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0.便利屋



「うぅ、寒いですね…」

雪が積もる道を私エマリアは馬車で進んでいた。

吐く息が白く眼鏡も曇ってしまう。

寒さに凍えながら依頼の為、目的の場所に向かう。

「大丈夫ですかお嬢」

「この時期、ここら辺は冷え込むからねぇ。寒さに耐性のあるボクやリィーちゃんは平気だけどねぇ〜エマリアお嬢にはちと厳しいかなぁ?」

「あ、いえ、確かに寒いですが我慢出来ないほどではありません。先行しているブライ達も待っている事ですし先を急ぎましょう」

「はいなぁ〜」

気の抜ける声で返事をしながら馬車を動かす赤い派手なスーツに緑の外套のとんがり耳の男性はエルフ族のムルシュ。

そしてもう1人。

「リィー?えっと、な、なにしてるの?」

「はいお嬢の白きまるで天使のような御手が寒さで赤くなっていましたので失礼ながら私の息で暖めています」

先程からかじかんで赤みがかった私の手に息を吹きかける立派な1本角の女性。

有角人族のリィーである。

「そ、そうですか。え、と…ありがとう?」

「はい。お嬢は私が暖めます」

リィーがとても真面目そうな顔でそう言うと御者席の方からヒヒヒとムルシュの笑い声が聞こえた。

こんな感じだけれどとても頼りになる仲間なんです本当に。





「つぅ〜きましたぁ〜氷柱の森でぇすよ」

氷柱の森と呼ばれる文字通り氷柱が生えた木々がそびえる森。

今回の依頼の目的地はこの森の中なのだ。

「ありがとうムルシュ。リィーも、あの…もう手はいいですから」

「はい…分かりました」

リィーは私の手を暖める作業を止めた。

森に入ると低い木の枝に黄色い布が目印として付けられていた。

この目印をした人物のことは予想がつく。

これは彼のトレードマークなのだ。

「おう来たかお嬢」

目印の方へ進むと強面の熊型獣人族のブライが私たちの到着を待っていた。

「ブライ目印ありがとうございます」

「おう」

私は先程の目印代わりの黄色い布、というかバンダナを彼に渡す。

彼はすぐに受けったバンダナを器用に頭に巻く。

「しかし、俺らは良いとしてもお嬢アンタ寒かねぇかい」

「い、いえこの、くら…い……はう…くちゅん!」

「これ持っとけ」

それだけ言うとブライは赤色の石を私に渡してきた。

「なんですコレ?」

赤い石を眺めているとムルシュが横からひょいと現れる。

「エマリアお嬢〜!それファイアクリスタルじゃぁ〜ん!中々のレアもんだよぉ」

「ここに来る途中で行商から買った。少し魔力を込めてみろカイロにちょうどいい」

「わぁ、ホントですね。とても暖かいです。ありがとうブライ」

「あぁ」

大きな手で頭をポリポリと掻く姿は少し照れたように見えた。

「ところでダダンとヤン、ユンは?」

「ダダンとヤンは先に持ち場についている。ユンは…」

「エマの後ろにいるのー!」

元気な声で私の背後から飛び出してきたのは手の平サイズの少女。

黄緑色の髪にアホ毛がチャームポイントの妖精ユン。

「ユン!また隠れてたんですね」

「えへへーゴメンゴメンなの。あ、ヤンからダダンは準備オッケーていう連絡が来たの!」

「そうですか。あとはこちらの準備だけですね。ブライ現状の報告を」

「おう、この下に賊共の砦がある。賊の数はだいたい50前後ってところだな。奴ら今は酒盛りしてるとこだ。ちなみにここにいた見張り番締め上げておいた」

ブライが指さす方を見ると見張り番だったらしき男二人が木に吊るされていた。

私達の足元には緩やかな斜面があり30メートルほど下に山賊達の砦がある。

「救出対象は何処に?」

「ついさっき砦の地下に連れていかれた」

「わかりました。ユン、ヤンに連絡をお願いします。ダダンに砦の中央に砲撃。第二射で入口を破壊して敵の逃げ場なくすよう伝えてください。それと、くれぐれも地下に被害が出ないよう威力抑えめで」

