13日目 悪魔のいけにえ
腹筋!背筋!スクワット!腕立て伏せ!
今、私は筋トレに勤しんでいる!
「うおおー、マイア…!かっけーぞ…!」
「マ、マイアちゃん、どうしたの急に!?無理しないで〜」
シーラはつられて筋トレし始め、ターシャはおろおろしている。今日はだいぶ体の調子がよくなったから、心配することないのに、ターシャは優しいなぁ。
「うん、体力、ないから、さ!魔法の、訓練、だけじゃなく、筋トレ、しよっ、て思って!」
テレサが頷いて褒めてくれた。
「…えらい。地道な努力が実を結ぶ」
ターシャはまだ心配そうにしてる。
「マイアちゃん、気持ちはわかるけど、急にたくさんしない方がいいよ。明日筋肉痛で動けなくなっちゃうよ?」
「た、たしかに!…ううーん、今日はこのくらいにしとくかぁ…」
はぁ…少しでもステータス挽回したくて焦っちゃう。何かしていないと…。
それに、ずっと不安なんだ…ちゃんとコントロールできてなくて、また無意識にステータス譲渡なんてしちゃったらどうしようって…。
「…不安、焦り、恐怖が見て取れる」
テレサが無表情ながらも心配してくれてる。
「そうなんだよ…色々…将来の不安っていうか…ツイてないからさ。また嫌なことがあったらどうしよって、思っちゃってね…」
「占ってあげる」
テレサがどこからか、タロットカードを取り出した。マジシャンみたいにパララララッと操る。かーっこいーい!
「…前みたいに一枚引くの?」
あの死神のカード怖かったなぁ…。ちょっと気が引けるなぁ…。
テレサは首を振った。
「本格的に運命を占う。私はおべっかは言わない。ズバズバ言う。だから人気のない占い師だった。それでもいい?」
私はコクコクと頷いた。おべっか使われても困るし!
「お、お願いします…テレサ先生!」
「いにしえの精霊たちよ…我に力を与えたまえ…」
テレサが目を瞑って唱え出す…。カードが浮き上がり、ふわふわクルクルと動き出した。すごい!これも魔法?いや精霊?精霊なんて、いるの?
「さあ、迷える仔ネズミよ。恐れずに、そなたの運命を精霊に託せ。カードよ、この者の運命を開示せよ!」
カードがいっせいに光る…!キレイ…。それからいくつかのカードが私の前に並んで浮かんだ。
「結果が出た。見てみよう」
テレサが目を開けて、カードを見て、しばらく思案する。そして、私の目の前の一枚のカードを指し示した。
「このカード…どう見える?」
目の前のカードは…。いやだな…。
「暗くて怖い…。嵐が、吹き荒れてる。奥の方に灯台が見える」
「このカードがマイアの運命の主題。"テンペスト"…嵐。波乱万丈の人生。危険に満ちている」
うわぁ…私の人生、ずっとこうなの…?
「けれど…」
テレサがカードを指差すと、灯台の部分が光りだした。
「灯台の灯りが眩しいほどに輝いている。マイアの進む道の先には、必ず光がある。暗く厳しい道のりも、希望の光を信じて進むがいい」
希望の光か…期待してもいいのかな…。
テレサが、手を伸ばす。嵐のカードのすぐ真後ろに、もう一枚カードがあった。花に囲まれた女性の絵。
「これを見て。彼女は"アイリス"。『友情』が強く表れている。マイアをいつも友が支えてくれる。嵐の中でも。マイアに寄り添い、知恵と勇気を授けてくれる。共に、運命を切り開くことができる。」
友だちが…いつも支えてくれる…なんて嬉しいんだろう…!
その時一枚のカードがスッと飛んできて、アイリスのカードのそばに浮いた。
「これ…死神!!?」
この前と同じ死神のカードだ!
「な、なんで死神のカードが、友情のカードのそばにくるの!?」
テレサは無表情で首を傾げている。
「…これは…ふーむ…」
「ま、まさか、友達の誰かが危なくなるとか!?まさか私のせいで!?」
私があたふたしていると、テレサは落ち着いて首を振った。
「ちがう…悪い意味ではないようだ…精霊が何か言おうとしている…」
私たちは息を呑んでテレサの言葉を待った。
「死神は…友だち…???」
「へ…???」
テレサは諦めたように首を振った。
「だめ、よくわからない。はっきりしない。ただ、恐れることはないって。気にすることはない」
ええ…死神が友達って…どういうこと?気になる…。
「…それより続きを」
テレサは少し下にあったカードを示す。
「マイアの根本にあるもの。"大樹"。マイアは強い。忍耐強く、成長して、たくさんの人を支える。大きなことを成し遂げられる」
わ、いいな!本当かな?
