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RAINTOWN マイア編  作者: きゅきゅ
31/37

25日目(2) 人形

 ピーーーーーーーーーーーーーーーーー


「あん?何よこの音?」


 主任は手を止めた。


 蹴り飛ばされて倒れていたコールが、ガバッと起き上がる。


「心停止!!電気ショック用意!!」


「うるさいわね…この音ぉ…アタマ痛っ…クッソ…帰るわ…」


 主任がヨロヨロと出て行く。


 治癒師たちが慌ただしく動き出す。


 コールが駆けつけると、相変わらずシーラは暴れている。


 心停止を知らせる音が鳴るのは…隣のマイアだ!!


「な、なぜ!!?」


 急いでマイアをスキャンする。


「の、脳が…!!??」


「先輩、電気ショック用意できました」


「ま、待て…全員、こっちに来い!他の囚人は後回しだ!心臓は魔術で動かし、後は全員、分担して脳の治癒に全神経全魔力を注ぎ込め!!」


 その時、治療室の自動ドアが開き、クルールが入ってきた。


「脳異常は誰デスカー?」


「先生!それより重体です!Mi11948が突然心停止!脳に重大な損傷が!」


 クルールがサッとマイアの所へ来て覗き込み、スキャンする。



「……これはもう、ダメデスネ」



 コールは目を見開いて絶句した。


 クルールはため息をついて、クイッとメガネを上げた。



「…でも私の責任もありマス。全力を尽くしまショウ。培養液カプセル用意」




◇◇◇◇◇




 シーラは治療室で目覚め、治療を受けていた。さっきは、ものすごい痛みで、絶叫し続けていた気がする。ひどい目にあった。


 治療を終えて、歩いて出ようとする。

 …治療室の様子がおかしい。何だ?…よくわからない。


 訝しがりながらも、牢に戻った。


 テレサとターシャが、ひどく狼狽えていた。


「…何?どうしたの?何かあった?」


「あ…シーラちゃん…!…大丈夫!?」


「お、おう…。なんかめっちゃ痛かったけど…つーかく異常だとか言われた…」


「そ、そう…辛かったね…でも治ってよかった…」


 ターシャの表情はちっとも優れない。シーラに何か言おうと口を開くも、言葉が出ずに焦っている。目線をさまよわせて、テレサを見た。テレサはそれよりもっとひどい顔色をしている。


「二人とも、どうしたんだよ?」


 テレサが俯きながら、重々しく口を開いた。


「……………マイアが…………。」


「何?マイアに何かあったのか!?あの魔獣どものせい!?」


 テレサの昏い目が、シーラを見た。焦点が合っていなかった。


 一粒の涙が、零れ落ちた。

 



「…………心停止、した………。」



 しんていし?しん、ていし?心停止?




「…………は?」




◇◇◇◇◇



「おい!マイアは無事なのか!?会わせろ!!」


 シーラが鉄格子にしがみついて、廊下の看守に怒鳴る。


「うるさい。黙れ。もう一度懲罰を食らいたいか」


 看守はにべもない。


「カプセルってのに入ってるんだろ!!会わせてくれ!!」


「知らん」


 シーラは鉄格子をガンガン叩いた。


「おい!こっちに来い!これを見ろ!」


 看守がうんざりしながら牢の前に来る。


 シーラは自分の頭に人差し指を突き立てていた。


「マイアに会わせてくれなきゃ、あたしは自分を雷撃する!脳に障害が起きるはずだ。そうしたら、お偉いさんのクルールに迷惑がかかるぞ!カプセル行きが一人増えるかもな!クルールに通信しろ!今すぐにだ!」


 

