6日目(2) フェイさん
6度目の治療室…。ぉおおおお!?誰だ、この人は!?
いつものアイツと違って、優しそうな人だ!いやいや、魔女を見た目で決めつけちゃいけない。いやでも、礼儀正しくすれば、それなりに好感を持ってもらえるかも!ファーストインプレッションは大事だ!
「お、お忙しい中、治療ありがとうございます。ご迷惑おかけして、申し訳ないです。私はマイアです、よろしくお願いします!」
優しげな治癒師は、ビクッとして、私を見る。
「よ、よろしく…。私はフェイです」
な、なんと!名前を教えてくれた!何この人めっちゃいい人!?
フェイさんは、明るい茶色のウェーブヘアで、瞳も薄茶色。私も茶系だから、親近感湧くね!って、いやいや、治癒師だって看守の一種だし、隷属魔法も懲罰もできるんだよ。看守にいい人なんかいるわけないんだから、気をつけなきゃダメだ。ここは下手に出よう。
「フェイさん、私大怪我しててすみません…新入りの落ちこぼれなもので…。あのう…つかぬことをお聞きしますが、いつもの治癒師さんはどうしたんですか?ちょっと怖い顔の…」
「ああ…コール先輩のことかな?今日は火曜日だから休みですよ」
あの人コールって言うのか。いらん情報だけど、一応覚えておこう。
それにしても、看守にも休みがあるのかぁ。当たり前か…私がブラックな職場にいただけだ。看守はむしろ高待遇の高給取りだもんな。
コールが休んだり遊んだりしてるの想像つかないな…てか友達いなそう…ぷぷっ。
「君はいつもこんなに大怪我をしてるんですか?かわいそうに。それでいつもコール先輩が担当になるんですね。あの人怖いでしょう?はぁ…私でさえ怖いですよ」
なんてこった!フェイさん絶対いい人じゃん!!いやダメだ信じるな私!!騙されるな私!!
「い、いえ…私がコールさんを怒らせるからいけないんです。私馬鹿なので、馬鹿なこと聞いて怒られたり、馬鹿なことして怒られたり…はは…」
「ふふ。私もよくドジをしてコール先輩に怒られますよ。いいですか、怒鳴られている時は、ひたすら心を無にするのですよ。それから先輩のことは、人型の魔獣だと思えばいいのです。魔獣にしては優しいでしょう?」
「ブフーーっ!」
人型の魔獣て!確かにそれなら優しいな!ヤバイ…ツボに入って笑いが止まらない。イタタタタッ!お腹の傷が…!
「あ、傷口が開いちゃいましたね…変なことを言ってごめんね…。今言ったことはくれぐれも内密に…」
フェイさんは、慌てて傷口を治癒してくれた。やっぱ絶対いい人でしょ…。
あ、そうだ、言っておかなきゃいけないことがあるんだった。
「すみません、魔獣で思い出したんですが、鍛錬中に幻覚というか…幻聴が聞こえて困ってるんです。昨日、薬のせいでそうなったんですが、もう薬は抜けたのに、今日も幻聴が聞こえて…」
フェイさんが面食らってる。
「げ、幻聴…?薬…?薬って、何の薬ですか?」
「え、何て言ってたかな?ハピ…?うーん、ドクタークルールに処方された薬です。私の自殺願望を治すために」
「え、ええ?自殺願望を治す?ちょ、ちょっと待ってくださいね。カルテを見ますから…」
あわあわしながら、機械を操作してる。
「ハ、ハピドキシン!?そんなものを飲まされたのですか!?」
「え…な、何なんですか…?」
「あ…いや…その…強力な麻薬の一種ですよ」
ま、麻薬!?ということは、つまりまさしく、ヤク!!ヤクでラリッてたって、まさにその通りだったってわけ!?
「こんな麻薬を飲んだら、幻覚症状が出るのも当然です」
そうだったのか!クルールめぇぇっ!!どうかしてる!!フツーに処方せん出してたぞ!百歩譲って、自殺願望を治すのに必要だったとしてもだよ!?麻薬だとか幻覚だとか、色々説明が必要でしょうが!?マジで狂ってる!!
私が内心で怒り狂っていると、フェイさんは、耳元に通信魔法を展開し出した。
「わあああっドクタークルールを呼ばないで!通信切って、切って切って!」
私が泣きながら暴れると、フェイさんは、慌てて通信を止めてくれた。なんて優しいんだ!!
「どどどうしたんですか!?クルール先生に連絡しないと…」
「もう嫌だぁぁぁ、クルールなんて信用できないぃぃ!不気味で怖くて狂ってるぅぅぅ!もう幻聴なんかいいです!聞かなかったことにしてくださいぃ〜」
私は自分でも引くほど号泣した。まだ後遺症のせいで泣き上戸になってるのかな。めっちゃ失礼なこと言ってるから、コールがいたら殺されてたな。でもフェイさんは怒らないでくれた。
「あああ…その、泣かないで…。クルール先生はちょっと…変わったお方ですからね…。気持ちはわかりますが…それでも、幻聴のことは、やはり相談した方がいいですよ。薬が残っていたらマズイですから。幻覚を抑える薬もあるはずですし…」
なおも私がヒックヒックしながら首を振っていると、フェイさんは折れてくれた。
「うーん…では、直接クルール先生には連絡せずに、あなたのカルテに幻覚症状があると記録しておきましょう。もし明日も幻聴が続いたら、必ず言うんですよ。約束ですよ」
私は激しく頷いた。首痛っ。
「私にもっと薬の知識があればお役に立てたんですが…あるいはコール先輩なら…」
私はぶんぶん首を横に振る。クルールもコールも、どっちも勘弁!
