6日目(1) トゲタロー
翌日、ようやく後遺症がなくなってきた。はぁ…よかった。ひどくダルいのは残ってるけど、後遺症というより、はしゃぎすぎか。
「ははは、マイアあんた、目が真っ赤!」
「むぅー、昨日泣きすぎて、まだ目が腫れぼったい…」
「冷やしてやるよ」
シーラが私の目に手の平をあてる。
ひやや〜っ。
「ほわーっ!何これすごい!ひえひえ〜」
「ふふん。氷魔法が一番得意だかんな。こんなの朝飯前よ」
シーラが胸を張って、水色ヘアーを華麗に後ろに振り払う。
「じゃあ鍛錬で氷矢が使えないの、本当にもったいないねぇ」
鍛錬場には水がないから、氷を作れない。
「そうなんだよ。それさえありゃ、魔獣なんざ、串刺しにしてやるのに!」
「シーラは水は出せないの?」
水を作り出す魔法もあるよね?私はできないけど。
「あー、水を出して氷にすればってな。いっくら練習しても出せないんだなこれが。ちくしょーめ」
「氷が得意なのに水はからきしなんて、不思議だねぇ」
テレサが解説してくれた。
「水を生成する魔法と水を氷にする魔法は系統が全然違う」
「ええっそうなの!?」
「水を作り出すのは、魔力を水に変化させる変化魔法。水を氷にするのは、水の分子の動きを制御する操作魔法」
「へええ!?全然知らなかった」
一応私も、水さえあれば氷矢を作れる。けれど分子を制御してるなんて知らなかった。
「知らなくても使える。特に雨を使う魔法はほぼ誰にでも使える。雨は女王が降らせているから。女王の魔力が染み込んでいて、魔女には使いやすい」
この世界に降り続ける雨は、女王が降らせている。恵みの雨と言われるけど、何のためなのかは、私はよく知らない。
「へぇ。女王様にはあんまり馴染みがなかったけど、雨は本当に女王の恵みなんだね。」
私は落ちこぼれだから、ほとんど魔法を使えなかった。でも雨を氷にする魔法を最初に覚えて、自信がついたのを覚えてる。それから火の玉も出せるようになったんだ。
「じゃあ、誰か水を作れる人がいれば、シーラはその水を氷矢にして戦えるの?」
ターシャが手の平を差し出した。
「私、ほんのちょびっとだけ、水を出せるよ。ね、シーラちゃんの魔法、見せて!」
ターシャの手の上に小さな水の塊が浮かんだ。
「おう。瞬きせずによーく見とけ」
シーラは水に手をかざすと、瞬時に小さな氷矢になった。速い!そしてシーラが手をサッと振ると、氷矢は目にも止まらぬ速さで、壁に突き刺さった。
「わーーぉっ!壁に突き刺さった!」
シーラがしーーっと指を唇に当てる。
「壁に傷なんかつけたら、看守に懲罰受けるからな」
突き刺さった氷矢を、ふんっと抜き取る。
「み、見せて見せて!」
「あー触ると手にくっついて痛い目見るぜ」
うおおっ。それはいやだ。私の氷矢なんか、触ったらすぐ溶けるのに。すごいなぁ!
「硬さもスピードもすごいし、本当に魔獣を串刺しにできそう!水をもっとたくさん作れる人を探して、協力してもらったら?」
シーラは目を閉じて首を振る。
「昨日看守が言ってたろ。助け合いは禁止だよ。それに私が魔獣を殺しまくったら、ムショ的に損なんだろーなぁ」
「シーラは実力があるのに、そんな風に制限されるなんて間違ってるよ!」
私が憤慨すると、シーラは冷めた顔して壁にもたれかかった。
「いや、実力なんかねぇよ。落ちこぼれなのは確かだ。氷魔法に特化しすぎなんだよ。魔力量も少ねぇし。実際、あたしにゃ鍛錬が必要だと思うよ」
「でもあんなすごい氷矢が使えるなら、外でハンターになって、魔獣狩りして稼げるんじゃないの?」
シーラは乾いた笑いをもらす。
「ははっ。とんでもねぇ。ここの鍛錬の魔獣は、最弱クラスだぜ?外の魔獣はアイツらとは比べもんにならないバケモンだらけよ。あたしなんか瞬殺だね」
えええっ!そんな恐ろしいの!?知らなかった…今まで街の中でのうのうと生きてたなぁ…
「ひええ…ハンターって…大変なんだね…」
「そーだぜ。でもあたし、ここに来て半年でけっこう成長したから、いつか出所したら、ハンターになりたいなーって夢見てんだ」
外で魔獣を狩りまくるシーラ…似合うー!
