第六話
メラニスタを発って数時間。救出された少女は船医室で眠り続けており、黒蛇と劇団船の団長ヴァレスは、再び物置で話し込んでいた。
黒蛇はオズマと遭遇した際の経緯を説明する。最初に依頼を持ち掛けてきた婦人は、オズマの旧友が用意した人物であること。恐らく救出した少女は、婦人の姪でも何でもない、ただの赤の他人。
そしてオズマ自身は、その旧友の救出に乗り出していた。だが旧友は既に殺されており、オズマはその報復としてメラニスタの自称国王を殺害した。
「メラニスタは終わったか……ミシマ連邦に目を付けられたら……いや、むしろ今まで良く潰されなかったな。国を名乗ってたのに」
「……それなんだが、気になる事がある。メラニスタの警備兵は皆、アクゾーン社の装備を身に着けていた。最初は金に物を言わせて横流しさせた品だと思ったが……」
「なんだ、何が気になるんだ?」
「あの追ってきた兵器だ。あれはアクゾーン社で開発されてる最新鋭の物だ。それが何故メラニスタにあるんだ。サブマシンガンならまだしも、無脚型起動兵器……それもエレメンツなんてどれだけ金を積んでも買える筈が無い」
「オズマが持ってきた物じゃないのか?」
「あの状況でオズマが俺達にけし掛けるか? それなら最初から砲撃してれば済む話だ」
しかし黒蛇が一番気になるのはあの少女の事。何故エレメンツはあの少女に従うように引いていったのか。だが今それを話しあっても答えなど出る筈が無い。母国の魔女なら何か分かるかもしれないが。
「つまり黒蛇……メラニスタとアクゾーン社はそこまで深く関係してたってことか?」
「いや、アクゾーン社というより、もはやミシマ連邦その物と繋がってる可能性がある。あの企業はミシマ連邦のお抱えだ」
「だったら何でオズマは襲撃なんてしたんだ? オズマ自身、ミシマ連邦の軍人なのに」
「オズマはその事を知らなかった……。つまり奴は完全に独断であの場に来た事になるな。そういえば……オズマが言っていた。ミシマ連邦の魔女はメラニスタには関わるなと言っていたと……」
「おいおい、つまり……ミシマ連邦の魔女はメラニスタを援助してたって事か? そうなると魔女の開発も容認して……」
「もっと穿った見方をするなら、魔女の開発はミシマ連邦が持ち出した可能性もある」
ヴァレスは今更ながら、やっかいな事に足を突っ込んでしまったと頭を抱える。少女の救出自体は成功した。だが嫌な予感がする。
「次の補給は……スルガか。あの街はニア東国の領内だし、ミシマ連邦もそうそう手は出せないとは思うが……」
「ミシマ連邦とニア東国の魔女は犬猿の仲だ。繋がってるとは思えないが……急いで我らが魔女様の元に帰った方がいいかもな」
「なら最低限の補給だけ済ませて……いや、団員は先の騒ぎで疲弊しまくってるし……」
「あそこには信頼できる奴等が居る。俺が話を通して護衛を頼もう。急がば回れ……って魔女様の口癖だしな」
「わかった。じゃあ頼めるか、黒蛇」
「ああ」
そのまま物置から出ていこうとする黒蛇。
ヴァレスはその背中へと、独り言を言うように呟いた。
「心血武装……使ったらしいな。あぁ、ヴァイオレットには俺が更に口止めしておいたから……叱るなよ」
「……そうか」
黒蛇は物置から立ち去りる。ヴァレスは物置で一人煙草を咥え、火を。
その煙を見つめながら祈った。願わくば、何事もなく母国に帰れる事を。
※
数時間後、正午を回った頃、劇団船はニア東国の領内へと。
団長はニア東国へと入国許可を求めるべく、無線で国境警備隊と通信を。といっても、予め入国申請は済ましている為、身分証明さえ済ましてしまえばいい。
「こちらアルストロメリア国所属、劇団『真祖の森』です。数日滞在予定です。入国許可をお願いします」
しばらくして、国境警備隊と思われる女性から返事が返ってくる。
『……照合完了。滞在目的は?』
「……観光です」
『……了解しました。代表者は一時間後にこちらへ出頭を。ようこそ、ニア東国へ。歓迎します』
許可が下りると同時、ニア東国からエスコートのための戦闘機が二基、近づいてくる。劇団船を追ってきた無脚型起動兵器と同じ分類の機体が。
それを見て、黒蛇は思わず皮肉を。
「大した歓迎ぶりだな。この国で幾度も公演して盛り上げてやっただけあって、相当に好かれているらしい」
ヴァレスは鼻で笑いつつ、エスコートする二基の兵器へと、軽く手を上げつつ挨拶。そのままゆっくりとニア東国へと入国する。
ニア東国。そこはこの世界の中でも、一風変わった文化を持つ国。
魔女達がかつて住んでいた世界、その一部を色濃く再現したと言われていた。
※
「いつ来ても……ここは変わってますね」
