37日目 血管
今朝は『ブラック・ジェーン』は保留。ターシャが、単語を治癒師に聞いてから続きを読もうって。
シーラがハンターの小説を見つけた。『伝説のハンター デスデモーナ』。
「いいねぇ!デスデモーナ!もう名前からして強そうじゃん!読むぞー!」
シーラがこんなに読書にやる気を出すなんて!ミラクルだ!
私たちは伝説のハンター、デスデモーナの物語を聞いた。ファンタジーじゃなくて、モデルとなった魔女がいるらしい。
たった一人で一日に一万匹もの魔獣の群れを退治したとか…寝ながら戦うこともできたとか…デスデモーナのおかげで領土が50%増えたとか…
…ほ、本当にモデルがいるの!?話盛りすぎじゃない!?
「『強大な魔獣が現れ、デスデモーナは、全てのステータスがアップするバフ魔法を唱えた。力が漲り、魔力が溢れ出す!ドッと魔力の衝撃波が魔獣たちを襲った!それだけで、雑魚は一掃された』…うおおお!マジで!?強すぎんだろ!」
シーラはめっちゃ燃えてる!楽しそうでよかった!
ターシャが首を傾げた。
「全ステータスを一気にアップできるバフ魔法なんて、本当にあるの???」
…そんなの、誰も知るわけない…。
「鬼コーチに聞いてみれば?知ってそうじゃん」
シーラが猛烈な勢いで却下した。
「誰にも聞かない!無いって言われたら、ショックだろー!?夢がねーじゃん、夢が!!もし無くたって、将来あたしがやってやるし!!」
「わあ、シーラ!意気込みがスゴイ!」
シーラの目に炎が宿る。
「絶対、なんとしても、バフ魔法を習得してやる…!まずは魔力バフからだ!ふふふ…待ってろよぉ!絶対すぐに習得してやるからな!」
だ、誰に呼びかけてるのさ?
◇◇◇◇◇
復帰から二回目の鍛錬の時間。
今日は体の動きにくさは、なくなってきた。これでトゲタローとマトモに戦える!
けれど、一つ困ったことがある。
今まで私は、「ステータス返せ」っていう怒りを爆発させながら、戦ってたんだよね。でも今、その怒りはなくなっちゃった。それじゃ、成長が遅くなっちゃう。どうしよう?
別の怒りをぶつける?ムショや看守たちに対する怒りを、トゲタローに?そんなのって、なんか嫌だな…。トゲタローにはぶつけたくない。
『おい、どーした!集中できてないゾ!』
「う、うん…今まで、ステータス返せって怒りをぶつけながら戦ってたけど、これからどうしようかと思って…。トゲタローと修行しすぎて、慣れて恐怖も少なくなってる気がするし…」
『ふーん?魔女の仕組みはよく知んねーけどよ。どんな感情も魔力を強くするってんなら、"楽しい" って気持ちはどーなんだ?』
"楽しい" …?それは考えたことなかったな…。
『オレ様はよ、オメーと修行すんの、毎日楽しかったぜ。だからこんなに成長が早かったんじゃねーかなぁ?どうなんだ?』
はは…楽しかったってハッキリ言われると、うれしくて照れちゃうな。
「ど、どうだろ?この地獄の鍛錬で、楽しいなんて思える人、いないでしょ…」
トゲタローがぷりぷり怒る。
『なんだよ!オメーも楽しめよ!楽しく修行すりゃいーじゃん!!』
「そ、そうは言っても難しいよぉ…。痛いし怖いのは確かなんだからさ…」
『はん!これだから軟弱者は!つっまんねーヤツだな!』
うーむ…楽しく修行できたら、私だって万々歳だけどさ…。楽しい上に成長できたら、最高だよね。こんな地獄の鍛錬じゃなくて、そういう仕組み、作ってくれればいいのに…。
そういえば、ラリってた時の私は?まあまあ楽しんでたんじゃないかと思うけど…記憶あいまいだからなぁ。クルールが記録とってるかな?
魔獣会話の魔法を無意識に作り出しちゃうくらいだから、楽しい気持ちで魔力が強まってたとか…?
うーん、でも、あの時の記録があったとしても、クスリでしか楽しくなれないんじゃ、意味ない。あんなクスリ二度と飲まないんだから!何か検証する方法を見つけたいな…。
それからトゲタローはやけに楽しそうに修行をつけてくれた。
『打つべし打つべし打つべし!!!』
ドカーーーンッ!
私は吹っ飛んで壁に激突。
もーーー!こんなの楽しくできるわけなくない!?
