第五十五話
ヴァイオレットとゼマが舞台で戦っている中、意外にも冷静にその様子を伺う人物が居た。それはマギス。彼の性格ならば、恋慕しているヴァイオレットが危ないと乱入しそうな物だが、今行った所で事態が悪化するだけだと冷静に分析していた。
シロクマ王国に瀆聖部隊が居る、実はそこそこあり得ると思っていたが、本当に居るとは思わなかったと若干矛盾した思考をするマギス。しかしそれとは別に、ヴァイオレットの戦闘を間近で目撃した事で思わず見惚れてしまったというのもあった。
正直ヴァイオレットは護衛と言っても、それは黒蛇や、その他の武闘派の援護だと思っていた。しかし今ゼマと戦闘を繰り広げている様は瀆聖部隊のエースに負けず劣らず。ゼマは神化してただでさえ肉体を強化されている。にもかかわらず、ヴァイオレットは互角以上に渡り合っている。それは体術や経験値で勝っている証拠だ。単純な腕力ならば確実にゼマの方が上。
ゼマの手刀をギリギリで避け、銃弾すら通さない鱗へカウンターで確実にダメージを蓄積させている。先程から見ているマギスは、まるで二人が共に踊っているように見えて若干嫉妬を憶えてしまう。だが見惚れている場合ではない、今ここにゼマが居ると言う事は、瀆聖部隊は確実に既に船の中へ入り込んでいるからだ。
「どちらにせよ、俺の存在を晒すのは得策ではない……」
何故ならマギスがこの船に乗っていると分かれば、瀆聖部隊は方針を変えるだろう。彼らの目的が何なのかは分からないが、目標を捨てて船ごと破壊するなど十分にあり得る。だからと言って隠れ続けるわけにもいかない。黒蛇とも約束したのだ、死力を尽くすと。
「リエナに鍛えられた演技力……どこまで通用するか」
マギスは貴族役のカツラを被り、いざ舞台へと上がる。
これが彼にとって、己の命運を左右する初舞台となるのだった。
※
一方、シロクマ王国の王族を保護する為、王城へと向かった黒蛇。今の黒蛇は各感覚が敏感になっており、城に近づくにつれ血の匂いが強くなってくる事に気が付いていた。いつかのレイクジェンドを思い出す。あの時もオズマが血の海を作り出していた。
オズマの事を連想したからだろうか。その不意に突如として放たれた突きを避ける事が出来たのは。
「っく……! こんな可愛い姿の俺でも容赦無しか!」
「ッチ……相変わらず勘だけはいいな」
王城へと向かう途中の森の中、気配を殺し待ち伏せていたオズマの一撃を、転がるようにして避けた黒蛇。そしてその傍らには……パンダ。
「……? そのペットは何だ。趣味がいいな」
「あぁ、可愛いだろう? 欲しいならくれてやるぞ」
「ペットじゃないわ! ええ加減にせえよ男ども!」
喋った。パンダが。
黒蛇はパンダを見て目を白黒させつつ、彼女も瀆聖部隊だと気付く。
「そいつも瀆聖部隊か。バリエーション豊かだな」
「お褒めの言葉、ありがたく頂戴しよう。そして黒蛇、最後の選択の余地をくれてやる。心血武装をこちらに渡せ。お前とて、この世界が歪なのは承知しているだろう。それを俺が壊してやる」
「……歪?」
突然の言葉に首を傾げる黒蛇。世界は歪、それは分かり切っていた事。軍人であるオズマとて、そんな事は承知の上でその任を全うしていた筈だ。それを受け入れた上で、この男は戦場を駆け、それを生きがいにしているのだと。
「何を今さら……一体何がしたいんだ」
「お前こそ疑問に思った筈なんだがな。この世界の人間は何のために戦争をすると思う。本来ならば必要のない行為の筈だ。七つしかない国、それを統治するのは同じくらい馬鹿げた力を持つ魔女。国同士の優劣など、多少はあってもほぼ横ばいだ。その状況で何故国民が殺し合わねばならない」
「それは……あんたも分かってるだろ」
「そう、魔女同士を戦わせない為だ。奴らが戦えば世界は終わる。過去に二度、奴ら同士で喧嘩を繰り広げようとした。その結果、多大な被害が出た。だからこそ、もう二度と戦わせまいと国民は立ち上がるしかなかった。軍を立ち上げ、兵器を開発し、人間同士で殺し合いをするという方法で」
一体それのどこに疑問を感じる必要がある、と黒蛇は更に首を傾げる。
それは分かっている事だ、分かっていた事だ。当然ながらオズマとて、その一人として軍人になった筈なのだから。
「オズマ、お前……一体……」
「魔女様に戦われては世界が滅ぶ。その代わりに俺達が戦争して数万、数千万の命を奪い合う。これで全て丸く解決だな、黒蛇。全く素晴らしい世界じゃないか!」
皮肉るオズマ。そう言われて黒蛇は今まで己の中に小さな疑念として残っていた部分が熱を持った。誰でも疑問に思う。各国の魔女が同じ力量で睨み合っている中で、人間が戦う必要が果たしてあるのかと。
だが黒蛇はオズマの言葉を全て払いのけるように
「だからどうした。その為に俺もお前も軍人になった筈だ。今更駄々を捏ねるな! それにお前、矛盾してるぞ、ニア東国で何をした!」
「必要な戦いをしただけだ。矛盾しているとは思ってない。俺が守りたいのは既に決まっているからな。そいつ以外は死んでも構わん!」
「だから矛盾してんだよオッサン!」
「アリア!」
オズマが叫んだ瞬間、パンダが鍵を捻るような仕草をした、と黒蛇は感じた。それは心血武装。鎧の魔女の心臓によって齎された兵器。
「まさか……心血武装だと……! なんでお前らがそれを使える!」
「猶予は与えたぞ黒蛇! 腹をくくれ!」
パンダは周りの木々や岩、そして大地その物を材料にして巨人を作り出していく。いや、巨大な甲冑を組み上げているのだ。黒蛇はそれに対抗しようと、シロクマ王国の心血武装を懐の中で握る。
果たして自分に使えるのか、黒蛇はそう疑問に思いつつも、それを開錠せざるを得なかった。心血武装に対抗できるのは心血武装だけだ。ここで使用不可ならば、もはや死ぬしかない。
そう思いつつ懐の中で鍵を捻った。すると一瞬、誰かに後ろから抱きしめられた感覚が。
『黒蛇、君を私の騎士として認めよう。宣言する、君の行動は全て肯定する。今から君は私の騎士なのだから。何をしても許してあげるよ』
その呟きが聞こえた次の瞬間、眩い光と共に現れる巨大な城、ドラゴンキャッスル。
王城近辺の森へと突如現れたその城に、シロクマ王国軍が言葉を失ったのは言うまでもない。




