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RAINTOWN マイア編  作者: きゅきゅ
27/37

17日目 個人面談

 私の前には軍人みたいな看守が座っている。

 褐色の肌、ベリーショートの金髪。そしてなんと言っても、眼帯!右目に黒い眼帯をしている。え?魔女ですよ、もちろん。


 この人は鍛錬コーチ。いつもは看守の制帽を被っているけど、今日は被っていなくて、髪型を初めて見たなぁ。顔立ちは美人なんだから、ロングヘアーにしたら似合いそうなのに。ベリーショートも、別の意味で似合ってるけどさ…。


 今日は月に一度の個人面談なんだって。


「囚人番号Mi11948、使える魔法を全て言え」


「火魔法、氷魔法、裁縫……です」


 魔獣と会話するとか、言わなくていいよね!?


「裁縫?趣味は魔法ではないぞ」


 趣味じゃないよ!仕事だったんだよ!!


「魔法で糸を作り、操ります」


「そうか。まあいい」


 コーチが指を鳴らす。部屋に魔獣が連れて来られた。

 この部屋は、鍛錬場を狭くしたような部屋。ここで今、個人面談をしてる。


「戦い方は何通りある?」


 え、何通り?私は指を折って数える。


「えーと…火の玉、火のムチ、五線譜、糸巻き、炎パンチ…5通りですかね…」


「では全てやって見せろ」


「はい」


 私と魔獣の一対一の模擬戦を始める。


 まず火を凝縮して投げつけた。ニ、三回投げると、「次」と言われる。

 そんな感じで5通り見せた。最後の炎パンチが近接戦闘だったので、けっこう怪我をした。


 耐火の魔法は失敗せずにできて、コーチにも合格をもらえた。


「戦闘方法は悪くないな。近接戦闘もできるとは。入所時は死にたいとかほざいていたくせに、なかなか根性あるじゃないか」


 …そういえば、初日にいきなり鍛錬に放り込まれたのは、この鬼コーチの仕業だったのか?私みたいなうじうじした奴、嫌いそうだもんなぁ…。


「しかし問題は…」


 コーチは椅子に座って端末を見てる。私の怪我は放っておく感じらしい。痛い…。


「ステータスが異常に低いことだ。お前は何だ、生まれたての子供か何かか?」


 わかってますよ…実際、生まれたてでも私よりマシなステータスの子はいるでしょうね。


「理由はカルテに記録されてます。詳しくはドクタークルールに聞いてください。私には難しくて、説明できません…」


 コーチがカルテをチェックする。しばらく黙って見てる。私もコーチを見る。ああ、眼帯が気になる。


「…ちょっとお前、簡単に説明してみろ」


 できないって言ってるのに!


「あの、私、今、知能32なんですけど?そんなバカな私に説明しろと?」


 ステータスの知能見たでしょ?あんたの目はふしあなか?いや眼帯だった。


「バカなりにやってみろ」


 コーチ、自分で考えるのもクルールに聞くのも嫌なの!?


「…えーと…私は共感性が高くて、友達とかにステータスをあげちゃったらしいです。自分を大事にしないそうです。全部、基礎パラメータとかいう、生まれつきの性質のせいです」


 うむ。なかなかうまく説明できたんじゃないか?


「はあ?」


 ちくしょう。全然わかってくれねぇ。


「ステータス低下はまた起きるのか?」


「いえ…絶対起きないよう努力します。私にとっても死活問題なので」


「ならいい」


 コーチはまた端末に目を通す。ああ、眼帯が気になるよ…だって治癒魔術があるんだから目に怪我したって治るはず。何で眼帯してんだろ?


「お前の成長速度から計算して…出所はおよそ10年後だな」


「じゅっ…10年後!?ええええええ!!??」


「死ぬ気で鍛錬しろ。少しは早まるかもしれん」


 そ、そそそそそ、そんなぁ!?


「そ、そそそそんな…じょじょじょ冗談ですよね!?」


「冗談だ」


「そんなぁ!!…………って、え?冗談?」


「冗談だ」


 めっちゃ真顔で言ってる。


「今の気持ちを忘れずに、死ぬ気で鍛錬しろ、ということだ」


 私はホッとしすぎて膝から力が抜けた…。半泣き。もうマジでやめてよ。なんなのコーチ。意外とおちゃめなの?


