血…血…血…血ぃぃ…!」
シーラのめいそーが迷走している!
皆、声をかけられない。ジャマして、シーラの血管に何かあったら、大変じゃん!
私は静かに読書をすることにした。
おっ、炎魔術師の本を見つけた。『ルビーの冒険』だって。少女ルビーが、炎の魔術師になって、冒険の旅に出るファンタジー小説。
炎魔法を使う身としては、やっぱり気になる炎魔術師の物語!
この小説は分厚いから、一人でちょくちょく読むことにしよう。
ルビーは魔獣たちに村を襲われ、魔獣を生み出して操っていた魔王をやっつけるために、旅に出るの。
ルビーはごく普通の少女。故郷を失って、たった一人で過酷な旅に出る。拙い火魔法を使って、魔獣たちと戦ったり、時には逃げ惑いながら。でも明るいタッチで書かれてるから、暗い気持ちにならなくて、楽しく読めちゃう。
おお、なんだか共感しちゃうね。昨日シーラが読んでくれた伝説のハンターの小説もいいけど、強すぎてポカーンとしちゃうんだよね。私にはこういう、地味な子が地道に頑張る小説が向いてるかな。
お?旅の途中で、火の精霊サラマンダーというのが出てきた。ルビーはサラマンダーに弟子入りし、修行をつけてもらうことに。
なんか、私とトゲタローみたい!ヤバイ、面白くて止まらないけど、止めないと!鍛錬の準備しなきゃ。ああ!早く続きが読みたい!
準備運動しながら、皆に『ルビーの冒険』の話をする。面白い本は、皆にも読んでもらいたくなるよね!
「テレサ、火の精霊サラマンダーっていうのが出てきたけど、精霊って、本当にいるの?テレサも占いの時に、精霊って言ってたよね?」
テレサはストレッチをする手を止めて、考え込んだ。
「…私…昔から、精霊感じてた。でも、誰も感じないと言う。精霊の本、調べようとしたら、無かった。精霊は、おとぎ話。ファンタジー」
そうだったんだ…。テレサは霊感があるって言ってたけど、このこと?
「じゃあ、あの占いは?魔術なの?精霊に力を借りてるの?」
「魔術でカードを浮かせてる。でも私は精霊の声を聞く。カード選んでもらう。メッセージ伝えてもらう。私はそう思ってる。でも他の占い師のやり方は違う。誰も精霊なんて信じていない…」
不思議…テレサが嘘を言ってるようには思えない。テレサは誰にもない特別な力を持ってるのかな…。
「精霊が本当にいたら、いいなぁ!ねぇテレサ、小説に精霊が出てきたら、教えてあげるね。精霊も喜んでくれるかもよ?それに、案外ただの想像じゃなくて、作者が何か知ってるのかもしれないじゃん?」
「ほほう。…ありがとう」
◇◇◇◇◇
『おうおう!今日も楽しく修行すっぞ!!』
トゲタロー、今日も元気モードだ…。
「楽しく、かぁ〜…難しいけど、検証したいし、頑張ってみるよ」
『かー!意欲が足りねぇ!そんなんで楽しくなれるかぁ!!』
私はため息をついちゃう。
「そうは言ってもね…痛いのは嫌に決まってるよ」
『しょーがねぇなぁ!んじゃ、しばらくオレ様は回避に専念してやろうかぁ!?どんだけパンチがヒットするか、ゲームだ!』
優しいなトゲタロー!
「それなら楽しめるかな!師匠〜お願いします!」
拳に炎をまとう。踏み込んでパーンチ!スイッと避けられる。
なんの!パーンチ!スイッ。
スイッ。スイッ。スイッ。
「うがああああ!全然当たんない!!全然楽しくなーーい!!」
『オメーへなちょこすぎんだろ!!』
師匠の突進を食らった。ぐふぅっ!
