12日目 バフ魔法
朝、起きられなくて、看守に蹴られた。ううー…体が重いんデスヨ。うわあ。クルールと話しすぎて口調うつってら!
マズイ朝飯をもしゃもしゃ食べてたら、薄緑のボサボサちゃんが近づいてきた。
「マイアさん、昨日はありがとう」
「あ、ウェンディ、おはよー。大丈夫?」
「うん。マイアさんのおかげだよ。助けてくれて本当にありがとう」
ああ…やっぱり助けてよかった…後悔なんかしてないよ。ステータスは低下しちゃったけど、きっと挽回できるし。
もちろんステータス譲渡の話をするつもりなんかない。誰にも話さないつもり。もしウェンディに知られたらいやだもん。
はあ…でもこれからは、誰も助けちゃいけないんだ。決意しなきゃいけないんだ。うまくいくかな…不安だ…。
◇◇◇◇◇
牢に戻ったら、いつもは服を繕ったり戦い方の工夫したりするけど、今日はしない。だって鍛錬以外に魔力を使ったら成長が遅れちゃうんだもん。今は一刻も早く挽回しなくちゃ。
だらーと寝そべってぼーっとしちゃう。体は重いし筋肉痛みたいなのあるし…ステータスの体力低下のせい?筋トレすべき?
ううー…色々考えたいけど、集中できないなぁ。
あ、そだ、耐火の魔法。一昨日は危なかったし、さっと身を守れるように練習しなきゃ。寝っ転がりながら、それだけやろう…。
「マイアちゃん、大丈夫?寒かったら言ってね?」
「うん、ありがと…」
皆には、風邪がぶり返したのかもって言ってある。ステータス低下のことは言えなくて、なんとかごまかしてる。
◇◇◇◇◇
鍛錬の時間だ…。はぁ…憂うつー。
今日はまた極力動かない戦法でいくかぁ。ウェンディは大丈夫かな…うう…どうせ今の私じゃ何の力にもなれないか…。
始まった。
(トゲタロー、どこー?)
『師匠と呼びやがれってんだ!』
忘れてた…。
(トゲタロー師匠ー。修業おねがーい)
ブーン。ご登場。
『今日はアイツいねーの?緑の』
(ウェンディ?何で?)
『音楽聞かせろって言ったじゃん!忘れてんじゃねーよ!』
なぬ?ははは。トゲタロー、音楽を相当気に入ったみたい。
(ごめんごめん、できたら次は連れてくるよ)
『ふんっ。おい、オメー今日もフラフラしやがって、また風邪かぁ?』
(ちがうよ、ステータス低下…)
『ケーッケケケ!今度は誰に取られたんだよ?』
あ、そういえば、トゲタローに、ステータス奪われたんだった…。でも、ウェンディには、私からあげたの、はっきりしてるよね。
(あれ?トゲタローに取られた時って…トゲタローが私から奪ったんだよね?)
『あ?知らねーけど。勝手に力があふれたって言っただろぉ?』
(トゲタローにはステータス奪う能力ないの?)
『ねーよ。そんなんあったら、どんどん奪ってるっつーの!』
そ、そうだ…クルールもそう言ってたっけ。あれ?昨日、クルール、トゲタローの時に、可能性に気づいたとか何とか、言ってなかった…?
…え?…え?
私…自分からトゲタローにステータス譲渡した…?はあ?まさか!そんなことするわけない。どこにも理由がないもん。トゲタローの方が、よっぽどよっぽど強いんだから。私が譲渡されたいくらいだよ。
どうなってんの…?
『おい、何ボサッとしてんだバカ弟子!修業始めっぞ!』
(あ、ああ。今日こそステータス返せよな!)
『そんなヨレヨレでオレ様に勝てるわけねーだろぉーが!?』
そりゃそうだ…。いや、勝ったところで本当に返してもらえるのか…?