◇◇◇◇◇



 シーラは看守に連れられ、エレベーターに乗った。上階の廊下の突き当りに来た。


「囚人番号Sh56517、連れて参りました」


 ドアがプシュッと開く。


 治療室みたいにベッドや機械がある部屋だ。大きな窓がある。これが…。


 看守に腕を左に引っ張られた。




 そこに、大きな円筒形の治療用カプセルが、立ててあった。


 淡く光る液体が満たされている。




 シーラの足はガクガクしながら、ゆっくり歩いていった。心臓の音が、バクバクと、耳に響く。


 手を伸ばした。震えていた。



「…あ…あ……ああ……」



 カプセルのガラスに、手を触れた。



 液体に、人形のような体が、浮かんでいた。


 シーラは、その顔を見る。髪の毛が、ない。


 そして、頭の右半分が…。



「あ、あ、あああああ!!」



 シーラは泣き崩れた。


 カプセルに縋りつく。喉が引き攣る。


「マ…イア…マイア…マイアぁぁぁぁ!!ごめん、ごめん、あたしのせいで…!あたしのせいで!!うわあああああ!!!」



「Sh56517 "シーラ"。落ち着くデス。頭の穴は、治療のために開けたものデス。脳の半分、損傷したデス。培養液がこれ以上の損傷を阻止しマス」


 感情のない、機械のような声。


 見上げると、カプセルの横にはクルールがいた。カプセルに手を当てて魔術を使っている。


 シーラは、震える声で、尋ねた。

 

「…クルール…マイアは…マイアは………生きてるんだよな…?」





 クルールは無表情で、感情の無い声で、言った。




「生きてないデス」





 シーラの喉がヒュッと音を立てる。心臓が縮み上がった。底のない穴に落下するかのように。




「…そ…そ…んな………うそ………だ………」





 


「でも、死んでもいない、デス」




 クルールは、ただただ無表情で、無感情。


 シーラは狼狽して、混乱した。


「ど、どういう…」



「仮死状態デス。培養液で状態を保持し、魔術で損傷を修復しマス」


 仮死状態とは、つまり?シーラにはよくわからなかった。


「じゃ、じゃあ…マイアは…生き返るのか…?」


 クルールは、少しの間沈黙した。


「…蘇生が成功する確率…12%」


 シーラは目を見開いて、唇を戦慄かせた。


「…しかし、私がリスクを取れば…68%」


「リスク…?」


「私の全魔力を注ぎ込みマス。ドーピングして、さらに注ぎ込みマス。5日間、寝ずにやりマス。それは私の脳に危険、リスク」


 シーラは苦悶の表情で、クルールを凝視した。

 この無表情で無感情な魔女が、たかが囚人一人に、そんなことをするだろうか?そんなことをするようには、とても見えない。人の情けがある者には、とても見えない。


 けれどシーラは、そんなことに構ってはいられなかった。


「お、お願いだ…。お願いします…。マイアを助けて…生き返らせて…お願い…何だってするから…私の魔力も…使ってくれ…全部…全部あげるから…」


 シーラの目は涙で溢れて、クルールの表情は見えなかった。


 クルールの声はやはり淡々としていた。


「やりマスヨ。君の魔力いらないデス。他人の魔力使えない。損傷した脳の神経細胞、約1000億個。私一人で、全て正確に、修復する必要ありマス」


 シーラは、驚き、安堵しながらも、戸惑った。


「な…なんで…」


 クルールがシーラをさえぎった。


「君、困惑してマスネ。わかりマスヨ。私、情けなんか無いように見えるデスネ。その通りデスヨ。私には情けなどないデス」


 シーラはますます困惑した。


「けれど責任感はあるデス。Mi11948 "マイア"の死の責任、私にもあるのデス。私にはリスクを取る責任あるデス」


「マイアの……………その……責任が………あんたに?」


 シーラは「死」という言葉が言えなかった。


 クルールは口を開きかけたが、突然ピタッと止まって、看守を見て言った。


「私、魔力切れ。魔力充填、ドーピング」


 看守がサッと来て、クルールの左腕に注射を打った。それから何か魔術をかけたかと思うと、今度は右腕に点滴の針を刺した。


 クルールはまたシーラに向けて口を開いた。


「マイアは、自分の脳を爆破しまシタ。なぜそんなことをしたか、わかりマスカ?」


 シーラはあの時起きたことを、牢で二人に聞いていた。


「…あたしを助けるため。あの時、あたしは、痛覚異常で、主任に虐待されそうになってたって。その時突然、マイアが心停止したって。マイアはあたしを助けたくて…魔力暴走を起こした。…そうだろ?」


