第五十二話
ラスティナの元へと、岩のような竜へと乗りやってきた黒蛇。
そこには瞼を閉じた竜が、マリスと瓜二つの少女の傍らで蹲っている。そして少し離れたテーブルには、あの怪しい小説家とシロクマが仲良くケーキを食べながらお茶をしていた。
その姿を見た黒蛇は安堵しつつも
「おい、そこの小説家……お前なにしてんだ」
「んぉ? え、誰?」
小説家は勿論、少女化した黒蛇の事など分からない。ミドへとケーキをあーんしながら、首を傾げる小説家。どうやらケーキにアボガドが入っていたらしく、それが苦手な小説家はミドに押し付けていた。
「黒蛇よ、小説家さん」
するとラスティナが、そう呟くように言い放った。
それを聞いても、小説家は何が何だか分かっていない。黒蛇は男だった筈だ、こんな華凛な少女では無かった筈だ。
混乱する小説家を他所に、黒蛇はマリスと瓜二つの少女へと目を向ける。
マリスと似た雰囲気をもつ少女。傍らに竜を起き、自身も目を瞑りながら
「黒蛇さん。私の心血武装へようこそ。貴方が私達の魔女様と何を話していたのか興味がつきないけれど、それを聞いたら怒られそうだから止めておくわ」
「……大体はお見通しか。見えていたが、会話は聞こえていない……監視カメラというよりは、その竜の力か?」
「そう、分かりやすく言うなら千里眼かしら。昔話にも出てきたでしょ? 魔女様が話してくれた……太公望だったかしら」
その部屋は窓が扉のように大きく、外の状況が良く分かった。先程まで鳴り響いていた砲撃は止んでいて、外は静けさを取り戻している。
「さっきまで砲撃が続いてたっていうのに……お前等は優雅にお茶か。大した余裕だな」
「ん? 砲撃?」
黒蛇の言葉に首を傾げる小説家。まさか聞こえなかったのか? いや、そんな筈はないと黒蛇は眉を顰める。するとそれをフォローするように、ラスティナが黒蛇の疑問に答えた。
「竜の力で壁を作ってたの。流れ弾が当たったら嫌だもの」
「大した力だな。竜の力で何でもし放題か。それにしても、起動兵器に随分手こずっていたようだが」
「あれはわざとよ。だって、あなたの仲間が倒してくれるでしょう? 私も彼の力がどれほどか、見ておきたかったもの」
まるでマギスが心血武装持ちだと知っているかのような口ぶり。
不気味だ。こいつは何処まで知っている? と黒蛇は警戒を露にする。
「で……何故こんな森のど真ん中に心血武装を展開した。こいつを攫った理由は何だ」
こいつ、と小説家を顎で指す黒蛇。小説家は「攫われた?!」とキョドっている。
「別に攫ったわけじゃないわ。小説家さんは魔女の客人だもの。保護するのは当然よ」
「客人……?」
ジロリ、と黒蛇は小説家を睨みつける。
だが小説家はヘタクソな口笛を吹きながら、目を逸らした。
「おい、お前、何隠してる」
「べ、べつにぃ……」
小説家を尋問する黒蛇。
それに対し、ラスティナは瞼をあけ、傍らにいた竜をひと撫ですると窓から出て行くよう促した。同時に黒蛇を乗せてきた岩のような竜も、そのまま出て行く。
「役者がそろった所で……そろそろ話してもらわないと。なんで小説家さんが、この心血武装を持ってたの?」
「ああん?!」
信じがたい言葉を聞いて、黒蛇は小説家を思い切り睨みつけた。小説家は焦りながら、ミドの大きな背の後ろへと。
「べ、べつに持ちたくて持ってたわけじゃない! それに最初は……あいつが魔女だなんて知らなかったんだ!」
子供のように震えながら、シロクマの背中に隠れる小説家。その様子を見て、黒蛇は頭を掻きながら
「一から話せ。初めて魔女と出会ったのはいつだ」
「……い、一年くらい前……。ミドと一緒に魚釣りしてた時に、話かけてきたんだ」
その時の様子を、小説家は語る。
※
そう、あれは……鮎の塩焼きを食べたいと思い始めてしまったのが運のつき……。
ミドと一緒に森の川へと魚釣りに行ったんだ。その時既に、村の大人達は皆レジスタンスに徴兵されてしまっていて、私は子供達の世話を頼まれていたから、美味しい魚料理を食べさせてやろうと思ったんだ。
それでミドと一緒に魚を釣りつつ、のどかな空気で眠気に襲われたころ……私はいつのまにか、白い霧に覆われた空間に立っていたんだ。
もちろん夢だと思ったさ。でも夢にしては現実味があり過ぎるし、かと言って現実では在り得ないくらい綺麗な空間だった。まるでどこぞの王城の庭園だ。池があって、花畑があって、なんだったら小さな青い小鳥も居た。そして静かなのに、妙に耳が痛い。静か過ぎて耳が痛かったんだ。
でもそんな耳に、優しく声が届いた。それが……魔女の、キズナとの出会いだった。
キズナに誘われるまま、私は庭園にあった……ラーメンの屋台へと入った。
「待て待て待て、雲行きが怪しくなってきたぞ」
うるさい、黒蛇うるさい。
キズナは私に、ここでは貴方の世界のものを再現できると言ってきた。試しに私は自宅にあるはずのPCと液晶テレビ、それにプレイステー〇ョン5を再現してみた。尤も、プレステはまだ手に入れてなかったけど。
「何の話だ?」
うるさい、黒蛇うるさい。
魔女は私が再現したものを見て、嬉しそうにしていた。懐かしい、そんな風にも言っていた。
私はそこで気づいた事がある。恐らくキズナは、私が居た時代よりも……もっと未来に住んでいたんだ。