『オレ様が回避に専念するとここまで実力差が出るとはな。まったく!あきれるぜバカ弟子!ま、オレ様が強すぎるから、しゃーないか』
立ち上がろうとした私に、誰かが手を差し伸べた。
「ん?シーラ!?」
シーラはニカッと笑って私を助け起こした。そして、トゲタローに向き直る。
「お前がトゲタローだな?」
シーラ!?トゲタローに話しかけるなんて、どしたんだろ?
「マイアの蘇生に手ぇ貸してくれたんだろ?礼しにきた。けど、あたしからの言葉なんて、お前はいらねぇよな?なんたって、魔獣だ。ほしいのは、強ぇ敵!血湧き肉踊る戦い!そうだろ?あたしが相手になってやらぁ!」
ななな!なんかめっちゃかっこいいぞ!
『おお!?なんだこいつ!わかってんじゃん!口だけじゃなくて本当につえーんだろうなあ?』
トゲタロー、小躍りしてる!
「あはは、シーラ、トゲタローが大喜びしてるよ!」
シーラが私を振り返って力強くニッと笑った。
「よーく見てろ!」
え、何!?
シーラはスッと息を吸い込むと、みぞおちに手を当てた。
「コアシードに血を送れ!『魔力バフ』!!!」
な、何だって!?
ドッ!
シーラから冷気が溢れた。冷気の衝撃波だ!わあっっ!!私は腕で顔をかばう。凍てつく冷気で目が痛いくらい!
シーラ、マジで魔力バフに成功したの!?
「トゲタロー!こいつが礼だっ!受け取れぇっ!」
シーラがすごい速さでトゲタローに突っ込み、氷結パンチを食らわせた!
トゲタローがよろけた!
『くぅぅっっ!キーーンと来たぜぇっ!!こいつぁクールだ!!言うだけあんじゃねぇか!よしきた!オレ様も本気で相手してやる』
「シーラ、すごい!トゲタローめっちゃ喜んでるよ!本気でいくって!他よりステータス高いから気をつけて!」
シーラとトゲタローの一騎打ちが始まった!
す、すごい!本気のトゲタローと互角に戦ってる!!パンチだけでなく、氷結キックも使いこなして!かっこいいぞ、武闘派シーラ!
トゲタロー、あちこち霜がついちゃった!
『ググ…そろそろキュアを使いてぇが、そりゃ無粋ってモンだよな。おいバカ弟子!そこでボサッとしてんなら、お前も加われ!二対一だ!』
「え、ええ?いいの?」
『お前は修行できるし、オレ様はお前のへなちょこ炎パンチで、あったまるだろ。一石二鳥じゃん!』
「シーラ、私も加われって言うから、加わらせてもらうね。トゲタローの奴、シーラが強いからキュアを使いたいけど、それは卑怯だから、私のへなちょこパンチであっためてもらいたいんだって…」
シーラが戦いながら大笑いする。トゲタローは殴られながらぷんすか怒った。
『オイ!本人に言ってんじゃねーよ!!オメーの修行のためだって言えやぁ!この恩知らずのバカ弟子!』
ということで私も参加してみたけど、近接で二人一緒に戦うなんて、初めて!なんだか嬉しいな!まあ私はトゲタローの霜のついてる所にへなちょこ炎パンチを当ててあげるっていう変な戦いなんだけどさ。
「マイア、しゃがめぇっ!」
びゅんっ!シーラの氷結回し蹴り!トゲタローにクリーンヒット!
『ぐはっっ!!』
トゲタローが思い切り後ろに蹴り飛ばされた!
