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第九話

 劇団船へと帰還した黒蛇とヴァイオレット。

 先程聞こえた叫び声は何だと、たまたまそこにいた護衛団員、マルコへと尋ねる。


「あぁ、例の娘が目を覚ましたそうで……今食堂でご飯食べてるみたいです」

「そうか……別に団員が襲われたわけじゃ無いんだな?」

「僕もビックリしましたよ……ぁ、護衛の件、どうなりました?」

「とりあえず了解は得た。あぁ、それとマルコ……お前には頼みたい事があるんだ。夜になったら顔貸してくれ」

「……はい?」


 そのまま黒蛇は食堂へと。ヴァイオレットは団長、ヴァレスの元へ護衛の応援は確保出来たと報告へ。


 黒蛇は食堂へと向かう途中、何処か足取りが重くなっていた。

 どうしてもあの少女と、魔女と化した少女が重なってしまう。

 

 黒蛇は心の中で言い聞かせる。これはただの偶然、あの少女は死んだのだと。


「どうかしてる……一体何を期待しているんだ、俺は……いや、期待なのか?」


 もしかしたらあの少女が生きていて、また自分の目の前に現れた。

 しかしそれは幻想だ。少女の遺体は確認したし、何よりあれは今より三年前の出来事。

 たとえ仮にあの少女が生きていたとしても、あの年頃の娘が三年経ってそのままの姿で現れる筈が無い。


 そして黒蛇は食堂の扉を押し開いた。そこには……


「んぐっ?!」

「お、やっと喉に詰まったか。ほら、水」

「やっと言えるわ。落ち着いて食べなさい」


 どこかほのぼのとした空気。そして凄惨なまでにライスが散らばった食堂の一角。

 少女は水をガブ飲みしつつ、再び料理に手を付けていた。文字通り。


「……調子は良さそうだな」


 黒蛇は少女へと近づきつつ、リエナとコックへ軽く手を上げ挨拶。

 少女は黒蛇を二度見しつつ、一旦口の中の物を飲み込む。


「ぁ、私を助けてくれた……お、お名前を伺ってもよろしいでしょうか!」


 少女は黒蛇へとそう訪ねてきた。

 黒蛇は多少、虚を突かれたように呆然とする。あんな死にかけだったのに、今は元気な年相応の少女に見える。


「あぁ……俺はクロだ。君の名前は?」

「私は……リサです」

「リサか。まあ元気そうで良かった」


 黒蛇はリサを見れば見る程、あの少女の事を思い出してしまう。声も似ているかもしれない。微かな挙動も、その目の輝きさえも。


「……メラニスタに捕まる前は……何処に住んでいたんだ?」


 つい、そんな質問をしてしまう。

 リサは首を傾げつつ、黒蛇の質問に数秒思案する。


「それは……良く思い出せなくて……。地下に入れられる前の事は……」

「そうか。嫌な事を聞いたな。ゆっくり食事を摂ってくれ」


 そのまま席を立つ黒蛇。

 あまりにあっさりしている黒蛇の態度に、リエナは不満げな顔を。


 そんなリエナへと、黒蛇は手招きしつつ食堂の外に出るように促した。





 ※





「ちょっと、何なのよ」


 黒蛇はリエナと共に食堂の外の廊下へと。

 そこから薄く扉を開け、中の少女を観察しながら黒蛇はリエナへと


「あんたには言っておいた方がいいと思ってな。今後、あの子の世話をするのはどうせあんただろ」

「何その言い方……。今後ってどういう事? あの子、劇団に入るの?」

「それは団長と魔女様次第だが……。それでこれはあまり他言してほしくないんだが、あの子は魔女、またはそれに近しい存在になってる。確かな事は国に帰らないと分からないが」

