水色のシーラ
しばらく裁縫に夢中になっていたけれど、例の時間は迫っていた。鍛錬とかいう名の地獄の時間。
はあ…それを考えると、一気に憂鬱になる。
「な、マイア」
シーラが隣に座って話しかけてきた。
シーラは四人の中で一番年長で、背が高く、気が強そうな魔女。自慢の水色のストレートヘアを腰まで伸ばしている。
「昨日、鍛錬で散々な目に遭ってたの、あんただよね?」
「あ、ああ…うん」
シーラは気まずそうに目をそらした。
「助けてやれなくてごめん…。『助け合い禁止』ってことは、もう聞いたよな?」
「『助け合い禁止』?」
「誰かを助けたり、協力して戦っちゃいけないんだ。恐怖が少なくなって成長が遅くなるからとかいってな」
そんな決まりがあったなんて!私は顔がひきつった。
「知らなかった…嫌な決まりだね…」
シーラは自分の水色の髪をわしゃわしゃとかきむしった。
「あああ!ほんっと、ムシャクシャする!助け合えないなんて!粋じゃねぇよな!成長できないからなんて言ってっけど、ぜったいただの嫌がらせだね!」
シーラは拳でドンッと壁を叩いた。
おお…シーラはクールビューティーっぽく見えるけど、こんなに熱い人だったのか。
シーラはため息をついて、少し落ち着きを取り戻すと言った。
「そうだマイア、あんた昨日入所して、いきなり鍛錬やらされたわけ?」
「え?そうだけど…」
「あたしの時は一回見学させられて、翌日から実戦だったけど…」
シーラが他の二人に、あんたたちは?と聞くと、二人も同意する。
「ええ?見学?うそ…私、忘れられたの?」
ショックだ…。ツイてなさすぎる。
シーラが怒りを顕わに、身を乗り出す。
「見学もなしってことは、説明もなし?マジでいきやり鍛錬やらされたのかよ?」
私はきょとんとする。
「そうだよ。何も知らずにあそこへ行って…処刑が始まるのかと思ったよぉ。皆は説明されたの?」
三人は驚愕の表情を浮かべた。ターシャが涙を浮かべる。
「何も知らせずにいきなり鍛錬をさせるなんてぇぇ…ひどすぎる!」
シーラが説明してくれた。
「見学の時に説明されるもんだよ。とにかく魔法を撃ち続けろ、とか、恐怖が成長を促す、成長したら出所できる、とか」
何それ…私はがっくりと項垂れた。
「私…イジメられてんの?まあ…ここに来る前もイジメられてたから、慣れてるけどさ」
「どーかな…アイツら、ちょっと機嫌悪いってだけで、理不尽に嫌がらせするからなぁ。虫のイドコロが悪かっただけかもよ」
うあぁ…私はきっと、死にたいとか言って飯を粗末にしたから、看守の怒りを買っちゃったんだ…。こうなるってわかってたら、もっと利口にしてたのになぁ!バカだ…。
シーラが、そうだ、と指を一本立てた。
「マイア、戦い方のコツを教えてやるよ」
「コツなんてあるの?」
「初心者はとくにね。まず、魔獣とは一対一にならないようにしな。できたら一匹に対して三人以上で囲むこと!それから、あんまり逃げ回ってっと、看守に投げ飛ばされて、魔獣たちの真ん中に放り込まれるよ」
ほうほう!頭に叩き込んでおかなきゃ。
「で。いっちばん重要なのは、できるだけ早く急いで魔力を消費し切ることだな!そしたら気絶して、退場させてもらえっからね」
「そっか!でも、どうやったら魔力を早く消費できるの?」
シーラは少し難しい顔をして考え込むと、言った。
「めっちゃがんばる」
………………。
シーラが笑いだした。
「ははは!マジで。急いで魔法を使いまくるんだよ!急げ急げって集中してがんばれば、かなり早くなるんだって」
「わ、わかった。がんばってみるよ…」
シーラはニカッと笑って「おう、がんばれ」と励ましてくれた。
気付くと、牢全体の雰囲気が暗くなってきてる。鍛錬の時間が迫ってきたんだ。
シーラもそれに気づいたのか、壁にもたれて気だるげにする。
私はおしゃべりで気を紛らわせたくて、話を続けた。
「シーラは、いつも何の魔法で戦ってるの?」
シーラが私を見て苦笑いする。
「ははーん。それ、聞いちゃう?」
な、なんだろ?なんかマズかった?