テレサがカードを束ねようとすると、ぴょこんと一枚のカードが跳ねて落ちた。テレサはそれを拾うと私に差し出した。
「今日の運勢だって」
私はカードを受け取る。そこに描かれていたのは……どう見ても悪魔!
「うぎゃ!何これ悪魔!今日の運勢悪魔!?悪魔が現れるの!?」
テレサはちょっとクスリと笑った。
「精霊が笑ってる。イタズラかもしれない。大したことじゃない。看守か魔獣か…そんなところ」
ええー気になるぅぅーーっ!!
テレサは何事もなかったように、カードを片付けた。
「今回私は力不足だった。今日のお代はいらない」
ん!?お代取るつもりだったの!?あっぶなーい!!
「あ、ありがとう。占い、すごかった!嵐は怖いけど…希望があって、友だちもいてくれて、成長して何かを成し遂げられるなんて…本当だったらいいなぁ!」
そばで見ていたターシャも目をキラキラさせて喜んでくれた。ターシャも前に占ってもらったことがあるんだって。
シーラがケラケラ笑って横槍をいれる。
「おーい、あんま信じすぎんなよー。マイアはすーぐ騙されるんだからさ」
テレサが、ふふんとせせら笑う。
「私の占いは当たる。シーラは無鉄砲バカ。過激派の走り屋。出所してもスピード違反で捕まるね」
テレサがピッと "猪突猛進" のカードを出す。
「くぉんのー!腹黒詐欺師め!テレサの店に突っ込んでやるぞぉ」
カードを奪おうとするシーラ。結界で防がれて、頭から激突。ほんとに猪突猛進だね!
◇◇◇◇◇
「マイアさん!私の音楽に魔法の効果があるか、確かめたいんだぁ…協力してくれる?」
鍛錬前に、ウェンディが声をかけてくれた。
「もちろん!私なんかでよければ」
ウェンディはもじもじと指を合わせる。
「牢の皆にバフ魔法のことを聞いたけど、本当に私の音楽がそれなのか、自信がなくて、話せなかったんだぁ。違ったら、恥ずかしくて…」
私はウェンディのボサボサ頭をグシャグシャなでる。
「よしよし。確かめて、自信持って、皆に胸張って言えるようにがんばろ!バフ魔法って、魔力を身体に巡らせるんだって聞いたけど、ウェンディも私に対してそうしてたの?」
「んーん、わかんない。昨日はただ、マイアさんが元気になるといいなぁって思って、演奏したの」
「へーえ?不思議だなぁ。気持ちが私に届いたのかな!?なんだかうれしい!」
えへへ、とウェンディははにかんだ。薄緑のボサボサ前髪のせいで顔がよく見えないけど、小動物みたいでかわいーんだ、これが。
そうして、鍛錬の時間が始まった。
(トゲタロー師匠ー!音楽聞きにおいでー!)
ブブブーーンッ!速っ!
『イェア!気分アゲアゲだぜぃ!んじゃ、音楽スタートぉっ!』
ぅおおーいっ!そんなキャラだったかい!?
私はトゲタローに背を向けてウェンディに話しかけた。
「今日はアップテンポな曲はやめよっかー。ウェンディ、何か他にある?」
『コラコラッ!バカ弟子!何勝手に決めてんだ!』
ウェンディは、トゲタローに怯えて私に隠れながら答える。
「あのね、〈炎の舞〉って曲があるの。マイアさんに、ピッタリだと思って。火魔法が強くなるかも!」
うっははー!
「それ、実現したらうれしい!お願い!」
ウェンディは両手の平に息を吹きかける。
♪♪♪♪♪〜
わお!タンゴ?情熱的な音楽だ!
「うわあ!ノッてくるー!修行開始!」
『おいおい、師匠を差し置くな!でもマジ、この曲もいいな!』
私は〈炎の舞〉を聞きながら、炎の五線譜を作った。おお、これは!
「炎の勢いがいいんじゃないかな!?」
(くらえっ!炎の五線譜!)
『げげっ熱そう!避ける!』
避けられた。
(避けんなよ!実験したいのに!)
続けざまに五線譜を投げつける。当たった!
『あっぢぃぃっ!!こりゃ威力上がってるな。〈キュア〉!』
おおっ!すばらしい!
「ウェンディ、すごいよ!確かに威力上がってる!」
〈炎の舞〉にノッて、五線譜を繰り出していく。楽しい!