「分かったの〜。むむむむむ〜」

ユンのアホ毛がピンと立ちアンテナのようになる。

「つーしんかんりょーなのー!」

「ダダンの砲撃の後に上から突入します!」

「「「了解!」」」

「お嬢は私に掴まっていてください」

「リィー、ありがとう。お願いしますね」

リィーの肩に手を回し、その時待つ。

30秒程すると私達がいる場所から1キロ程離れた高所から山賊の砦に向かって光が放たれた。

ドォンという音とともに砦の中央が爆発した。

下では山賊達が急な爆発によるパニックで慌てふためく叫び声が聞こえる。

そうこうしているうちに第二射が発射され手筈通りひとつしかない出入口が破壊され瓦礫によって山賊達は砦から出られなくなっていた。

「行きます!」

私達は一斉に崖を駆け下りる。

「な、なんだテメェら!?」

「さっきの爆発も貴様らの仕業かァ!?」

山賊達は急に上から現れた私達に戸惑いながらも武器を手にしてこちらに向かってきた。


『ふあぁ、あー良く寝た。お、もう始まってる?そろそろ()()()の出番じゃないか?』

目の前で自分達を殺そうとしている山賊の大群がいるというのに何処か楽しそうで間の抜けた声が私の中から聞こえる。

『ええ、そうですよ作戦覚えてますか?』

『えーーーっと。敵をぶっ飛ばしてお馬鹿お嬢様助ける?』

『まぁだいたい合ってますので合格という事にしてあげます』

私は眼鏡を外す。

そして。


「さぁ紅い扉は開かれた。ここから先はあたしの時間だぜ!」





「なんなんだよ。こりゃあ…」

山賊の頭目が力無く呟いた。

もはや何もかもがめちゃくちゃでどうしてこうなったのか理解が追いついていない。

突然の爆発。

出入口は塞がれ、見張りがいたはずの高台から攻め入ってきた数人の亜人に部下が次々となぎ倒されている。

そして何よりも彼を困惑させ、恐怖させたのは亜人達のリーダーであろう少女だった。

上から降りてきた時には黒い髪の大きな丸眼鏡をしたこの場には場違いすぎる雰囲気を纏ったいかにも大人しそうな少女だったが戦闘が始まり、少女が眼鏡をとった途端、黒髪は一瞬白く輝き紅く染まり、その表情は先程までの大人しそうな少女の顔ではなかった。