「シーラなら絶対できるよ!いつ頃出所できるか、わかるの?」
シーラは手の平を上に向けて肩をすくめる。
「ぜーんぜん。そーいえばマイア、知らなかったっけ?ここは低級クラスで、上に中級、上級があんだよ。低級クラスで鍛錬して成長したら、次は中級に上がって鍛錬、また成長したら上級に上がって鍛錬、そんでようやく出所」
「え……………ええええええ!?」
な、なにそれええ!?全然知らなかったんですけど。
「じゃ、じゃあシーラはここに半年いるけど、まだこの先に、中級と上級が待ち構えてるの!?」
「そーなんだよ。あたしは成長が遅いみたいで、半年ここにいるのは長い方だよ。早く上に行きたいぜ、まったく」
「ひええええ!シーラほどの強者が!それじゃ、私なんか、何年かかるのぉぉ!?は、果てしない………!!!」
テレサが私の肩に手を置く。
「案ずるな。成長の速さを決める要因は謎。マイアはもっと速く成長する可能性もある」
う…ん…慰めてくれるのは嬉しいけど…。私は本当に落ちこぼれだからなぁ…。成長できる気がしない…とほほ…。
「私なんか…魔力暴走しないようになんとかしなきゃだし…皆に助けてもらってばっかだし…出所どころか中級に行ける気すらしないよ…」
「中級の魔獣ってのがまた段違いで強いらしいからなぁ、私も行きたいけど心配だよ」
ひいいいいいっ。行きたくない!
「誰かに水出してもらって、氷矢で楽に戦闘したいのはやまやまなんだけどさ。そのうち中級に行くと思うとなぁ。中級の奴らと連携できなかったら、ヤバイじゃん?やっぱ一人で戦えるようになんねぇとダメなんだよ。将来ハンターになりたいなら、なおさら」
むむむ。助け合うと成長が遅れる上、後々自分が困るのか。うあー、そういうことか。
「助け合っちゃいけないとか、一人で戦わなきゃいけないとか、いやな世の中だなぁ…」
◇◇◇◇◇
さてと。6回目の鍛錬のお時間ですよ。
はあ…体が重くてダルい…。
なんか、昨日近くにいた二人の囚人が、微妙な顔して私をチラチラうかがってる。居心地が悪い…。
「あ、あのさ…昨日私、薬のせいでちょっと不安定だったんだよね。あ、もちろん医者に出されたちゃんとした薬だよ!それに、もう治ったから、気にしないで」
「そ、そうなんだ…あの…お大事にね…」
気まずそうに目を逸らされちゃった…。
「 Mi11948!」
突然、鍛錬コーチに呼ばれた!ヒイィィッッ!何!?
私は慌ててコーチの前に行く。眼帯の鬼コーチ!
「お前、昨日の戦い方はなんだ!両手を大火傷しおって!昨日と言わず、毎度毎度、火傷ばかり!たるみすぎだぞ!!」
ぶん殴られた。魔獣の突進より強いんじゃないか。
「しかしクルール先生からお前に耐火の魔法を取得させるようにとのお達しだ。先生に感謝しろ。指導してやる」
クルールのクスリのせいでアホみたいに大火傷したのに…クルールに感謝しなきゃいけないんですかね…。
「お前のようなバカには、言ってもわからん。実践あるのみだ」
コーチは私の手を取って、腕に手をかざした。ん?魔力を感じる…。
「これが耐火の魔法だ。しばらく肌に留まるから、肌で感じ取り、分析し、自分で再現できるよう、練習しろ!」
ほおおおお!
「ありがとうございます!あ、あの、ついでに手の平にも…」
「馬鹿者!頼るな!それより、手の平を覆ったら、火魔法を出すのに苦労するだろうが!自分でできるようになればうまく扱えるようになる」
また殴られた!たしかに!!
ブザーが鳴る。
「全員、戦闘準備!」
さあ気を取り直してがんばらなきゃ。
実は、今日、なんとなんと、凝縮に成功したのだ!触らずに!!
いやー昨日、ラリッて凝縮しまくって大火傷したけど、そのおかげで、感覚をバッチリ掴めたんだよね。棚ぼた!
右手で火の玉を作って、凝縮するように強く念じる。ピンポン玉サイズに凝縮して、小さくても激しく燃える炎になった。色も少し明るくなって、眩しい。
魔獣たちが出てきて、まだ遠くにいるけど、炎玉を投げてみる。炎の勢いがいいからか、届いた!これは嬉しいなぁ。
左右交互に炎玉を作って投げつける。時間は若干余計にかかるけど、まるでノーダメージな攻撃を無意味に続けるより、気分がいいよね。
問題は、私の炎玉で魔獣がイライラして、私にばっか攻撃してくるようになることなんだよね。うーん、一匹に長々と攻撃しないで、移動しながらあちこちの魔獣に攻撃しようかな?
