25日目(2) 人形
ピーーーーーーーーーーーーーーーーー
「あん?何よこの音?」
主任は手を止めた。
蹴り飛ばされて倒れていたコールが、ガバッと起き上がる。
「心停止!!電気ショック用意!!」
「うるさいわね…この音ぉ…アタマ痛っ…クッソ…帰るわ…」
主任がヨロヨロと出て行く。
治癒師たちが慌ただしく動き出す。
コールが駆けつけると、相変わらずシーラは暴れている。
心停止を知らせる音が鳴るのは…隣のマイアだ!!
「な、なぜ!!?」
急いでマイアをスキャンする。
「の、脳が…!!??」
「先輩、電気ショック用意できました」
「ま、待て…全員、こっちに来い!他の囚人は後回しだ!心臓は魔術で動かし、後は全員、分担して脳の治癒に全神経全魔力を注ぎ込め!!」
その時、治療室の自動ドアが開き、クルールが入ってきた。
「脳異常は誰デスカー?」
「先生!それより重体です!Mi11948が突然心停止!脳に重大な損傷が!」
クルールがサッとマイアの所へ来て覗き込み、スキャンする。
「……これはもう、ダメデスネ」
コールは目を見開いて絶句した。
クルールはため息をついて、クイッとメガネを上げた。
「…でも私の責任もありマス。全力を尽くしまショウ。培養液カプセル用意」
◇◇◇◇◇
シーラは治療室で目覚め、治療を受けていた。さっきは、ものすごい痛みで、絶叫し続けていた気がする。ひどい目にあった。
治療を終えて、歩いて出ようとする。
…治療室の様子がおかしい。何だ?…よくわからない。
訝しがりながらも、牢に戻った。
テレサとターシャが、ひどく狼狽えていた。
「…何?どうしたの?何かあった?」
「あ…シーラちゃん…!…大丈夫!?」
「お、おう…。なんかめっちゃ痛かったけど…つーかく異常だとか言われた…」
「そ、そう…辛かったね…でも治ってよかった…」
ターシャの表情はちっとも優れない。シーラに何か言おうと口を開くも、言葉が出ずに焦っている。目線をさまよわせて、テレサを見た。テレサはそれよりもっとひどい顔色をしている。
「二人とも、どうしたんだよ?」
テレサが俯きながら、重々しく口を開いた。
「……………マイアが…………。」
「何?マイアに何かあったのか!?あの魔獣どものせい!?」
テレサの昏い目が、シーラを見た。焦点が合っていなかった。
一粒の涙が、零れ落ちた。
「…………心停止、した………。」
しんていし?しん、ていし?心停止?
「…………は?」
◇◇◇◇◇
「おい!マイアは無事なのか!?会わせろ!!」
シーラが鉄格子にしがみついて、廊下の看守に怒鳴る。
「うるさい。黙れ。もう一度懲罰を食らいたいか」
看守はにべもない。
「カプセルってのに入ってるんだろ!!会わせてくれ!!」
「知らん」
シーラは鉄格子をガンガン叩いた。
「おい!こっちに来い!これを見ろ!」
看守がうんざりしながら牢の前に来る。
シーラは自分の頭に人差し指を突き立てていた。
「マイアに会わせてくれなきゃ、あたしは自分を雷撃する!脳に障害が起きるはずだ。そうしたら、お偉いさんのクルールに迷惑がかかるぞ!カプセル行きが一人増えるかもな!クルールに通信しろ!今すぐにだ!」
◇◇◇◇◇
シーラは看守に連れられ、エレベーターに乗った。上階の廊下の突き当りに来た。
「囚人番号Sh56517、連れて参りました」
ドアがプシュッと開く。
治療室みたいにベッドや機械がある部屋だ。大きな窓がある。これが…。
看守に腕を左に引っ張られた。
そこに、大きな円筒形の治療用カプセルが、立ててあった。
淡く光る液体が満たされている。
シーラの足はガクガクしながら、ゆっくり歩いていった。心臓の音が、バクバクと、耳に響く。
手を伸ばした。震えていた。
「…あ…あ……ああ……」
カプセルのガラスに、手を触れた。
液体に、人形のような体が、浮かんでいた。
シーラは、その顔を見る。髪の毛が、ない。
そして、頭の右半分が…。
「あ、あ、あああああ!!」
シーラは泣き崩れた。
カプセルに縋りつく。喉が引き攣る。
「マ…イア…マイア…マイアぁぁぁぁ!!ごめん、ごめん、あたしのせいで…!あたしのせいで!!うわあああああ!!!」
「Sh56517 "シーラ"。落ち着くデス。頭の穴は、治療のために開けたものデス。脳の半分、損傷したデス。培養液がこれ以上の損傷を阻止しマス」
