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第七話

 路地裏へと入った黒蛇は、尾行してくる人間を一旦、いとも簡単に撒いた。

 そして家屋の屋根へと上った黒蛇は、追跡者の姿を確認する。

 

 一見すると忍者のような姿。頭には猫耳のような物を付けている。小柄な少年のようだ。


「やはり新人か。あまり教育がなってないな、ミコト」

「げ……っ、気づかれてたにゃ」

 

 屋根の上へと昇った黒蛇、その背後から女性の声が。

 そちらへと目を向けると、あの少年と同じく猫耳を付けた女性が。しかし忍者風では無く、普通の町娘のような着物を着ていた。


「久しぶりだな。元気にしてたか?」

「まあまあにゃ。というか、何しに来たんだにゃ。クロ。もしかして店に遊びに……」


 クロというのは、黒蛇の偽名。

 黒蛇だと名乗るわけにも行かないし、そうそう気の利いた名前も思いつかなかった為、かなり安易な偽名だが。


「いや、お前等に船の護衛を頼みにきたんだ」

「はぁ? にゃんで? 護衛なら……」

「事情があるんだ。報酬はそっちの言い値でいい。そうだな……二十人ほど貸してくれ」

「やだ」


 黒蛇の要請を一刀両断にする女性、ミコト。

 腕を組みつつ、黒蛇をジっと睨みつけている。


「……? どうした、饅頭みたいな顔して。そんな顔しなくても可愛いぞ」

「うるさいにゃ! いつもいつも……気まぐれに姿見せたと思ったらまた消えて……! 私との婚礼はいつ行うにゃ!」

「いや、俺はそんな事一言も……」

「あー! これだから身勝手な男は嫌いだにゃ! でもクロは好きにゃ……で、でも嫌いだにゃ!」


 シャーっと牙をむき出しにするミコト。

 黒蛇はポリポリ頭を掻きつつ、溜息を吐きながら


「悪かった。分かった、今日は一緒に寝てやる、それでいいだろ」

「良いわけ無いにゃ! どんだけ無神経ならそんな発言できるにゃ?!」

「じゃあどうすればいい。俺はお前が必要なんだ。断られると……困る」


 黒蛇は弱気な表情を。それを見たミコトは胸を抑えながら倒れ込んでしまう。


「にゃ、にゃんて卑怯な男にゃ……お前が必要とか言われたら……うぅぅぅぅ」

「結婚以外なら何でもしてやる。欲しいのは何だ、金か? それともマタタビか?」

「人をにゃんだと思ってるにゃ! 私は猫っぽいけど、本物の猫じゃないにゃ!」

「分かった分かった。で? どうすれば俺の望みを叶えてくれるんだ?」


 ミコトはヨロヨロと立ち上がりつつ、ギラっと鋭い目つきを。


「も、もういいにゃ! 護衛でも何でも貸してやるから、さっさと用事すませて失せるにゃ!」

「助かる。じゃあ人選はそっちに任せる。護衛は仕事のない時だけでいい」

「……了解にゃ。あぁ、それならクロ、ウチの店にお前の所の若いの寄こすにゃ。勿論客としてにゃ」

「若いの? そんなに客居ないのか?」

「そんなワケにゃいにゃ! うちの店はいつでも繁盛してるにゃ! そうじゃなくて……さっきの子を教育したいんだにゃ。遊女として」


 黒蛇は耳を疑う。先程追ってきたのは少年だと思っていたからだ。

 自分が男と女を間違えるとは……とショックを受けてしまう。


「ど、どうしたんだにゃ?」

「別に……この鎌もその子のか?」


 黒蛇は先程の鎌をミコトへと手渡す。

 ミコトはその鎌を受け取りつつ


「そうだにゃ。荒事ばかり上手くなって……アッチは全然にゃ」

「お前もだろ」

「わ、私はいいにゃ! 店主にゃ! で? 若いのいるにゃ?」

「居るには居るが……なんでわざわざ? 客の中にも若いの居るだろ。そいつに当てればいい」

「こっちにも事情があるにゃ。クロの所の団員にゃら……」

「分かった。今夜連れてくる」


 黒蛇は少々、その事情とやらが気になるが渋々承諾。

 今は護衛を得る事が出来ただけでも御の字だろう。ミコトの人選ならば何も案ずる事は無い。


「それはそうとにゃ……さっきからウロウロしてる、あの女何にゃ? 赤髪の……」

「……ぁ」

 

 黒蛇はヴァイオレットの事を完全に失念していた。

 ヴァイオレットは黒蛇を探しつつ、裏通りを行ったり来たり。その装いは何処からどう見ても、この街の娘。しかし赤い髪はこの国では珍しいため、やはり目立ってしまっている。


「なかなか可愛い娘にゃ。あの子も手籠めにしてるにゃ?」

「そんなわけ無いだろ。あれはただの仕事仲間だ。じゃあ護衛の件よろしくな」

「分かったにゃ……そっちこそ若い男連れてくるにゃよ」


 黒蛇は「分かった」と屋根から飛び降りヴァイオレットの元へ。

 そこから小一時間、ヴァイオレットから説教を受ける事になるとは知りもせずに。




 ※




 ヴァイオレットは一人スルガの街を彷徨う事になるとは思わなかった。

 黒蛇とはぐれ、何かあったのではと必死に歩きにくい着物で探し回っていたのだ。


「まったく、黒蛇さんはまったく」

「悪かったって。偶然目的の相手と会えてな。ビジネスの話をしてたんだ」

「……じゃあ、もう目的は達成ですか」


 すこし残念そうなヴァイオレット。黒蛇はそんな彼女を見て


「似合ってるな。普段からそんな恰好でもいいんじゃないか?」

「にあっ?! 何言ってるんですか! こんな格好の軍人いませんよ!」

「お前、もう軍は抜けた身だろ。いい加減、役者として船に乗ってもいいんじゃないか?」

「そんなの無理ですよ、私に演技なんて……」

「元軍人が演技できなくてどうする。実際……ラスアは元々軍の人間だしな」

「え?!」


 ヴァイオレットは、意外だ、と素直に思う。ラスアは皆から姉と親しまれている。看板女優であるリエナからも。てっきりヴァイオレットは、ラスアはさぞ役者として英才教育を受けた人間だと思っていた。