「はあ…よかった…。で、本当は何年後くらいなんですか?」


「わからん」


 …は?


「通常1〜3年だが、予測は困難だ。成長率が上下するからな。お前の場合は尚更、予測不能だ。ステータス低下が度々起これば、実際に10年かかってもおかしくないだろう」


 はあ…クルールにも永遠に出所できないぞって脅されたもんね。


「出所したら、何をするつもりだ?」


 へ?


「何って、どういう意味ですか?悪いことは企んでませんよ!?」


 私は慌てて手と首を振る。


「…そうではない。職業だ。何の職業につきたいか、と聞いている」


 出所後の職業…?


 そういえばクルールに言われて、早く出所して人の役に立たなきゃとは思ったけど…。具体的なことは何も考えてなかったなぁ。


「出所の目安はステータスの成長だ。出所できる頃には、魔力もかなり増えている。前よりいい職に就ける」


 そういえばシーラもそう言ってたな…。面会に来てドーナツくれた人はレストラン経営してるんだって。本当にいい職に就けるんだ…。


「お前の職歴は…織物工場か。それで裁縫ができるんだな。出所後また工場に行くか?」


「絶対嫌です!あそこではひどい扱いを受けていたので。ムショとどっこいどっこいなくらいでしたよ」


 あんなブラックすぎる職場!ブラックじゃなくなったとしても願い下げ!


「出所できたら…何か人の役に立つ仕事をしたいと思います…でもどういう職業がいいか、よくわかりません…」


「見上げた心意気だな。最も人の役に立つのは、魔獣狩りをするハンターだろう。人々の命を守るのだから。数年後には魔獣の大暴走が起きると女王陛下が予言されているしな」


 そんな話もあったな…。いやだなぁ…ムショ出てまで魔獣と戦うなんて…。ていうか…


「私に魔獣狩りなんてできるわけないじゃないですか。底辺ですよ。瞬殺ですよ。外の魔獣はここのよりずっとずっと恐ろしいんでしょう?」


「まあな。だがクルール先生の予測では、お前のステータスには伸びしろがある。譲渡などという意味不明な爆弾を抱えているが。場合によっては、魔獣狩りができるほどの実力がつくかもしれん」


 基礎パラメータは悪くないって言ってたから?本当にそんな強くなれるの!?もし、もしも、魔獣狩りできるような強さになれたら…ハンターに…なるべきなのか…?人の役に立つもんな…。


「今の実力を抜きにして言えば、お前はハンターに向いていると思う。勇敢で根性があり、戦闘の工夫ができる。捨て身で近接戦ができるのも長所だ。近接戦は実戦向きではないが、緊急時には必要だからな」


 …捨て身なのはヤケクソなのと、自尊心が低いからです…。クルールとコールからはやめろと言われています…。このコーチには評価してもらえるのか…この人についていこうか…?


「コーチはハンターだったんですか?」


「そうだ。もう10年以上前だが」


「もしかして、その眼帯、その時に負傷したんですか?」


「フッ。聞きたいか?」


 なんか聞いてほしそう。しょうがないなぁ、聞きたそうな顔してあげよう。


「この右目は魔獣にえぐり取られた」


 そう言って眼帯の下を見せた。ひどい傷跡。まぶたは塞がっている。


「ソイツはシュラオというデカい鳥型の魔獣でな。狡猾で、私はなかなか討伐できずにいた。ヤツは私の目をえぐり、ニヤリと笑った。そして私の眼球を食べるわけでもなく、くちばしの先にくわえたまま見せつけてきた。私は右目を取り戻すため、毎日ソイツの縄張りに行き、戦った。けれど、敵わなかった。ヤツはある日こつ然と姿を消した」


 思ったより面白い話だった!なんかトゲタローと私みたいだな。


「私はソイツを探し回っていたが、ある日、国から辞令が下り、このムショに就任することになった。負けの判定が下ったのだと思ったね。自分の弱さと悔しさを忘れないように、右目は治療しない。毎日鏡を見る度に、自分の弱さを思い知るのだ」


 すごい精神だな…!軍人のカガミ!


