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第五話

 優雅な夢は唐突に終焉を迎えた。メラニスタの街は戦場と化し、方々から銃声と悲鳴が。

 その中を黒蛇は少女を抱きかかえながら走り、劇団船の碇まで到達する。劇団船は既に出航し浮上を開始していた。碇だけが地面に残されたまま。


「ヴァイオレット、碇を上げてくれ」


 黒蛇は碇へと足をかけ、女性のウェスト程の鎖へと腕を回しながら捕まる。少女はそんな黒蛇へと必死に掴まっていた。だが力がほとんど入らない。碇が収納し始めると、振動で腕が解けそうになる。


「悪い。少しの間、我慢してくれ」


 黒蛇はそんな少女を片腕で抱きしめるように支える。星空の中、空に浮かぶ二人。これだけなら、さぞロマンチックだろう。だがここは既に戦場。

 黒蛇と少女は碇が街を見下ろせる程の高度まで来ると、呆然と眺める事しかできない。

 

 今、あそこでオズマが戦っている。

 いくらメラニスタの警備兵が素人臭いとは言え、圧倒的な数の差がある。オズマ率いる瀆聖部隊は精々、一個小隊規模。しかもメラニスタに全員連れてきているとは思えない。瀆聖部隊は主に神化した人間で構成されている。その中には特殊な条件下でしか活動出来ない者も居る。


 そんな少人数であるにも関わらず、オズマ達はメラニスタの軍事力を圧倒している。

 黒蛇は改めてオズマの脅威を目の当たりにする。決して敵に回してはならない男。しかしそんな男と一度黒蛇は殺し合いをしている。


 

 オズマが属する魔女に統治される国、ミシマ連邦。世界を三度滅ぼせると言われる程の軍事力を有する国。黒蛇は自国の軍からの要請で、当時のミシマ連邦軍のナンバー2、しかし実質的なトップの暗殺を遂行した。


 ミシマ連邦内の官僚が協力者であった事もあり、暗殺事態は滞りなく終わった。しかし問題はその後、軍施設でオズマと遭遇してしまった事だ。


 いくら官僚が協力者についているとはいえ、オズマにとって黒蛇はただの侵入者。拘束するのは当たり前の話。黒蛇は全力で離脱を試みるが、その時オズマと一緒だったゼマに深手を負わされ一時拘束されてしまう。


『その長い髪、邪魔だろう! おじさんが切ってやるぞぉ!』


 そう叫びながら斬りかかってくるオズマを、黒蛇は性格破綻のトンチキオヤジと評価した。

 その後、協力者であった官僚が手を回し黒蛇は解放される。その際、オズマと接見し「貸しが出来たな」という意味深な言葉を投げかけられた。




 ※

 



 劇団船から伸びる碇が格納され、黒蛇と少女は船内へと。黒蛇は少女を抱いたまま船医室へと向かい、扉を蹴って開け、船医を呼びつけた。


「グラント、おい、何処だ!」

「……なんだよ、大声で叫ぶな……頭に響く……」


 部屋の奥から、白衣を着た男が姿を現した。普段ポニーテールな金髪はボサボサで、眼鏡は盛大にずれていた。目の下には大きなクマが出来ており、見るからに二日酔い。


「急患だ。見てやってくれ」

「へいへい……。その子が例の子か? 予想してたより若いな」


 黒蛇はベッドへと少女を寝かせる。グラントは聴診器を付け、少女の診察を。


「お嬢ちゃん、ちょっとごめんよ」


 少女の胸へと聴診器を当てるグラント。しかし訝し気な顔をし、続けてワンピースの裾を捲り始めた。


「おい、何してんだ変態」

「黙れ素人。ん? ネズミ?」


 ワンピースの中から一匹のネズミが飛び出し、そのまま少女を守るかのように腹の上へ。グラントを威嚇しているようにも見える。


「ぁ、みー子……」

「友達かい? なら一緒に飯でも食ってくるといい」


 そのままグラントは聴診器を仕舞ってしまう。


「おい、もっとちゃんと……」


 グラントへと抗議する黒蛇。グラントはそんな黒蛇へと、少女には聞こえないよう小声で


「心音が聞こえない。それに太腿に紋章があった。その子はもう人間じゃない、魔女だ」

「何?」


 魔女の開発は成功していた。黒蛇は驚愕せざるを得ない。


「馬鹿な、一体どうやって……」

「俺が知るか。あとは我らが魔女様に委ねるしか……」


 その時、砲撃されたかのような衝撃。そして大きく傾く劇団船。グラントは尻餅をつき、黒蛇は少女がベッドから落ちないよう支えながら、無線でヴァイオレットへと状況の確認を。


「おい、どうした、何があった!」

『黒蛇さん! 覚醒兵器(エレメンツ)です! 急いで甲板に!』





 ※





 甲板へと飛び出す黒蛇。そこにはフロート脚によって空中に浮遊する巨大な兵器。両腕部にはグレネードランチャー、大口径パルス砲が装備されている。足の無いロボットが、空中に浮遊しながら劇団船へと砲台を向けている。一発でもまともに撃ち込まれれば撃沈されるだろう。事実、先程甲板を覆ったドーム状の壁も、グレネードランチャーで跡形もなく破壊されていた。