少女は恐ろしい程に強く瞬く間に素手で屈強な男達をなぎ倒していった。

少女だけでは無い。

熊の獣人は特大剣を片手で振り回し有角人の女は目にも止まらぬスピードで斬撃を繰り出しエルフは様々な魔法で持って彼の部下達を捩じ伏せていった。

「なんだコイツら!?化け物だああああ!!」

部下が泣き叫んでいる。

本来ならすぐにひねり潰せてしまえるような少女を前にして残忍を極めたであろう山賊達が恐怖していた。

「あ、あ、あ、うわあああああああああああああああ!!」

気付いた時には頭目である彼も泣き叫びながら逃げ惑っていた。

前も見ずに走っていると何かにぶつかり男は倒れる。

「は?」

見上げると3mはあるであろう人の形をした岩の塊が目の前に立っていた。

「ダー……」

それは彼を見下ろす。

岩のような皮膚から覗く黄色い眼が彼を捉えている。

「な、なんだよ今度は!なんなんだよぉぉぉ!」

ゆっくりと口であろう部分が開く。

「ダダン・ゴォォォォォォォォォォォォォッ!」

「ひぃやあああああああああああああああ!!」

鼓膜が破れるのでは無いかというくらいの怪物の大声に男はただただ泣き喚き叫ぶしかなかった。





「はぁー」

正直期待外れもいいところだ。

依頼を受けた時に凶悪無慈悲な山賊っていう話だったがまるで駄目だ。

奇襲を始めた時は勇ましく向かってきたが20人ほどなぎ倒した時点で総崩れして全員して逃げ出しやがった。

しかもその後、ダダンが合流した事で山賊共の絶望は最高潮となり完全に戦意を失っていった。

岩石人間(ゴーレム・マン)ダダン・ゴォ。

かなりの巨体で全身が硬い岩でできた突然変異の種族だ。

言葉は上手く話せず「ダ・ダ・ン・ゴ・ォ」しか喋れない少し変わった奴だが左腕を砲塔に変形させて魔力砲を撃つことが出来るからうちのスナイパーとして活躍している。

ダダンを見て何人かは腰が抜けたのかその場に頭を伏せてプルプル震える始末。

「あれー今リアっぽい?」

「お、ヤンか。そうだぜ今はあたしだぜ」

ユンの双子の兄で妖精のヤンがあたしの肩に乗ってきた。

「リア今回もめちゃくちゃ活躍したっぽい?」

「おー、あたしが1番多く倒したぜ。ヤンも通信役ご苦労だったな」

「褒められたっぽい!ヤン嬉しいっぽいー!」

相変わらず双子妖精は喋りが独特だな。

しかし、こんな程度だったらあたし等じゃなくても十分だっただろう。

メガネからバトンタッチされ出てきてみたら起き抜けの運動にもなりゃしない。

「お嬢の気迫だけで何人かぶっ倒れたから予想よりも遥かに楽だったな」

「ええ、流石はお嬢です」

「ダダッ!」

「カッカッカッ褒めてもなんも出ねーぞ」

あたしが機嫌良く笑っていると山賊の1人があたしを見ていた。

「んあ?なんだアンタ?」

「なんだはこっちだぜ。なんなんだよォ…お前はなんなんだよぉぉ……俺らが何したってんだよ」

山賊のうちの一人がまるで化け物でも見るかのような目をしながらあたしに力無く問いかけてくる。

さっきあたしが陰で顔を涙でぐちゃぐちゃにして震えながら子供のようにうずくまっていたのを引きずってきた男だった。

なんとコイツが山賊の頭目だった男はらしい。

「なんだって言われてもな…あたし等は単なる便利屋で依頼されたからお前等と喧嘩しただけだぜ?」

「便利屋?喧嘩?依頼だと?」

「そ、お前等が連れ去ったご令嬢を助けに来ただけ。攫った相手が悪かったな。まぁついでに中々の額かけられてるお前等とっ捕まえて賞金も貰う算段だ」

「便利屋……便利屋?亜人だらけの便利屋!?お前らもしかして!?」

男は何かに気づいたようで、カタカタと震えながらあたし達を見回した。

「大剣の熊獣人。馬鹿みたいに派手なエルフ、有角人の女剣士。岩石男、まるで人が変わるガキ……お前等あの便利屋ストレンジ・サーカスか!?」

「御明答。んじゃ、あたし等が誰かわかったところで、そろそろうっさいから寝てな」

男の額にデコピンを喰らわすとゴンっという音が鳴り男は動かなくなった。

自分でもいい音がしたと思う。

中々いいのキマッたな。

「おいお嬢殺ってねぇよな?殺るより生け捕りの方がいいって話しただろ?」

「クマちゃんよぉ心配しなくても手加減したっつぅーの!生きてるよ!」

少しイラッとしたからブライの肩を強めに叩く。

「グオッ!?」

「こんぐらいの威力でやったから大丈夫だろ?カッカッカッ!」





砦の制圧を終えた私達は救出対象が囚われているという地下牢に向かっていた。

ちなみにこれから救出する人物は私達もよく知っている人物。

かなり困った人で、あの子も『あたしアイツ苦手だから会いたくない』という理由で引っ込んでしまった。

正直、私も苦手な人なので勘弁して欲しいというのが本音です。

いや、別に悪い人ではない。

なんというかとても特殊な趣味の人なのです。

色々考えているうちに地下牢に辿り着いた。

奥から例の彼女の声が聞こえてきて私は小さくため息をついた。

「あぁ!哀れにも山賊に捕まってしまった私!先程から上で何か起きているようだけれど、きっとこの後、飢えた山賊に欲望のままに穢されてしまうのだわ!あぁ!けれど私は最後まで屈しない!必ず私を助けてくださる方が来るのを信じて待ち続けます!この身は穢れてしまっても私の心までは穢せないのよ!さぁ!来なさい!山賊の皆様!私を!穢してみせなさい!さぁ!さぁ!」

