夜会に向けて
「おはよう、エリューシア様。今日は海を越えた異国の紅茶だよ。」
「おはようございます、フィエン様。不思議な香りですが、今日も美味しいですね。」
ベッドの上で紅茶を楽しむ彼女に向けて、僕は早速切り出した。
「今日は何か予定がありますか?」
「今日はお休みですので、フィエン様と一緒におりますわ。」
特に予定がなくてよかった。今日は大忙しだ。
「それはよかったです。朝食後に姉上を呼んでいます。ランチの後は僕の家が懇意にしている宝石商が来ますので、夜会のアクセサリーを選びましょうね。好きな色などを教えていただけたら嬉しいですが、エリューシア様なら何色でも似合ってしまいますね。」
指折り数えて今日の予定を伝える。
「えぇ!?わたくしドレスなんて…。」
「大丈夫ですよ、僕こういうの得意なんです。ではダイニングで待っていますので、支度をよろしくお願いしますね。」
最後の言葉はエリューシア様付きの侍女に向けた言葉だ。
僕は笑顔のまま退室する。
僕の生家であるガザニア伯爵家は、領地で取れる宝石を装飾品に、綿や絹を生産しドレスとして商品にすることを生業としている。一の姉さまはデザイナーとしていまも店で腕を振るっているし、二の姉さまは宝石の仕入れ・鑑定に強い。三の姉さまは腕利きの針子としてオーダーメイドドレスの監修をしている。
昨日スチュアートに姉さまたちと宝石商を呼んでほしいとお願いしていたから、今日は誰かしら姉さまが来るだろう。
姉さまたちの背を見て育った僕はドレスや宝飾品の類で着飾るのが大好きだ。
着飾るというのは難しいことで、ごてごてと盛り付ければよいということではない。
バランスをとりつつ、その人が一番魅力的に見えるよう飾り付ける審美眼には自信があるつもりだ。
エリューシア様はとても美しい人だ。
軍服ももちろん素敵ではあるが、ドレスを着る機会があるなら遠慮はいらないだろう。
あの美しい人に美しいドレスや装飾品を贈るのが楽しみで仕方ない。
ダイニングで待っていると、エリューシア様が下りてきた。
今日は休日のため動きやすそうな装飾の少ない白いワンピースだ。
ほんの少し不安げな表情で僕を見ている。
「大丈夫ですよ。」
「でも……。いえ、お待たせしましたわ、朝食にいたしましょう。」
朝食後にサロンでお茶を飲んでいると、スチュアートから来客が告げられた。
「旦那様、奥様、お客様がお見えでございます。」
「ありがとう、通してもらえるかい。」
エントランスからにぎやかな声が聞こえてきた。
「お邪魔いたしますわ。」
「結婚式以来ですわね!」
「お元気になさっていらして?」
フィアナ姉上、フォアシーナ姉上、フィフォニア姉上3人そろってきてくれたようだ。
「お義姉さま方、どうもお久しぶりでございます。」
「姉上方、急に呼び出して申し訳ございません。」
僕たちも立ち上がって出迎える。
「フィエンちゃんいつでも連絡してきていいけど、さすがに前日の連絡はダメよぉ~?」
「ごめんなさい、姉上。どうしてもエリューシア様にドレスとアクセサリーを贈りたくて。」
僕の言葉に色めき立つ。
ガザニアの女たちはドレスと宝石とお化粧で魔法を使うのだ。
「まぁ素敵!じゃあまず採寸ねぇ!私がやるからフィアナ姉様はフィエンちゃんとデザインの素案をお願い。メイドさんたちお嬢様のお部屋はどちらかしらぁ?」
「お……お義姉さま……!」
フォアシーナ姉上は飛び上がるように喜ぶと、エリューシア様とメイド数人を連れて行った。おそらく私室で採寸だろう。
「お昼から宝石商を呼んでるから、それまでに色とデザインを決めたいんです。」
「わたくしを誰だとおもっているの?王都のカリスマよ?義妹のためにもまかせなさい。」