『んがぁっ!いー加減にしやがれっ!イライラするっ!』
う…トゲタローがイライラしてきた。こうなるとスピードアップしてこっちも疲れるからな…。
「ウェンディ、ありがとう。何か他に、試せる曲ないかな?落ち着いた曲がいいけど…うーん…あ、悲しみ!悲しい曲ってある?」
「うん、〈愛しのメアリ〉。メアリが死んじゃうの」
〈愛しのメアリ〉が流れる。く、暗ーい…。
私は防御型に五線譜を配置した。
『はーぁ。どんよりすんなぁ。やんなるぜぇ…』
トゲタローは、ギャウッと吠えて五線譜を吹き飛ばそうとした。
ふふん。私は秘策を用意してんだ。火玉をポポンッと4つ投げつける。五線譜にくっついて押し留めた!
『何っ!』
(その手はもう効かないよ…)
音楽が盛り上がってくる。ああ…メアリが病に倒れ…息を引き取る様子が浮かんでくる…あああ、メアリィィィィーーー!!!
私は悲しみに暮れながら五線譜をどんどん作り出し、五線譜に守られ引きこもって号泣した。火玉をたくさん投げつけて、五線譜にたくさんくっついた。
気付けば〈愛しのメアリ〉は終わっていた。
ウェンディも、号泣していた。
「マイアさん…すごい…楽譜みたい…。楽譜がマイアさんを囲んでる…」
あ…なるほどたしかに…。はからずも面白いことになったよ…いや面白くないの…私は悲しいの…メアリィィィィ…。
トゲタローがうなだれている。
『はあ…こんな気分は初めてだ…ユーウツってヤツだな。おい、今度はオドロオドロしいのも聞きたい!恐怖だ!恐怖を駆り立てる曲だ!』
(ええ〜やだよ)
『魔女も恐怖で成長すんだろぉが?やってみろや!』
た…たしかに?
「ウェンディ…怖い曲って、ある?」
「怖い曲!?あ、うん…あるけど…〈悪魔の生贄〉」
ウェンディが〈悪魔の生贄〉を演奏しだした!
うわぁぁぁ!怖ぁぁぁっ!なんだこの曲!誰がこんなの作ったんだよ!
『ゲーッゲッゲッゲッ!こりゃァオレ様にピッタリだなァ?さァ、おマえヲ、いケにエにシてヤろウかァッ!!』
トゲタロー、おかしくなってるぅぅぅ!
「ぎぃやああああ!!!」
なんかトゲタローの顔がますます悪魔めいてきてるぅっ!
私は恐慌状態で、無我夢中で戦った!
炎の勢いがすごい!恐怖効果ヤバイ!!
ふと見ると、ウェンディまで、ガタガタ震えて冷や汗ダラダラかいてる!自分にも効果かかっちゃってる!?大丈夫かい!?
ウェンディに恐怖効果がかかってたら、このバフ魔法も効果が上がってる!?で、私はますます恐怖効果が上がってるのぉ!?
『ゲーッヘヘヘヘ!いケにエ、いケにエ〜!!』
怖いよぉぉぉーーーっっ!!
トゲタローの様子がおかしいのは、悪フザケなのか?それともこれも魔法の効果?
私の威力アップした攻撃当たってるのに、平気で突っ込んで来るよ!?どういうこと!?
必死で回避しながら、五線譜を叩き込み続ける!でも私は体力ないんだよ!すぐ避けられなくなって、どんどん傷だらけに…。
突然、音楽が止んだ。ホッ。見ると、ウェンディがぶっ倒れてるっ!
「ウェンディ!え、え、どうしたの!?しっかり!!」
突然看守が現れた。
「魔力切れだ。回収する」
ほええええ!?
ウェンディは担架で回収されていった。
あの音楽…魔力をめっちゃ消費してたってこと!?
『ゲヘヘヘヘェ!オイ、ドこ見てル?八ツ裂キにシてヤるゥ〜ッ!!』
うおおおおおっ!?トゲタロー、戻ってなーーい!!
(正気に戻れ、トゲタロー!)
『ギーヒヒヒヒヒ!!』
私はトゲタローに八つ裂きにされた…。
◇◇◇◇◇
ふぁぁぁぁ…久しぶりのフェイさんだぁぁ…。安定の安心感。涙出てくる…。
そっか、今日、火曜日?コール休みなんだ…。わぁぁい…地獄に仏だ…。
「…フェ、フェイさん…ち治療…あ、ありがとうございます…。き今日も…大怪我で…すすすみません…」
フェイさんが私の声にびっくりして慌てる。
「ずいぶん声が震えてますよ…大丈夫ですか?」
「ああ…ちょっと…悪魔のイケニエに…」
「悪魔のイケニエ!?」
フェイさんを驚かせてしまった。
あ、そんなことより、やらなきゃいけないことが…。
「あの、フェイさん…お願いが…ドクタークルールに聞きたいことがあるんです」
「何ですか?この前の、幻聴のことですか?」
そうだ、フェイさんには言ってもいいかな。
「私のステータスとカルテを見てもらえますか…」
フェイさんが、ステータスとカルテを見て、仰天して、言葉を失っている。なんか驚かせてばっかりで、申し訳ない…。
「実は私、魔獣にステータスを奪われたので、取り返せないのか、ドクターに聞きたいんです」
「ま、魔獣に!?」
「はい…情けないことに…。ドクターに通信で聞いてくれますか?」
フェイさんは目を白黒させながら、慌てて通信魔法を展開した。
「こちら……の……先生……あの……ハイ……ええと…」
何か声漏れてるけど、フェイさん大丈夫かな?慌てすぎ?
