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第一話 ドラグナー養成科の新入生

「やれやれ、この敷地を歩くことももうないと思っていたんだがな」


 薄桃色の花吹雪が舞う下で、多くの人間が行き交う並木道。その真ん中で葛城朔夜(かつらぎさくや)は呟いた。柔らかな日差しの降り注ぐ春の陽気には似合わぬ浮かない顔だ。

 隣にいる少女も退屈げに空を眺めている。


「まったくだ。しかもドラグナー養成科などと。我にまで登校義務ができてしまったではないか。ああ、戻りたいものだ……あの頃のスローライフに」

「その出不精さは少し直したらどうだ? フィーテ」


 フィーテ、と呼ばれた少女はそんな窘めを無視するかのように欠伸をした。

 小柄な背丈に、身に着けているフリル付きの黒いワンピースも相まってまるで西洋人形のような印象だ。彼女の姿はほぼ人間と変わらないが、明らかに人とは違う部位が二つ存在していた。

 それは魚のヒレの様な形をした耳。そして腰から伸びる、鱗に覆われた黒い尻尾だ。


 周囲の雑踏の中にも、フィーテと同じ特徴を備えた者達がちらほらと見受けられるが、そのことについて誰も気に留める様子はない。

 彼女らは、「竜」と呼ばれる種族。人間とは異なる、もう一つの知的生命体である。

 そしてここは人間と竜が共存する人工海上都市、江殿(こうどの)市だ。


 朔夜達が今いるのはその江殿市の学園区。二人は今日開催される入学式に参加するためにやってきたのだった。

 周りの学生達はそれぞれ緊張した顔、期待に胸を躍らせる顔、十人十色の表情を見せている。


「ところで、朔夜。新しい校舎にはまだ着かんのか? 我もう歩くの飽きたのだが」

「高等部のエリアは初めてなんだ。頼むからその煩わしい口を閉じてくれ」


 朔夜はため息を吐きながら、この広大な学園区の地図を携帯端末で調べる。

 島の四分の一の面積を占めるこの学園区では、保育園から高等部までの教育を一挙に行っている。特に高等部からは化学科、工業科などと学科が細分化し、校舎の数も尋常じゃない。その為、最初の方はこうして地図でも見ないと辿り着けないのだ。


 朔夜は中等部までをこの学園区で過ごし、卒業してからはすぐに働くつもりだった。しかし、諸事情によって今日から高等部のドラグナー養成科に進学することになったのだった。

 ドラグナーとは、ここ江殿市特有にして一大産業のスポーツである『ドラグーン』の選手の名称だ。


 契約を結んだ人と竜によるタッグバトル、それがドラグーンである。数多の企業がスポンサーとして背後についている他、試合を見る為に海外から訪れる観光客も大勢おり、江殿市の経済の一角を担っていると言っても過言ではない。

 しかしながら、朔夜はドラグーンをやろうなどとは一度も考えたことは無かった。


「まったく。あの女、一体何を考えているのやら……」


 天を仰いでぼやく。青空はそんな愁いを帯びた言葉ですら浄化してくれそうなぐらい澄み切っていた。






「ようこそ、江殿学園高等部ドラグナー養成科へ。まずは学科長の私、桃園明(とうえんあきら)が君達を歓迎しよう」


 若く穏やかそうな男性が壇上に立って演説をしている。

 入学式は学園内にある闘技場で行われた。円形のフィールドを囲むように並んでいる客席の更にその上にステージがあり、桃園と名乗った男性はそこで弁舌を振るっている。


「あれで学科長か……若いな」


 朔夜はぼそりと呟いた。彼の外見年齢は多く見積もっても三十代前半ぐらいだ。もしかしたら実年齢はもっと上かもしれない。とも考えたが今はそれを確かめる術はない。


「それでは、我らが誇る竜星会のメンバーを紹介しよう!」


 桃園は背後に並んでいる十人の男女を自分の前に出させる。

 ドラグナー養成科では試合の成績によりランキングが設定されている。竜星会とはそのランキングの中でも1位から10位の精鋭で構成された、生徒会を兼ねる組織。以前目を通した資料でそう紹介されていた。