とにかく戦わなくちゃ。私は五線譜の炎を出して、線の間隔を広げた。トゲタローには投げつけないで、浮かせておく。
左手でも作って、少しずらして配置。
『何だ?攻撃してこないのかよ?』
(うん、前の格子の、改良版)
『防御型ってわけか。んじゃこっちから行くぜぇ』
トゲタローは五線譜を回り込んで横から攻撃してきた。私は下がってまた五線譜を配置。
『あーめんどくせぇ!』
今度は上から攻撃してくる。上に向けて五線譜を配置。始めに作った五線譜の炎が消えた。私の今の魔力では、最大3つかぁ…。
トゲタローは突っ込んできた。慌てて回避。
『あぢっ!でも威力は落ちてんぞぉ!』
うわぁ、やっぱりかぁぁぁ…。
『こんな程度、〈キュア〉もいらんわ!』
「うわーん、ひどい!」
はぁ…この悲愴な気持ちを込めれば、ちょっとは威力も上がるかな…。
「トゲタローのバカぁ!いや、バカなのは私ぃ!もう〜この、共感性ぃ〜!」
泣き言を言いながら五線譜を作る。うん、ちょい強め。
『何わけわかんねーこと言ってんだぁ?まったく、バカなバカ弟子!』
(バカじゃなーい!本当は平均的なはずだったんだー!私のバカヤロー!)
トゲタローが牙や爪で五線譜を破壊し始め、私は急いで修復する。
『あ゛ー!このまどろっこしいのはキライだ!』
トゲタローは、ギャウッ!!と吠えた。
その息で、五線譜が飛ばされた!
「うわっあちち!危ない!服が焦げたじゃん!」
『ケケケーッ!バーカ!全部お前に向かって吹き飛ばしてやるっ』
トゲタローが残り二つの五線譜に回り込んだ。
「うわっやめろーっ!」
くっ、火を消すしかないか!
その時、私の隣から、一陣の風が巻き起こった。二つの五線譜がトゲタローに向かって吹き飛んだ。
『ぐわぁっぢぢぢっ!!』
私の横には薄緑のボサボサちゃん。いや言い直そう、パステルグリーンのカーリーロングヘアーの持ち主、ウェンディだった!
「マイアさん、見てー!昨日より上手になったよ。それにマイアさんの炎と組み合わせると、強いね!」
「ぉおおお!そんな組み合わせ技が!助かったよウェンディ、ありがとー!」
もがいてたトゲタローが起き上がった。
『お!?ソイツは昨日の緑!音楽聞かせろよなっ!』
あ、そうだった。
「あ、えーとウェンディ、音楽聞かせてくれない?」
「へ???」
ウェンディがハテナマークいっぱいになっちゃってる。そ、そうだよ、何て説明すんの?トゲタローが聞きたがってるなんて…会話できるなんて言いたくないよぉ。
「えーとそのぉ、コイツ、音楽聞くと動きが鈍くなるような気がして…。ちょっともう一回聞かせてみたくて」
「う、うん、わかった」
ウェンディがきれいな笛の音を奏でる。
『おーおー、これこれ、面白えなぁ!』
ご機嫌トゲタロー。
(トゲタロー、聞きながら戦ってよ)
さてどう戦おう。配置防御型じゃ、また吹き飛ばされちゃうからなぁ。
私は五線譜の炎を、前みたいに投げつけた。トゲタローは吠えて吹き飛ばそうとしたけど、吹き飛ばない。やった。配置型じゃなくて投げつけるなら、吹き飛ばないみたいだ。
疲れるけど、仕方ないからこれで戦おう。
『な、もっとテンポアップしろよ』
(ええ?そんな元気ないよ)
『ちっげーよ、音楽!!』
(はあ?何でよ?)
『なんか元気出そうじゃん』
何なんだコイツは…修行じゃなかったのか?まったく…。
「ウェンディ、テンポの速い曲ってある?元気出そうな感じの」
「え?うん、わかった」
楽しそうな民族音楽みたいな曲が流れてくる。
『おお!いーじゃんいーじゃん!こーゆーの、好きだぜぇ』
さいですか…まあ元気は出ますね。
『よしよし、俄然やる気出てきたぁっ!修業修業!やるぞぉっバカ弟子ぃ!』
うおお、テンション上がりすぎ!修業してくれんのはいいけどさ!
トゲタローが調子に乗ってどんどん攻撃してくる。
(こんにゃろっ!負けてられるかぁ!)