「なんですって……」


 リエナは薄く開かれた扉から少女の様子を伺う。

 元気に素手で食事を楽しむ少女。魔女と化したなど信じられない、そもそもこの世界の住人が何をどうしようが魔女になれる筈もない。


「そんなの……信じれないわ」

「俺もだ。ただの勘違いならそれでいい。だが注意してくれ、もし彼女の周りで妙な現象が起きるようなら……自分の身を守る事を優先しろ。極力護衛から離れるな」


 普段リエナの護衛を受け持っているのはマルコ。

 まだ若く、護衛として心もとない部分もある。だがリエナは元軍人やバリバリの武闘派を護衛に就かせる事を嫌っていた。


「分かったわ。話はそれだけ?」

「あぁ、それともう一つ……護衛から離れるなと言っといて何だが、今夜マルコを貸してくれ。護衛の応援を頼む条件に……ちょっとアイツを店に連れて来いと言われて……」

「ちょっとっ! 店ってまさか……マルコに何するつもり?!」

「何って……ただ大人の階段を上らせてやろうかと……」

「絶対ダメ! そんなの許せるわけないでしょ! マルコは私よりも年下なのよ! 一応成人はしてるけど……まだ十八歳で……」

「十八なら十分だ。変な女に捕まる前に教育するのも必要だろ」

「変な女?! もしかして私の事言ってるの?!」

「なんでそうなる!」


 いつのまにか大声で言い争いを始める二人。

 そんな二人を案じてか、食堂からリサとコックが顔を覗かせてくる。


「どうしたんですか?」

「痴話げんかか?」


 リエナは二人へ愛想笑いしつつ「何でもないのよ」と流そうとする。

 黒蛇はそのスキに逃亡を図る。だが目の前にラスアが現れ、行く手を遮られた。


「クロ、少し話があります。顔を貸して頂けますか?」

「あ、あぁ、はい」


 何処かラスアは殺気だっていた。

 黒蛇はそんなラスアに気押され、いつも団長と相談事をしている物置へと。

 当然ながらここでラスアと二人きりになるなど初めての事。


 黒蛇は思わず緊張してしまう。年上女性と二人きりだからではない。ラスアは元々軍の人間。黒蛇にとっては上官のような存在を普段から醸し出していた。団員達はそれを姉御肌と言うが。


「相談とはリエナの事です。あの少女が魔女と化したというのは本当なのですか?」

「……立ち聞きとは趣味がいいとは言えませんね。魔女になったかどうかは……まだ不確定で……」

「嘘が下手ですね。貴方の態度を見れば分かる。もう確信しているのでしょ? 彼女は魔女だと」


 黒蛇の背筋に汗が。

 ただでさえ苦手な部類の人間。その上、元とはいえ軍の人間。

 そしてなにより団長ヴァレスが最も信頼する役者の一人。下手な嘘は逆効果にしかならない。


「……その事はあまり他言しないよう願います。貴方なら分かる筈だ、新たな魔女の存在がどれだけ混乱を生み出すか……」

「そうですね。ミシマ連邦、並びにニア東国の魔女は放っておかないでしょう。そして一旦劇団船に乗せたのです。我が国の魔女も、先方の二方に介入されたとなれば黙ってはいない。下手をすれば三国……いえ、世界を巻き込んだ戦乱を巻き起こす可能性さえある」


 黒蛇はラスアの目が普段と違っている事に気が付いた。

 今は軍人の目だ。役者として、劇団船の団員としてではない。ラスアは軍人としてそこに立っている。


「仰る通りです。リサ……彼女を軽率に助け出した事は謝罪します。彼女は我々にとって脅威にしかならない」

「その事を責めるつもりはありません。貴方が行かねばリエナが行っていたでしょう。しかしあの子は軍人でも無ければ、ましてや暗殺者でもない。彼女は役者なのです。何故あの子に……魔女の事など話したのですか?」


 黒蛇は先程から背汗が止まらない。回答を間違えば鉄拳が飛んでくる気がしてならない。

 しかし実際そんな事をラスアがするわけが無い。だが黒蛇は目の前の華奢な女性が、百戦錬磨の(つわもの)に見えてならない。


「リエナは彼女に感情移入するでしょう。そして魔女の存在を隠すなら……劇団船が最良です。ならば彼女はこの船で役者として雇う事になるかもしれない。そうなればいつかは魔女であることが露見する。その前に……」

「また嘘ですか。黒蛇、あのリサという少女と貴方の間に……何があるのですか?」


 まるで心の中を覗き込まれているようだった。

 黒蛇は思わず目を伏せてしまう。もはや白状したも同然。

 観念したかのように、黒蛇は己の心の内にある刺について打ち明ける。


「……リャナンシーの大虐殺、覚えていますか」

「忘れるわけはありません。確か貴方はあの作戦に……」

「ええ、俺もリャナンシーに赴いていました。そこで俺は一人の少女と出会いました。ナギという名の少女です。彼女は俺の目の前で殺されました。その少女と……リサは瓜二つなのです」


 ラスアの瞳に一筋の光が走る。

 黒蛇が軍を抜けた理由、それは母国の魔女の我儘。

 ラスアは今ここで、その“我儘”の理由を知った。母国の魔女は黒蛇を守ったのだ。


「俺は……ナギと特別親しくなったわけじゃない、でも彼女の顔が何故か頭から離れない。目の前で死んだ人間なんて……星の数程いるのに、何故か彼女だけ……」

「黒蛇……いいえ、クロ、貴方もちゃんと……人間なのですね」

「……はい?」

「私はその答えを知っています。何故貴方がナギという少女の顔を忘れる事が出来ないのか。しかし今それを私が語った所で、貴方は納得しないでしょう。そしてそれは軍人としての寿命です。私は手足を失う前、貴方と同じ状況に陥りました。貴方は軍を抜けて正解だったのですね」