「あたしはさ、ほとんど氷系の魔法しかできないんだよね。けど、氷系は、ここじゃ使えない!」
「氷系が使えない?何で??」
「あんた、氷矢の魔法使ってみなかった?」
氷矢の魔法は、私が昨日最初に使おうとして、なぜかできなかった魔法だ。氷矢の魔法は、一番簡単な攻撃魔法で、ほとんどの魔女が使える。
「あっ、氷矢、できなかったよ!何で!?」
「それはね、あそこには雨が降ってないから。屋内だから当たり前だけどさ。つまり水がないからだよ」
水がないとできない?私はばかだからいまいちよく理解できない。私が変な顔をして回らない頭を回していると、シーラが笑って説明してくれた。
「外じゃいつも雨が降ってるじゃん?氷矢の魔法ってさ、外ではその雨水を凍らせて矢を作ってんだよ。けど鍛錬場には水がないから、氷矢の魔法は超ムズいってわけ」
この街にはいつも雨が降っている。女王様が恵みの雨を降らせてるって習ったけど、本当かどうかは知らない。学園で氷矢の訓練をするのは外だったから、雨水を凍らせて矢にしていたんだ。
「そうだったんだ…全然知らなかった…。氷矢の魔法が一番得意なのになぁ…。仕方ないから火の玉で攻撃したよ…得意じゃないのに…」
シーラも足を投げ出して、悪態をついた。
「ほんっと参っちゃうよな!あたしもしょうがないから、ショボいけど雷を使ってる。氷系なら得意中の得意なのに!それを仕事にしてたしね」
「氷魔法を使う仕事してたの?」
シーラが自慢げに胸を張る。
「配達の仕事さ。食材を冷やしたり凍らせたりして荷車で配達すんだ。キンッキンに冷えたビール、10ケースとかね!」
わあ!そんなにいっぺんにたくさん冷やせるなんて、すごい!
けれど、事故を起こしちゃって、このムショに来ることになったんだって。死傷者が出たわけでもないのに、相手がエリート魔女だったからだとか。理不尽な話だ…。
シーラはもう半年近くこのムショにいるんだって。元から私より強そうなのに、半年か…。私は何年かかれば出られるんだろ…。
◇◇◇◇◇
けたたましいブザーの音が鳴る。とうとうこの時間が来てしまった。胃が痛い。
「全員、戦闘準備!」
シーラが隣に来て、私に耳打ちする。
「速さを意識すんだよ。速く速く、速く魔力を使い切らなきゃ地獄を見るぞ!…ってな!」
シーラがイタズラっぽくウインクする。地獄…本当にそうだ…。私は引きつった笑みを返すしかなかった。
巨大な扉が開く。恐ろしい羽音と奇声を上げて、魔獣が一斉に飛び込んできた。
皆、もう攻撃を始めている。ほとんど届いていないけど。
そっか、届かないとわかっていても、もうどんどん魔力を使っていった方がいいんだ。急げ急げ。私も火の玉を放った。
右手と左手、交互に火の玉を作って放つ。速く攻撃するには、両手を交互に使うのがいいって、シーラが教えてくれたんだ。右手の火の玉ができたら、左手も作り始める。ちょっと難しいけど。
もう魔獣たちは囚人たちの目前。囚人たちがどっと散らばり始める。
そうだ、一人になっちゃいけない。私はなるべく人の多い方へと移動した。
その間にも、火の玉を放ち続ける。狙いは適当。とにかく数撃つ!速く速く!シーラの言葉が頭の中を周り続ける。
そうこうするうちに、魔獣が一部の囚人に攻撃を仕掛けた。悲鳴が上がる。かなり人がばらけてきた。
あ、近くで、3人が一匹を攻撃している。そこに加わろう。
速く、速く。焦りながら左右交互に攻撃する。魔獣は、4人にあちこちから攻撃され、苛立ってる。私の攻撃が少しでもダメージを与えているかは、わかんないけど。
これなら、いけるかも!