「ウーン。ちょっと違いマス」


 クルールが、看守に、端末を持ってくるよう指示した。看守はシーラに端末の画面を見せた。


「これはMi11948 "マイア" のデータ。私、マイアの状態をモニターしてマシタ」


 画面にはグラフが表示されている。


「データによれば、マイアはあの時、感情の昂ぶりはあっても、魔力暴走はしてないデス。マイアは自分で考えて、自分で自分の脳を爆破したのデス」


 シーラはクルールの言葉を上手く飲み込めなかった。


「な、なに?じ、自分で…?なんで…?」


「フム…」


 クルールは、側にいた看守をチラリと見て、席を外すよう言った。

 看守が部屋を出て行った。


 クルールが初めてシーラを見た。そして声をひそめて言った。


「…これは、ヒミツ、デスヨ」


「な、なに…?」


「マイアは、主任に、"共感性"を譲渡した、デス」


「…は…?」


 シーラには全く意味がわからなかった。


「共感性とは…簡単に言えば、"優しさ" デス。マイアは自分の優しさを、主任に送り込んだ、デス」


「やさしさを…送りこんだ?そ、そんなこと…できんの?」


 クルールはきっぱりと言った。


「できマセン」


 じゃあ…………どうやって?


「マイアは自分の脳を爆破することで、不可能を可能にしまシタ。脳を破壊すると同時に、自分の優しさを主任に送り込んだデス」


 シーラは愕然とした。


「な、なんでそんな…バカなこと…考えたんだよ…」


「マイア、共感性高すぎ、色々困ってたデスヨ。私に共感性送りつけようとするくらい、ネ。そんなこと、できない。できたとしても脳が危険と、伝えたデス」


 共感性が高すぎる…優しすぎるってこと?色々困ってたって…魔力暴走のことか?


「今日、きっとマイア、咄嗟に思いついたネ。逆に、脳を破壊すれば、できるのでは、と。共感性のない主任に送りつけたら、ちょうどいいとでも思ったネ」


 シーラは呆然とカプセルの中のマイアを見上げた。


「…何だよそれ……。マイアの…ばかやろー……」


 クルールはシーラに少し顔を近づけて、さらに声をひそめて、言った。


「主任、頭痛、起きてマス。ムリヤリ、優しさ、入れられたから。主任は今、前よりちょっと、優しいはずデス」


「あの主任が…?まさかぁ…。想像できない…」


「誰かが、主任の脳の異常を突き止め、治癒したら、元に戻りマス。それまでは、そのまま。だから、ヒミツ」


 クルールはシーラにウインクした。シーラはなんだか奇妙なモノを見た気がして、片眉をしかめた。


「これは情けではないデスヨ?私に情けはないデス。主任、どうでもいい。でも研究対象として、興味アル。恐らく世界で初めて起きたコト。ムダにしたくないデス」


 なるほど…マッドドクターらしい。


 クルールは姿勢を戻した。


「ところで、脳を爆破するなど、マイアにはムリ。脳、水分多い。火、つかない。マイアの魔力と技術では、ムリ」


「え…?じゃあ、どうやって?」


 クルールがシーラの手元の端末に目をやり、「Sirius、脳内モニター装置表示」と言うと、画面の表示が変わった。小さな黒い装置が映っている。


「マイアをモニターするために、脳に埋め込んだ装置。そこに火をつけたデス。やられた、デス。私がいけなかった、デス。だから私、責任、取る」


 シーラは呆然と画面を見つめた。マイアの脳に埋め込まれていたという、装置。

 こんなものを脳に埋め込むなんて…コイツ…。マイアはこれを知ってたのか…?


「こんなもん…マイアに…埋め込んでたのかよ…」

 

「私の頭にも入ってマスヨ。たくさんのことわかりマス。マイアの感情も。マイアには危険たくさん。君も知ってマスネ?感情暴走、魔力暴走、自殺願望、自傷、それから…フム、これ以上はプライバシー侵害に該当」


「マイアを守るために、必要だったのか…。でも今は…こんなもんのせいで…。いや、ちがう…」


 シーラは俯いて、唇を噛みしめた。


「ちがう…これのせいじゃない…私のせいだ…。私なんかほっときゃいいのに…マイアは…私を助けるために…」


 悔しくて、悲しくて、涙が止めどなく溢れた。


 クルールが冷静に問う。


「君、どこに責任アル?君、看守の懲罰で、痛覚異常なっただけ、デス。被害者。マイアの死に責任あるのは、看守、主任、そして私、デス」


 シーラは嗚咽混じりに、強い口調で反論した。


「それでも、マイアは、あたしを助けるために、こんなことになったんだ。あたしのせいだ」


 クルールは平然と言った。


「そうデスカ。では反省するデス。どうしたら防げマシタか?」


 どうしたら…防げた?


