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RAINTOWN マイア編  作者: きゅきゅ
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赤毛のターシャ

 目を覚ますと、どこか別の部屋にいた。

 視界はぼやけてよくわからないけど、明るい。もう魔獣の羽音も奇声も聞こえない。

 ああ、ほっとした。でもやっぱり死んではいないのか………がっかりした。


 お腹に暖かな光を感じた。見ると、治癒師らしき魔女が私の身体に治癒魔法を施していた。まだ体中が痛い。ほとんど動かせない。


 目だけで部屋を見回すと、たくさんの囚人がベッドに横たわって呻いていた。何か機械があって、ピコン…ピコン…と音がする。幾人もの治癒師たちが囚人たちに治癒魔術を施している。


 治癒魔術は誰でも使えるわけじゃない。民間で治癒師に治療を頼めば、高額な治療費を請求される。


 私は治癒師に向かって口を開いた。


「ァ……ゥ…。」

 

 声が掠れて出ない。喉に激しい痛み。叫びすぎたのか。


 口をパクパクして顔をしかめていたら、彼女が気づいて、首に治癒を施してくれた。声が出るようになった。


「ありがとう。…でも何で、囚人をわざわざ治療してるの?」


 彼女は手を休めずに、淡々と答えた。


「毎日戦わせるためだ」


 毎日!?目の前が真っ暗になる。


「何で…何でそんなことしなきゃいけないんだ…?」


 声が震えた。


 治癒師の顔は半分マスクに覆われ、感情のない冷たい眼だけが私を見下ろしていた。


「訓練だ。お前らのような罪人が更生できるように。女王陛下のご意向だ、感謝しろ」


 私はしばし呆然として、喉から掠れた笑い声が出てきた。


「は…ははっ。あれが…訓練?ひたすら痛めつけられる拷問が訓練だって?」


「魔力は使えば使うほど、生成量が増える。技術も上がる。学園で習っただろう。だから毎日、魔力が枯渇するまで魔法を使わせる」


 たしかに習った。だけど魔力が枯渇すると気絶するし危険があるから、先生は決して無茶をさせなかった。

 それに落ちこぼれは戦闘訓練はあまりしない。どうせ生産系などの職に就くんだから。魔法を使って畑に水をやったり、機織り機を動かしたりする練習をするんだ。


「魔力を使うだけなら、いくらでも方法はあるじゃないか…何で、あんな恐ろしい魔獣と戦わなきゃいけないんだ。あんな、絶対に倒せないような魔獣と…!」


 治癒師は面倒臭そうに血まみれの青い手袋をはずしながら、軽蔑を含んだ声で言った。


「罪人への罰だからに決まっているだろう。だが、訓練のためでもある。魔女は、恐怖を感じると魔力が強くなる。恐怖が強くなればなるほど、強い魔法を放てるようになる」


 恐怖で魔法が強くなる?

 そういえば…魔獣に食われるかと思った時、今まで見たことない大きさの火の玉が出た。そういうことだったのか。


「恐怖による魔力増大を繰り返すことで、最も効率良く、魔力の量、魔法の威力を高めることができる。簡単に倒せる魔獣では意味がない。絶対に敵わない恐ろしい魔獣を相手にすることに意味がある」


 彼女は私の腕に包帯を巻きながら、淡々と話を続けた。


「こうして毎日極限の鍛錬をし、魔力量、質、技術などを高める。そうして人並みに成長すれば、晴れて出所だ」


「出所できるのか…いつごろ?」


「人それぞれだ。一年から三年くらいか」


 私はため息をついた。私は学園一番の落ちこぼれだ。こんな地獄…三年以上も耐え続けろっての?


