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結婚式と新婚生活

お見合いから3か月後のこと。


僕は今、人生で一番混乱しているかもしれない。

白いタキシードは汚してしまいそうでうっかり動けないし、お茶を飲むこともできない。


「まさかフィエンがあのアルストロメリア侯爵令嬢を射止めるなんてねぇ。このタキシード新商品だから、あとで使用感のレポートお願いできるかしら?」


親族の控室では、ずいぶん前に商家へお嫁に行った一の姉さま――フィアナ姉上が楽しそうに僕のタイを直している。

相変わらず仕事が趣味の人だ。


実らぬ見合いのつもりだったけれど、その後なぜかとんとん拍子で話が進んだ。

今日は、結婚式だ。


「しっかりしなさいよ、あなたはいつもぼんやりしているのだから。」


丸まった僕の背をたたいたのは二の姉さま――フィフォニア姉上。


「フィエンちゃんがお婿いくなんてさみしくなるわぁ。」


僕の様子をニコニコ眺めているのは三の姉さま――フォアシーナ姉上。

なかば姉上たちのおもちゃにされながら、あれよあれよと準備を進めていた。


急過ぎる展開に不安げな僕を見かねてか、フィアナ姉上がキッと眉を吊り上げた。


「いいこと?あなたは昔からかわいいし厄介な奴の目につきやすいのは重々承知しています。」


姉さまたちが目くばせし合う。


「「「婿入り先でいじめられたら姉さまたちに言うのよ!」」」

「エリューシア嬢はそんなひとじゃないよ……。」

「あら?奥様だけじゃなくってよ?例えば舅さまや姑さま、いままで屋敷に仕えていたメイドなんかにいじめられる話なんかがあるわねぇ。」

「そんな怖いこといわないでよ……。」


赤薔薇の園でのお茶会から何度かエリューシア嬢に会う機会があった。

彼女は行き遅れで軍人であるから、と大変丁重に僕を扱ってくれていた。


僕は彼女に惹かれていった。まるで噂とは違うその姿に。

だから、何度考えても今の状況が夢のようだと感じるのだ。


「ほら、そろそろ時間よ。」

「花嫁さん迎えてあげなくっちゃ。」

「頑張ってね、フィエンちゃん。」


そう笑う姉たちに聖堂へ送り出される。

心臓が爆発しそうだ。

あの美しい人がこれから僕の隣へやってくるという。


神父様の前に着き、花嫁の入場を待つ。


扉の開く音に振り返る。

アルストロメリア侯爵のエスコートで真白な軍服を纏い、凛々しい顔で僕を見つめるエリューシア嬢が入場してくる。


その姿に僕は内心ほっとした。

彼女の存在は現実だった。

エリューシア・テム・アルストロメリアは軍人であり、アルストロメリア侯爵令嬢であり、これから僕の妻になる人なのだ。


アルストロメリア侯爵からエリューシア嬢を引き受ける。

二人そろって神父の前に歩み出て、ほんの少しだけアイコンタクトをした。

彼女のアメジストの目は輝いていて、幸せそうだった。

僕はそれが嬉しかった。


「あなたは今、愛の神ニオベの導きによって、フィエン・スサ・ガザニアを夫とし夫婦になろうとしています。汝はその愛を愛の神ニオベに、その剣を戦いの神テセウスに誓いますか?」