「……何の話だ?」
察しろ! 魔女は私と同じ世界からやってきた存在で、しかも私が居た時代よりも未来の人間なんだ、たぶん。
まあ、その話は置いといて……私は魔女と一緒にトンコツらーめんをすすりながら、色々会話をした。その過程で、デジョンシステムという話題が出てきた。
デジョンシステム、この世界では既に欠かせない、一種の永久機関。飲み干した水を補填し、亡くした物を蘇らせる。しかしこの現象は生物には適用されない。死んだ人間は蘇らない。
私は強く興味を引かれた。小説家という職業柄、こんな世界に呼び出されたのも幸運だったのに、まさかそんな奇想天外な現象まであるとは、と歓喜したんだ。私の反応に魔女は面白そうにしていた。喜ぶとは思ってなかったらしい。
そして魔女はこう続けた。このシステムが人間に適用できるようになれば、この世界はどうなると思う? と。
「……なんて答えたんだ?」
私は正直、そんなの歪な世界だと思った。確かに理不尽に死んだ人間が蘇るなら、それは奇跡だ。しかしそれは死が無くなる。この世界から死という現象が無くなってしまう。私が深読みしすぎかもしれないが、死ねない事は何よりも苦痛だと感じたんだ。
前にとある小説で、こう書き記されてあった。死のない存在は、生きているとは言えないと。
どういうことか考えてみた。人間が働くのは生きる為だ。極端に言えば、餓死しない為。ならば死なないと分かり切ったらどうなる? 餓死の恐れがないのなら、全く食べなくなる事は無いにしろ、量は確実に減る。でもある時気付くだろう。何のために食という行為が必要だったか。
答えは勿論生きる為だ。あとは言わなくても分かるだろう。
目的が無いなら……何故食べる? ただの趣味? だが死という大前提が無くなれば、どうなるか分からない。人によっては、食べなくていいのなら別に食べる必要はないと思う筈だ。
すると他の行為、生きる為の行為も意味が希薄になってくる。一体、何のために私達は生きているんだ?
いや、死なない為に、生きる為の行為をしていた筈だ。
なら死の無い世界で、生きる為の行為とは何だ。
誰かを養う必要もない。死なないのだから。
守る必要もない。死なないのだから。
生きる必要も……ない。死なないのだから。
だんだんと狂ってくる筈だ。
生きると言う目的を失った生物は、果たして生物としての行動を取るだろうか。
勿論これはただの妄想だ。実際は趣味に没頭して生きる人、食べる必要が無くても、好きだから食べる人、誰かを守る事が大好きだから守る人。死という目的が無くなっても、他の目的を見出す事は出来るだろう。
私はこの話を、長々と半分酔いしれながら魔女へと語った。
魔女は興味深そうに私の話を最後まで聞いてくれた。そして言ったんだ。
『私は……残酷な事をしたのね』
と。何のことか分からなかったが、最後に魔女は私へと小さな鍵を手渡してきた。
「それが心血武装か」
最初はそれが何なのか分からなかった。
だが魔女の懇切丁寧な説明を聞いて、突き返そうかと思った、その時だ。何事も無かったかのように、私はミドと一緒に釣りをしていた。
そしてポケットの中には、あの鍵が入っていた。
魔女の心臓、そしてこの世界で最強の兵器。
何故これを私に預けてきたのかは分からない。
だが邪な輩の手に渡れば、とんでもない事が起きる事は理解できた。だから隠してきた。
ラスティナ達が元々、この心血武装を持っていた、という話も魔女から聞いた。
絶対に渡すなと言われていたけど、その理由は分からない。
「その理由、知りたい?」
んぁ?
「私達が心血武装を取り上げられたのは、瀕死の傷を負ったから。心血武装を持っていた者がそれを手放せば、魔女を裏切ったとされて呪いを受ける。その呪いは魔女によって様々だけど、私達の場合は永遠の命を授かる事だった」
……ん? ちょっと待て
「でも私達は再び心血武装に触れた。これで呪いは解呪される。私はやっと……」
ちょ、ちょっと待て、ラスティナ!
「大丈夫、私達の魂は心血武装に吸収されて、その一部になるの。歴代の心血武装持ちは皆そうよ。だから、寂しくなんてないのよ」
お前……
「小説家さんの言う通りよ。魔女様は私達を救う為に心血武装を取り上げて、永遠の命という呪いで私達を救った。でも、魔女様のように何千年も存在し続ける程、私達は……強くなかったの」
お前……死ぬのか?
「そうよ。でも私達は、魔女様の心臓の一部になるの。これがどれだけ幸せな事か分かる? やっと、やっと私達の念願が叶うの。ありがとう、小説家さん。私達に心血武装を渡してくれて……」
いや、私はそんなつもりで渡したわけじゃ……
「分かってるわ。いじわる言ってごめんね。じゃあ……そろそろ限界みたい。大丈夫、すぐに会えるから……」
※
シロクマ王国の魔女、キズナ。
自宅のベッドに腰かけていた彼女の元へ、二つの魂がじゃれるように現れた。
「……また私を置いて……行っちゃったんだね。ルデアといい、君達といい……泣いてしまいそうだよ」
何が正しくて、何が間違っているのか。
孤独な魔女には、それが判別できない。
だんだんと、自身の歯車が狂っていくのが分かった。
「私達を殺せるのは君だけだ……黒蛇……。でも私達は……死んでいいのか? 分からない……分からないよ……」