「死にたい…死にたい…何で死なせてくれないんだ…」


 私はうずくまって泣いた。


 彼女は自分のマスクをはずすと、ゴミでも見るような目で私を見下ろして、言った。


「甘ったれるな。我々は皆、女王陛下御自らの手によって作られたのだ。女王陛下が命を与えて下さっだのだ。その命を、無駄にしようなどとは」


 何が、女王陛下だ…。


 私だって自分の誕生の瞬間は覚えてる。誰かが自分に向かって暖かい光を注ぎこんだ。光が集まって、自分の身体が、手足が、作られた。後になって、その誰かが女王陛下だと教わった。


 でも今は、女王に感謝の気持ちなんか、無い。


「何で女王は、私みたいな落ちこぼれを作ったんだ。ここにいる囚人は皆、失敗作だ。何で女王は失敗作ばかり作るんだ!」


 私は頬に張り手をくらった。彼女は額に血管を浮かび上がらせ、鬼のような形相で、怒鳴った。


「口を慎め!このクソガキ!落ちこぼれなのはお前の努力が足りないからだ!自分の怠慢を、あろうことか女王陛下のせいにするなど…」


「なら不敬罪で処刑すれば?ほら、早く処刑台に連れていけよ!」

 私は負けじと彼女を睨みつけた。


 彼女は不愉快そうにギリッと歯を食いしばると、息を整え、スッと表情をなくして、隷属魔術を発動させた。


『懲罰』


 その瞬間、私の全身を激しい痛みが襲った。体中が痙攣する。喉が引き攣って呼吸ができない。悲鳴もあげられない。口から泡を吹いて、白目を向いていた。


 意識が朦朧とし始めた頃、ようやく懲罰は止まった。


『女王陛下に忠誠を誓え』


「女王陛下二忠誠を誓イマス」


『女王陛下のために鍛錬し強くなると誓え』


「女王陛下ノタメニ鍛錬シ強クナルト誓イマス」


「よろしい…せいぜい鍛錬に励め。処刑してほしくば、早く成長して出所するんだな」


 彼女は冷酷に嘲笑った。診療台の青白いランプがうっすらとそれを照らし出した。


 悪魔め。


 私は牢に戻された。せっかく治療が終わりそうだったのに、懲罰のせいであちこち傷が開いた。さらに隷属魔術で牢まで歩かされ、血塗れになった。罰として明日まで治療はしないと言われた。