私達の戦いは、ヒートアップしていった。ウェンディの奏でる民族音楽に乗って…。
曲が終わって、私はヘロヘロになった。
「ハァッハァッハァッ…もうダメ〜」
ウェンディが駆け寄ってくる。
「マイアさん、すごい!全然ケガしてない!」
「え?」
ほんとだ…。
(あれ?トゲタロー、手加減してたの?)
『手加減なんかしねーよ。楽しく元気に修業できて、サイコーじゃねーか』
「マイアさん、素早かった!魔獣は鈍くなってなかったみたいだけど…実験は失敗?」
あ、そうだった、実験とか言って演奏させたんだ…えへ。騙したとは言っても、トゲタローは前回も今回もウェンディを攻撃しないでくれたから…実質、ウェンディからのお礼だよね。
どう答えたらいいかな?
『ソイツの音楽、バフ効果あんじゃねえ?』
(バフ?バフって何?)
『ステータスを一時的にアップさせんだよ。そういう魔法使うヤツ、たまにいるぜ』
(えええ!?すごいっ!)
「ね、ねえねえウェンディ!?その音楽、ステータスアップ効果あるんじゃない!?」
ウェンディは目を白黒させてる。
「え?え?ステータスアップ?どういうこと??」
「ウェンディの音楽のおかげで、私は強くなれたのかも!そういう魔法じゃないかな!?」
ウェンディは目をぱちくりさせる。
「私、マイアさんの力になれたの?やったぁ!」
『カカカカッ!良かったなぁ、バカ弟子!んじゃもう一戦行こうぜ!』
トゲタローが向かってきた。
「も、もうムリ…」
私のひざが笑ってガクンと倒れた。
『おいおい、オメーまだ魔力残ってるぜぇ!?倒れてる場合か!』
マジ?体が全然言うことを聞かない…ステータス低下してるのにムリしたせいか…。
『あ、いーこと考えた!オメー看守に隷属魔術かけてもらえ!』
(はあっ!!??)
あっという間に、私はトゲタローに投げ飛ばされた!か、看守の足元に!!
くぅっ!動けない!
「おい、さっさと起きて戦わんか」
「すみません…なんかもう…動けません…」
看守はトゲタローの期待通り、隷属魔術を起動した。
『戦え』
くぅぅぅぅぅっ!!!
私の身体は操られるように起き上がって走り出した。激痛〜〜〜!!!
『おうおう!そーこなくっちゃなあ!修業再開だ!』
(覚えてろよぉぉぉ!)
私は号泣しながら戦った。
ウェンディは…大丈夫かな?私が投げ飛ばされたから離れちゃった…。
そして結局、私はいつものようにボロボロになって、ようやく魔力が切れた。
◇◇◇◇◇
「おい…何だこのステータスは…」
コールの声だ…。うう…体中痛い…。
ん?ステータス?
「あ、ステータス見せて…」
コールが画面を私に向ける。
なんだ…低下したままか…。ウェンディの魔法で、上がったかと思ったのに…。そう言えば、トゲタローが、『一時的に』って言ってたっけ。
「お前…このステータスはどうしたんだ…ここまでひどくはなかったはずだ」
え?クルールから聞いてないの?私が説明すんの?…めんどくさ…。
「…ステータス低下してんの…クルールに聞いてよ…」
「は?何?………クルール先生と呼べ」
やだよ…何をいまさら…。
コールは機械を操作してカルテをチェックする。
「〈無意識下のステータス譲渡魔法使用によるステータス低下〉…何だそれは!?」
「…そのままの意味だよ…」
「意味がわからない…」
コールが愕然としてる。
「私もだよ…」
「昨日、それでクルール先生の所へ送られたのか。お前は説明を受けたのか?」
「うん…でも難しくて私に説明はムリぃ…ドクターに直接聞いてよ」
コールは顎に手を当てて感嘆する。
「やはりクルール先生は天才ということか…」
なぜそうなる…。
「はあ…早く成長して挽回しなきゃ…」
「お前…心臓の働きが極度に低下していたぞ。全身の筋肉細胞も血管も過度に破壊されている」
うわぁ。もー、トゲタローめ!