「…あたしが、痛覚異常になんか、ならなければ…懲罰なんか、受けなければ…」


「痛覚異常は誰にも予測不能デシタ。懲罰は日常茶飯事ではないデスカ。つまり、今日のコトは、いつ起きてもおかしくなかった、デスヨ」


 シーラはすぐには反論できなかった。


「で、でも…」


「それに、マイアがこんなバカなマネするなど、誰が予測できマスカ?マイアはきっと、ここまでオオゴトになると、思ってなかったデスヨ。魔女は自殺禁止だから、死なないとでも思ったネ。自殺の意思なく、事故が起これば、死ぬのにネ」


 クルールはため息をつく。


「しかもあの時、君、殺されるわけでもなかった。マイアも、それくらい、わかっていたはずデス。それなのに、ためらわずに脳を爆破したデス。脳の感情データ、最後、全然、恐怖ないデス」


 恐怖が全然なかった!?こんなことをするのに!?


「普通できないデス。感情が暴走していても。マイアは、共感性、異常値。他にも、異常、アル…とてもフツウじゃナイ…」


 クルールは、自分の魔術の光を浴びるマイアの脳を、不気味な瞳で見つめている。


「マイアは異常だから気にすんなってのかよ?マイアは優しいんだ…優しすぎただけだ!異常なんかじゃない!」


「平均から大きく外れるコト、異常と呼ぶ。私にとっては、それだけの意味。侮蔑と違う。むしろ私、マイアは興味深く、貴重。死んでほしくない。なのにマイア、自殺願望、低自尊心、無鉄砲。困るネ」


 クルールは急にシーラを振り返って言った。 


「君に、提案、アル。マイアの蘇生、成功したら。マイアに、もうこんなこと、しないように、させる」


 シーラはパッと顔をあげた。


「どうやって?」


「誰もピンチにならなければ、イイ。でも、刑務所、鍛錬、看守、危険イッパイ。ピンチなくす、ムリ。なら君、マイアの楔になれ」


「…くさび?」


「君、さっき、ここへ来るため、自分に雷撃すると、脅迫した。今度は、マイアを、脅迫するデス。マイアが危険なマネすれば、君、自分を雷撃すると、脅迫するデス」


 クルールが、シーラを見て、脅迫するかのように言った。


「できマスネ?」


 シーラは少しの間、クルールを見つめ、数度瞬きをし、言われたことを理解した。

 すると、頬を引きつらせながら、笑った。


「は…はは。簡単だ…。当たり前だろ。あたしは自分を許せない。マイアを二度とこんな目にあわせるもんか。今だって自分を雷撃したいくらいだ」


 クルールは頷いた。


「言っておきマスガ、君がピンチになったら意味ないデスヨ。マイアは、君のピンチと脅迫、天秤にかけられないでショウ。どうするか予測不能デス」


 確かにそうだ。


「君が今やるべきコト、わかりマスカ?泣くコト、違う。強くなるコト、デス。ピンチにならないように、だけではなく…」


 クルールがずいっと身を乗り出した。


「サッサと中級レベルに行くデス。君がマイアの近くにいなければ、マイアは君のピンチには対応できマセン。脅迫だけが、残る」


 シーラは目を見開いた。


「マイアを守るために…マイアから離れる…ってことか…」


 カプセルの中のマイアを見つめた。


 ゆっくりと立ち上がって、カプセルに触れた。


 生きてもいない、死んでもいない、人形のようになってしまった、マイア。


 後悔、悔しさ、罪悪感、悲しみ…そしてマイアを失う恐怖…様々な感情が混ざり合い、シーラの胸を締め付ける。


 助けたい。守りたい。側にいなければ、守れないような気がした。


 でもそれは…違う。


 シーラは涙を拭って、頷いた。


「わかった。全力を尽くす」


 それからクルールを振り返って、指を突きつけた。


「だけどアンタ、ちゃんとマイアを生き返してくれるんだろうな?できなかったら、アンタを殺して、あたしも死んでやる」


「囚人は看守を攻撃できマセンが?」


「できるさ。ムショを出てからならな」


 シーラはそう言い置いて、去って行った。





 クルールは一人、シーラの去った方を見て呟いた。


「興味深イ」



第30話〜31話お読みいただきありがとうございます。読者様に何かご不快な思いをさせていたら申し訳ありません。

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