ご挨拶
庭園についてからは挨拶の連続だった。
まずは国王陛下と王妃殿下の元に挨拶に向かい、つつがなく終わるかと思っていた。だが、王妃殿下はエリーの手を硬く握って「時間を空けるからあとで必ずご夫婦で来てちょうだい」と言い出し、エリーもその言葉に快く頷いた。国王陛下すら微笑ましげに見守っている。
エリーの行動に疑問符を浮かべる前に、僕たちの前には人垣ができていた。
庭園に降り立ったエリーは、瞬く間に貴婦人たちに囲まれていた。
「まぁ、エリューシア様、旦那様をお連れになるのは初めてですのね?」
「えぇ、我が夫のフィエンです。普段は屋敷のことをお願いしておりますのでなかなか参内する機会がありませんでしたの。」
ご婦人の眼差しと黄色い声を独占したエリーは僕を振り返ると一際、銀髪碧眼の華美で優雅な淑女に僕を紹介した。
「フィエン、こちらはネモフィラ公爵夫人のヴィオラ様ですわ。」
先頭に立ってエリーに話しかけた淑女はドレスも装飾品も最高品質。身のこなしも随分と洗練されている様子だ。おそらく、公爵家か王族に類するところか、そのあたりだろうとあたりを付ける。
社交も大事な夫の仕事だ。しくじるわけにはいかない。
僕は殊更きれいな笑みを貼り付けて、その淑女に対し優雅に一礼をする。
動きに合わせて、繊細なグラスコードがしゃら、と音を立てた。
「お初にお目にかかります、フィエン・スサ・アルストロメリアと申します。」
「まぁ、姫将軍を射止めたのは素敵な方なのね。国内のどんな貴公子にも靡かなかったのに。」
「もちろんです。フィエンはわたくしの理想の伴侶でございますわ、ヴィオラ様。」
「相変わらずなのね、エリューシア様。」
ネモフィラ公爵夫人は愉快そうに笑うと、その顔を扇子で隠し、踵を返していった。
すると、関が開いたように人が雪崩れてきた。
ジョーカー様にもコールマン様にも大人しくしていると約束しているから、僕はエリーの傍らで微笑を浮かべ、紹介されたらご挨拶申し上げる形に落ち着いた。
何度も何度も挨拶を繰り返す僕は、笑みを浮かべたままの顔が今にも引きつりそうだ。
ネモフィラ公爵夫人が挨拶のきっかけを作ってくれたおかげで、周りの人々も一目『姫将軍の夫』を見ようと足を運んでくれている様子だ。
ただし、人数が多すぎて人の顔と名前が一致するだろうか。
兄さまはどうして覚えきれないほどの人に会った時の対処法を教えておいてくれなかったんだ。
一通りの挨拶が終わり、僕たちはそっと人の輪を抜け出した。
ため息を飲み込んだ僕に気付いたエリーは小さな声でささやく。
「お疲れでしょうか?親軍派の貴族たちはこのあたりで大丈夫だと思いますので、中立派と平和派の貴族にも挨拶に参ろうかと思うのですが……。」
「大丈夫ですよ、任せて。」