『…フフフフフ!…』
クルールの笑い声〜っ!
「マイアさん、クルール先生が通信を代わるようにと…」
フェイさんが私の耳に通信魔法を展開させた。
『ハーイ、Mi11948!』
クルールの声が耳元でーっ!アタマ変になりそう…。
「ドクター…私はトゲタローにステータスを奪われたんですよね?私から譲渡なんかしてないですよね?」
『何言ってるデスカ?譲渡したに決まってマス』
「何で!?そんなのおかしいですよ、トゲタローより私の方がよっぽど弱いのに!」
『簡単デス。君は共感性マックス。トゲタローに共感したデス。君、攻撃するのかわいそう思ったデスネ。それで魔力、知能、自己治癒力を譲渡。トゲタローは〈キュア〉を獲得。よかったデスネー』
「よくなぁーい!かわいそうだなんて…ぜんっぜん思ってません!焦げ跡見て、ざまぁみろって思ってましたから!」
『じゃ、ラリッてバカになっちゃったネー』
おまえのせいじゃねぇかーーー!!!
『冗談デス。共感性マックスの君、トゲタロー傷つけるの、キツいんじゃないデスカ。だって、会話できる相手を傷つけるなんて、ホントにできマスカ?』
「うっ!!!」
『でショー?私はぜーんぜん平気デスけどネー。君にはできないの、想像できマース」
…はあ…私がトゲタローと会話なんかしてしまったばっかりに…!なんてバカなんだぁ!!
「じゃあ、じゃあ、私のステータス、取り返せないんですか!?」
『えー?トゲタローに聞いてみるカー?返してヨーって』
「絶対返してくれないと思います…」
『だろうネ』
「うわーーん!!泣き寝入りするしかないのか…!何で私、魔獣と会話なんかしちゃったんだろ…。ラリってたとはいえ…」
『私、君のアタマ覗いたから知ってるヨー。君、魔獣の気持ち、想像したネ。一種の共感能力。話したくなっちゃったネ。共感性マックスのフシギ能力発動!会話魔法作っちゃったネー!』
「そんなバカなぁ…バカな私…」
『これからも面白いモノ期待してマース!バーイ!』
ブツッ。
………………。
共感性のバカヤロォォォーー!!!
「あの…トゲタローって……?」
うわぁ。めっちゃ会話聞かれてた。恥ずかしい…。フェイさん戸惑ってる…。
「…魔獣の…名前です…」
「あ……………。」
フェイさんは、それ以上突っ込まないでくれた。私は静かに泣きながら治癒を受けた…。
◇◇◇◇◇
はあ…落ち込む…。
トゲタローに自分からステータスを譲渡してたなんて…。その上返せ返せって必死に戦っていたとは…アホだ…。
牢に戻って、沈み込みたいけど、こんなこと皆にも話せないよ…。私は重い体にむち打って、筋トレすることにした。
今日はウェンディにたくさんバフをかけてもらったけど、反動はそこまで感じなかったな。昨日は元からボロボロだったのがいけなかったんだ。筋トレするといいかも。
ウェンディは、皆に、自分の演奏のバフ効果について話せたみたい。
夕食後、向かいの房で、面白いことをしていた。戦闘の練習?
アリアナがパンチを繰り出し、ウェンディが避けている。
「何してるのー?」
私が声をかけると、ウェンディが息を切らしながら答えた。
「音楽演奏するのに、魔獣に攻撃されたら、途切れちゃうからっ。避けないとっ」
ぉおー、ウェンディはえらいなぁ。
シーラもそれを見て感心して言った。
「いいね、血がたぎるーっ!マイア!あたしらもやろーぜ!」
私とシーラも回避の練習をすることにした。けど、シーラのパンチ、気合入りすぎ。
思いっきり頬にくらった!
「うわ、ごめん!おもっきり入っちゃった!」
ぐはあ!
気合入りました、ありがとうございます!
トゲタロー『ゲーッヘッヘッヘッ!もう23話カ!ヨクこんなとこまで読んだナア!褒美にオマエをイケニエにしてやるゥゥゥ!へへへへへ』
マイア「トゲタロー…そのキャラ気に入ったんだね…」