「コーチ…かっこよすぎですよ…私なんか目の前にいるだけで恥ずかしいですよ…」


 私は縮こまった。


「姿勢を正せ!お前は私と同じ負け犬だ!負け犬のままでいいのか!鍛錬しろ!強くなれ!魔獣を殺せ!」


 急に軍人スイッチ入った。鬼コーチ降臨。

 私も条件反射でビシッと背筋伸ばしちゃう。


「お前がもしハンターを目指したいなら、それに向けて鍛錬の計画を立てて指導してやる」


「ほ、本当に、こんな落ちこぼれに、ハンターを目標にさせるんですか?私なんかにコーチに指導してもらう価値なんてありませんよ」


「卑屈になるのはやめろ。自分の価値が低いと思うなら、その通りになるだろう。しかし自分を高めようと努力する者は、自分の価値を上げられる」


 なんかかっこいいこと言ってる。


「そうかもしれませんけど…せっかく指導してもらっても、ハンターになれなかったらムダになっちゃうじゃないですか」


「もしハンターになれなくても、ハンター支援職もある。あとは街中の警備員などだな。鍛錬がムダになることはない」


 そ、そうなのか…。警備員くらいなら、なれるのかもしれないな…元犯罪者ですけど。


「第一希望、〈ハンター〉でいいか?」


 コーチが端末の画面を見せる。なんか進路希望調査って書いてあって、学園時代みたい〜。で、すでに〈ハンター〉って記入されてて、決定ボタン押されそうになってるんですけど!?


「ちょちょちょっ!気が早いですよ!!い、今決めなきゃいけないんですか!?」


「そうだ今すぐださっさと決めろ」


 せっかち〜!


「ハンターはムリがあると思います!もう少し現実味のあるやつでお願いします!というかこれ、今とりあえず決めて、後で変更できますか?」


「…私の立てる指導計画をムダにし、もう一度別の計画を立てさせたいというのならな」


 うわあああ…めんどくせぇコーチ。そのくらい、いいじゃん…。こっちは大事な将来かかってるのに…。


 となるとハンター支援か、警備員か。でも私は、犯罪者で、市場の警備員に捕縛された身。警備員になる資格なんかないと思うよ。


「ハンター支援職って、具体的には何をするんですか?」


「支援職は前線に近いほど危険がある。魔獣調査、罠設置、物資補給、治癒助手などだ」


 うえぇ…どれも前線まで行くってことじゃん。ムリだよぉ…。


「危険が少ないのは、街の外の基地で働くスタッフ。基地建設、見張り、結界維持、魔道具整備など。掃除人や料理人など下働きもいるが、どの職でも最低限、自分の身を守れる強さが要求される」


 基地で働くならできるかな?


「お前は裁縫ができるから、防具の制作や修復というのもいいかもしれない」


「ハンターの防具!かっこよさそう!見たことないんですけど、どんなのですか?」


「色々だ。だいたいハンター本人の要望で作る。見た目と、機能。言っておくが、ただ裁縫ができてもダメだ。物理耐性や種々の魔法耐性などを付加できなければならない」


 えええー!?そんなのムリ…


「付加なんて…どうやったらできるのか…そんなものの存在すら知りませんでした…」


 コーチが私の手を指差す。


「お前は糸や拳を耐火の魔法で覆って燃えないようにしただろう。それも一種の耐火性の付加だ」


「えっ!?そうなんですか!?」


「あれでは持続性がないがな。本格的な耐性付加スキルを取得するには知識と経験が必要だろう。その辺は出所後に職業訓練校に行けばいい」


 職業訓練校…そうだよ、そういうのあったじゃん。あれ、何でここでこんな話してんだっけ?


 コーチがゴホンと咳払いをした。


「話が逸れた。今はそんな細かいことはいいんだ。囚人に進路を決めさせるのは、主に攻撃魔法をどこまで真剣に、具体的に、訓練していくか、方針を決めるためだ」


 攻撃魔法のことしかやらないのか…。


「ハンターや支援職を目指すなら、それに向いたステータスや魔法を伸ばす。鍛錬時にどの魔法を使い、どう戦うか、指導する。必要な知識も与える」


 知識!それは激しく欲しいです!