「い、いいですいいです!十分です!ありがとうございます!泣いたりして本当にすみませんでした!!薬の後遺症で涙もろくなってまして」
「鎮静の術をかけましょう。落ち着きますよ」
フェイさんはそう言って、私の頭に手をかざし、術をかけた。
私の心は落ち着きを取り戻し、あたたかな気持ちで満たされ、安心して天国にいるようだった。
この人、天使かな?天使なのかな?そうだ、そうにちがいない…。
そのまま治癒してもらっていると、フェイさんが突然、ビクリとした。
…ん?
…なんか、耳元…光ってない?
…フェイさん…硬直してる…
…やっぱり…通信魔法だ…
…え…まさか…うそだよね?
「…マイアさん…治療が終わったら、クルール先生の所に来るように、とのことです…」
私は静かに泣いた…。
◇◇◇◇◇
「待ってマシタヨー、Mi11948!」
…待ってなくていいです…。
「幻聴に困ってる、デスネ?」
この人、私のカルテ見張ってんの?
「ドクター!あの薬は麻薬だったんですね!?何てもの飲ませるんですか!」
「自殺願望には一番の薬ヨー?効果あったでショー?」
白々しいぞ!
「効果は…そんなことより、せめて幻覚症状が出るとか、説明しといてくださいよ!」
「怖がらせたら悪いデスヨー。それで?困ってるなら、別の薬飲むカ?」
う…もうコイツが出す薬なんか絶対信用ならない…。
「…別にいいです…放っておいてください…」
「放っておくのも、面白そうデスネ〜?」
ニヤニヤしてやがる!ていうか何、これ長く続く症状なの!?それは困る…。
「で、今日は魔獣とどんな話したデスカー?」
な、何で幻聴が、魔獣の声だって知ってるんだ?あ、昨日、私の頭の中を覗いたのか!
「ああっ!昨日、それで変なデータ取れたとか言って笑ってたんですね!」
「フフフフフ」
笑いながら機械を操作して、画面を私に向けた。
「まあ座って?これちょっと見てネー」
今日の鍛錬の映像だ。私と魔獣が映ってる。私は突っ立ったまま動かない。静止画?いや、魔獣の羽は、羽ばたいてる。
あ、クルールが音声をオンにした。私が何か喋ってるぅぅぅ。恥っずかしいぃぃぃぃ!
「君が"会話"してる間、この魔獣、1分以上、じっとしてたヨ。君にも誰にも攻撃せずに、ネ。時々カタカタ口を鳴らしたりしちゃって、ネ」
…魔獣が、じっとしてた?
たしかに私は、勝手に会話してるつもりになってたけど…たしかに会話の間、トゲタローは、攻撃してこなかったけど…。
なんか周りがスローモーションに見えたから、それも完全に幻覚かと思ったけど?
トゲタローは、実際に1分以上も、じっとしてたの?
まるで私と会話してるみたいに??
「…たまには魔獣も、休むんじゃないですか?」
「私、10年以上、この窓から毎日鍛錬見てるヨ。けど、こんなの初めて見たデスヨ!」
え、マジですか。マジのマジですか。まさかトゲタローは本当に私と会話してたのですか。
クルールが急に画面を指差す。
「あとコレ!甲羅の焦げ跡が、急に治りマシタ!コレ、何か言ってたデスカ?」
「あ、ああ…なんか新スキルの治癒能力〈キュア〉が使えるようになったとか…」
「ワーーーオ!!」
ビクッ。クルールがこんな大声出すの初めて聞いた。
「それはゼヒゼヒ、詳細を調べないと、ネ!」
パチンッと指を鳴らした。看守がサッと私の後ろに来て拘束する。
「うわぁーっ!いやだいやだいやだーっ!」
あれよあれよという間にベッドに運ばれ、頭に機械を取り付けられた。
「頭に装置入れたから、もうこの検査しないとか言わなかった!?」
「まーソレはソレ、コレはコレデース」
どーゆーことだよ!?
あああああっ!魔術が始まった!頭いったーーい!!
…そしてお約束の、ぐるぐるにずるずる…
…お約束の記憶再体験…
…あー…トゲタローぉ…
「フフフフフ!面白ーイ!魔獣識別番号bb-477のデータ取り寄せてネー。Mi11948のステータスを3日分比較。基礎パラメータを精密検査。採血もしまショー」
第13話お読みいただきありがとうございます。はい、いつもの恐い治癒師の名前はコールというのですね。やっと名前が出てきましたね。私はコールもお気に入りです☆恐いヤツですが魔女なので一応女性なんです…お忘れなく…。
フェイさんはいい人です。訳ありでこんなムショに配属されちゃった可哀想な人です。早く転職できますように。
マイア「フェイさん転職させないでーーーー!!」