「体が動かなくて…隷属魔術かけてもらってムリヤリ戦ったから…」
「自分から隷属魔術を受けたのか?」
「…まあ、そうなるかな」
トゲタローにやらされたとは言えない…。
「隷属魔術に頼るくらいなら、体が動かなくても魔法だけ使え」
「それじゃ、回避できないじゃん」
コールがまた冷徹な目で私を睨む。
「お前の肉体は限界を超えて酷使された。心臓と全身の細胞の破壊を治癒するのは非常に手間と時間がかかる。魔獣による怪我の治癒の方がずっとマシだ。私にこれ以上手間をかけさせるな」
なるほど…ぐぬぬ。昨日クルールに、私のせいで医療費がかかるとか言われたばかりだしなぁ…トホホ。
「はい…ごめんなさい…」
そういえば、クルールには会いたくないけど、トゲタローのことを聞きたい。
私がステータス譲渡する理由なんか絶対ないのに、トゲタローに奪われたんだ。しかも取り返せるかどうかわかんないなんて。
「ね、ドクタークルールに聞きたいことがあるんだけど」
「何だ」
「えーと、ステータス低下のことについて」
「私が代わりに伝える。言え」
ああ!?あんたには絶対言いたくないよ!魔獣にステータス奪われたとか!
「むむむ…直接聞きたいの!」
「なぜ」
こんのぉぉぉ!しつこい奴!あーもう、今集中力ないんだよ!言い訳なんか思い浮かぶかぁっ!!
「なんでも!」
「先生はお忙しいんだ。バカなお前の質問などにお時間を取らせるな。私が要約してやる」
「んがー!もういいっ!」
コールめ!このクルール信者!女王崇拝者!人型の魔獣!…にしては優しい奴め!
◇◇◇◇◇
「ねえ、ステータスアップの魔法ってあるの?」
牢に戻って、皆に聞いてみた。
「おー、バフ魔法?あるある。いいよな!グンッと強くなってガンガン戦う!あたしも使えたらなぁ!練習してみよっかなぁ」
シーラがブンブンッと拳を突き出す。
「え、それって、自分で自分にかけるの?」
「あったりまえだろ?仲間にかけられる魔女もいるけどさ。自分でできた方がいーじゃん」
たしかに自分で自分にバフをかけられたら、便利だなぁ。
「どうやって練習するの?」
「えー?うおりゃーーーっ!!って感じ?」
シーラがファイティングポーズで力む。
「…魔力を身体に巡らせるらしい…」
ぼそっとテレサ先生が教えてくれた。
「おー、魔力かー!いーこと聞いたな!足に巡らせれば足が速くなるかな!?練習しよっと!」
「…でも後で反動が来る」
「えっ!?反動?」
テレサが頷く。
「身体に無理をさせるから」
えっ!じゃあ、ウェンディの魔法も?もしそうだったら、私は今日、二重に無理しちゃったってことかな?
ヤバッ。コールに言わなくてよかった…。
「ねえテレサちゃん、魔力が高まるバフはあるの?」
ターシャがワクワクしてテレサに聞く。
「もちろん…魔女に一番必要」
魔力バフかぁ!たしかに!魔法強くなりたいなぁ!
テレサがお腹の上の方、みぞおちあたりに手を当てる。
「魔力生成器〈コアシード〉に魔力を集中させるらしい…」
魔女の魔力生成器〈コアシード〉はみぞおちあたりにある。ここで魔力を生み出すんだ。
シーラもターシャも目を輝かせる。
「おおお!そっちのがいーかな!練習するぞー!」
あああ…私も練習してみたいな…でも絶対すぐ魔力切れするな…やめておこう…グスン。
でも結局、シーラもターシャもちっともうまくいかないって、がっかりしてた。ただ魔力を送ればいいってわけじゃないみたい。難しいんだなぁ。
そんなことをしていたら、看守が来てシーラを呼んだ。
「Sh56517、面会だ」
面会なんてあるんだ。あ、そういえば、シーラの知り合いがここのムショの出身で、時々面会に来てくれるって言ってたっけ。
◇◇◇◇◇
シーラが面会室に着くと、テーブルに一人の魔女が座っていて、陽気に笑って手を振った。小麦色の肌に、輝くオレンジの三編みポニーテール。
「シ〜ラ〜!お、元気そうじゃーん。ちっとは強くなった?」