「ラスアさん、軍の人間だったんですか? それにしては結構普通の体系というか……」

「アイツは地雷で片足と片手を吹き飛ばされて退役したんだ。俺がまだ軍に入って間もない頃だったか」

「そ、そうなんですか?」

「あぁ。軍に居た頃はオズマみたいな体系だった筈だ。しかしまあ、あれから随分年数経ってるしな」

 

 ヴァイオレットは歩きながら、どこまで聞いていい物か気にしながら黒蛇へと尋ねる。


「その……なんで劇団に?」

「先代の団長に誘われたんだと。リハビリがてら……どうだってな」

「先代の? 今その人は……」

「亡くなった。病気でな」


 ヴァイオレットはラスアの事を思い出していた。あまり口を利いてはいないが、外野から見ていてもラスアは役者として一流だと理解できる。もちろん素人目線からだが。

 そんなラスアが元々軍人で、しかも地雷で体の一部を吹き飛ばされ退役した。そんな状態から、どうやって今のラスアに辿り着いたのだろうと純粋に疑問に思う。元軍人同士、そして同じ女性として。


「リエナさんを育てたのも……今の団長とラスアさんなんですよね」

「そうだな。俺が入ったころはまだ……ラスアに泣かされてたな、リエナは。それに加えて団長は劇に対して妥協のない人間だからな。そうとうきつかったろうに」

「うへぇ……私だったら絶対心折れてる……」


 黒蛇とヴァイオレットは船を目視できる所まで戻ってきた。

 二人は会話しながら、船へと近づいていく。


「……ヴァイオレット、お前も軍の訓練はそれなりに耐えてきた方だろ。今更あの二人に叱咤激励されて心折れるのか?」

「まあ、まだ私はジャングルで猛獣狩って調理する方がいいかもしれません。世界が違うっていうか……」

「世界か……」


 黒蛇は、今この生活は自分の世界に合っているのか、と疑問に思う。やっている事は軍に居た頃と大して変わらない。だが環境がまるで違う。黒蛇にとって劇団船はぬるま湯だった。危険な地域に行くわけでもなし、役者として虐められているわけでもない。


 このままでは自分は錆びついてしまうのではないか。

 いっそのこと、ミシマ連邦でもニア東国でも……敵として目の前に現れてくれないだろうか。


 黒蛇は危険の中に身を置くことで安心するタイプだった。

 しかしそれは甘えかもしれない。その環境に依存しているだけの。


「そういえば……魔女様から言われたな。若い内の苦労は買ってでもしろって……」

「それ……うちの婆ちゃんも同じこと言ってました……」


 その時、劇団船の甲板あたりから、凄まじい叫び声が聞こえてきた。





 ※





 一方、メラニスタに現れたオズマは、あらかた警備兵を鎮圧してしまっていた。

 今メラニスタにいる瀆聖部隊はオズマを含めて四人。たった四人でメラニスタの警備兵、総勢三百余名を制圧してしまったのだ。

 戦場と化したメラニスタの街には、劇団船を襲った物と同型の兵器も転がっていた。鋭利な刃物で胴体部分を両断されている。


 そしてオズマは生き残ったメラニスタの兵を尋問している所だった。まさに無脚型起動戦車に搭乗していたパイロットに。


「んで? お前さん、訓練はどこで受けた。まさか適当に弄ってたら動いたってオチじゃないわな」

「く、訓練はミシマ連邦で……特別に……」

「アクゾーン社の紹介でか?」

「そうであります……」


 オズマは煙草を吹かしつつ、瓦礫の中で縛り付けたパイロットを尋問。残りの瀆聖部隊は未だ抵抗する警備兵の鎮圧に。


「……あのエレメンツは何処で手に入れた」

「いえ、それについては自分は何も……」

「本当に何も? よし、とりあえず片耳落とすか。答えが変わるかもしれん」

「ぎゃあああ! 本当に何もしらないのであります! ただ送られてきた兵器群の中に混ざっていたとしか聞いてないのであります!」


 口髭を摩りながらオズマはここまでの経緯を考察する。

 そもそも、メラニスタにアクゾーン社が装備を横流ししている、という話は聞いていたが、まさか戦車、それもエレメンツまで配備されているとは思いもしなかった。


 エレメンツはミシマ連邦でも貴重な存在。間違えて混ざってしまったなどありえない。つまりメラニスタへ意図的に“贈られた”のだ。


 そんな事が出来る人間は限られてくる。アクゾーン社の幹部レベル、もっと言えばミシマ連邦の軍とも太いパイプを持つ人物。


「まさか……あいつか」


 オズマは背筋に悪寒が走った。あの男が関わっているとなると、このままで済む筈がないと。

 

 そしてまだオズマは知らない。魔女が本当に開発されていた事を。


 その一人の少女を巡り、世界が徐々に狂っていく事を。





 


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