「誓います。」


凛とした声が聖堂に響く。


「あなたは今、愛の神ニオベの導きによって、エリューシア・テム・アルストロメリアを妻とし夫婦になろうとしています。汝はその愛を愛の神ニオベと汝の妻に誓いますか?」

「誓います。」


声は震えなかっただろうか。


「では、婚姻証明書に署名を」


彼女が先に書き、次に僕が署名する。

この婚姻証明書を神殿に奉納することによって、僕たちの結婚は成立する。


「では、誓いの口づけを」


僕より少しだけ低い肩をそっと掴む、彼女は穏やかな表情で目を閉じた。

長いまつげが彼女の頬に影を作る。


この日僕――フィエン・スサ・ガザニアと彼女――エリューシア・テム・アルストロメリアは、すべての儀式を終えて夫婦となった。


◇❖◇


新婚生活は、思いのほか穏やかに過ぎていった。


「エリューシア様、入りますよ。」

「どうぞ、起きておりますわ。」


声色から察するに、今日はずいぶんとご機嫌のようだ。

毎朝一杯の紅茶を彼女の寝室に届けるところから一日が始まる。

少しでも安らかな日々を過ごしてほしいと思ってこの習慣を続けている。


軍人である彼女の朝は早いが、この習慣を始めてから彼女も僕が起こしに来るのをベットの中で待っていてくれている。

今日は空も晴れ渡り、窓から入る朝日が彼女の白い寝間着を照らしている。

僕は少し照れてしまい、カップに視線を落とした。

受け入れられているようで、胸が温かくなる。


「おはよう、エリューシア様。今日はセントーレアの花を入れた紅茶だよ。」

「フィエン様、おはようございます。いい香りですね。」


彼女が紅茶に口をつけて、ほぅと一息ついた。

お気に召したようだ。これからストックすることにしよう。


「今日の予定を聞いても?」

「軍部で会議がありますの。晩餐までには帰宅いたしますわ。」

「わかりました。朝食に良いベーコンが入ったようですよ。」

「まぁ、楽しみです。」

「では、ダイニングでお待ちしていますね。」

「着替えてすぐ参りますわ。」


朝と夜の短い会話が、僕たちの夫婦生活だ。

エリューシア様は軍部の所属のため、生活が不規則だ。

夕刻に帰宅できるときもあれば、宵を越えて朝方の帰宅になるときもある。


結婚式に参加してくださったアルストロメリア侯爵は現在領地にいらっしゃるようで、彼女が言った通り、屋敷を守る主人がいない状況だ。


僕はここで女主人ならぬ、男主人として屋敷の切り盛りを始めたばかりだ。

彼女は起こした。ダイニングへやってくるまでにはまだ時間があるだろう。

白いテーブルクロスのかかったテーブルを見て、ふと思いつく。


「花でも飾ろうかな……。」


幸い庭園には近い。

思い立ってすぐにアストロメリア侯爵家の家令――スチュアートに声をかける。


「スチュアート、花瓶を用意しておいてくれないか。」

「かしこまりました。」


マーガレットが見ごろだったはずだ。

エリューシア様にも見せて差し上げたい。


かわいいピンク色のマーガレットを摘んでダイニングへ戻るとスチュアートが黄色の花瓶を用意してくれていた。

可憐な佇まいがマーガレットの素朴さによく合う。


白いテーブルクロスにも映えて、僕は満足してうなずいた。


「お待たせしました。」


侍女を2名引き連れて、緑の軍服を纏ったエリューシア様がダイニングへやってきた。


「いえいえ、朝食をいただきましょう。」

「まぁ!マーガレットを用意してくださったのね。とてもかわいい。」


エリューシア様の美しい顔がほころぶ。

今日のフラワーサービスはお気に召したようだ。


彼女は素朴な花を愛おしそうに眺める。

だが、遠くのものを見つめるような瞳には、ほんの少しの寂しさがあるように感じた。


「エリューシア様?」

「……いえ、なんでも。」


朝食が運ばれてきてエリューシア様の顔が切り替わる。

それからは彼女の話を聞きながら朝食に舌鼓を打った。


「それでは行って参りますわ、遅くなるようであれば連絡いたします。」

「わかりました。お気をつけてエリューシア様。」


王宮へ向かう馬車を見送り、僕は屋敷に戻る。

掃除、洗濯はもうメイドたちがやってくれているかもしれないな。

今日は庭の手入れでもしようかな……。


◇❖◇


その日のエリューシア様は予定通り夕刻には帰宅した。

晩餐にはまだ早い時間のため、僕たちは久しぶりに庭園でお茶をすることにした。


「だいぶ仕事が落ち着いてきましたのよ。結婚してからわたくしあまり早く帰ってこれなかったでしょう?部下たちも気を使ってくれたのです。明日から2日ほどおやすみをいただいておりますし、早く帰ってこれたんですの。」

「それは部下の方にお礼を申し上げなければいけませんね。」


ころころと鈴のように笑う彼女は楽しそうだ。


「あと、もう一つお願いがありますの。」


少し顔を曇らせて取り出したのは一通の封筒だった。


「僕にですか?」

「正確にはわたくしたちに、ですわ。」


受け取って裏を見ると薔薇と剣の紋章。

王家からの手紙だ。


後ろで控えていたスチュアートが物音ひとつ立てずにペーパーナイフを差し出した。


「夜会の、招待状ですか?」

「はい。」


招待状には二週間後に夜会が行われる旨と、僕たち夫婦の名前が書かれている。


「夜会のエスコートをさせていただくのは初めてですね。」

「よろしいんですの?」


彼女は少し驚いたように顔を上げた。


「わたくし……かわいくありませんから夜会に行っても……」


いつも意思を秘めたアメジストの瞳が、マーガレットを見つめていた時のようにうろ、と逃げた。


「エリューシア様、これは姉の受け売りなのですが、女の子はドレスと宝石とお化粧で魔法が使えるんですよ。」

「魔法…?」


僕は彼女の手をそっと握った。

彼女は目をパチパチと瞬く。


「明日から2日おやすみと言っていましたし、夜会の準備をしましょうね。」

「でも…。」

「大丈夫です、あなたの隣には必ず僕がいますよ。」


そろそろ晩餐の時間だと、彼女の肩を抱いて屋敷に戻る。

準備をしてくるという彼女の後ろ姿を見送って、僕はスチュアートに2つほどお願いをした。


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