帰還の儀
宮殿の大広間には多くの貴族が招かれていた。
式典に招かれた人々は、ささやかな声で噂話に夢中になっている。
その多くはやはり、今回の遠征にかかわる南の情勢についてのようだ。
「婿殿は、帰還の儀への参加は初めてですかな?」
「えぇ、お義父上。フィエンで結構ですよ。」
アルストロメリア侯爵家に準備された席は王族からも近く、式典の様子がよく見える。
僕が周りを見渡している姿を見て、解説をしてくれているのだろう。
「では……、フィエンと。手っ取り早く言えば、国を挙げての出迎えだ。我が家は見ての通り軍人貴族なのでな、慣れてもらえれば娘も喜ぶだろう。」
「なるほど。」
お義父上が恥ずかしがる様子は、少しエリーに似ているかもしれない。
口元を隠すしぐさを見て、僕は彼女を思い出した。
お義父上は、そのまま言葉を続ける。
「儀式は半刻ほどで終わって、あとは慰労会を兼ねたガーデンパーティとなる。帰還の儀が終わるまではフィエンの傍を離れるなとエリューシアにきつく言われているのでな、私と行動してもらえると助かる。」
「もちろんです。ここでひとりにされたらあっという間に迷子になってしまいます。」
その時、波が引くようにざわめきが静まった。
大広間に響くのは、一糸乱れぬ軍靴の音。続いて、見覚えのある緑色の軍服を纏った人々が行進してくる。
「エリューシアは第5特師団を率いる将軍職についているから、もう少し後だろう。」
お義父上は慣れているようで、落ち着かない僕をなだめながら行進を見守っている。
軍人たちが入室を終えると、一瞬沈黙が落ちた。
「国王陛下、ご入場!」
伝令の声が響くと全ての人々が跪き、玉座に向かって頭を垂れた。
磨き上げられた石の床を、国王陛下がゆったりとした足取りで歩んでいる気配を感じる。
「皆の者、楽にせよ。」
落ち着いた声が大広間に降ってきた。
貴族たちは最敬礼を解き、体を緩める。
僕もお義父上に倣い、椅子へと腰を落ち着けた。
「此度の遠征、誠にご苦労であった。」
兵士たちは僕たちと違い、起立したまま国王陛下のお言葉を賜っていた。
そのゆったりとしたお言葉にも、緊張を解く事はない。
この中に、凛々しい顔をしたエリーもいるのだろう。
◇❖◇
お義父上の言う通り、半刻ほどで儀式は終わった。
国王陛下が退場なさってから、儀式の参加者たちは中庭へと繰り出していった。
ガーデンパーティーにはエリーも参加すると言っていたから、このあたりで合流できるだろうか。
「来たようだ。」
お義父上の声の方向へ目を向けると、人々の向こうからエリーが顔をのぞかせた。
「エリー!お疲れさまでした。」
「フィエン、慣れない儀式でお疲れではないですか?」
「僕は大丈夫ですよ。」
真っ直ぐ向かってきたエリーは、僕を心配して顔を曇らせた。
儀式についてはあまりよくわかっていないが、僕は座っていただけだ。
彼女が心配するようなことはない。
僕たちのやり取りが終わると、お義父上も声をかける。
「では、婿殿はお返しするよ、エリューシア。」
「はい、お父様。ありがとうございました。」
お義父上を前に、背筋を伸ばし胸に手を当てて敬礼するエリー。
ドレスのように華美ではないが、金色の髪を後ろに流し、緑色の軍服に緋色のマントを纏ったエリーは輝くように美しかった。
僕が軍服のエリーを見るのは、見送りや出迎えなどしかないせいか、出先で見ると不思議な感じだ。
「お義父上と中庭へ向かうところだったのですが、エリーももう行けそうですか?」
「はい、部下たちとこれから向かうところですわ。」
よく見ると、エリーの後ろには同じ軍服の男女が控えていた。
しっかり顔を見て挨拶をする機会が早速来てしまった。
「私は先に向かっているよ、エリューシア。フィエンとゆっくり来なさい。」
「あら、お父様。承知いたしました。」
僕とエリーが並んだのを見て、お義父上は一足先に中庭へ向かうようだ。
エリーがお義父上に護衛を頼んでいるというのは冗談ではなかったらしい。
「さて、あなたたちに紹介するのは初めてでしたわね、こちらがわたくしの夫です。」
「お初にお目にかかります、フィエン・スサ・アルストロメリアと申します。」
エリーは僕を指し示して紹介した。
灰色の長い髪を後ろで結んだ背の高い男性と、小麦色の髪を肩で切りそろえた女性の二人組は、僕に対して驚いたように目を見開いた。
「第5特師団の副官を担当しているグレン・ジョーカーと申します。」
「同じく、第5特師団の副官を担当しているアレッサ・コールマンです。」
胸に手を当て敬礼を返す彼らに対し、僕は如何するべきかわからず、曖昧に笑うことしかできない。
エリーは僕の困った顔を見て、口を開いた。
「わたくしの補佐を任せている二人です。身辺警護などもあるのでほとんど共に行動していますの。中庭までの移動も一緒にと思いまして。」
「そうなんですねぇ。」
素直に感心してしまった。
本当に、僕には縁遠い世界だ。
「さて、参りましょうか。」
「えぇ、エリー。お手をどうぞ。」
エスコートの手を差し出すと、エリーもまた嬉しそうに手を乗せる。
控えていた副官たちは、また目を見開いている。
何か驚かせてしまっただろうか。中庭までの道すがら、エリーに聞いてみよう。