「しかしその他の一般職を希望するなら、攻撃魔法についてそこまで必死になることもない。私のやることは少ない。成長を確認し、あまりにもバカな戦い方をしていれば、指導してやるくらいだ」


 なるほど…この人は強さを希望しない囚人には不要な役職なわけだ…。


「あの…防具職人は?」


「ハンター用の防具職人の多くは基地勤務だ。危険がある以上、十分な戦闘力がなければ務まらない。基準を満たさなければ採用されない」


 うーむ…それじゃ私はやっぱり強くなるためにコーチの指導を受けるべきなのか…。


「だが私は、お前はハンターの素質があると思うぞ。ハンターを目指して特訓してみたらどうだ。私が直々に攻撃魔法の訓練、戦術、知識を指導してやる」


 ええ…そんなにハンター推されても…


「防具職人みたいな支援職を目指す場合は指導内容が全然違うんですか?」


「支援職なら、自衛がメインになる…」


「自衛、自衛でお願いします!!」


「…が、低級クラスでは自衛はやらん。なぜなら自衛ができればできるほど恐怖が薄れ、成長が遅くなるからだ」


 そんなぁぁぁ…。


「結局、どちらにしろ、攻撃魔法の特訓をすることになる。長所を活かし、戦略を練り、魔法攻撃力が伸びる訓練だな」


 どっちも指導内容は大差ないのかぁ…それなら支援職目指すか…。強くなれるのは魅力的だから、ハンターと同じレベルの訓練ができるなら、やるべきだよね…?

 本当は自衛の訓練が、のどから手が出るほど、ほしいですけど!


「攻撃は最大の防御!攻撃魔法を極めて損をすることなどあり得ない!」


 自衛はどうしてもやらないと…わかりましたよ。


「じゃあ…」


「ハンターでいいな」


 いや何で!?支援職だよ!


「いえ、ハンター支援職でお願いします」


「チッ!」


 舌打ちされた!何で!?そんなに私をハンターにしたいの!?死地に送り込みたいの!?私を殺したいの!?


「だがいつでも進路は変更できる。ハンターと支援職の訓練の方向性に大きな違いはないから、問題はない。自信がついたら、ハンターを目指せ」


 さっき進路変更嫌がってたくせに…どんだけ推すんだ…。

 コーチ…かっこいいからついていこうかと思ったのに…。とんだハンター狂だよ…。


「第二希望はもちろんハンターだな」


 ほあああ!?勝手に決められた!!



◇◇◇◇◇



「さて、進路も決まったことだ。今日の指導をしよう」


 決まったことになってさっそく指導されるの!?心の準備できてないよぉ。


「とは言っても今日は時間もないし、お前はまだ入所から三週間も経ってない。注意点を少し伝えるに留めよう」


 ほっ…よかった…。


「はい、お願いします」


「お前はバカだからな、忘れないようにメモしろ。ほら」


 コーチは私にメモとペンを渡した。


「わあ!ありがとうございます!!」


 うわーい!メモゲット!テレサもコーチにもらったのかな?テレサは頭いいのに。


「まずお前の攻撃魔法だが。お前は火魔法が得意だな。しばらく糸を使うのは控えて火だけで行け。火が最優先だ」


 えっ、せっかく工夫したのに…。


「何でですか?」


「一番必要なものをとことん鍛え上げる。威力、放出量、範囲、技術。火魔法だけでも鍛える項目はたくさんある」


 ほ〜。メモしとこう。う…バカだから今言われたことも忘れる…威力と…何だって?もういいや。火魔法しか使わない!と。あれ?防具職人になりたいのに?