◇◇◇◇◇



 血塗れで牢に倒れ込んだ私を見て、同房の三人の囚人がギョッとしてた。看守が去ると、三人は慌てて駆け寄って声をかけてくれた。


「あんた、大丈夫!?」


「何でこんなひどい状態なの!?治療は?」


「ひどすぎる…」


 三人は無口なのかと思っていたが、そうでもなかったらしい。私は何か答えたかったが、ズタボロな上、またもや声が掠れて出なかった。


「治癒はできないけど、痛み止めの術を少し使えるから、やってあげる」


 赤毛の三つ編みの子がそう言って、私の頭に手をかざして、呪文を唱えた。全身の痛みが、少しマシになった。


「…あ…り…か…と…」


 笑顔を作ろうとしたけど、頬が引き攣ってうまくいかなかった。そのまま意識が朦朧としてきて、気を失うように眠った。



◇◇◇◇◇



 朝になって朝食の時間になっても目を覚まさなかった私を、看守は仕方なく治療した。


 ようやく目覚めて、寝ぼけ眼で食堂へ歩かされながら、ものすごくお腹が空いていることに気付いた。そういえば、昨日は夕飯を食いっぱぐれたのか。


 食堂での嫌な思い出は、努めて忘れるようにして、私はお行儀よくマズイ飯を食べることにした。

 隣に座っている子が小声で話しかけてきた。


「体もう大丈夫?」 


 赤毛の三つ編みの子。そういえばこの子は、昨日、痛み止めの術をかけてくれたんだ。


「うん。昨日はありがとう」


 その子は、よかった、と微笑んだ。名前は、ターシャって言うんだって。小柄で気弱そうな子だ。


「昨日、夕飯食べられなかったでしょ。私の、半分食べて」


 と言って、私の皿に自分の食事の半分を乗せた。


「そんな、もらえないよ」


 慌てて返そうとすると、ターシャは手で制止してきっぱり断った。


「私、朝はいつも食欲ないの。残すと怒られるから無理矢理食べるけど、時々吐いちゃうの。だから食べてもらえたらうれしいな」


 本当かどうかわからないけど、そこまで言われたら断れなくて、有り難く頂戴することにした。

 はあ…昨日まで飢え死にするつもりだったのに、情けないな…。

 でも今日もまたあの「鍛錬」があるのなら、たくさん食べておかないと身が保たない。


「ターシャは、痛み止めの術を使えるなんてすごいね」


「治癒師の所で働いてたから…落ちこぼれだから、ただの雑用だけど」


 ターシャはそう言って俯いた。

 もしかしたら、職場では私と似たような扱いを受けていたのかも…。


「私は織物工場で働いてたんだ。私は正真正銘の落ちこぼれだから、何の役にも立たないけど…私にできることがあったら、何でも言って」


 ターシャに何か恩返しがしたいけど、私にできることなんか、あるのかな…一つもないんじゃないか?…申し訳ない…。


 けれどターシャは私の言葉を聞くと、つぶらな瞳をぱちぱちと瞬かせた。


「織物工場?もしかして、お裁縫、できる?」


「裁縫?あ、うん。上手じゃないけど…」


 ターシャはパアッと顔を輝かせて、小さな両手で私の手を握った。


「囚人服がもうボロボロで困ってるの!マイアちゃん、繕える?」


 ターシャは自分のボーダー柄の囚人服をつまんで見せた。たしかにあちこち穴が開いて、ほつれてる。

 私は穴を見て、自分の拙い魔法で繕えるか、考えた。何せここには、針も糸もない。


「私にできるかな…やってみないとわからないけど…がんばる」


「あ、今はダメだよ。看守がいるからね。鍛錬以外でムダに魔法を使うと怒られちゃうの」


 ちょうど、看守が食事時間の終わりを告げる号令をかけた。私は牢へ歩きながら、自分の囚人服を見た。周りの誰より穴だらけだったことに、今さら気付いた。あれだけ魔獣に噛みつかれたんだから当然だ。



◇◇◇◇◇



 牢に戻ると、まず自分の囚人服で試すことにした。この囚人服、けっこう分厚くて丈夫だ。魔獣と戦わせてボロボロになることが前提だからなのか。


 指先から魔力を糸状にして出す。その糸を魔法で操り、穴の縁に通す。編み物をする要領で、穴を塞いでいった。ターシャは興味深そうに横から覗き込んで時々歓声を上げてくれる。ちょっと気恥ずかしい。けど嬉しいな。


 でも作業を終えるのに10分もかかってしまった。出来栄えも良いとは言えない。こんな作業は、織物工場にいたからには、ささっとできなきゃダメなのに。落ちこぼれの私には難しいんだよ…。


「はあ…でこぼこになっちゃった。質感も厚みも違うし…ダメだね」


「そんなことないよ!充分充分!ね、私のもやってくれるでしょ?」


「も、もうちょっと練習してから…」


「平気だったら!私のを練習台にしてよ。それにこれからしょっちゅうボロボロになるんだから、すぐに上手くなるわ」


 たしかに、どうせまたすぐ穴が開くのに、きれいに繕う必要もないか。私は、ターシャの服の穴を繕っていった。三つ目を終える頃には、少し慣れてきたかな。


 ターシャは、感激してお礼を言ってくれた。まだいくつか穴が開いているけど、私の魔力切れを心配して、今日はもうこれでいいって。そうして立ち上がると、しばらく嬉しそうに自分の囚人服をつまんで見ていた。


 他の二人にも、今度縫ってほしいと頼まれた。自分がこんなことでも誰かの役に立てるなんて、うれしかった。


 ターシャは私を器用だと褒めてくれた。ターシャはすごくぶきっちょなんだって。そのせいで、職場の治癒師の大事な機械を壊してしまって、莫大な借金を負ったらしい。借金返済の目処が立たないことが、投獄された理由だっていうんだから驚いた。


挿絵(By みてみん)

第二話読んでいただきありがとうございましたm(_ _)m同房のあとの二人は第三話、四話で一人ずつ紹介していきます。まずは赤毛で気弱で小柄なターシャを覚えていただけますと幸いです。後ほど人物設定画をアップしようと思います。

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