 彼らは代わる代わるマイクの前に立ち、それぞれ新入生へ向けて挨拶をしている。

 実力者はチェックしておけ、とのお達しなので一応顔と名前は憶えておくことにした。


「くくく、なんだかんだでそなたも真面目な奴よのう」


 隣でフィーテがクスクス笑う。

 それから程なくして式は閉会し、一年生はそれぞれ割り振られたクラスへと移動する。

 朔夜はA組だった。そのクラス表を見て、思わずほくそ笑む。


「ふふっ、Aか。A。最初にして最上の文字。俺に相応しいな」

「相変わらず珍妙な拘りだな……。ほら、さっさと入るぞ。後がつかえている」


 フィーテに手を引かれるように、朔夜は教室に入った。流石に出席番号まで一番とはいかなかったが、それは名字の都合上仕方のない事だった。

 席についてから教室を見回すと、人は何人もいるが竜はあまりいなかった。


「まあ、一年なら当然か」


 入学してくる人間全員が既に竜と契約している訳ではないようだ。これから皆、それぞれのパートナーを見つけていくのだろう。

 しばらく席に座って待っていると、教室の戸を勢いよく開けてスーツ姿の男性が入ってきた。

 男性は大股で黒板の前まで歩き、よく響く声で挨拶する。


「やあ! 俺は和田心丞。この1年A組の担任を受け持つことになった! よろしくな!」


 頭はスポーツ刈りでガタイも良く、いかにも体育教師といった風貌の彼は、黒板にでかでかと自分の名前をチョークで書いた。


「これはまた強烈なのがきたな……。なあ、朔夜? どうせお前は美人な女教師を期待していたんだろう。残念だったな」


 隣にいるフィーテがにやにやしながら耳元で呟くが、朔夜は当然無視した。

 それよりも気になるのが竜の契約者だ。このクラスにはフィーテの他にもう一人、竜がいる。赤い長髪の穏やかそうな女性だった。その傍らには契約者らしき少年もいる。


 それから自己紹介のパートに移り、いよいよ朔夜の番になった。

 席から立とうとする朔夜をフィーテが一旦引き留める。


「いいか? 普通の自己紹介をするんだぞ。いたって普通の、ベリーベリーオーソドックスなやつだ。もう名前と誕生日だけでもいいからな」


 その耳打ちを朔夜が理解したかどうかは分からなかった。彼は今度こそ立ち上がると、教室全体に行き渡らせるように声を発した。


「葛城朔夜。近い内にこの学園で最強の存在となる男だ」


 しーん、と冷たい空気が教室を包み込んだ。

 フィーテは「やっちまったよこいつ」といった風に頭を抱え込んでいる。もはや他人のふりでもしたい気分だった。


 周囲からは「なんだよあいつ」「本気?」「やべえ~」などとクスクス笑う声も聞こえる。

 心丞だけは興味深そうにしていた。


「ふむ、なるほど。いい志を持っているようだな! じゃあ、契約竜の君も名前を教えてくれるか?」

「えっ、あっ……フィーテ、だ。よろしく……」


 顔を真っ赤にしながらそう短く言い、そそくさと席に座る。そのまま次の生徒の自己紹介が始まると、フィーテは憤怒の表情で、しかし目立たないように小声で朔夜をまくし立てた。


「我の! 話を! 聞いていなかったのか!? だいたいなんだ最強の存在になるって!? そなたはドラグナーになるつもりなどないのだろう!?」

「無論だ。ただ淡々と事実を述べただけだ。俺は、この学園の誰よりも強い」


 何を言っても暖簾に腕押しだった。確かにこの自信は彼の確かな実力に裏打ちされたものではあるが、もう少し謙遜というものを知って欲しい。恥を掻くのは他でもないフィーテなのだから。


「む、次だ。あいつがあの女の竜の契約者だな」


 朔夜の視線の先には、順番が回ってきて自己紹介を始めようとする生徒の姿があった。

短髪でやや小柄な体格。快活な雰囲気のある少年だった。


炬原勇人(かがりばらゆうと)だ! 誕生日は9月の13、趣味は筋トレとランニング! 将来の目標は一流のドラグナーになることだ!」

「勇人。自己紹介ではもっと礼儀正しくした方がいいと思いますよ?」

「ちょっ、レヴァ! こんな時まで口出してくるなよ!」


 レヴァと呼ばれた彼の契約竜とのやり取りに、一同に笑いが起こった。

 彼女は咳払いを一つすると、改めて名乗る。


「火竜のレヴァです。普段は学園区の中華料理店で働いています。どうか勇人と仲良くしてあげてください。よろしくお願いします」 


 美人でスタイルも良く、それに加えて聖母の様の柔らかな笑顔を見せる彼女に、多くの人の目が釘付けになっていた。

 炬原勇人とレヴァ。現状の観察対象はこの二人に絞られた。

 朔夜は周りにバレないよう、彼らの名前をメモした。


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