シーラがフラッとよろめく。
「ハァ…ハァ…魔力…切れた…」
そしてバターンと大の字に倒れた。
「トゲタロー…マジで…ありがとな…マイアを…よろしく…」
『氷結の武闘家よ!いい戦いっぷりだったゾ!このバカ弟子はオレ様に任せて、天国に旅立つがいい!』
「ちょっとトゲタロー!天国に旅立つとか冗談でもやめてよ!」
『あん?別に冗談じゃねぇよ。治療室に運ばれんだろ?あそこは天国みたいなもんじゃねえのか?』
たしかに…。シーラが担架に乗せられて回収される。
『あー!楽しかったー!久しぶりの熱い戦いだったぜ!やっぱこうでなくっちゃな!バカ弟子!オメーもアイツを見習えよ!』
「ほぁー…シーラ強かったねぇ。私なんか到底追いつけないよぉ。ただでさえ強いのに、まさか本当に魔力バフに成功するなんて!」
『なぁに弱気になってんだ!オメーも強くなんだよ!頑張るって意気込んでたろ!楽しく修行したらあっという間だぜ!』
そうだ…頑張るんだ…!でも楽しくってのは…一体どうしたらいいんだろうなぁ?シーラほど強くなれば、楽しくなるかもしれないけど…。
私はへなちょこ炎パンチをトゲタローに繰り出す。あ、トゲタローめ。ちょっと体をずらして霜のついた所に当てさせた。嗚呼、シーラと比べて私のなんと、へなちょこなことよ…。
いいや、めげずに頑張るもん!打つべし打つべし!
『もっと踏み込め!』
『ここで回避だろ!』
『フェイントを見極めろ!』
私は今日も地味で苦しい修行に勤しんだ…。最後はいつも通り、ケチョンケチョンにされた…。ほとんど傷を負わずに潔く倒れたシーラとは大違いだぁ…。
◇◇◇◇◇
「すごかったねぇ、シーラちゃん!まさか魔力バフに成功するなんて!」
「うむ…悔しいが称賛に値する」
ターシャとテレサも影から見ていたらしい。シーラが呼んでたんだ。
「へへん!言ったろ?すぐに習得してみせるって!あたしは有言実行!ヒントをくれたブラック・ジェーンとデスデモーナには感謝だな!」
シーラが胸を張る。
「トゲタローも称賛してたよ!『氷結の武闘家よ!いい戦いだったぞ!』だって!」
「ハハ!氷結の武闘家か!かっけー称号だな!」
「『楽しかった』って喜んでたよ。私も一緒に戦えて嬉しかった!ありがとね。やっぱり協力して一緒に戦うっていいよね」
「本当だよな!仲間と一緒に、強敵に挑む…サイコーに熱くなるよな!看守さえいなけりゃ、皆で一緒に戦えんのに!」
ターシャがアッと声を上げて、途端に悲しそうな顔をした。
「ね、シーラちゃん、明日は私も一緒に戦いたいな。ちょっとだけでも…。だって、シーラちゃん、こんなに強くなって…きっともうすぐ中級クラスに行っちゃうんじゃないの?」
え!?中級クラス!?
「おー!いい加減中級に進まないとな!もう半年以上も低級にいるなんてさ!歴代最悪記録になっちまう!早く鬼コーチに認めてもらわねーと」
そ、そうか…シーラはもう半年も低級にいて、いつ中級に行くことになっても不思議じゃないんだ!
「シ、シーラが、中級に行っちゃう…?そ、そんなぁ…寂しい…!喜ばなきゃいけないことだけど!うう…いやだよぉぉ…寂しいよぉぉ…」
シーラが私の背を叩いて笑い飛ばす。
「ハハハ!マイアってば!そんなに寂しけりゃ、マイアもさっさと上がってくりゃいーだろ!ま、あたしだってすぐに上級に進んでやるけどな!」
私は項垂れて、涙が出てきてしまった。
「うう…かっこいいよ、シーラ。私も強くなりたい…。でも追いつける気がしない…。このままじゃ、強くなるどころか、成長が遅くなりそうだし…」
「へ?どうしたんだよ?」
「私、今までトゲタローに、ステータス返せって怒りをぶつけてたんだよね。でも今それがなくなっちゃって…。気合いが入らないんだ。トゲタローは、修行を楽しめって言うんだけど。…『楽しい』って気持ちは、成長を早めるのかなぁ?」
シーラは、ポンッと手を叩いた。
「ほぉ!『楽しい』気持ちか!そりゃイイね!今日はたしかに、魔力バフに成功してイイ気分だったし、マイアも一緒だったから楽しかった!だから強いトゲタローに渡り合えたのかもな!?」
「そ、そっか!?じゃあ…『楽しい』気持ちは、本当に魔力を高めるかもしれないんだ…。鍛錬を楽しめたら、成長が早まるかもしれないんだ…」
修行を楽しむ方法、本気で見つけるべきなのか…。
シーラがワクワクしだした!