「無脚型起動兵器だと……! なんでこんな物が……!」

「黒蛇さん! こ、このままじゃ撃墜されます!」


 ヴァイオレット他、甲板には荒事が得意な団員達が既に応戦に出ていた。しかし船に積んである銃火器で対応出来る筈も無い。そして逃げようにも、機動力に圧倒的な差がある。劇団船の出力を最大にしても逃げ切れる差ではない。


「ヴァイオレット! 枝を仕掛けて乗っ取れるか?!」

「無理ですよ! エレメンツですよ?!」


 覚醒兵器(エレメンツ)。それはデジョンシステムに侵された機械達の総称。主に軍用の兵器群がそう呼称される。自我を持ち、自分の意思で行動するようになった兵器達。


 しかし人類はエレメンツの制御に成功していた。ある種特定の制御ツールを首輪とし、命令通りに動く自動人形として。


 黒蛇は歯ぎしりする。劇団船に積まれている銃火器では太刀打ち出来ない。しかもエレメンツ。デジョンシステムを採用している通常の兵器ならば、ヴァイオレットは掌握する事が出来ただろう。

 

 その時、船をかすめるように、エレメンツは大口径パルス砲を打ち放った。掠っただけで船体を大きく揺らす衝撃。しかしパルス砲の怖さは物理的な破壊力では無い。まともに食らえば精密機器の全ては破壊され、劇団船を空中に留めているデジョンシステムの制御も出来なくなる。そうなれば確実に撃沈されるのは目に見えてる。


 エレメンツは無言で、今度は確実に当てると言いたげに、砲台を黒蛇達の眼前へと。

 先程わざとかすめたのは脅しだ。脅す理由は分かり切っている。魔女と化した少女を渡せ、さもなくば沈めると。


 少女を引き渡す事など出来ない。かと言ってエレメンツの撃退も船に積んである武器類では難しい。黒蛇は歯ぎしりしながら


「くそ……! 使うしかないか……」


 背に腹は代えられないと、黒蛇は懐から古風な鍵を取り出す。そしてその場にいる団員達へと叫んだ。

 

「おい、お前等! 今から俺がすることは誰にも言うな!」

「え? え? 何する気ですか?」


 黒蛇は何もない空中へと鍵を差し込む仕草を。そのまま回すと、周りの団員達は確かに聞いた。何かが開錠される音が。


 瞬間、団員達の目の前に現れる無数の本。何千、何万冊という本が一瞬だけ目の前に舞う。黒蛇はその中から一冊を取り、ページを開いていく。


「な、なんだ今の……本?」


 団員の一人がそう呟いた。それを目撃した者の中で、今の現象が一体何なのかを把握したのは一人。ヴァイオレットだ。彼女は元々軍に居た為、それがなんなのか察する事が出来た。


「まさか……黒蛇さんが……」

「それ以上は言うなよ。全員伏せろ!」


 黒蛇の号令で甲板へと伏せる団員達。その瞬間、空間が避け、中から巨大すぎる手が。その手はまるで悪魔の手。青白く発光し、古代文字のような物が刻印された巨大な手。

 それは軽々と兵器を掴む。まるで玩具のように鷲掴みにし、握りつぶそうとする。


 そしてまるで悲鳴のように、装甲が歪む音が響き渡る。だがその時


「やめて!」


 甲板へと少女が、メラニスタから救出してきた少女が出てきた。足元をふらつかせながら、今にも倒れそうに。


「何してる! 中に戻れ!」

「やめて! その子を離してあげて! 泣いてるの、その子泣いてるの!」


 その子とはどの子だ、と首を傾げる団員達。その時、兵器は砲台を劇団船へと向け打ち込もうとしていた。しかしその前へと飛び出す少女。


「君も……もうやめて。もう大丈夫だから」


 兵器、エレメンツは止まる。まるで少女と意思疎通をしているかのように、動きを止める。そのまま少女にむかって頷いた……気がした。


「そんな……エレメンツが……」


 ヴァイオレットはその光景に空いた口が塞がらない。エレメンツは少女の指示に従うように引き返していく。ただの言葉一つで。


 そのまま少女は気を失ってしまう。黒蛇は少女へと駆け寄り抱き留めながら


「ヴァイオレット、彼女を船医室に」

「え、はい……。あの、今のは一体……」

「……とりあえず今はこの場から離脱する事が先決だ」


 黒蛇は巨大な手を空間の裂け目へと戻した。

 裂け目は何事も無かったかのように閉じていく。


 そして黒蛇が手にしていた本はいつのまにか消えており、甲板に残っていた団員達は皆、首を傾げていた。色々と不可思議な現象が起こり、何から質問すればいいのかと。


 団員の一人が黒蛇に、今の本は何だと聞こうとした。

 だが黒蛇は人差し指を口に当て


「聞くな。仲間を危険に晒したくは無い。聞けば戻れなくなる」


 団員達は口を噤む。

 黒蛇は自分の本名でさえ、団長にしか明かしていない。

 そんな黒蛇から、仲間というワードが出てくるとは思ってもいなかった。

 

 その中の一人、マルコは黒蛇へと意味深な視線を送る。

 黒蛇はその視線を流しつつ、船内へと戻っていった。


 いつのまにか、夜が明け朝日が大地を照らしていた。




 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 映像で観てみたいようなお話です。 どなたか挿絵でも描いて欲しいくらいです(^^) クラシックな劇団船と魔法VS未来的な意思の疎通ができる兵器? という、奇想天外でダイナミックな演出が盛り上…
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