そう思った瞬間、後ろから急激に羽音が迫ってきた。
あっ!!後ろ!?
そう思った時には遅かった。私は、頭からガブリと噛みつかれた。心臓が凍り付いた。
う、うそでしょ!このまま振り回されたら…首の、骨が…!!
けど次の瞬間、視界がパッと開けた。
えっ?
幸運なことに、魔獣は私を振り回さず、噛み付いただけで、一旦離れた。
そ、そうか。魔獣は囚人を殺せないんだ。そういう魔術がかけられてるって。
た、助かった…。
ぐひゅっ!
うぎゃっ!首から血が…!
そうだ、首を噛まれたんだから、ただでは済まない。慌てて首を抑える。呼吸はなんとか…できる。
魔獣がまた噛み付こうと飛びかかってきた。
いけない!一対一になってる!
私は振り返ってがむしゃらに走って逃げた。左前方に3人いる。背後に羽音と奇声。振り向かずに転がった。なんとか避けられた!3人の間に転がりこむ。
「あなた、首から血が!!」
3人が私を見てギョッとする。一人が後方の魔獣に向かって攻撃してくれた。こんなお荷物が転がり込んでしまって申し訳ない…。
私も急いで攻撃する。おおっ、火の玉が手の平より大きい!さすが恐怖効果!って、喜んでる場合じゃない。
ああ、それより首を抑えなきゃならないから左右交互に攻撃できない!とにかく、速く速く速く…!速くしなきゃ地獄を見るぞ…!
魔獣の攻撃を避けながら、急いで火の玉を撃つ。避けて撃って、避けて撃って…でも後ろも気にしなきゃ!…厳しい!もう一人の子がかなり注意を引いてくれてるから、助かってるけど…。
う…朦朧としてきた。出血しすぎてる…。
とうとう右腕を噛まれた。あああああ!振り回される!!!ボキリ。ぶん投げられて、壁に激突。絶叫。
床に転がり、目を開けると、不幸中の幸い、魔獣が近くにいない。恐る恐る右腕を見る。いや、やっぱり見たくない。左に顔を背けた。
そこに、黒い革靴。いつの間にか、看守が立っていた。
「何を休んでいる。さっさと立って戦え」
ビクッと体が震える。隷属魔術を使われたら最悪だ。賢く立ち回れなくなる。慌てて立ち上がって走り出した。危ない危ない。
また人のいる所を目指す。さあ速く魔法を…って、右腕折れてるんだった!左手は首を抑えてるし…どうしたらいいの!?しかし足は止められない。囚人が二人、魔獣と対峙している所へ来てしまった。
ええい、やけくそだ!首はあきらめて、左手で魔法を放つ。血なんか垂れ流しだ!とにかく魔法。速く速く速く速く!
…あれ?
…魔獣は…どこ?…視界が…暗い?
…えーっと…何だっけ?
思考力は…どこへやら。
私は出血多量で倒れた。
第三話読んでいただきありがとうございます。ムショ仲間二人目は水色の髪のシーラでした。性格は姐御肌、情熱的、短気、がさつ、そして単細胞です。今の所お馬鹿さんっぽさは露呈されてないですね(^^)これは半年ものムショ暮らしで、看守やムショ仲間たちが暴れん坊シーラをなんとか気性の荒い野良猫くらいまで落ち着かせたからです。そのうち過去話が出てきます。