シーラも手を振り、軽やかな足取りでテーブルに向かう。
「アマンダ姐さん、来てくれてあざっす。ヘッヘヘー。最近あたし、けっこー調子いいんだよね」
「お、なになに?ようやく雷使いこなせるようになった?そろそろ中級行けそうか?」
「や、中級はまだだけどね。最近さ、面白いことがわかったんだ!じ、つ、は〜!怒りで!魔法が!強くなるんだ!ぜ!」
シーラが乗り出してウインクすると、アマンダが茶褐色の目をパチクリする。
「怒りで?それってつまり、恐怖じゃなくて?」
「そ!恐怖だけじゃなかったんだよ。あたしあんま恐がらないから強くなれなかったけど、今は怒りをぶつけまくってガンガン成長してんだ!」
「へぇ〜!?それじゃ、ムショの方針変わったの?皆もう恐い思いしなくてすむようになったってこと?」
「いやー、それはまだかな。看守どもはわからずやで相変わらず。皆も怒りより恐怖が勝っちゃってあんまうまくいかないみたい。あたしには合ってたんだけどね。一番怒った時は魔獣を雷撃でしばらく麻痺させてやったんだ!」
自信満々に右手の周りに電気を起こして見せる。アマンダは大げさにリアクションする。
「フゥ〜っ麻痺!?静電気しか起こせなかったあんたがねえ!やるじゃ〜ん」
シーラが眉尻を下げて苦笑いする。
「静電気って…もーやめてよ。ホントのことだけどさぁ。そーだなー、あの頃に比べりゃずいぶん成長したよね、あたし」
アマンダが優しく微笑んでうなずく。
「そう…それじゃ、あんたはもうそんな大怪我はしてないんだね」
「おう!最近はもうじゃんじゃん魔力使って、最速で離脱できる時もあるぜ!」
それを聞いてアマンダは脱力したように椅子の背にもたれた。
「はあ…それを聞いて安心したよ。あんたがムショに入れられてこの半年、私はもう気が気じゃなかったんだから。夢見が悪いのなんのって」
天を仰ぐアマンダに、シーラはポカンとする。
「はあ?ここじゃ死にゃしないってのに、何をそんなに心配してたわけ?」
「わかってるけどさ。私のせいでこんな羽目になったんだから、そりゃ罪悪感もわくってもんよ」
「何で姐さんのせいなのさ?」
アマンダは遠い昔を思い出すように遠くを見る。
「…私があの日、ビール10ケース急ぎで、なんて注文しなけりゃ、あんたはあんな事故起こさずにすんだろ…。本当に悪かったと思ってんだよ…」
あの大雨の夜、団体客が来たというのにビールを切らしてしまって、大慌てで酒屋に注文を入れた。事故の音が聞こえたのはそれからすぐのことだった。
石畳に散乱する大量のビール瓶の破片。横倒しになった荷車。頭から血を流すシーラ。通行人は怯えるように遠巻きに見ていた。その視線の先に悠然と立つ一人の魔女。彼女の周りには透明の結界が張られている。透明だから当然見えない。ただ雨粒が当たって跳ね返るから存在がわかる。シーラは大急ぎで走っていて結界に気づかず、ぶつかったのだ。
アマンダはすぐに何が起きたか見て取った。シーラに駆け寄ったが、アマンダが助け起こすより、魔女がシーラの胸ぐらを掴むのが先だった。
あの夜の罪悪感や怒りややるせなさが、ふつふつと沸き起こるアマンダをよそに、シーラは気の抜けた声で一蹴する。
「なーにいってんだか。あたしの事故はあたしが起こしたんだから姐さんには関係ないだろ」
アマンダはまだため息をついてぶつぶつと呟いている。
「はあ…せめて急ぎでなんて言わなければ…2回に分けて運んでもらったってよかったんだし…」
「んなまどろっこしいことやってられるかっての。てか一人で持ってけっつったのうちの店長だし。姐さん何も悪くないじゃん。てか!!どっちにしろあの事故は大したことじゃなかったし!!相手はケガもしてねーんだから。アイツ!高位魔女だからってぶつかっただけで人をムショにぶちこみやがって!マジムカツク!あー思い出したらまた腹立ってきたわ!おし、この怒りをまた魔獣にぶつけてやる〜っ!!」