 黒蛇は片手で頭を抱える。一体何なのだ、何が言いたいのだと。

 

「……謎かけは嫌いです」

「ええ、私もです。しかし貴方がリサという少女に拘る理由が分かりました。嫌な過去を詮索してごめんなさい。そういう事なら……私も全面的に協力しましょう。クロも立派なこの船の仲間なのですから」


 黒蛇はよく分からない、と首を振る。

 何故いきなり手の平を返した、最初はリエナを巻き込むなと凄い剣幕で迫ってきていたのに。


 ラスアの態度は一変していた。黒蛇も上官としてではなく、姉としての雰囲気を感じる程に。


「一体、どういう心境の変化ですか。リエナを、この船の団員を危険に晒すかもしれない。その状況は変わらない」

「それは今までも同じだったでしょう? 多少、船内の空気は変わるでしょう。しかし問題はありません。私は貴方の事を気に入ってしまいましたから」

「……意味が分からない……。年上で独身の女は好みじゃない」

「あら、それは残念ね。私は貴方の事が知れて嬉しいわ。差支え無ければ……本名も教えてくれないかしら」


 黒蛇の本名。それは母国の魔女、軍の一部、そして団長しか知らない。

 何故なら魔女が信頼する相手にのみ、本名を明かせと言われていたからだ。外向きの名前はクロ。コードネームは黒蛇。そして本名は……


「……聞きたいなら信頼を勝ち取ってくれ。俺は貴方の事は……苦手だがな」

 

 そのまま物置から立ち去る黒蛇。ラスアは黒蛇の後ろ姿を優しい笑みで見送りながら、いつかの自分と重ね合わせていた。軍を抜けて劇団へ入り、いまいち馴染めなかった頃の自分と。


「……また、可愛い弟が出来て嬉しいわ」


 




 ※






 ミシマ連邦、アクゾーン社。

 主に軍で使用する兵器を取り扱っており、世界でも類を見ない程の技術をもつ企業。

 ミシマ連邦のお抱えとして籍を置いているが、その実メラニスタへ兵器類を横流ししていた。


 今その一室で一人の男が、とある映像を目にしていた。

 あの劇団船を襲ったエレメンツが見た物が、そのまま男の居る一室の壁に投影されている。


 その映像の中には黒蛇の姿も。


「成程。この男が噂に聞く黒蛇ですか。そして彼が使用したのが心血武装だと?」

『あぁ』


 男はソファーに足を組みながら座っており、その部屋の隅にマネキンのような、人形のような金髪の女性が佇んでいた。

 男は黒蛇に注目する。そして鼻で笑いながら


「エレメンツである貴方が居る前で何ですが……なんとも機械のような目をした男ですね。まるで蛇ではなく軍用犬だ」

『元々軍の人間だそうだ。この国の官僚を暗殺した時には既に抜けていたそうだが』


 そして映像に、あの少女……リサも映る。

 音声は無い。ただカメラ目線に何かを訴えかけている。そしてその訴えに答えるように、何事も無く帰還するエレメンツ。


「これはどういった現象ですか? エレメンツが彼女に従ったという事ですか? それともエラーか何かで?」

『“首輪”にこれといった不良は見られない。この直後にオズマと対敵し破壊されたが、そこでは命令通り動いている。私はこれと似た現象を二千年前に目撃している』


 男は興味深い、と映像から視線を逸らし女性を見た。

 そのマネキンのような女性は、かすかに笑っている気がした。表情など変わらない筈なのに。


『あの魔女と同じだ。二千年前、七人の魔女によって葬られた、八人目の魔女と』

「……成程。二千年の時を経て、彼女が復活したという事ですか」


 男は愉快そうに立ち上がり、そのまま女性の前へと。

 そして壁に手をつき、顔を近づけおもむろに唇を奪う。


「貴方方の悲願達成というわけですか。しかし出来れば今後も我が社と良い関係を築いていきたいのですが」

『まだ分からない。詳しくあの娘を調べてみない事には』


 その言葉に男は両手を上げ、早まってしまったと愉快そうに笑う。

 そのまま再び映像に目を向ける。そこにはエレメンツへ鬼のような表情を向けるオズマの姿。


「では、彼に働いて貰いましょう。劇団は今ニア東国に入ったと報告がありました。少々骨が折れるでしょうが……彼と彼の部下達なら問題ないでしょう。なんなら私が直接出向いてもいい」

『……自信家だな。いつか足をすくわれるぞ』


 男はひたすら笑う。喜の表情しか持っていないと言わんばかりに。


「えぇ、私はそれを楽しみにしているのです」






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