「楽しく鍛錬できて、成長が早まったらサイコーじゃん!?ちょっとあたし、その方向で行こっかな!?『怒り』もいいけど、イヤなこと思い出しながら戦うのって、忘れっぽいから時々うまくいかないし」
豪快に笑いながら戦うシーラ…似合いすぎ!
「うわあ…シーラが鍛錬を楽しみ出したら、無敵って感じ!いいなぁ…どうしたら私も楽しめるかな?やっぱり強くなきゃムリって気がしちゃうけど…」
「そりゃ、あたしも最初は、鍛錬なんか嫌で嫌でしょーがなかったしなぁ。痛ぇーし、辛ぇーし、魔獣には歯が立たねぇーし!最近は余裕出てきたけど、それでも楽しいってゆーか、『負けるもんか』って感じで、気合いで戦ってたしね」
そっか…楽しんで戦ってるように見えたけど、楽しいわけじゃなかったんだね。そうだ…私がここに来た日も、鍛錬前は憂うつそうにしてた…楽しいわけないよね。
私みたいなへなちょこが鍛錬を楽しもうなんて、無謀すぎる…。
「はぁ…困ったな…。私…恐怖は少なくなってきてるし、看守への怒りをトゲタローにぶつけるなんてできないし、思い出し泣きなんて器用なこともできないし…。楽しむなんて、一番ムリな話か!ああ、成長が遅くなっちゃう!どうすれば…!」
私は頭をかきむしった。
テレサが急に何かピンと来たみたいで、顔を上げる。
「マイア。マイアは何色にも染まれる。泣き虫になったり怒りんぼになったり。マイアが望むなら、戦闘を楽しめる。その色に染まれ」
…たしかに私は泣いたり怒ったり落ち込んだり、喜怒哀楽が激しいかも。でも、楽しむ色に染まる?どうやって?
「んー、でも、ウェンディの音楽も禁止だし、どうやったら楽しい気持ちになれるのかなぁ…」
ターシャが閃いて、本を指さした。
「マイアちゃん、その『ルビーの冒険』は?修行して炎魔術師になって、たくさん戦うんでしょ?ルビーの色に染まってみたら?」
「ルビーの色に?…たしかにルビーはけっこう楽しそうに戦うなぁ…。これからサラマンダーの修行が始まるところだけど…どうなるんだろう?もっと読んでみる!」
小説の主人公になりきって戦うなんて、面白そうかも…!うまくハマれば、楽しく修行できるかも?
それから私は夢中になって小説を読んだ。面白くて、一人で黙々と読んでいても、眠くならない!時間を忘れちゃう!服を縫うのも忘れちゃった!
夢にまでルビーが出てきちゃったよ!サラマンダーが、アイスをくれなきゃ、修行してやんないって。氷魔法が使えないルビーは、アイスを持ってくる間に溶けちゃう!それでルビーは、サラマンダーをとっ捕まえて引きずって、アイス屋さんに行ったんだ。はは、変な夢!
第37話お読みいただきありがとうございます。とうとうシーラが魔力バフに成功しました。魔力バフといっても本来のバル魔法と違ってコアシードに血液を集めるという邪道なのですが…。まあなんとかなるでしょう!