◇◇◇◇◇
ほーら、今日もやっぱりコールだ。
………毎度大怪我する私が悪いんですけどね…。
骨折しまくりの、血まみれの私をてきぱきと治療するコール。
「…コール、いつもありがとう」
「私の名を呼ぶな」
そういえば嫌がるんだった。
「ドクターコールとかは?」
コールが怒る。
「ドクターはクルール先生を呼ぶ時に使っているだろう!私を並べるんじゃない!」
もう!面倒くさいやっちゃなぁ!
「あ、ブラック・ジェーンみたいに冷たいから、ブラック・コールにしよっかな」
「やめろ。お前あの小説を読んだのか?」
コールが意外そうな顔で聞く。
「コールも読んだことあるの?小説なんか読まなそうなのに!」
「あれは名作だからな。作者は本当の治癒師だ。実話ではないが、治癒師の知識が豊富に描かれている」
「へえ!?そうなんだ!すごーい!面白いだけじゃなくて、本当に勉強になるんだな」
コールが呆れて見下ろす。
「お前、あれを面白いと思えたのか?お前には難しすぎるだろう。理解できたとは思えん」
「ああ、うん。難しい単語いっぱいで、苦労してるよ。それでも面白いから皆夢中だよ!すごいよね。そうだ、ターシャが治癒師の誰かに聞くって言ってたけど、私にも聞いてこいって…ちょっとだけ単語の質問してもいい?」
「説明したところでお前に理解できるとも思えんが。一応聞いてやろう。何だ」
私は、自分の脳に問題もあることだし、脳に関連する単語に絞って聞いてみることにした。
「脳のこと、教えてほしいな。前頭葉とか、海馬とか、大脳しんし…しんひしつ…とか…辞書引いてもサッパリわかんなくて」
コールは、端末を取り出して私に見せた。
「ちょうどお前の脳の詳細スキャンデータがある。それで実際に見せてやろう」
ほわああああ!?私の脳!?り、立体映像〜!!
「こ、これが、私の、脳?う、うわあ…」
な、なんというか、すごくヘンな感じ。
「ちなみに、損傷していた時はコレだ」
「っっぎゃああああっっっ!!やめてぇ!見せないでぇ!」
脳の右半分がぁぁ…グチャグチャ…うぎゃああぁ…。
「これに懲りたら二度とあんなことをするんじゃないぞ」
「はい…もう何があっても金輪際二度と絶対に、あんなことしません…」
それからコールは、脳の部位の名前、役割を教えてくれた。辞書よりわかりやすいけど、覚えてはいられないだろうなぁ…。でもきっと、コールがこんなにちゃんと説明してくれてるのに、忘れたらタダじゃすまない…!私のバカな頭働け!海馬よ、記憶しろ!よし、海馬が記憶を司るってのは、覚えたぞ!
◇◇◇◇◇
「ねえ聞いて、『ブラック・ジェーン』、30巻もあるんだって!!」
ターシャが目をキラッキラ輝かせて言った。フェイさんに単語の質問したら、教えてくれたんだって。フェイさんは、とりあえず1巻だけでもと思って、貸してくれてたみたい。
「30巻だと!?ひぇ〜っ!果てしねーな!」
「さすがにうんざりする…」
シーラもテレサも引いてるけど、ターシャはグイグイ押してくる。
「でもでも、単語も少しずつわかってきたし、もっと面白く読めるよ!この面白さがずっと続くなら、絶対に飽きずに読んじゃうな!」
と張り切って、単語の報告をし合った後、ターシャは『ブラック・ジェーン』の続きを読んでくれた。やっぱり面白い。なおさら面白い。これなら本当に30巻読めちゃいそう…。
ターシャは迫真の演技でジェーンのセリフを読む。
「『1リットルは出血している…死んでしまう!急いで輸血を!魔術では遅いわ!人工血液を!』」
1リットル超えたら死ぬのか…覚えとこ…。いつも出血しすぎだからなぁ…。時々魔力切れじゃなく、出血多量で回収されちゃって、コールに怒られるんだよね。絆創膏貼れたらいいのに。
「…『もし体中の血管をまっすぐつなぎ合わせたら、10万kmになるのよ。この星、2周半の長さよ』…」
ターシャの読むジェーンの言葉に、私たちはポカーンとしてしまった。
「え、じゅ、10万km!?は?うーーーん?????」
「あ?なに?どゆこと?体ん中に、そんなに血管詰まってるわけねーじゃん!?」
「…作者は頭がどうかしたのか」
テレサが作者を疑いだした。私は一応フォローしとこう。
「でも作者、本物の治癒師だって。嘘は言わないんじゃないの?」
ターシャが続きを読む。
「『血管の95%が毛細血管ですわ。毛細血管の太さは髪の毛の10分の1ほど』…だって」
へええ?毛細血管って聞いたことあるけど、95%!?私は自分の腕に透けた青い血管を見る。
「つまり、血管って、腕に透けて見えてるようなのよりも、細ーいのが、たっくさんあるってこと?」
シーラは自分の水色の髪の毛をつまんで見る。
「髪の毛の10分の1って…そんなん目に見えねぇじゃん!そんなのばっかなのかよ!?」
「『私の眼には見えますわ…あなたの血管が、すべて…』…あっ、挿し絵があるよ!」
ターシャが本を開いて見せてくれた。
全身の血管の絵。もう体中ほぼ血管。
「うひゃーっ!キモ!血管人間!あたしもこうなの!?」
シーラも私もギョッとしてつい自分の体を見てしまう。ターシャがさらに説明を読む。
「『この絵は毛細血管までは描ききれていない。毛細血管は体の隅々まで張り巡らされている』だって…」
この絵よりさらに!?