「私は宝石選びの方を手伝いましょうね。」
フィアナ姉上、フィフォニア姉上も協力してくれるようだ。
僕にも痛いほどわかる。
あんなに美しい人がほとんど着飾ることがないなんて人類の損失だ。
「じゃあ、デザインだけど……」
◇❖◇
心配していたが、エリューシア様は採寸を終えてフォアシーナ姉上と戻ってくる頃には笑みを浮かべるようになっていて安心した。
ランチはもちろん姉上たちと一緒に。
エリューシア様は兄弟がいないため、「こんなににぎやかなのは父と母が王都にいた時以来です」と笑っていた。
押しの強い姉上たちなのは心得ていたが、喜んでくれてよかった。
食事が終わった後、フィアナ姉上がエリューシア様にいくつかのデザイン画を見せた。
「こっちは白から紫色にグラデーションするよう染めた絹を使った、すっきりしたデザインでエリューシア様によく似合うと思います。こちらは明るい黄色でドレープが美しいでしょう。こっちは紺色でシックに、でも背中が大きめに開いていてきれいだと思いますよ。」
「わたくし軍部に入ってからはドレスなどはあまり......フィエン様が決めてくださらない?」
「僕の好みでいいんですか?」
「あなたの好みでないと困りますわ。」
すっかり困った様子のエリューシア様は僕に助けを求めるように見上げてきた。
僕はエリューシア様の手の中にあるデザイン画をともに眺める。
「では、この紫色のグラデーションのドレスにしましょう。エリューシア様の金色の髪が映えて美しいと思いますよ。」
「本当に?」
「もちろん。」
ドレスは決まった。
その時、ちょうどよく宝石商もやってきた。次はアクセサリーだ。
「わたしの出番ね」
フィフォニア姉上もやる気だ。
「ネックレスとイヤリング、あと髪飾りね。我が家の領地では良質のアメジストが取れるからいいものがあれば揃えたいわね。エリューシア様は何かご希望がございます?」
姉上のやる気のスイッチが入ってしまったようだ。
エリューシア様も明るく受け答えしている分、任せて大丈夫だろう。
「フィエンちゃん、採寸するわよぉ。」
「え、僕もですか?」
「当り前じゃない!奥さんがオーダーメイドするんだもの、旦那さんもそろえて作るわよぉ。」
「わかりました。すこし私室に行っていますね、エリューシア様。」
「フィエンちゃんも大きくなったから新しい衣装作るの楽しみだわぁ。」
最近はプレタポルテばかりでオーダーなどしていなかったと考えながら、流されるままに姉に採寸を頼んだ。
僕用に仕立てるタキシードに、もう一つだけ『お願い』をして。
姉たちは晩餐の前に帰っていった。
曰く、自分たちの旦那様もそろそろ帰ってくるから、と。
ようやく落ち着いていつもどおりの晩餐。
少しぼうっとした様子のエリューシア様に声をかける。
「今日はすみませんでした。姉上たちがにぎやかだったでしょう。」
「いいえ!そんなことおっしゃらないで、わたくしとても楽しかったの。」
慌てたように首を振るエリューシア様。
「普段は夜会にも軍服で行きますでしょう?ドレスを作ったり装飾品を選ぶことがこんなに大変だなんて思わなくて。こんなに大変なんですもの、お義姉さまの仰っていたことも本当かもしれませんね。」
軍人という立場故か、夜会の準備は驚きの連続だったのだろう。
「姉上がなにか?」
「あなたと同じことをおっしゃったのよ。女の子はドレスと宝石とお化粧で魔法が使えるって。」
「本当ですよ。」
「わたしにも使えるかしら。」
「もちろんです。」
笑顔で大げさに頷いて見せる。彼女はころころと鈴のように笑った。
ドレスと宝石とお化粧の魔法は身に纏わなくても使えるのだと、彼女の喜ぶ顔を見て、僕は知った。