シーラが立ち上がってうおおーっと雄叫びを上げた。すぐに看守が来て頭をはたかれた。
アマンダはそれを見て毒気を抜かれ、困ったように笑う。
「はは、まあその怒りを糧にさっさと出所してくれるんなら安心だよ」
シーラは椅子に座り直して胸を叩く。
「安心も安心、ここじゃ怒りの種にはことかかねえからな。あーさっさと強くなって外に出たいぜ」
「まあ…外も外で厄介だけどね。ますます世の中生きづらくなって。高位魔女が偉そうにのさばってさ。うちの店でいちゃもんつけられた日には、ひたすら謝るしかないもんね」
頬杖をついてため息をつくアマンダに、シーラは、げ、と舌を出す。
「へこへこしてるアマンダ姐さん見たくねー」
「私はあんたと違って大人なの。もうムショに行くわけにいかないんだ。大人は死ぬまで出られないコロシアム行きなんだから」
「コロシアム?刑務所じゃなくて?」
「刑務所ってのは名ばかりで、コロシアムで魔獣と闘わされて、高位魔女がそれで賭けをして遊んでるとかなんとか」
信じられないような話を聞いてシーラはドン引きする。
「はあ?何だよそれ胸ックソ悪ぃ…」
「まあ噂だけどね。とにかく下手なことはできないよ。あー嫌な世の中。あんたには本当に、自由に生きてほしいよ」
「エリートにへこへこする人生はごめんだね。……あたし、ハンターになれるかな?」
珍しくシーラが少し自信なさげに問う。アマンダは嘘をついて励ましたりはしない。
「世界が違いすぎて私にもわかんないね。でもあんたの性に合ってると思う。ハンターは命がけだけど、強くて自由だ。ウジ虫みたいな人生歩むくらいなら、パッと輝いて散った方がずっといい」
看守が面会時間の終わりを告げる。
「あ、これ、持ってきな」
アマンダが紙の箱を押し付けるように持たせた。
「おお!いつもありがと!」
◇◇◇◇◇
「おおっ?なんだこりゃ?」
牢でアマンダに持たされたおみやげを開けて、皆でのぞきこむ。
「わあ!いいにおーい!何これー!?」
「これ…ドーナツってやつじゃない!?」
「やっとクッキー以外が来た…」
「はは!テレサ!願いが叶ったな!」
甘くてふんわりおいしいドーナツ。こんなすばらしいもの、初めて食べた。四人は幸せな気持ちで眠りについた。
◇◇◇◇◇
刑務所裏口。アマンダが帰ろうとすると、軒先に見覚えのあるショッキングピンクの魔女が座って酒を飲んでいた。
「げ!ロージー!あんた、まーだこんなとこで働いてんの〜!?」
主任が振り返ってガラ悪く睨みつける。
「あん?誰よアンタ」
「アマンダだよ。数十年前にあんたにいたぶられた囚人の一人」
「はあ?そんなの覚えてるわけないでしょお?失せな」
酒を煽りながらしっしっと手を振る。
「ますます派手で下品になってるし…あんた何でさっさと転職しないわけ?いまだに治癒能力返してもらえないの?」
その言葉に、主任が振り向いて小鼻をピクピクさせる。
「……何でそのこと知ってんだい。誰に聞いた」
「自分で言ってたけど?酒くさっ。飲んだくれなのは変わってないね」
「…………チッ。さっさと失せなこのクソガキ!!」
アマンダは呆れて肩をすくめ、雨の降る砂利道に出ていき、箒ーー飛行ロッドにまたがった。
「はいはい、私がクソガキならあんたはシワシワのクソババアもいいとこだね」
雨空の中遠くなっていくアマンダに向かって、主任は酒瓶を投げつけた。酒瓶は砂利道に落ちて割れた。
第22話お読みいただきありがとうございます。ウェンディの音楽はバフ魔法になることが判明しました。トゲタローはノリノリでウキウキです。かわいいですね(?)。
アマンダは数十年前にこのムショに入っていて、主任は当時もここで働いていたんですね。魔女は何百年も生きます。見た目はほとんど変わりません。アマンダはいつの日か、というか別のストーリーで出てくる予定なのですが、出番が少ないかもしれません。でも私のイメージではダンサーみたいな美人なので描きたいです。