テレサが指先を見つめて呟く。
「…そういえば…指先を少し切っただけでたくさん血が出てくる」
なるほどたしかに…本当に毛細血管だらけなんだ…。
「つまり、そんな極細の血管がたっくさーんあるから、合わせると10万kmにもなるってわけだね!ふっしぎ〜」
ターシャが人体の不思議に取り憑かれて、目を輝かせてる。
シーラが手の平をポンッと叩いた。
「おーおー、そんじゃ、その、10万km分の血ぃ、全部コアシードに持ってきたら、すげーんじゃね?」
おお!それ、すんっごい魔力バフ!!
シーラが立ち上がって意気込む。
「よーし!全身の血液、グーーンッてコアシードに送り込む練習するか!」
テレサが冷静にツッコんだ。
「…コアシードに全血液を持ってきたら、全身の血液がなくなる。心臓も内臓も。……死ぬ」
「……………。」
続いてターシャも疑念を口にした。
「それに、血液は3リットルはあるんだよ?みぞおち一ヶ所に集まったらお腹ポンポコリンだよ。血管破裂しちゃうんじゃないのかな?」
血管破裂!?怖っ!!
シーラがどすんと座ってあぐらをかく。
「あー面倒くせぇな!血液のヤロー、出し惜しみしやがって!だって、10万kmだぜ!?渋ってねぇでどんどん集まりやがれってんだ」
はは、謎の怒りが爆発してる。けど実際、どうやったら集まるんだろ?私は疑問を口にした。
「いつも、めいそーの時、コアシードに血が集まるように、テキトーにイメージしちゃってたけど、実際は、どうしたら集まるのかな?血は心臓から出て、一巡りして戻ってくるんだよね?テキトーにムリヤリ集めようとしたら、逆流しちゃわない!?」
「うおっ、それは怖ぇーな…」
ターシャが提案してくれた。
「ジェーンが血管の収縮の話してたよね。血管を細くしたり太くしたりして、調節するんじゃない?コアシードの血管は太くして、それ以外は細くするとか」
テレサも『ブラック・ジェーン』のワンシーンを思い出して言った。
「…心臓を魔術で動かす話もあった。それで早く動かしてどんどん血を送り出せば…?」
色んなアイデアが出た!
「で、結局のところ、どうやったらそれができるのか、だよね…」
ターシャが苦笑いしながら言って、私たちは黙り込んだ。けど、シーラは自信ありげに胸を叩いた。
「はっ!簡単よ!操作魔術!あたしの得意分野!これだね!」
な、なるほど…操作魔術で心臓をムリヤリ動かし、血管の太さを変えたりするってわけか。治癒師は治癒魔術でやるわけだから、絶対違うやり方だけど。
シーラの得意な氷魔法は水の分子を操って温度を下げて凍らせる。氷矢を猛スピードで飛ばすのも操作魔法の一種。シーラは操作魔術が得意なんだ。
シーラはさっそく、めいそーを始め、血管を操作魔術で操る練習を始めた。な、なんか怖いことが起きないか、ハラハラするよ!私みたいにヘマしないでよね!
第36話お読みいただきありがとうございます。血管の話は実際のことを調べて書いたのですが、もし間違いなどあれば教えていただけると幸いです。
シーラは果たして無事に魔力バフを獲得できるのか!?乞うご期待☆