感情のない、機械のような声。
見上げると、カプセルの横にはクルールがいた。カプセルに手を当てて魔術を使っている。
シーラは、震える声で、尋ねた。
「…クルール…マイアは…マイアは………生きてるんだよな…?」
クルールは無表情で、感情の無い声で、言った。
「生きてないデス」
シーラの喉がヒュッと音を立てる。心臓が縮み上がった。底のない穴に落下するかのように。
「…そ…そ…んな………うそ………だ………」
「でも、死んでもいない、デス」
クルールは、ただただ無表情で、無感情。
シーラは狼狽して、混乱した。
「ど、どういう…」
「仮死状態デス。培養液で状態を保持し、魔術で損傷を修復しマス」
仮死状態とは、つまり?シーラにはよくわからなかった。
「じゃ、じゃあ…マイアは…生き返るのか…?」
クルールは、少しの間沈黙した。
「…蘇生が成功する確率…12%」
シーラは目を見開いて、唇を戦慄かせた。
「…しかし、私がリスクを取れば…68%」
「リスク…?」
「私の全魔力を注ぎ込みマス。ドーピングして、さらに注ぎ込みマス。5日間、寝ずにやりマス。それは私の脳に危険、リスク」
シーラは苦悶の表情で、クルールを凝視した。
この無表情で無感情な魔女が、たかが囚人一人に、そんなことをするだろうか?そんなことをするようには、とても見えない。人の情けがある者には、とても見えない。
けれどシーラは、そんなことに構ってはいられなかった。
「お、お願いだ…。お願いします…。マイアを助けて…生き返らせて…お願い…何だってするから…私の魔力も…使ってくれ…全部…全部あげるから…」
シーラの目は涙で溢れて、クルールの表情は見えなかった。
クルールの声はやはり淡々としていた。
「やりマスヨ。君の魔力いらないデス。他人の魔力使えない。損傷した脳の神経細胞、約1000億個。私一人で、全て正確に、修復する必要ありマス」
シーラは、驚き、安堵しながらも、戸惑った。
「な…なんで…」
クルールがシーラをさえぎった。
「君、困惑してマスネ。わかりマスヨ。私、情けなんか無いように見えるデスネ。その通りデスヨ。私には情けなどないデス」
シーラはますます困惑した。
「けれど責任感はあるデス。Mi11948 "マイア"の死の責任、私にもあるのデス。私にはリスクを取る責任あるデス」
「マイアの……………その……責任が………あんたに?」
シーラは「死」という言葉が言えなかった。
クルールは口を開きかけたが、突然ピタッと止まって、看守を見て言った。
「私、魔力切れ。魔力充填、ドーピング」
看守がサッと来て、クルールの左腕に注射を打った。それから何か魔術をかけたかと思うと、今度は右腕に点滴の針を刺した。
クルールはまたシーラに向けて口を開いた。
「マイアは、自分の脳を爆破しまシタ。なぜそんなことをしたか、わかりマスカ?」
シーラはあの時起きたことを、牢で二人に聞いていた。
「…あたしを助けるため。あの時、あたしは、痛覚異常で、主任に虐待されそうになってたって。その時突然、マイアが心停止したって。マイアはあたしを助けたくて…魔力暴走を起こした。…そうだろ?」
「ウーン。ちょっと違いマス」
クルールが、看守に、端末を持ってくるよう指示した。看守はシーラに端末の画面を見せた。
「これはMi11948 "マイア" のデータ。私、マイアの状態をモニターしてマシタ」
画面にはグラフが表示されている。
「データによれば、マイアはあの時、感情の昂ぶりはあっても、魔力暴走はしてないデス。マイアは自分で考えて、自分で自分の脳を爆破したのデス」
シーラはクルールの言葉を上手く飲み込めなかった。
「な、なに?じ、自分で…?なんで…?」
「フム…」
クルールは、側にいた看守をチラリと見て、席を外すよう言った。
看守が部屋を出て行った。
クルールが初めてシーラを見た。そして声をひそめて言った。
「…これは、ヒミツ、デスヨ」
「な、なに…?」
「マイアは、主任に、"共感性"を譲渡した、デス」
「…は…?」
シーラには全く意味がわからなかった。
「共感性とは…簡単に言えば、"優しさ" デス。マイアは自分の優しさを、主任に送り込んだ、デス」
「やさしさを…送りこんだ?そ、そんなこと…できんの?」
クルールはきっぱりと言った。
「できマセン」
じゃあ…………どうやって?