ヴァイオレットは黒蛇と共に、スルガの街を歩きながら呟いた。木造の建物が多く立ち並び、往来する人々は自分達と全く違う衣服に身を包んでいる。今二人は、ニア東国に滞在する間の護衛を得ようと、とある場所に向かっていた。
「お前も、ああいうの似合うんじゃないのか? 着物とか言ったか……」
「嫌ですよ、動きにくそうですし……戦闘になったらどうするんですか」
「確かに……ニア東国の軍人はちゃんと軍服着てるしな。でもほら、あそこで剣を腰に差してる男、着物きてるじゃないか」
「サムライって言うんでしたっけ……あれでどうやって戦うんだろ……」
二人は会話しながらスルガの街を歩く。二人が街を往来する人々の服装を珍しいと感じるように、街の人々も二人の姿を珍しいと感じていた。というか目立っている。特にヴァイオレットは軍から支給されたジャケットを羽織っているのだ。
「……それ、目立ちすぎじゃないのか? 同国の軍服ならまだしも……」
「た、確かに……まあ、別にいいじゃないですか。攻めに来たわけでも無いんですし……」
「目立つのはよろしくないな。よし、服買ってやる。来い」
「え、えぇ?! い、いいですよ!」
黒蛇は街の適当な店へと。看板に「呉服」と書かれた店。中には街の住民が着ているような着物しか売り出されいない。
「らっしゃい」
店の店主は二人が入ってくるなり、カウンターから男の店員が挨拶。黒蛇はズンズン店の中へと踏み込んでいき、ヴァイオレットを店主の前に突き出した。
「こいつに似合う服を見繕ってくれ。予算の上限は無い」
「はい? ちょ……くろへ……クロさん!」
黒蛇……と言おうとして咄嗟に言い直すヴァイオレット。街中で会話する事自体少ない彼女は、黒蛇を黒蛇と呼ぶことに慣れてしまっている。
「お前、あの事を早速団長に話しただろ。その罰だ。素直に着替えろ」
「えっ?! だ、団長……口軽っ!」
「お前が言うな。じゃあ俺は外で待ってるからな」
黒蛇はヴァイオレットを置いて店の外へ。そのまま街に流れる小川へと。曲線を描く鮮やかな赤色の橋が架かっており、黒蛇はその橋の中央で煙草を咥え火を付ける。
そのまま柵へともたれかかりながら空を見上げた。メラニスタが戦場と化したというのに、ここでは平和そのもの。黒蛇は魔女と化した少女の事を思い出す。
「あの子……じゃないよな」
自分が見殺しにした少女は死んでいる。それは黒蛇も確認した。本国へと増援を仰ぎ、武装集団を全滅させた後、遺体は確認している。
それにしても瓜二つだった。その当時の少女を、直接連れてきたかのような姿だった。
「魔女様に相談してみるか。いや、相談した所で……」
「だ、誰かー! ひったくりよぉー!」
その時、往来で叫び声が。女性が膝をついて倒れており、一人の巨漢が黒蛇に向かって走ってくる。その手には女性の物と思われる巾着が。
黒蛇は溜息をつきつつ、煙草の火を消しながら橋の中央へと。ひったくり犯と思われる男の行方を遮った。
「な、なんだてめえは! どけコラ!」
「女性は丁寧に扱え。それを……あちらのご婦人へ返してさしあげろ」
男は息を切らしながら黒蛇を睨みつける。
「どけっつってんだろ! 返すくらいなら、ひったくって無えんだよ!」
「尤もだ。なら少し痛い目をみてもらうぞ」
そのまま淡々と男へと歩み寄る黒蛇。その眼光は鋭く、巨漢の男も異様な迫力に後ずさりしてしまう。
「な、なんだテメエは! 俺はな……あの悪名高き『猫足組』の一員だぞ!」
黒蛇は一瞬止まる。そして辺りを見渡した。
「……お前、滅多な事を言うな。消されるぞ」
「何いってやがる……ビビったな?! お前、ビビったな?!」
「……伏せろ」
「あ?」
瞬間、男の首元へと飛んでくる鎌。黒蛇は勢いよく男を蹴り飛ばし、鎌を受け止める。その鎌には猫の肉球と思われる刻印が。
「何しやがるコノヤロウ!」
「さっさと失せろ。それとも……まだやるか?」
黒蛇の手には、いつのまにか男が女性から奪った巾着が。
それを見て、巨漢の男は嫌でも実力差を思い知らされる。あの蹴りの瞬間に巾着を奪われた。人間業ではない。
「お、覚えてろ!」
「お前もな。二度と顔見せるな」
気持ちいくらいの捨て台詞を吐きながら、男は去っていく。
黒蛇は鎌を腰へと差しつつ、膝をついた女性の元へ。
「大丈夫ですか? お怪我は?」
「は、はい……大丈夫です、ありがとうございます……。あの、お名前は……」
「名乗る程の者ではありません。どうぞ、お気を付けて……」
黒蛇は心の中で「決まったっ」とガッツポーズを決めつつ女性の前から去る。
そして同時に、自分の後を付けてくる者の存在にも気づく。
そのまま黒蛇は人通りの少ない、路地裏へと。
「運がいいのか悪いのか……それにしても人前で容赦なく殺そうとするとは……新人か?」
黒蛇は鎌をなぞりながら呟く。
肉球の刻印がされた、その鎌を。