魔獣の先頭集団が到達して、だんだん混戦になる。私はとりあえずいつものように数人で魔獣を囲んで攻撃する。回避に気を使うと凝縮は難しくなるけど、無理じゃない。そのうち慣れるだろうから、がんばろ。
何発か攻撃したら、場所を変える。そんなことを何度か繰り返した。かなりうまくいっていて、かすり傷程度しか負っていなかった。
…そんな時、奴は現れた。
奴を見た時、一瞬周りがしんと静まり返ったような錯覚に陥った。周りがスローモーションのように見えて。奴と私だけが、ここにいる。
甲羅のところどころに、焦げた跡。奴が振り向くと、目が合った。気持ち悪い魔獣のはずなのに、なぜか愛嬌がある。
「……トゲタロー?」
『…変な名前で呼ぶなっつってんだろーが』
………………はあ?
魔獣が喋っている。私はまだラリッてるんだろうか?
あやふやだった昨日の記憶が蘇ってくる。
「…昨日は…草原で…トゲタローと追いかけっこしたんだっけ?」
『誰がそんなことするかよ!!ぶっ飛びすぎだろ!!変な妄想してんじゃねぇ!!』
あ、あれは夢か。え…じゃあこれは現実?いや、幻覚だよね…?昨日は私、ラリッて、魔獣と話してるつもりだったんだ。それで近くにいた二人は、私が相当ヤバイ奴に見えてたんだな…。う…いたたまれない…。
「私まだラリッてるみたい…。まさかまたトゲタローと話すことになるとは…」
『やっぱ昨日はラリッてたのかよ。ほんっと魔女ってのはしょーもねーなぁ』
「いや、ヘンなヤクじゃないから!心の治療のための薬を医者にもらったんだから!結局うまくいかなくてやめることになったし」
『何オメー、心の治療て!ケケケッ!マジで落ちこぼれだなぁ?』
「う、うるさいな!トゲタローこそ、私なんかの攻撃食らって、焦げ跡残ってるじゃん」
『あー、これ?わざと少し残しといたんだよ』
「うそつけ!」
『ケッケッケ。嘘じゃないんだな、これが。オメーにオレの実力見せてやろうと思ってな。よーく見とけよ…〈キュア〉!!』
甲羅がキラキラッと光って、焦げ跡が急にキレイになって、ピッカピカのツルッツルになった!
「うぉぉぉえ!?何、今の!?」
『オレの新スキル、治癒能力〈キュア〉だ!』
「うへぇぇぇ!?新スキル!?治癒!?何それ、ズルくない!?」
『カッカッカ!すげぇだろぉ!なんか昨日から力があり余っちまってさぁ。わりぃな、落ちこぼれのお前には嫌味だったかぁ?』
「く、くそぅ…わ、私だって、今日はパワーアップしてんだからね!見ろ!凝縮!」
『ほーう?やっと火傷しないで、できるようになったのか。昨日オレが特訓してやったおかげじゃねーか』
「トゲタローのくせに偉そうに!!私が特訓してやったんだよ!!」
『その名前で呼ぶなっつってんだろが!まあいい、じゃあどっちが強いか、この場で決着着けようぜ!!』
「望むところだ!」
こうして私とトゲタローの勝負が始まった…。
いや私、何やってるんだろう…?
また周りの人に変な目で見られてるよ…。
そして魔獣と勝負って…魔獣の方が強いに決まってんじゃん…。囚人を殺さないように制御されてるから、私は殺されないで済んでるんだよ…。トゲタローも、たいがいバカだな…。いや、トゲタローの言動なんて、ラリッてる私の幻覚ですけどね…。
え?勝負の行方?そんなの、私のボロ負けに決まってるじゃん…。
『カカカカカッ!お前もまだまだだな!出直して来い!明日も待ってるぜぇ!!』
なんかそんな熱い漢の背中が見えた…ような気がした…。
第12話お読みいただきありがとうございます!ついに念願の(?)トゲタローの登場です!いや私はこのトゲタローが大のお気に入りなのです♡これからもたびたび出てきます。見た目は大きな黒いテントウムシみたいな感じかな?モンスターをあまり描いたことがないので描ける気がしないですwwwそんなに気持ち悪くない、愛嬌のあるやつだと思っていただければ幸いです(*^^*)