「そんな展開にはなりませんよ。マルティナ様」

牢の中で拘束されながらよく分からないあれやこれやを叫んでいるこの女性が私達の救出対象マルティナ・スワン様。

名門スワン家の一人娘にして攫われフェチという謎の性癖を拗らせたとても困ったお人なのです。

「あら、ストレンジ・サーカスの皆さん。そしてその幼くも強く美しいリーダーのエマリアさん。またもや助けに来ていただけたのですね。はぁ…」

「助けに来たのに、ため息をつかないでくださいよ」

「だって今度こそ飢えた雄達にあんな事や〜こんな事を〜されてしまうのではとドキドキしてましたのに。いつも後一歩のところで貴女方が助けに来てくださるんですもの」

「だったら態々私達が来たタイミングで攫われないでください。前々から思っていますが狙ってやってるでしょう?それをわかってか私達がティスニアに訪れた時点でスワン卿から依頼が入りましたしね」

「まったくお父様ったら」

「私達的にはお金もらえていいですけどスワン卿が毎回貴女の趣味のせいで結構な額を私達に支払っているという事は理解した方がよろしいですよ?」

攫われフェチとだけあってこの人は結構な回数攫われに行っている。

金持ち令嬢が1人で夜遊びしているなどという情報を山賊や盗賊等の自分を攫ってくれそうな悪党達に敢えて流し、自ら攫われているので本当に勘弁してほしい。

「いやぁ〜ド変態ですよねマルティナちゃんって!」

「おい。いくらホントの事でも言ってやるな。こんなんでも俺らの大事なパトロンなんだ」

「余計な事言ってないで、皆さん撤収しますよ」





「今回もご苦労だったねエマリア嬢」

「いえ、できれば連れ去られる前に保護したかったんですが申し訳ありません」

マルティナ様を保護し私達は辺境の街ティスニアを統治するスワン邸に訪れた。

ちゃんと食べているのか心配になる程細身で横に伸びた口髭が特徴のいかにも優しそうな男性から今回の報酬を頂く。

彼はマルティナ様の父ルクソン・スワン辺境伯、今回の依頼主だ。

「あの娘は妻に似て少し過激なところがあるから毎度世話を焼いてもらって申し訳ない。私も最近は胃が痛くて痛くて、また痩せてしまいました」

「心中お察しします」

この人これ以上痩せたら死んでしまうのでは?

「では、どうぞ今後ともご贔屓に。くれぐれもお身体にはお気をつけください」





「では、皆さん本日もお疲れ様です。いつもの如くスワン卿の奢りですので心の中のスワン卿に感謝してあげてください。あとついでに健康を祈ってあげてください。乾杯」

「「「乾杯」」」

マルティナ様救出料金でティスニアにある酒屋でお疲れ会をしていた。

これももう恒例であり、ティスニアに来てマルティナ様を救出する度に催されている。

最初は純粋にお嬢様助けられた頑張りましたねっていう感じだったんですけどね。

『おーい。エマ子、あたしにも食わせてくれ〜』

『はいはい、わかってますよリアさん。少し待っててください』

遅くなってしまいましたが既にお察しの通り私達エマリアはひとつの身体に2人の心を持っています。

眼鏡つけている私がエマ。

そして眼鏡を取った紅い髪のもう1人がリアさんと言います。

私達は所謂転生者であり、色々あってこの身体をシェアしています。

便利屋の運営や作戦立案、回復や支援は私エマが、戦闘や荒事はリアさんが担当しています。

どちらかが身体を独占する事はせずにお互いが出るべきであるタイミングで表に出るという決まりになっています。

『なー、まだかよー』

『あー、わかりました今変わりますよ』

こんな感じですが今の私達はとても上手くいっているんです。

この世界に来た時は大変だったし、この便利屋稼業だって昔はこんなに安定していなかったのです。


全てはあの日、私と彼女が電車に轢かれるところから始まったのです。


覚えてるのは、光、衝撃、それから彼女と目が合ったこと。


読んでくれた方ありがとうございます。

ずっと書きたいなと思っていたものを形にしたいと思い始めました。

これからも頑張って続けていきたいと思います。

誤字があったらごめんなさい。

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