「マイアは自分の脳を爆破することで、不可能を可能にしまシタ。脳を破壊すると同時に、自分の優しさを主任に送り込んだデス」
シーラは愕然とした。
「な、なんでそんな…バカなこと…考えたんだよ…」
「マイア、共感性高すぎ、色々困ってたデスヨ。私に共感性送りつけようとするくらい、ネ。そんなこと、できない。できたとしても脳が危険と、伝えたデス」
共感性が高すぎる…優しすぎるってこと?色々困ってたって…魔力暴走のことか?
「今日、きっとマイア、咄嗟に思いついたネ。逆に、脳を破壊すれば、できるのでは、と。共感性のない主任に送りつけたら、ちょうどいいとでも思ったネ」
シーラは呆然とカプセルの中のマイアを見上げた。
「…何だよそれ……。マイアの…ばかやろー……」
クルールはシーラに少し顔を近づけて、さらに声をひそめて、言った。
「主任、頭痛、起きてマス。ムリヤリ、優しさ、入れられたから。主任は今、前よりちょっと、優しいはずデス」
「あの主任が…?まさかぁ…。想像できない…」
「誰かが、主任の脳の異常を突き止め、治癒したら、元に戻りマス。それまでは、そのまま。だから、ヒミツ」
クルールはシーラにウインクした。シーラはなんだか奇妙なモノを見た気がして、片眉をしかめた。
「これは情けではないデスヨ?私に情けはないデス。主任、どうでもいい。でも研究対象として、興味アル。恐らく世界で初めて起きたコト。ムダにしたくないデス」
なるほど…マッドドクターらしい。
クルールは姿勢を戻した。
「ところで、脳を爆破するなど、マイアにはムリ。脳、水分多い。火、つかない。マイアの魔力と技術では、ムリ」
「え…?じゃあ、どうやって?」
クルールがシーラの手元の端末に目をやり、「Sirius、脳内モニター装置表示」と言うと、画面の表示が変わった。小さな黒い装置が映っている。
「マイアをモニターするために、脳に埋め込んだ装置。そこに火をつけたデス。やられた、デス。私がいけなかった、デス。だから私、責任、取る」
シーラは呆然と画面を見つめた。マイアの脳に埋め込まれていたという、装置。
こんなものを脳に埋め込むなんて…コイツ…。マイアはこれを知ってたのか…?
「こんなもん…マイアに…埋め込んでたのかよ…」
「私の頭にも入ってマスヨ。たくさんのことわかりマス。マイアの感情も。マイアには危険たくさん。君も知ってマスネ?感情暴走、魔力暴走、自殺願望、自傷、それから…フム、これ以上はプライバシー侵害に該当」
「マイアを守るために、必要だったのか…。でも今は…こんなもんのせいで…。いや、ちがう…」
シーラは俯いて、唇を噛みしめた。
「ちがう…これのせいじゃない…私のせいだ…。私なんかほっときゃいいのに…マイアは…私を助けるために…」
悔しくて、悲しくて、涙が止めどなく溢れた。
クルールが冷静に問う。
「君、どこに責任アル?君、看守の懲罰で、痛覚異常なっただけ、デス。被害者。マイアの死に責任あるのは、看守、主任、そして私、デス」
シーラは嗚咽混じりに、強い口調で反論した。
「それでも、マイアは、あたしを助けるために、こんなことになったんだ。あたしのせいだ」
クルールは平然と言った。
「そうデスカ。では反省するデス。どうしたら防げマシタか?」
どうしたら…防げた?