「でも防具職人を目指すのに、糸魔法も同時に訓練できたらありがたいんですが…」


「糸の訓練は後からでいい。支援職にまず絶対に必要なのは戦闘能力。攻撃であり、自衛にもなる。一番得意な攻撃魔法を伸ばすことが最優先だ。上級クラスでは職業訓練メニューも追加されるし、出所後にまだ技術が足りないなら、バイトしながら職業訓練校に通えばいい。戦闘能力があればバイトなんざ選び放題だ」


 選び放題…マジか。


「このムショは過酷だが、その分、戦闘能力を上げるには最高の環境だ。糸魔法の訓練に費やすのはもったいない」


「わかりました。糸は使いません。あ、服がボロボロなので毎日のように縫ってるんですが、それもダメですか?」


「鍛錬後の睡眠前なら問題ない。魔力切れに気をつけろよ。睡眠を取れば魔力はほぼ満タンになる」


 ほほー。そうだったんだ。皆にも教えよっと。メモメモ。


「で、火魔法が最優先だってことは、わかったな?特に近接戦闘は威力が高まって最高だ。火で近接戦闘!頭に叩き込んでおけよ」


「はい!」


 コーチが自分の手に炎を出した。その炎がくるくると螺旋を描いて立ち昇り、色が次々に変わり、最後にファッと広がってキラキラ光って消えた。


「すごーい!かっこいい!!」


「火魔法を極めれば、簡単にできるようになる。だが知識が必要だ。火魔法についての知識はどれくらいある?」


 私に知識を問うの?へへん。


「学園一の落ちこぼれで、攻撃魔法なんて将来使うこともないと思っていたので、何も頭に入ってません!」


 敬礼しちゃう!


「堂々と言うんじゃない…。では知識については後々少しずつ学ばせる。どうせ今は知能32だからな。学んでもしょうがないだろう」


 その通りですね!知識はほしいけど!


「次に重要なステータス、体力関連だ。いち早くステータス低下を挽回しないとな」


 コーチが立ち上がって力こぶを見せてトントン叩く。カッチコッチ〜!魔女なのに。


「朝晩、筋トレをすること。それからストレッチ、マッサージも重要だ。その3つはセットで行うこと」


「ああ!筋トレは最近始めましたが、ストレッチやマッサージはやってませんでした。やります!ありがとうございます!」


「鍛錬前も準備運動を忘れないように。ウォームアップは持久力、筋力の成長を促す」


 うわーい、鬼コーチ、知識の宝庫だ!ありがたい!!メモメモ〜!


「ところで、恐怖以外の感情も魔法の威力を高めるとのことだが。それについてはまだ検証中なので、恐怖が最優先だ。やはり近接戦闘が最適だな」


 …やっぱりか。捨て身の近接戦闘…。


「わかりました。…けど近接戦闘でも怒りながらやると調子がいい気がするんですが、やめた方がいいんですか?」


 コーチが腕組みする。


「うーむ。怒りによって恐怖が軽減してしまうとしたら、難しいところだ。まあでも、そのうちデータが取れて解決する。今はそのくらい自由にしていいだろう」


「はーい」


 メモメモ。


「今日のところはここまで」


「ありがとうございました!」



 私が帰りかけると、コーチが呼び止めた。


「ああ、待て。そうだった。お前に勧告が出ている」


 え、か、勧告!?何!?


「囚人番号Wd42333 "ウェンディ"からバフ魔法を受けるのを禁止するとのことだ」


 え…は…?


「はいぃぃぃぃ!?な、何でですか!?」


「魔力暴走の危険性が高いからだ。クルール先生のご判断だ」


 ま、魔力暴走…そんなのがあったか…!


「そ、そんなぁぁぁ〜!」


 私は崩折れてガクリと手をついた。


「どちらにせよバフ魔法に頼るのはよくない。一人で戦えるよう鍛錬を積むことだ」


「この底辺ステータスで!?残酷〜!!」


 それより…ウェンディの音楽は、この地獄の鍛錬での数少ない楽しみの一つだったのに…。もう聞けないの!?うえーーん!


「まあ、同情はするがな。いや、しないか。自分でステータスを低下させたんだからな」


 むむむ!やりたくてやったんじゃない!


「さっさとステータスを上げることだな。お前は近接戦闘ができる。それが最も成長率が高い。ひたすらそれでいけ」


 やっぱり近接戦闘、成長率いいんだ…。


「面談は終わりだ。ホラさっさと立て」


 蹴りやがった!鬼コーチ!


 私は部屋から蹴り出された。



◇◇◇◇◇




 面談の後に治療室に寄って怪我を治してもらい、牢に戻った。


 なんか…シーラがニヤニヤしてる。テレサも…?ターシャはすごく心配そう。な、何?


「マイア、あの鬼コーチにハンターに勧誘されたろ?進路、ハンターか支援職にしたろ?」


「う、うん、ハンター支援職にした…何でわかったの?」


「ははははは!やっぱな!あたしの勝ちー!ほらほら、よこせよこせぇ」


 は?

 なんかテレサとターシャが渋々、紙切れをシーラに渡してる。何あれ?


「何それ?どしたの???」


「賭けしてたんだよ。マイアがハンターに勧誘されて、乗っかるかどうか」


 賭けって。私を賭けのネタにしないで!


「へへへ〜。〈何でも言うこと聞く券〉ゲット〜!」


 はは、何それ。


「マ、マイアちゃん!ハンター支援職なんか希望しちゃったの!?」


「あ、うん…基地勤務。危うくハンター希望にさせられるところだったよ。ヒヤヒヤした〜!勝手に第二希望はハンターにさせられたし!」


「ふぇぇぇ!マイアちゃんが鬼コーチの餌食に…!」


 え…基地勤務でもヤバかった??


「まんまと洗脳されたな…」


 テレサ…洗脳って…まあ確かに洗脳されたかも…。


「まあまあ!いいじゃん?ハンターも。マイアだって基地ならだいじょーぶだって!」


「シーラちゃんったら!洗脳されすぎだよ!」


「もはや鬼コーチの手先」


 ひどい言われよう。


「ね、ねえ、やっぱあの鬼コーチヤバイ?なんかやたらとハンター推してきて怖かったんだけど…」


「はっはー!アイツは完全にハンター狂だな!素質があると見ると、片っ端からハンターに勧誘すんの。あの手この手で洗脳してくるからな!」


 やっぱり!すでに洗脳されてるらしいシーラが言うってのも笑っちゃうけど。


「マイアちゃんまで洗脳されちゃうなんて…ハンター支援職だなんて…危険すぎるよ、正気に戻って!」


「え、ああ…ハンター支援職を希望したのは、人の役に立つ仕事したいなって思ったからだよ。ハンターみたいにたくさんの人の命を守れたらすごいけど、私にはムリだから、せめて支援職に就こうかなって」


「それ、完全に洗脳されてるよぉ!人の役に立つ仕事なんて、ハンター関連じゃなくたっていっぱいあると思うよ!?」


 え!?そ、そうなのかな…


「わ、私バカだからよくわかんなくて…どんな職業がよかったかなぁ…?」


 テレサが呆れ顔で答える。


「広義で言えば、ほとんどの職業が人の役に立つが…命に直接関わるなら…治癒助手、薬剤制作、魔道具制作、研究員など」


 うわぁ…いっぱい出てきた…私無知すぎ…


「マイアちゃんは優しいから、ハンター関連より、困ってる人を直接助ける仕事が向いてると思うんだけど…」


 ああ…そう言われると…ハンター支援職なんかより、そういうのがいいなぁ…


「困ってる人…直接助けたい!けど…そんなこと、私みたいな落ちこぼれにできるかなぁ…」


「おい、マイアは落ちこぼれなんかじゃないし、ここを出所したらむしろ強いんだぞ!何だってできるさ。つかマジで、ハンターにもなれるって!マイアは根性あんだから」


 それはいいから!シーラ、本当に鬼コーチの手先だよ…。


「でも治癒系なんかは完全に才能ないからムリだし…困ってる人を直接助けるなんて…そんな職業ある?」


 テレサが占いのカードを一枚出した。"大樹" のカード。


「マイア…占いを思い出して。"大樹" …マイアは大成してたくさんの人を支えられる」


 あ、そういえばこんなカードが出てたなぁ…嬉しかったなぁ…


「それが本当になったら嬉しいな…。でも…何したらいいんだろ…?」


 困ってる人を助けたい…でも困ってる人って?助けを求めてる人…。

 あ、そういえばクルールに、困ってる落ちこぼれがたくさんいるだろって言われたんだ。私は…自分だってあのブラックな職場から放り出されて…先が見えなくて…「誰か助けて」って思ったんだ…。