「…あたしが、痛覚異常になんか、ならなければ…懲罰なんか、受けなければ…」
「痛覚異常は誰にも予測不能デシタ。懲罰は日常茶飯事ではないデスカ。つまり、今日のコトは、いつ起きてもおかしくなかった、デスヨ」
シーラはすぐには反論できなかった。
「で、でも…」
「それに、マイアがこんなバカなマネするなど、誰が予測できマスカ?マイアはきっと、ここまでオオゴトになると、思ってなかったデスヨ。魔女は自殺禁止だから、死なないとでも思ったネ。自殺の意思なく、事故が起これば、死ぬのにネ」
クルールはため息をつく。
「しかもあの時、君、殺されるわけでもなかった。マイアも、それくらい、わかっていたはずデス。それなのに、ためらわずに脳を爆破したデス。脳の感情データ、最後、全然、恐怖ないデス」
恐怖が全然なかった!?こんなことをするのに!?
「普通できないデス。感情が暴走していても。マイアは、共感性、異常値。他にも、異常、アル…とてもフツウじゃナイ…」
クルールは、自分の魔術の光を浴びるマイアの脳を、不気味な瞳で見つめている。
「マイアは異常だから気にすんなってのかよ?マイアは優しいんだ…優しすぎただけだ!異常なんかじゃない!」
「平均から大きく外れるコト、異常と呼ぶ。私にとっては、それだけの意味。侮蔑と違う。むしろ私、マイアは興味深く、貴重。死んでほしくない。なのにマイア、自殺願望、低自尊心、無鉄砲。困るネ」
クルールは急にシーラを振り返って言った。
「君に、提案、アル。マイアの蘇生、成功したら。マイアに、もうこんなこと、しないように、させる」
シーラはパッと顔をあげた。
「どうやって?」
「誰もピンチにならなければ、イイ。でも、刑務所、鍛錬、看守、危険イッパイ。ピンチなくす、ムリ。なら君、マイアの楔になれ」
「…くさび?」
「君、さっき、ここへ来るため、自分に雷撃すると、脅迫した。今度は、マイアを、脅迫するデス。マイアが危険なマネすれば、君、自分を雷撃すると、脅迫するデス」
クルールが、シーラを見て、脅迫するかのように言った。
「できマスネ?」
シーラは少しの間、クルールを見つめ、数度瞬きをし、言われたことを理解した。
すると、頬を引きつらせながら、笑った。
「は…はは。簡単だ…。当たり前だろ。あたしは自分を許せない。マイアを二度とこんな目にあわせるもんか。今だって自分を雷撃したいくらいだ」
クルールは頷いた。
「言っておきマスガ、君がピンチになったら意味ないデスヨ。マイアは、君のピンチと脅迫、天秤にかけられないでショウ。どうするか予測不能デス」
確かにそうだ。
「君が今やるべきコト、わかりマスカ?泣くコト、違う。強くなるコト、デス。ピンチにならないように、だけではなく…」
クルールがずいっと身を乗り出した。
「サッサと中級レベルに行くデス。君がマイアの近くにいなければ、マイアは君のピンチには対応できマセン。脅迫だけが、残る」
シーラは目を見開いた。
「マイアを守るために…マイアから離れる…ってことか…」
カプセルの中のマイアを見つめた。
ゆっくりと立ち上がって、カプセルに触れた。
生きてもいない、死んでもいない、人形のようになってしまった、マイア。
後悔、悔しさ、罪悪感、悲しみ…そしてマイアを失う恐怖…様々な感情が混ざり合い、シーラの胸を締め付ける。
助けたい。守りたい。側にいなければ、守れないような気がした。
でもそれは…違う。
シーラは涙を拭って、頷いた。
「わかった。全力を尽くす」
それからクルールを振り返って、指を突きつけた。
「だけどアンタ、ちゃんとマイアを生き返してくれるんだろうな?できなかったら、アンタを殺して、あたしも死んでやる」
「囚人は看守を攻撃できマセンが?」
「できるさ。ムショを出てからならな」
シーラはそう言い置いて、去って行った。
クルールは一人、シーラの去った方を見て呟いた。
「興味深イ」
第30話〜31話お読みいただきありがとうございます。読者様に何かご不快な思いをさせていたら申し訳ありません。