「そうだ私…落ちこぼれを助けたいな…。私たちみたいな落ちこぼれがたくさんいて、辛くて困って泣いてるんだもん。あげくの果てにこんなムショに入れられちゃう。こんな所に入ることになる前に、助けなきゃ!」


「おお!マイア!そりゃいいな!冴えてんじゃん!」


「マイアちゃん、すごいよ、それ!やってほしい!私も手伝いたい!」


「落ちこぼれの救世主」


 皆が目を輝かせてくれる。だけど…


「な、なんか偉そうなこと言っちゃったけど…どうやったらそんなことできるんだろ!?」


 才能のない落ちこぼれ…ブラック職場でいじめられ…追い詰められる…。

 私も「助けて」って思ったけど、誰も助けてくれないの、わかってた。だから死ぬしかないって思った。


 皆、うーん、と考え込む。


「このムショってさ、地獄だけど、やってることはステータス上げだよな。それをさ、もっといー感じにできないもんかね?こんな鬼畜な鍛錬なんかじゃなくてさ?」


 シーラの言う通りだなぁ。ターシャも同調する。


「ほんと、そうだよね!?罪人だから罰だとは言え…ひどすぎるよ…普通にステータス上げさせてくれればいいのに…」


 テレサは人差し指を立てて言う。


「落ちこぼれが罪人になる前にステータス上げをさせる。ここより安全で、欲を言えばもっと最適な方法で」


「そうだね!…でも、どうやって?」


 シーラは頭の後ろで手を組んで壁にもたれかかった。


「そんなの、時間だけはたーっぷりあんだからさ、考えてけばよくない?」


「皆で考えよう!三人寄れば文殊の知恵って言うし」


「マイアにはいつも友が寄り添う…"アイリス" の言う通り」


 わあ、力強いな!


「みんな…ありがとう。ほんと、みんながいれば何でもできそうな気がする!」


 ターシャが私の手を握って言う。


「マイアちゃん、魔力暴走のことで、自分を大切にしなきゃいけないって言われたでしょ?希望を持たなきゃって。出所したら明るい未来が待ってるって」


 そうだ…自殺願望をなくすために、希望を持てって、皆が元気づけてくれたんだ。それに今はステータス譲渡の問題まである…私、このままじゃ、永遠に出所できない。出所して、人助けするって目標を、ちゃんと持たなきゃ。


「おねがい。マイアちゃんは自分を大切にして、強くなって出所して、そして私たちみたいな落ちこぼれの子たちを救って。私たちの希望の光になって!」


 占いのカード…嵐の中の灯台が脳裏をよぎった。私が…皆の希望の光に?私が、希望を信じて頑張るはずなのに?私は落ちこぼれで、皆の希望の光になれるようなもんじゃない。


 でも、ターシャの言葉は、まっすぐに、私の心に届いた。

 


第27話お読みいただきありがとうございます。ついに鬼コーチの本格的な登場です!けっこうお気に入り。イラスト描きたいけれど、ベリーショートの美人って描くの難しいだろうな〜!でもすごく描きたいので練習します…。

さてマイアは防具職人を目指そうかなーと考えていますが、どうなるんでしょうか。基地というのは街の外にあってですね、魔獣がうじゃうじゃいるので危険なのですね。そこを拠点にするハンターのために防具を整備するわけですね。

あ、この小説、わりと無計画にだらだらと書き連ねていたんですが、マイアの将来については決まっています。そもそもマイアはこのRAINTOWNの本編といえる別のストーリーに出てくる、脇役キャラだったのです。割と重要な役割を負っていたので、マイアの過去を考えたいなーと思って書き始めたのがこの小説なのです。思いがけず、書くのがすごく楽しくて、色々面白い設定も思いつけたので、大収穫です。

そのRAINTOWNの本編ストーリーなんですが、設定が複雑すぎて考えるのにめちゃめちゃ頭使うので、疲れてなかなか進みません…ごめんなさい…早く書き進めたいです。

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